2018年1月25日木曜日

Astell&Kern ACRO L1000 の試聴レビュー

Astell&Kernのヘッドホンアンプ「ACRO L1000」を試聴してみました。

Astell&Kern ACRO L1000

ポータブルDAPの分野で活躍しているAstell&Kernですが、今回は据え置き型のUSB DAC + ヘッドホンアンプ複合機です。2017年12月発売で、価格は約12万円といったところなので、DAPから次のステップに、そこそこしっかりした据え置きアンプを求めている人にとっては気になる商品だと思います。


L1000

Astell&Kern(AK)が据え置き型オーディオを作るのは今回が初めてではなく、過去に「500N」というオーディオシステムを作っています。500NはCDリッピングとストレージやネットワーク機能を内蔵した、最近のネットワークDACのはしりのような画期的な商品でしたが、フルセットで100万円超という、真面目に売る気が感じられない「ステートメント」モデルでした。

Astell&Kern 500Nシステム

一方今回のL1000は、AK DAPユーザーならば手が出せる価格帯なので、これ単体での製品というよりは、むしろDAPユーザーのための補助的なアクセサリーのような印象を受けます。

L1000の具体的な用途としては、パソコンもしくはスマホやDAPからのUSB接続でデジタルデータを送る事を想定しています。

AKに限らず、すでに良いDAPを持っているのであれば、次は据え置き型アンプを導入することで、大型ヘッドホンやスピーカーなど音楽鑑賞の視野が一気に広がります。そのためにわざわざ大規模なフルシステムを買い足すよりも、L1000であれば持ち前のDAPを利用して最小限の投資で済ませる事ができます。

旧フラッグシップのAK380

ところで、AKはすでに40万円もするような超高級ポータブルDAPを続々リリースしているので、今回L1000の「12万円」という価格はいまいち位置付けがわかりにくい存在だと思います。

単純に価格だけ見ると、30万円のAK380や40万円のSP1000よりも安いので、それらをUSBトランスポートに降格して、あえてL1000と接続することにメリットはあるのか気になります。

L1000のスペックは、D/Aチップは旭化成AK4490を左右独立の二枚搭載しており、DSD256・DXDまでネイティブ再生可能ということなので、単純に考えるとAK380と同等の性能を誇っています。もちろん同じ音になる保証はありませんが、製品開発の意図として、そう思われる事を意識していることは確かです。

だからお買い得だと考えるのは短絡的ですが、とくにAKの場合は、これまでにAK70やKANNなどで見られるように、次世代に進むために、わざと旧トップモデル技術の転用や低コスト化を積極的に行っている会社です。

新世代モデルのまず第一号機(たとえばAK240やAK380)は、そこに至るまでの開発費がどさっと積み重なるため、必然的に単価を上げた高級仕様になってしまいますが、それらの技術を活かした発生モデルであれば、値段もそれなりに下がります。

さらにL1000はタッチスクリーンインターフェースや無線LAN・Bluetooth、そして電池など、コストが嵩む部分を徹底的に排除していることも、コストパフォーマンスの高さにかなり貢献していると思います。

側面はヘッドホン端子と電源・フィルタースイッチ

背面にスピーカー端子があります

L1000の入力はマイクロUSBのみで、光・同軸S/PDIFデジタル入力は無く、アナログライン入力も無いので、あえて据え置きレシーバー的な汎用性を捨てた潔いコンセプトです。

(ちなみに上の写真にある白い部分は店頭試聴機の盗難防止タグなので、実際の商品には付いていません)。

ヘッドホン端子とは別に、パッシブスピーカー用の出力端子も設けているところがユニークです。Astell&Kern自体はスピーカーは販売していないので、実際どの程度の使い方を視野に入れているのか多少戸惑います。

他社でも、McIntosh MHA150やSchiit Ragnarokなど、自称ヘッドホンアンプでありながらスピーカー端子も配備している商品はいくつかありますが、それらはかなり大型でオーバースペックなフルサイズオーディオ機器ばかりです。

