2017年9月15日金曜日

Skullcandy Crusher Wireless ヘッドホンのレビュー

アメリカSkullcandyのBluetoothワイヤレスヘッドホン「Crusher Wireless」を買ったので、紹介します。

Skullcandy Crusher Wireless

価格は22,000円くらいで、通常のダイナミック型ドライバーとは別に、Skullcandy独自のハプティックベースドライバーを搭載したアクティブ・ツインドライバー式というユニークな設計です。

とにかく低音の表現が凄いヘッドホンということで、興味本位で買ってみたのですが、低音以外の全体的なサウンドやデザインもそこそこ優秀に作られていたので、紹介しようと思いました。


Skullcandy

このSkullcandyというブランドの急成長は目を見張るものがあります。2003年創設という比較的新しいブランドですが、2008年の経済記事によると、毎年の売上が400~800倍というペースで爆発的に成長した、稀に見るサクセス・ストーリーだそうです。

社長のRick Alden氏はそれまで米国でスノーボード用のブーツビンディングなどをのメーカーを経営していたところ、防寒具に包まれたスノーボーダーでも手軽に扱えるような、堅牢で高品質なヘッドホンが欲しい、というアイデアからSkullcandyを起業したということです。

初期モデルの頃から、ありふれたガジェット家電としてではなく、デザインから販売まであくまでゴーグルやビンディングと同様にアクティブスポーツ目線に特化しており、流通のツテを活かし、あえて家電店ではなくボードショップ店頭で売ることで、コアなユーザーからのフィードバックを元に地道に進化していきました。

ある程度ラインナップが充実してきた2007年にアメリカの大手家電量販店チェーンの目に停まり、そこから一気に急成長したわけです。すでに商品開発の下地はしっかり完成されていたので、企業ポリシーがぶれず、ハッキリしたラインナップと目的意識を持っていることが好感を得たのだと思います。

つまり、よくありがちな、極東の大手家電メーカーが「最近の若者」に売るために広告代理店とタイアップして「それっぽい」アクティブスポーツイメージを植え付けたのではなく、本当の意味でのニッチから、大手に成長していった歴史があります。

こういうプロモーションが本当に上手です

ブランド創設当時は雑誌やCMなどの宣伝広告費をほとんど使わず、業界内でのコラボレーション戦略をとったそうです。つまり、スノーボードやエクストリームスポーツで一目置かれている大手ブランド(ヘルメットやリュックなど)のギアにSkullcandyオーディオアタッチメントを組み込む事で、お互いの強みを活かし、相手ブランドが「Powered by Skullcandy」とロゴを貼って宣伝してくれる、という仕組みです。

そんなSkullcandyも、大台に乗った2007年以降は成長も落ち着いてきたため、商品展開のペースは落として、次世代後継モデルの開発に専念してきました。派手ですが、小手先だけの「安かろう悪かろう」ではなく、逆に無駄な高級感も出しておらず、あくまで中堅ポジションで真面目にがんばっているところが好感が持てます。

また、競争の激しい日本の家電市場に真剣に参入してきたのもちょうどその頃からです。それまでは一部のスポーツショップなどで並行輸入されていたのみで、最近になって都内にフラッグシップストアができたり、ようやく知名度が上がってきた感じがあります。

Skullcandy Aviator

とくにAviatorというモデルは国内外で人気で、デザインが個性的なため、使っている人を見るたびにカッコいいなと思ってしまいます。初期の「ブラウン+金メッキ」版は欲しい人が多くプレミアがついています。

当時の経済記事を読んでみると、社長のインタビューの中での言葉に説得力がありました。簡単に訳すと「一般人がコアな商品を欲しがることはあっても、コアなユーザーが一般向け商品を欲しがる事は無い」というのが彼のポリシーだそうです。

つまり、自分達開発陣が日頃からコアなユーザーとしての目線を理解していなければ、見かけ倒しで小手先だけの製品になってしまい「ああこれは、そういう路線に見せかけたやつだな」と、すぐにバレてしまうものです。自分達が雪山のスロープで使いづらい、カッコ悪い、と思ったのなら、それは客だって同じだろう、ということです。

一般客も、たとえヘリコプターで山頂から飛び降りるようなプロスノーボーダーや、ハーフパイプを颯爽と飛び交うプロスケーターでなくても、それらの現場で見る「尖った商品」というのには惹かれてしまいますし、さらに、実際に手にとって使ってみると、ニーズに答えた優れた商品だとい説得力は十分実感できます。とくに米国公式サイトの、タイアップイベントやアーティスト情報を交えた、ブログ感覚のプロモーションは、本当に優秀だと思います。ヘッドホン業界に限らず、ここまでブランドイメージを上手に育成したメーカーというのは珍しいです。

Crusher

今回買ったのは2017年のCrusher Wirelessというモデルですが、ベースになるのは2013年に登場したCrusherというモデルで、ワイヤレスではなく有線でした。

Skullcandy Crusher

Skullcandy Skullcrusher

さらに遡ると、そもそも2003年にSkullcandyが初めて作ったヘッドホンが「Skullcrusher」という名前で、それもアクティブサブウーファー搭載のツインドライバー式を採用しているので、つまりこのCrusherというのはSkullcandyのオリジンとも言える重要なシリーズです。

2013年のCrusherは、米アマゾンにて1,300レビューで星4.4と、大手ブランドヘッドホンの中でもかなり評価が高いモデルです。大手ヘッドホンでも1,000レビュー以上というのはなかなかありません。(例外はMDR-7506やATH-M50xとかでしょうか)。

2013年 Crusher

個人的に、実は今回のCrusher Wirelessよりも、デザインは有線Crusherの方が好みです。イヤーカップのフォルムなども個性が際立っていますし、さらに、限定バージョンを含めて、15種類以上のカラーバリエーションが展開されているのも魅力的です。

カラーバリエーションというよりは、それぞれ個性的なデザインなので、よくありがちなメタリックブルーとかレッドとかではなく、興味を惹くインパクトが強いのが素晴らしいです。ヒョウ柄やヘビ柄のような奇抜なものだけでなく、マットグレーや、樹木のカモフラージュ柄など、そこそこ落ち着いていて目立たない物も多いです。

そんな有線Crusherなのですが、ツインドライバーというコンセプトは良かったものの、私の頭では装着感が悪く、とくにクッションがフニャフニャで、ちゃんとした密閉が得られなかったことと、内蔵アンプが単3乾電池でめんどくさいので、結局購入には至りませんでした。

アマゾンなどを見ると、カラーバリエーションごとに需要と供給で値段が臨機応変に変わるのも面白いところで、スニーカーと同じようなコレクター精神を盛り上げているのも成功の秘訣だと思います。不人気なカラーだと7000円程度から買える安いヘッドホンでありながら、アクティブアンプ回路を含めてよく頑張って上等に仕上げたヘッドホンだと思います。

Crusher Wireless

そんな個性的だった有線Crusherと比べると、Crusher Wirelessはずいぶん無難な路線を狙ったなと感じます。

Bluetooth接続はSBCのみでaptX未対応なのが残念ですが、バッテリーは公式で40時間ということで、アウトドア向けの安定志向な設計です。バッテリーも乾電池ではなく、内蔵電池のマイクロUSB充電になったのは便利です。BoseやBeatsのようなアクティブノイズキャンセリングではなく、ただの密閉型Bluetoothヘッドホンです。

大人びたデザイン

こんなふうに折りたためます

今回、初回モデルのカラーバリエーションも黒と白というありふれた二種類のみで、これまでの派手なデザインは一体どこに行ったのかと不思議に思えるほどです。経営体制が変わったのか、それとも戦略的に路線変更したのか、どうなんでしょうね。

私が買った黒いやつは、全体的なデザインもかなり無難に仕上がっており、申し訳程度のメーカーロゴを除いては、それこそBOSEやゼンハイザーのビジネスモデルかと思えるくらい地味です。

ゼンハイザーHD4.40とか、最近こういうデザインが増えましたね

とくにゼンハイザーが今年発売したHD4シリーズとよく似ており、遠くからでは見分けがつかないくらいです。BOSEやソニーのワイヤレスモデルなんかも、最近マットブラック単色というのがトレンドみたいですね。

ホワイトバージョン

ホワイトバージョンはもうちょっと個性があり、薄茶色のイヤーパッドに、ヘッドバンドはグレーのスエード素材なので、アクティブスポーツというよりはオフィスや通勤でも通用する大人なデザインだと思います。

雑誌などで見る宣材写真もスケボーでジャンプしているようなエクストリームスポーツとは程遠い、スタートアップベンチャーでシェアーオフィスでエスプレッソマシンみたいな意識高い系若手イメージの人達ばかりです。同社としては高めな二万円超ということで、米国ではとくにBeatsやBoseなどと競合するような位置付けを意識しているのかもしれません。