このL1000のようなコンパクトサイズとなると、逆にDENON PMAシリーズなど、小型プリメインアンプにヘッドホン端子が付いている商品と被ってしまいます。そのため、個人的な意見としては、「スピーカー端子」というのは、往年のミニコンポのようなカジュアル感が出てしまうマイナスイメージもあると思います。

スピーカー端子の出力は4Ωで15W/chというスペックなので、過度な期待は禁物ですが、デスクトップ用途ということで、小型ブックシェルフ型を接続することを想定しているのでしょう。今回はまともにスピーカーで試聴できる環境が無かったので、残念ながら試しませんでした。

近頃ニアフィールドのブックシェルフ型というと、パッシブよりもアクティブを使う人が増えていると思うので、スピーカー端子よりも3ピンXLRのプリアウト端子の方が良かったかもしれません。しかしそうなるとBenchmark DAC1やMytek Brooklynなど一般的なスタジオDAC(いわゆるモニターコントローラー)と被ってしまうので、独自性は無くなってしまいますね。あくまで「AKアンプの音をスピーカーでも楽しむ」というアイデアは納得できます。

コンパクトにまとめられています

ボリュームノブが本体そのものです

今回はヘッドホンアンプとしての使い勝手を主に試してみたわけですが、デザインが非常にユニークなのは写真を見てもわかると思います。

向かって左側は、四角いブロックが地面から斜めにせり出したような形状で、右側はボリュームノブに沿った多角形の円形になっています。

公式サイトによると、音色の調和と完璧さを表現するために、ギリシャのパルテノンのような意匠を取り入れたということで、ACRO(高台、丘)という名前のとおり、確かに山頂神殿の大理石柱にある縦溝加工のようなイメージが浮かびます。

本体がボリュームノブそのもので、それ以外の端子やボタンはあえて目立たないようになっており、周囲のLEDの数で音量が表されています。

このボリュームノブがとても快適で、つい何気なくグリグリ回してしまいたくなる素晴らしい感触です。大きさ的には「ビンの蓋を開ける」感じなのですが、エンコーダーなので何回転もグルグル回すとボリュームが徐々に上がっていく感じで、若干カチカチとノッチ感があり、滑らかで適度な重量があるため、指で掴んでグルッと回すとちょっとだけ慣性で惰性回転するのが気持ち良いです。

本体重量は1kg弱なので、操作中に手元でグラグラすることもありませんし、太いヘッドホンケーブルなどを接続しても、ドッシリと安定しています。決してチープなアクセサリーといった感じはありません。微妙な操作はノブを指先でちょっと回し、大味な操作は鷲掴みでグルグルと何度も回すといった感じです。

電源スイッチはここにあります

本体の電源スイッチはボリュームの横にあり、さらに側面にはフィルター選択のボタンと、背面にヘッドホン・スピーカー出力切り替えスイッチがあるのみなので、非常に簡素で分かりやすい設計です。

AKなのに、あえてBluetoothや無線LANなどの複雑な機能を入れず(それらはDAPに任せて)、純粋にDACアンプとしての機能のみに絞り込んだことで、ここまでシンプルにできたのでしょう。

据え置き型ヘッドホンアンプということで、ヘッドホン出力端子が豊富なのも嬉しいです。特に個人的には3.5mmとは別に6.35mmがあるのはとてもありがたいです。アダプターを探す手間がはぶけますし、安物のアダプターは信頼性が低いものが多いので、やっぱり直接接続できることは大事です。

XLRは背面にあり、太いケーブルでも安定します

また、バランス出力は一見2.5mmのみですが、本体背面に4ピンXLRもしっかり搭載しています。4ピンXLRケーブルは太く固いものが多いので、端子が側面にあって邪魔になるよりは、背面から出す方がエレガントです。

色々揃っているのに、最近話題の4.4mmバランスは無いですね。AKとして、検討中なのか犬猿の仲なのか、見解はどうなのか気になるところです。2.5mmはAKが先導してきた歴史がありますが、端子間絶縁体の薄さやグラウンド不在など、音質面で完璧とは言えないので、これを機会に別の道も模索してもらいたかったです。

出力とか

公式サイトによると、L1000のヘッドホン出力は無負荷時アンバランスで6Vrms、バランスは8.5Vrmsということなので、これはKANNの公式4Vrms・7Vrmsよりも結構高めです。

ちなみに、AK300 Series Ampはアナログアンプなので、ドッキングしたDAPによって出力は変わりますが、AK300と合わせると3.8Vrms・7.7Vrmsで、AK320・AK380と合わせれば4.1Vrms・8.1Vrmsと書いてあります。

そんなわけで、細かな違いはありますが、L1000の最大出力はAK380+AMPよりもちょっと高めといった感じのようです。これらは無負荷時でのスペックなので、低インピーダンスヘッドホンを接続した際の出力は測ってみないとわかりません。

L1000はUSBデジタル入力のみなのでテストは楽です。いつもながらPCMで0dBフルスケールの1kHzサイン波信号を送って、ボリュームを上げて音割れ(1%THD)が始まるポイントでのPeak to Peak電圧を測ってみました。

アンバランス

まずアンバランスですが、3.5mm・6.35mmのどちらもほぼ同じ数字でした。無負荷(というか50Ω以上)で17Vpp出ているので、×0.353のRMS換算でちょうどスペック通りの6Vrmsです。

特徴的なのは、20Ωくらいで一気に出力が落ちます。それまではボリュームノブ全開でもサイン波信号に歪みが無かったところ、ここから一気にガクンと歪み始めるので、ボリュームを下げることになり、結果的にこういう風になりました。

20Ω以下のインピーダンス負荷ではKANNとほぼ同じなので、つまりアンプの回路的には第三世代AK AMPと良く似ており(SP1000と根本的に違う)、そこに電圧ゲインを増強させたようなアンプ構成のようです。つまり、20Ω以下のイヤホンなどではKANNやAK300 AMPなどと似たような挙動で、100Ωなどのヘッドホンではより大音量が得られるということです。

バランス

バランス出力では、XLRと2.5mmはほぼ同じでした。こちらはKANNと比べると低インピーダンスで出力が弱いのが不思議です(同条件で測りました)。やはり20Ωくらいから一気に出力が稼げて、そこからは24Vppなので、スペックの8.5Vrmsにピッタリ合います。

これを見ると、L1000は高インピーダンスの大型ヘッドホンに向いている、なんて想像するかもしれませんが、実際SP1000を見てもわかるように、どちらにせよイヤホンでは爆音になるくらい十分な音量が出せています(グラフが示すのはあくまで歪まない最大音量であって、音質ではないので)。

ちなみに聴感上、ゲインが高すぎるとバックグラウンドノイズも目立ってしまうため、無駄にハイパワーを追求するのもデメリットが生まれます。もちろん、ハイパワーかつ低ノイズである(つまりダイナミックレンジが広い)ことが、高級オーディオでは望まれます。

アンバランスで1Vpp

アンバランスでボリュームノブを1Vppに合わせた状態でのヘッドホン負荷に対する電圧変動を測ってみました。これを見るかぎり、L1000とKANNはほとんど同じ挙動で、優れた出力インピーダンスの低さを実現しています。曲線がほとんど平行しているということは、アンプ回路設計も似ているということです。

出力端子

面白いのは、3.5mmと2.5mmバランス出力端子はなぜか出力インピーダンスが高めでした。測定に使ったケーブルは同じで校正してあるので、ここまで大きな差は出ないはずなので、もしかすると内部的に配線や端子の抵抗値が高いのか、それともノイズ低減とかのために意図的にこうなっているのかもしれません。特に2.5mmはそこそこ落ち込みがあるので、20Ω以下のマルチBAイヤホンだと、どの出力端子を使うかによって音が変わるかもしれません。

音質とか

L1000は入力がUSBのみなので、試聴のセットアップは悩まずに済みました。

DAPからのOTG接続です

今回はMacbook Airと、KANN・AK70 MKIIからOTG接続で試してみましたが、どちらも問題なく使えました。数年前のこういったDACでは、DSDとかDXDなど、スペック上では対応しているのに実際まともに使えない商品が多かったので、いちいち検証する必要があったのですが、さすがにL1000では今更そういった不具合も無く、再生ボタンを押せばそのまま音が出るという手軽さでした。