そんな落ち着いたデザインのCrusher Wirelessですが、装着感と操作性に関しては、さすが旧Crusherの経験があるため、実際に使ってみて「ちゃんとよくわかってるな」と感心する素晴らしいデザインです。

イヤーパッドは厚く大きいです

イヤーパッドはかなりフカフカで、側圧は結構強めですが不快感は少なく、アクティブノイズキャンセリングでは無いものの、遮音性も普段の通勤通学で十分実用的な部類です。とくにイヤーパッドは有線Crusherと比べると厚さや吸着感が大幅に進化しており、肌触りはソニーMDR-Z7とかと似たような感じです。

ヘッドバンド中心のくぼみが嬉しいです

ヘッドバンドも幅広で、頂点にくぼみがあるので、ただベタッとした形状よりも圧力点が分散され、4-5時間使っても頭頂部が痛くなることはありませんでした。さらに、私は屋外ではキャップをかぶる事が多いので、このくぼみは本当にうれしいです。この部分のデザインは他のヘッドホンメーカーも見習ってもうちょっと考慮してほしいです。

操作ボタンはわかりやすく、押しやすいです

本体右側には再生ボタンとボリュームボタンが並んでいるのですが、かなり大きく、間隔も広くとっており、デザインもわかりやすいです。

本体左側には、バッテリー充電用のマイクロUSB端子と、有線接続用3.5mmケーブル端子、そして、肝心の低音ブーストスライダーがあります。

手触りでどのボタンか瞬時に理解できるのは、さすがSkullcandyだと感心しました。本体ハウジングの形状も含めて、たとえグローブをはめていても無造作に掴んで着脱できますし、ボタンの押し間違えもありません。

他社ヘッドホンの場合、豆粒みたいな小さなボタンとか、ラベルを読まないと何のボタンかわからないとか、さらに酷いのは、地肌じゃないと反応しにくいタッチセンサーとか、実際に外出中に使ってみるとかなり煩わしいデザインが本当に多いです。

とくに、本体側面がタッチセンサーになっているタイプが最近流行っていますが、アクティブに使うにはあまりにも誤動作が多いです。ボリュームや再生停止などの肝心な機能はCrusher Wirelessのように「グッと押すとカチッと反応する」物理ボタンが一番嬉しいです。

生活家電やデジカメなんかも、一昔前にタッチセンサーが流行りましたが、今は軒並み物理ボタンに戻ったように、ヘッドホンもそうあるべきです。

ちなみにCrusher Wirelessのボタンは、再生ボタンを長押しで電源ON・OFF、起動時に長押しでペアリングモードになり、それぞれ音声ガイダンスが入ります。ボリューム上下も長押しで曲送り、曲戻しになります。

派手な3.5mmリモコンケーブル

有線接続用の3.5mmケーブルも付属していますが、地味な本体デザインへのわずかな反抗とばかりに、ピンクのコネクターになっています。

パッケージ

ラインナップの中でも上級モデルだけあって、パッケージも相応に高級感があります。ちなみに私が買ったのは米国版なので、日本版は若干デザインが異なるかもしれません。

しっかりしたパッケージ

本体ポーチがそのまま入っています

上蓋がパカッと開く厚紙パッケージで、Crusher Wirelessのスローガンである「Bass You Can Feel」という言葉が強調されています。

無駄なビニール包装などが無く、開けたらそのまま収納ケースに本体が入っているのは嬉しいですね。こういうのは旅行先とかで買ったらすぐに開けて使いたい人も多いので、ゴミが出ないのは良いことです。

付属マイクロUSB充電ケーブル

本体以外には二つの小さな紙箱があるのみで、説明書とケーブル類が入っています。

収納ポーチ

収納用のソフトポーチが付属しているのですが、厚手のしっかりした素材でできており、内部にはケーブルを入れるためのメッシュポケットも備わっており、アウトドア用品店で売っていてもおかしくないくらいの優れたデザインです。

ハプティックベース

そもそもCrusher Wirelessを買ったのは、ハプティックベースドライバー搭載のツインドライバー設計だからなので、その仕組みについても紹介します。

ハプティックというのは「感覚的な」とか「肌で感じる」といった意味があるので、たとえばスマホの画面を押した時に振動することで、あたかも物理ボタンを押したかのような感覚にさせるのは、ハプティック・フィードバックと呼ばれています。

つまり、Crusherのハプティックベースドライバーは、振動に特化したサブウーファーです。

サブウーファーというのは100Hz以下の低音(低周波振動)のみを再生するための専用ドライバーのことで、低音というのは振動板をグイグイ押し引きするための膨大なパワーが必要なので、Crusher Wirelessのように、それ専用のアンプを搭載することが理想的です。

ちなみに、サブウーファーなんて無くても、ソフトのイコライザーで低音をブーストすれば良いのでは?と思うかもしれませんが、一般的なドライバーは低音再生を得意としていないため、低音を無理に出すと歪みが発生し、他の帯域も潰れたり濁ったりします。たとえば50Hzの低音を鳴らそうとしたのに、100Hzや200Hzといった高調波歪みも鳴ってしまい、全体がモコモコ濁ってしまうということです。

実を言うと、多くのヘッドホンの場合、低音そのものはほとんど満足に出ておらず、ハウジング反響などで100Hzや200Hzの倍音を増強することで、ドラムやベースなどが「聴こえるけど、本当の低音は鳴っていない」というモデルが多いです。しかし、それでは中域で鳴っている他の楽器と混じってしまうため、音が篭もる、見通しが悪い、といった問題が発生します。「低音が強いヘッドホンは音が篭もる」という都市伝説は、こういった事情もあります。

これはヘッドホンだけの問題ではなく、ホームオーディオや映画館などのスピーカーでもやはりシングルドライバーは不利なので、低音は低音専用のドライバーを設けることが常識なのですが、ヘッドホンではスペースや駆動の難しさからシングルドライバーが主流になっています。

サブウーファーを導入するとなると必ず指摘されるのは、まず本当に必要なのか?という疑問です。ロックバンドやクラシック室内楽とかは、そもそもそこまで低い低音を鳴らしていませんし、録音でもカットされていることが多いです。しかしリズムマシーンを多用するポップスやR&Bなどでは、合成音でかなり低い音まで作り込むことで、ライブやクラブを盛り上げています。さらに言えば、大爆発や飛行機の轟音、神秘的な風景BGMなど、映画館の臨場感にはサブウーファーは必要不可欠です。

もうひとつの問題は、「別の場所から低音が鳴るから、音のつながりが悪くなるのでは?」という疑問です。

ここで重要なのは、人間の聴覚と脳の仕組みとして、およそ50Hz以下の低音になると、指向性を失ってしまう、つまりどこから鳴っているのか識別できなくなります。つまり、中高域であれば方向と距離が想像できるのですが、低音はそれができません。

低音の波長はとても長いので(たとえば50Hzで約6.8m)、左右の耳での位相差や音量差を把握できなくなるからです。

ようするに、低音のみに特化した正真正銘のサブウーファーであれば、メインドライバーとは別の場所にあってもあまり違和感は無いということです。逆に言うと、メインドライバーだけでも50Hz程度までしっかり鳴らせる高性能・高帯域であってはじめてサブウーファーの真価が発揮されます。

悪い例としては、安価なパソコン用デスクトップスピーカーとかでありがちな、メインスピーカーがシャリシャリの貧弱スピーカーで、サブウーファーが200Hzくらいの中低域まで鳴らすことを要求される設計だと、あからさまに「つながりが悪い」「音像がバラバラ」なサウンドになってしまいます。

ピュアオーディオで「サブウーファーは悪」のように捉えられているのは、そういった安易なシステムであったり、ちゃんとした使い方をわからずに中低域補助用と勘違いしている人が多いという理由もあります。もっとも、優れた設計の大型フロアスピーカーと強力なアンプの組み合わせであれば、サブウーファー無しでも十分な低音が実現できますが、ヘッドホンではなかなか難しいです。

中身はかなり高密度な回路基板です

右側に電池があります

せっかく買ったわけですし、ハプティックベースドライバーがどういう仕組みなのか気になったので、中身を覗いてみました。

Bluetoothアンテナを含む殆どの回路は左側ハウジングにあり、右側には操作ボタンとスマホのようなバッテリーが入っているのみです。

メインの40mmダイナミックドライバーが中央に配置されており、その上にドーム状のハプティックベースドライバーが見えます。

ワイヤレスということもあり、かなり複雑な回路基板を搭載しており、値段が高い理由も納得できます。正直ここまで気合の入った中身だとは想像していませんでした。Bluetooth制御チップからのアナログ信号はメインドライバーとベーストライバー用に分岐され、専用アナログアンプを通って駆動するアクティブ2WAY構成です。