オーディオテクニカATH-ADX5000をXLRバランスで

据え置き型なので、試聴には最近気に入っているオーディオテクニカATH-ADX5000やHIFIMAN HE-560、フォステクスTH610など、主に大型ヘッドホンを使ってみました。

KANN並のバックグラウンドでした

ひとまずイヤホンも試してみたところ、Dita Dreamではバランス・アンバランスともに良好に使えましたが、感度がとても高いCampfire Audio Andromedaではホワイトノイズが薄っすら聴こえます。感覚的にKANNと同じくらいだったので、個人的に気にならない程度ですが、気になる人はイライラさせられるかもしれません。

SUSVARAもギリギリOKでした

そんなAndromedaとは真逆の、能率の低さで悩まされるHIFIMAN SUSVARAでは、L1000のボリュームノブ90%くらいで満足な音量で楽しめました。音割れはありません。

余談になりますが、SUSVARAは本当に素晴らしいヘッドホンなのですが、アンプへの要求が異常に高く、組み合わせ次第で鳴り方かかなり左右されるため、なかなか真価を引き出すのが難しいです(そのためまともなレビューができていません)。値段だけでなく、そういった意味でもハイエンドらしいヘッドホンだと思います。

フィルター切り替え表示

ところで、L1000のイヤホン端子付近にはフィルター切り替えスイッチがあり、三種類のサウンドフィルター効果が選べます。ボリュームノブLEDの色が変わることで、どのフィルターか判別できるようになっています。
  • 青=ニュートラル
  • 緑=低音ブースト
  • 赤=ハイゲイン
と書いてあるのですが、音楽を聴きながらカチカチ切り替えても、イマイチ違いがわかりません。よくあるDACのシャープとかスローフィルターみたいな感じで、「なんか違いがあるかな?」程度の差だと思いました。雰囲気的に、青に落ち着くことが多かったですが、L1000そのもののサウンドを根本的に覆すような変化はありませんし、そこまで気にするほどでもなかったです。とくに赤の「ハイゲイン」というのも、音量が上がるわけではないので、もっと別の名称にすべきだと思います。


96kHzハイレゾダウンロードで、ビエロフラーヴェク指揮チェコフィルのスメタナ「我が祖国」を聴いてみました。昨年亡くなったビエロフラーヴェクの置き土産として相応しい素晴らしい演奏だと思います。近年のチェコフィルらしく、伝統的な部分も大切にしながら、高い技巧と透明感で、十八番の演目であってもコテコテの伝統芸にならないところが良いです。

このアルバムの録音は2014年のもので、チェコフィル復帰後初のプラハの春音楽祭での演奏ということで、追悼に相応しい音源を掘り出してきたという事だと思います。演奏は通常のルドルフィヌムではなくイベント会場スメタナホールなので、スケールの大きい音響が楽しめます。

L1000とATH-ADX5000で聴いていて、まず真っ先に感じたのは、このサウンドはDAPとは根本的に違う、という印象でした。優劣の問題ではなく「鳴り方」が違うので、すでにお気に入りのDAPで十分満足なサウンドが得られている人であっても、L1000を通して聴くことで同じアルバムの新たな側面を味わえると思います。

とくに目立つ特徴は、スケールの大きさと、楽器間の余裕です。イメージとしては、これまで目前になんとなく集約されていた全てのサウンドが、前方上方の四方に展開されて、サウンドの「隙間」が増えたような感覚です。

バッテリーの省電力設計から開放されて無尽蔵のコンセント電源になることで、一般的に据え置きアンプというのは低音がハッキリ出るとか、空間が広くなるといった事が言われていますが、L1000の場合、低音や高音など量感の多い少ないといった個性は無いのですが、空間については確かに据え置き型だからこそと思わせる説得力があります。

第一印象として中高域の情報量が多く、とくに空間配置や距離感がきっちり把握できるのですが、それでいて高域寄りだとかシャリシャリしたような軽いサウンドという風には思えなかったため、なぜだろうと不思議に思いました。