ベースドライバーの存在感が凄いです

中身はこのようなデザインです

ハプティックベースドライバーはメインドライバーと軸線が合うように傾斜して配置してあり、ドームを外して中身を見てみると、螺旋状にカットされた金属板を振動板として使っていることがわかります。

一般的なプラスチック製ダイナミックドライバーとかでは、どんなに頑張っても40mm程度では十分な振幅が得られないため(それこそ空気ポンプみたいな長いストロークが必要になります)、そのかわりに、金属板を振動させることで低い低音を実現しています。また、この特殊な螺旋状の形状にすることで、低音にシャープなアタックと弾みを与えて、中低域まで響かせないレスポンスの良さが実現できます。

実際に装着した状態でハウジングを叩いてみると、この金属板が自由に動くことで、「ボーーーン」と、まるでお寺の鐘のように体に響く低音が聴こえます。つまり、音楽に対してハウジングが響くのではなく、金属板で振動を作り出す、低音のみのために作られた専用設計ということが、ヘッドホンとして非常にユニークです。

音質とか

今回の試聴には、Bluetoothということで、スマホのXperia XZと、AK KANNを使ってみました。aptXではなくSBC接続ということもあり、接続はそこそこ良好で、歩行中もまずまずドロップアウトしたりましませんでした。もし音が途切れる場合、アンテナは左側ハウジングなので、ソースはそっち側で持つと良いです。

それにしても、近頃のBluetoothヘッドホンはSBCでもずいぶん音が良くなっていることに時代の進歩を感じます。2年前であればSBCはガサガサした粗っぽい音でaptX必須といった感じだったのですが、最近色々使ってみると、AptXは転送データ量が多いため、駅前など電波が多い場所ではドロップアウトしやすいので、むしろSBCを使いたいと思う事が多くなりました。Bluetoothヘッドホンは自宅でじっと正座して聴くようなものでもないので、僅かな音質差よりも、接続の確実性を優先したいです。

スマホとノートパソコンでペアリングを切り替えたりするのも問題なかったので、アウトドアのみでなく自宅での雑用にも結構便利です。

肝心の音質についてですが、良い意味で「期待を裏切られた」というか、かなり真面目でまともなサウンドだったので、意表を突かれました。

名前からして「クラッシャー」なので、さぞかし強烈なドンシャリ系の荒々しいサウンドなんだろうと想像していたのですが、実は全くの真逆で、むしろマイルドで長時間でも聴きやすいように仕上がっています。

まず驚いたのは、低音ブーストのスライダーを一番弱く、つまりハプティックベースドライバーを完全にOFFにした状態で聴いてみると、そこそこ広帯域で中域重視の暖かめな音色です。つまり、低音ブースト無しの状態で、いわゆる「普通に良いヘッドホン」のサウンドが得られます。

ハウジングは空間余裕を持ったアラウンドイヤー密閉型ということもあり、シャープで直接的というよりも、むしろ音像に余韻を持たせて、ワンテンポの距離感を持って鳴っている感覚です。そこまで過剰に響かせる感じでもないので、密閉型っぽい圧迫感は少なく、たとえば小さなライブハウスとか、ジャズバーのステージみたいな空間の臨場感が味わえます。

中域のボーカルや高域のパーカッションなども派手さはなく、メリハリも強く出てこないのですが、ドライでそれでもそこそこ解像しているので、雰囲気の良いバーのソファーに座って遠目で音楽を楽しんでいるような、落ち着いた鳴り方です。


ブルーノート・レーベルから、カーメン・マクレエの1976年ライブ盤「At the Great American Music Hall」を聴いてみました。

当時54歳のベテラン歌手マクレエが、サンフランシスコにあるライブホールにて行ったパフォーマンスで、ディジー・ガレスピーのトランペットを含むカルテットとのアットホームな一体感が楽しめます。

ロックライブなどで使われる500人程度の小さなホールで、70年代の充実した録音設備を駆使しているため、当時のリアルな雰囲気がしっかりと伝わる優秀な録音です。

フォステクスTH-610やベイヤーダイナミックDT1770など、硬派な密閉モニター系ヘッドホンで聴くと、あくまで歌手マクレエの口元の再現性が主体で、その背後にバンドが展開するような、典型的なバンド音像なのですが、Crusher Wirelessは一味違います。

まず低音スライダーを最小にした状態で聴いても、ライブ観客席の空気が感じられ、マクレエを含むバンドが前方遠くのステージ上にいるように聴こえます。実際の距離感というよりも、自分の周囲にサラウンドのごとく臨場感が聴こえるため、観客としての立ち位置が強調されるのでしょう。ボーカルやドラムの高音もそこそこクリアですが、一歩離れたような余裕があります。滑舌が無理に強調されていませんし、生の声というよりは「マイクを通してスピーカーから出ている音」っぽい、その場のリアリズムを再現しています。

低音スライダーを徐々に上げていくと、想像していたより効果は薄く、とくにベース奏者の音は安易に膨れることなく、目立った変化はありません。一方、サラウンド的な臨場感の一部として、低音がライブ会場に反響している音が、スライダーを上げるほど強調されていきます。結局、スライダーを半分くらい上げたところがちょうど良いと思いました。

つまり、この録音の場合、ベース楽器そのものの音色はそこまで低く出ておらず、あくまで中低域の音色なので、低音スライダーの影響を受けずません。会場の反響のほうがもっと低い周波数まで鳴っているので、普通のドライバーでは十分に再生できていないところ、ハプティックベースドライバーのおかげで引き出されていくのでしょう。これはキックドラムの音でも同様の効果を感じます。メインのバンド演奏そのものは変化せず、スライダーを動かすことでライブ会場の雰囲気を強調させることができる、エフェクトのような効果が得られます。



ソウル系ヒップホップの名盤Talib Kweli&Hi-Tek「Train of Thought」を聴いてみました。2000年のアルバムなのでちょっと古いですが、この頃のヒップホップは音楽的に質が高いものが多いです。

録音はニューヨークの「エレクトリック・レディ・スタジオ」で行われているのも興味深いです。ジミ・ヘンドリックスにより発足されて以降、ツェッペリン、ストーンズ、ボウイ、スティービー・ワンダーから近年のダフト・パンク、レディー・ガガまでアルバム制作に使っている、ロック・ポップ音楽史上における最高峰のスタジオです。そんな背景もあってか、アコースティックで優しい雰囲気に包まれたヒップホップアルバムです。

Crusher Wirelessのメインドライバーから鳴る音楽は、左右ステレオの広がりが控えめで、ボーカルやパーカッションは目の前にコンパクトにまとまります。ヘッドホン自体の味付けは薄め、シンプルでクリーンなので、レコーディングの意図がよく伝わります。

リズムのチキチキサウンドは硬めでドライですが、金属っぽさは無く、刺さりません。中域の男性ボーカルの滑舌あたりに若干ザラッとした感じがあるので、たとえばゼンハイザーHD25(とくにAmperior)やKOSS SPシリーズなんかと似ていると思います。そのため、見通しはそこそこ良く、全体の構成が掴みやすいですが、派手に迫ってくるタイプでもないので、自分からすすんで聴きに行くようなスタイルです。低音も素直でバスレフっぽさが皆無なのがクリーンさに貢献しています。

サンプルやエレピなどで左右に思いっきり振っているサウンドでも、距離感に余裕があるので、イメージとしてはちょうどハウジングの外側くらいから音が出ている感じです。

低音スライダーを上げてみると、ベースラインとベースドラムが強烈に主張してくるのですが、メリハリがとてもしっかりしているため、わざと最大まで上げたりしないかぎり、下品に破綻するようなことはありませんでした。先ほどのライブジャズの例とは異なり、スタジオ録音なので低音の臨場感みたいなものは無いので、どんなに低音スライダーを上げても低音以外の音楽そのものに一切の変化を与えません。

このアルバムはとくに、トラックごとにベースドラムの音色が変わり、曲の印象もガラッと変えてくるのが体感できて楽しいです。ヒップホップに限ったことではなく、この豊富な低音の作り込みがトラックメイカーの技術がハッキリ分かれるポイントだと思います。

生っぽいキックドラムや、スチールドラム、ベースラインと重ねたリズムマシンなど、曲ごとに個性を持たせており、パンチの強いアタックでリズムを保ち、音色の質感でグルーブを与え、そして余韻で伴奏に厚みを出す、という三つの役目をしっかり実現できており、Crusher Wirelessがそれを具体的にしています。

曲ごとに重低音の量感も変わるので、低音調整スライダーのおかげで即座にバランス調整ができるのが非常に便利です。


石野卓球の2016年アルバム「Lunatique」を聴いてみました。久々のオリジナル・アルバムということで昨年リリース当時は多くの雑誌などで取り上げられていました。