色々聴いてみると、低音が淀んでおらず、音場を遮るようなモコモコした壁にならないため、そのおかげで中高域の見通しが良くなっているのだと納得できました。つまり中高域の量感は普段通りのフラット具合であっても、余計な響きに邪魔されずに細かな情報まで耳に届くようです。

AK KANNやAK70 MKIIで同じ曲を聴き比べてみたところ、周波数特性とかはよく似ているのですが、DAPは一つ一つのサウンドが重なりあっていて、見通しが悪いと即座に感じました。聴いている音楽は全く同じなのに、たとえばチェロを聴くには、フルートを聴くには、と意識を集中させるポイントが、DAPとL1000では大きく異なります。DAPでは様々なオーケストラ楽器の束の中からフルートを掘り当てるような作業で、一方L1000では広い空間の先にフルートを見据えるような感覚です。

AK380では、L1000と似ていて空間が広いのですが、個々の楽器音はL1000よりもシャープで細身です。一方AK380+AMPセットだと、力強さや厚みが増すことと引き換えに、見通しが若干損なわれてしまいます。そういった意味で、L1000というのは絶妙なバランスで、線の細さ厚さや、見通しの悪さを回避した、一番無難で安心して聴けるサウンドを実現できていると思います。


ユニバーサルからブルーノート名盤の2017年最新リマスター(DSDダウンロード)で、コルトレーンの「Blue Train」を聴いてみました。すでにAnalogue ProductionsのDSDリマスター版もあるので、またか、という感じですが、やはり良いアルバムは最高音質を追い求めたくなってしまい、つい買ってしまいます。実際、旧版よりも楽器音の細かな情報が感じ取れ、以前であれば大音量のパッセージは頭打ちしていたところ、新版では音圧が控えめでやかましくなく、ちゃんと表面的なゆらぎや質感が味わえるので、良い仕上がりだと思います。

この手のハイレゾリマスターというのは、技術的進歩による音質向上と、アナログマスターテープ経年劣化による音質低下という二つの要素が交差しているため、年を重ねることで、良くなっているのか悪くなっているのか、なかなか判断が難しい部分もあります。とくに80年代のCDではまだテープの写り込み(プリエコーなど)が聴こえないのに、2000年以降の全てのリマスターで同じノイズが聴こえるなど、テープ劣化の進行というのは無視できない問題です。唯一のオリジナルマスターテープを使いまわし過ぎてもう使い物にならない名盤も多い、なんて事もあるらしいので、なんだか「遺跡の古代壁画を一般公開したら劣化してしまった」みたいな難しい問題ですね。

このアルバムはDSD 2.8MHzなのですが、L1000はDSDネイティブ再生対応ということで、一旦PCM変換されるAK300やAK70 MKIIよりも期待が持てる部分です。

ちなみにAK300やAK70 MKIIでも、DAP側の設定でUSB出力をDoPにしておくことで、PCM変換されずネイティブでL1000に送られます。

蛇足になりますが、試聴時にこの設定を切り替えることを忘れており、ずっとアルバムを聴いていて「なんだか歯切れが悪くてフォーカスが合わなくて変だな」と不満に思っていたところ、確認してみたらPCM変換モードになってました。DoPモードに切り替えることで、そんな音質の不満がスッキリ改善したので、やはりネイティブ再生のメリットは十分体感できるレベルであるようです。

L1000でのでDSDネイティブ再生ですが、搭載している旭化成AK4490 D/Aチップの内部演算に由来するものかもしれませんが、ハイレゾPCMとDSDそれぞれの鳴り方にあまり違いが無く、どちらも高解像な音楽ファイルとして同等に楽しめました。もちろん同じアルバムを両フォーマットで聴き比べれば、それなりに差はあると思いますが、そういう意味ではなく、PCMっぽさDSDっぽさのような安易な傾向が感じ取れません。

つまりファイル形式にこだわらず、L1000そのもののストレートなサウンドということですが、逆に言うと、「PCMはこういう音、DSDはこういう音」といった変化が味わえないため、面白味は薄いかもしれません。経験上なんとなくバーブラウンやシーラスロジックなど古いD/Aチップを搭載したものの方が、PCM・DSDの差が大きく現れるように思います。