中身はほぼシンセ直球勝負の硬派なテクノ、ハウス、エレクトロポップなどでまとめており、オーソドックスな懐かしさの中に新鮮さも感じます。さすがベテランだけあってパートの展開とタメが本当に上手で、ワビサビのような独特のグルーブ観があり、ベタなフィーチャリングボーカルとかも無いのが嬉しいです。私が初めて彼のコンピCDを買ったのが98年のReactレーベルのやつだったので、あれからもう20年近く経ったことに驚かされます。

さらに当時のトラックと比べると音の透明度や伸びやかさといった「音質」面で飛躍的に進化しているのが特に嬉しいです。

先ほどのヒップホップと共通するポイントとして、低音の「鳴らし方」にかなりこだわっていて、ある時は飛び弾むキックドラムのように、またある時はメロディに溶け込むベーストーンとして、一曲毎に全く違う楽器のように、多くの表情を楽しめます。グルーブに浸っている最中、次の曲に切り替わった瞬間に、全く新しく新鮮な低音の「リズム・音色・響き」が飛び出すので、フッと心がリセットされる、そんな楽しみ方をCrusher Wirelessのおかげで体感できました。普段ヘッドホンでは味わえないような深い音色の宝庫です。

せっかくの凄い低音なので、時代を遡って90年代からMoSやRenaissance・Global Undergroundなど、時代ごとのクラブヒットコンピを順番に聴きまくったのですが、1995年頃から2017年現在まで、低音の量や音作りが大きく変わったわけではない事に驚きました。

どの時代でも記憶に残るトラックというのは、低音の作り込みがすごく良く、Crusher Wirelessで聴くことで改めて「なるほど、だからすごい好きなんだ」と、あらためて再確認できました。逆に、キャッチーなメロディで一発屋だった陳腐なトラックというのは、概ね低音はブーブー鳴るだけで、いまさら聴き込む価値が無いことにも気付かされます。

このアルバムに限らず、テクノやハウス系はそもそも低音の量が多いので、Crusher Wirelessの低音スライダーはほんのわずか(10%ほど)上げたくらいで十分でした。ジャズやヒップホップの試聴では50%まで上げることもあったので、やはりジャンルや曲ごとに調整できるのはありがたいです。単純に「低音が強い」タイプのヘッドホンだったなら、融通がきかず強烈すぎたかもしれません。

低音スライダーをOFFにした時の音は、ソニーMDR-Z7と雰囲気が似ているようにも思えました。Z7の方が側圧が緩く、ハウジング空間も広いため、もっとフワッとした余裕がありますが、低音の抜けや量感は同じくらいです。スネアなどのアタック音はCrusher Wirelessの方が硬くドライで、Z7はちょっと上品に澄んだ空気が加わります。しかしZ7をイコライザーで低音ブーストしても、Crusher Wirelessほどの圧倒的なキレや体感は得られません。

ほかにどんなヘッドホンと似ているかと考えたのですが、色々な音楽を聴いていると、やはりCrusher Wirelessのサウンドは伝統的なアメリカのオーディオらしいチューニングだな、と思えてきました。

「アメリカン」なんていうと、大味でワイルドなイメージがあるかもしれませんが、オーディオ製品に限って言えば、むしろ逆で、中域の暖かみや素直さ重視で、芯のしっかりしたサウンドだと思います(私の勝手なイメージです)。つまり穴のあるドンシャリ広帯域とは真逆です。

たとえばBOSEやKOSS、最近ではAudioquest Nighthawkなどがそんな部類に入ります。もうちょっと範囲を広げれば、Audezeなんかもアメリカっぽさに当てはまるかもしれません。

各国での大手オーディオフェアや、ショップデモなどに参加すると、やはり日本とヨーロッパとアメリカでは、試聴デモで選ばれる音楽ジャンルというのが大幅に異なります。そのため、国ごとのメインストリームに合わせたオーディオ機器のサウンドというのが生まれるのだと思います。

アメリカのオーディオフェアというと、どんなに高級なハイエンドシステムであっても、ジャズや室内楽ではなく、大概60~70年代の荒っぽいロックやポップスが流れます。また、ライフスタイル系の試聴イベントではカーズとかみたいなニューウェーブロックから、最近のダブステップばかりです。試聴者層の傾向で、試聴デモの選曲も必然的に絞られてしまうという事です。

これがスピーカーやヘッドホンのチューニングどう関わってくるのかというと、公の場で試聴評価に使われる音楽が生楽器ではなく主にパワフルなスタジオプロデュース曲だと、録音そのものの音圧がかなり高く、迫り出すような自己アピールが強いため(たとえばクラシックとは違い、音楽の無駄になるような音は意図的に排除する、漫画的な手法です)、その中でメインボーカルやギターなどのコアな部分をスムーズに導き出す力が要求されます。

音場の評価も、スタジオマルチトラックなので空間展開の整合性はあまり重要ではなく、むしろダイレクトすぎる録音に対して、ふわっとしたライブっぽい空気や余裕を付与するヘッドホンのほうが好ましいです。

あえて断言的に言いましたが、オーディオの音作りというのは、その国のメインストリームである音楽観やメディアの歴史と深く繋がっていると思います。世の中の全員がクラシックやジャズピアノを聴いているわけでは無いように、好みのジャンルと録音手法にぴったりマッチするヘッドホンを見つけることが、オーディオの本来の楽しみ方ですし、メーカー開発陣もそのリアルな音楽の現場を知る人であるべきです。その辺がSkullcandyが上手な秘訣なのでしょう。

おわりに

興味本位で買ったCrusher Wirelessですが、シンプルで使いやすい操作性と装着感、派手な音楽でも聴きやすい温暖系の素直なサウンドに、圧倒的な低音ブースト機能と、2万円台のカジュアル用途としては十分満足に使えるヘッドホンでした。

とくに低音ブーストが不必要であればOFFにすればよいですし、徐々に上げていけば、曲ごとに低音の音作りの良し悪しがハッキリとわかる、他のヘッドホンでは味わえない特別な体験が得られます。

また、聴き疲れせず包容力のあるサウンドなので、音楽だけでなく、ネット動画、映画やゲームなどもしっかり鳴らしたいという人にも特にオススメです。特に低音効果と映画の相性は抜群で、ここまで映画館のサウンドを再現できるヘッドホンも珍しいです。

このヘッドホンを使っていて、そもそも「レファレンス」というフレーズは一体どういう意味であるべきだろう、という疑問が浮かびました。これはヘッドホンマニアとしてかなり重要なトピックです。

たとえばヒップホップやクラブ系音楽を創っているアーティスト、もしくは大規模ライブイベントで活躍する歌手やバンドのプロデューサーなどが音楽を評価する基準は、スタジオの静寂で淡々とモニタリングするサウンドなのか、それともフロアのPAシステムでガンガン鳴らしたときのサウンドなのか、という疑問です。

ハウスやテクノなど、自宅のヘッドホンでチマチマと精密に聴くのではなく、一番感覚的に楽しいのはクラブのDJセットでPAを思いっきり鳴らしたときのフロア全体に響くサウンドです。ロックバンドをライブハウスの熱気の中で聴くのも同じです。Crusher Wirelessはそういったライブで味わえる低音の響きを決定的に再現できており、むしろこれがライブサウンドの「レファレンス」に近いのでは、と思いました。

なぜそれが重要なトピックなのかというと、最近ヘッドホンマニアの話を聴いていると、普段音楽を聴くのはヘッドホンのみで、本来のライブ音楽シーンを体験したことがない、という人がとても多いからです。つまり、PAスピーカーからガンガン浴びる低音や、ホールの箱鳴り感などとは無縁の人だと、Crusher Wirelessを聴いても「意味がわからない」という事になってしまいます。一方、イベントによく一緒に行く友達にCrusher Wirelessを聴かせてみると、「あの低音」を一聴するだけで笑顔いっぱいになります。そのギャップがあるからこそ、評価の分かれるヘッドホンなのだと思います。

ここまで考えてみて、なんだか自動車のカーステレオを連想しました。たまにカーステレオにものすごいお金をかけて、巨大なパワーアンプとサブウーファーを積んで、低音をボンボン鳴らしている人がいますが、あれも「カーステレオだから」そうしているのではなくて、実際のクラブイベントのサウンドを「再現するため」にそうしています。(家庭でやっても近所迷惑になりますし)。そういったイベントのサウンドとは無縁だと、なぜあんなボンボン鳴らしているのか理解できない、となりますし、逆にクラブやライブイベントが好きな人だと、「おお、頑張ってるな」と共感してしまいます。

Crusher Wirelessはそんな特別な体験を極めて手軽に味わえるというところが素晴らしく、必ず一定の需要があり、淡白なオーディオファイルヘッドホンとは同じ目線で評価できない面白さがあります。