L1000で聴くジャズですが、先程のオーケストラほど空間情報を引き出せるような録音ではないものの、やはり特徴的な、低音がスリムで過度に膨らまない安定感と、それによる、中高域の余裕と広がりが味わえます。

たとえばウッドハウジング密閉型のフォステクスTH610は、下手なアンプでは響きが暴れて濁りがちなのですが、L1000では前方視野に静かな空間(というか、テープノイズのみの空間)が広がっており、そこに楽器の音が点在するような落ち着いた鳴り方です。ボリュームを上げていっても不快感が増さないので、おかげで普段よりも音量が高めで、細部まで聴こえるようになり、情報量が多いということになるのでしょう。

iFi Audio Pro iCANと聴き比べてみました

空間表現ではなく楽器そのものの音色については、たとえば最近使う機会が多いiFi Audio Pro iCAN(KANNからRCAライン接続)と比較してみると、それぞれの違いが結構大きい事に気がつきました。

音色というのは好みの問題ですが、個人的にはPro iCANの方が好きです。ここまでハイエンドなヘッドホンアンプになると、良い悪いではなく、モデルごとに個性的な独自の魅力が目立つようになります

個人的にL1000の特徴だと思ったのは、「音色がとても乾いている」という感触です。どのアルバムを聴いても最終的にはこの印象が頭に残りました。つまり豊満な厚みとか、キラキラした響きといった、美音っぽい鳴り方ではなく、伸びていく音の質感がサラサラして、同じくサラサラしたバックグラウンドの中にスーッと埋もれていくような、無機質でドライな鳴り方です。特にトランペットとか高域の輝かしい楽器は、もっと派手にギラッとしてくれたほうがいいと思いました。

乾いているというのは、フラットでニュートラルだという意味ではなく、むしろ逆に、ディテールを伝えることを重視しているようです。ニュートラルを中間点としたら、コッテリ厚みや響きのあるアンプが片方にあれば、L1000は反対方向の極端に位置する感じです。

RMEやMytekのようなプロオーディオインターフェイスのヘッドホン出力に近い印象もあります。同様にTASCAMやコルグなども似ています。

この乾いたモニター調サウンドというのは、やはりAK380と表現手法がよく似ており、個人的に第三世代AKシリーズがあまり趣味が合わなかったポイントです。表面の情報量はとても多く、それを無理なく聴かせる空間スペースを設けているので、確かにハイレゾオーディオ世代にピッタリなのですが、もうちょっとグッと来るような音色の鮮やかさも欲しくなります。

音色というのは、あまりやりすぎると演出過多になってしまいますし、正解が無いのが難しいです。Pro iCANのように独立したアナログヘッドホンアンプでは、上流のDAC・DAPとの組み合わせやラインケーブルなどで自己流に音色の微調整ができるのですが、L1000のようにDACアンプ一体式だと、そのパッケージ化されたサウンドと常に付き合う事になります。

逆に考えると、過去のAKコラボヘッドホン(T5pやT8iEとか)というのは、全体的に高音であれ低音であれ、響き重視で個性的な味わい深いサウンドが多かったと思うので、それらと合わせるのであればL1000くらいドライな方がバランスがとれるのかもしれません。

あまり深く考えすぎると、音楽よりも機材の音を聴いている趣味になってしまうので、むしろあれこれ機材にエンドレスに時間もお金も投資するよりも、L1000を買ってしまえばもう悩まされないで済む、という割り切りも必要かもしれません。

おわりに

L1000のサウンドをわかりやすく表現すると、「近代的なハイパワーアンプ」というイメージが思い浮かびました。たとえば最新の高音質録音であっても、決してアンプ由来の限界や制限を意識させず、しっかり音源の核心まで引き出せているというポテンシャルがあります。飾らずに正しいサウンドを築き上げるという意味では、名前や外見デザイン以上に、神殿建築のようなシンプルな調和を体現できている、なんて言いたくなります。

たとえば、真空管でもトランジスターでも、入力から出力までの基礎設計が古く、最新録音の細やかな情報量をしっかり引き出せないようなアンプもまだまだ多いです。それらはサウンドの押しが強く、コッテリ厚い音色と個性的な倍音でごまかしているものです。

L1000は正反対で、とにかく音源の邪魔になるような(古典的なオーディオっぽい)要素は排除しており、おかげで、過度な押しの強さや、迫ってくる感じが無く、情報量は多いのに肩の力を抜いた落ち着きを見せてくれます。

たとえばAK300やAK70 MKII、もしくは他社製品だとDP-X1AやFiio X7などで外出用は満足しており、自宅ではもうちょっとパワフルなシステムが欲しいけれど、あまり大袈裟なシステムは買いたくないし、相性や組み合わせに悩みたくない、という人にピッタリ合うと思いました。

USB入力のみのシンプルな構造なので、これといって問題や不具合は思い当たりませんが、個人的には、できればマイクロUSBではなくフルサイズのUSB B端子にしてくれたほうが使いやすかったです。

それと、コスト削減のためか、AK DAPと接続するためのOTGケーブルを付属していないというのは、意外というか、判断ミスだと思いました。

OTGケーブルは特にトラブルが多く、安価な粗悪品はもちろんのこと、高級オーディオ用と称して、電磁シールドせずに、データと電源線を鎖編み込みで混在させている(デジタルオーディオでは御法度)、根拠のないキラキラプレミアムケーブルをよく見かけます。そういったケーブルでの不具合で(実際に音楽にプチプチノイズなどが出ます)、L1000そのものの信用を下げるよりは、そこそこまともなケーブルを同梱してほしかったです。

特にオーディオマニアは、高価な純銀キラキラケーブルで不具合に見舞われると、もっと信頼性の高い1000円のケーブルで検証テストすることすら拒否して、DACに責任転嫁する傾向にあります。


もうひとつ要望として、実際にDAPと連携して使っていると、やっぱりL1000の隣に並べられるスタンドのようなものが欲しくなります。とくにマイクロUSBケーブルは上下左右の動きに弱いので、DAPをリモコン代わりに無造作に扱うのは推奨できません。スマホ用みたいなプラスチックのスタンドがあれば、タッチスクリーン操作も楽になります。

AKはせっかく様々なDAPを作っているのですから、高価なドックアクセサリーのみでなく、もっと2,000円くらいでシンプルなプラスチックモールドの(DAPをレザーケースに入れたまま使える)スタンドを色々提案してくれたら良いのに、なんて思っています。

とは言っても、私みたいに「急な外出に備えて、常にバッテリー満充電を心がけたい病」の人にとっては、再生中充電ができないOTG接続というのは心もとないです。そうなると、やはりパソコンとのUSB接続で常備する使い方になってしまいます。


今回L1000でじっくりと音楽を聴いていて、ずっと頭から離れなかった事があります。それは、L1000というのはまさに「店頭試聴機」の理想に限りなく近い商品だと思いました。

たとえば一昔前のCDレコード店のニューアルバム試聴ブースとか、オーディオショップでのヘッドホン試聴コーナーとか、そんな感じのイメージです。

ノートパソコンやタブレットを接続すればそのまま即戦力になる、シンプルで失敗のない操作性というのも、店頭試聴機っぽさの理由のひとつですが、サウンド面でも、あくまでシンプルで無個性であり、脚色無く、伝えたいアルバムの内容をしっかり奥底まで引き出せるポテンシャルが実現できています。

3.5mmや4ピンXLRなど豊富な端子にとりあえず接続さえすれば、あとはボリュームノブのみが目の前にあり、それ以外の技術的なアレコレは眼中に入れず、ヘッドホンの性能を最大限に引き出してくれます。たとえば、私がショップで最新ヘッドホンを試聴してみたい、と思ったら、そこに備品としてL1000がポンと置いてあったら、サウンド評価の邪魔をせず100%信頼がおける装置として重宝すると思います。

つまりL1000は、泥沼にどっぷり浸かったオーディオオタクがあれこれ試行錯誤するものではなく、これだけをポンと卓上に置くだけで、(設計者には申し訳ないですが)存在すら眼中から消えて、パソコンから自分の耳元のヘッドホンまで、ストレートに淀みなく音楽を届ける、ボリュームノブだけの「見えない高級オーディオシステム」という存在だと思います。