2017年5月10日水曜日

いろいろ試聴記④ Ultrasone Edition 8 EX

いろいろ試聴記の四回目は、Ultrasone Edition 8 EXです。前回のGrado GH2に続いて、これまたイロモノというか、個性的なヘッドホンです。

Ultrasone Edition 8 EX

Ultrasoneの代表的モデルとして2009年からのロングセラーを誇っている「Edition 8」の流れを継ぐ最新作で、2016年に登場しました。既存のEdition 8シリーズは継続して販売されているようなので、後継機というよりは、新解釈もしくは上位機種という扱いなのだろうと想像します。

ポータブル用途をも想定したアラウンドイヤー密閉型ヘッドホンでありながら、価格は28万円くらいと非常に高価です。しかしこの奇抜なデザインを一目見ただけで、只者ではないオーラを感じ取れます。


Ultrasone

ドイツのヘッドホンメーカーUltrasoneは、同国のゼンハイザーやベイヤーダイナミックと比べると、かなりクセの強いマニアックなメーカーのイメージがあります。あちらは会議用マイクやコンサート設備など業務用製品を主体に置いているところ、Ultrasoneは音楽用ヘッドホンのみの専門メーカーとして、DJや録音スタジオ、そしてEditionシリーズでは趣味の音楽鑑賞と、極めてパーソナルな視点で、通好みな逸品を揃えています。

Edition 8 EX

Ultrasoneというと日本では主に高級路線で攻めており、今回のような豪華絢爛なラグジュアリーモデルばかりが話題になりますが、世界的に見てみると、楽器店などで売っている1~4万円くらいのDJモデルの普及率は結構高いです。

私にとってUltrasoneのイメージというと、たとえば音楽フェスなどで、薄汚い苦学生みたいな連中が、ボコボコになったUltrasone DJ1 PROやPRO550ヘッドホンをリュックサックに引っ掛けて持ち歩いている、という印象が強いです。優等生的な国産ヘッドホンと比べるとなんとなく「ワル」な感じがして、それでいて媚びた奇抜さも無い、大企業とは一味違った下町風(?)な魅力があるように思っています。

Ultrasoneといえば堅牢なDJヘッドホンです

最近は各メーカーから見掛け倒しにゴツい重低音ヘッドホンなんかが多いですが、意外と堅牢性・ボコボコ耐性を重視したロングセラーヘッドホンというのは少なくなっていると思います。(日本だとオーテクATH-M50xとかが有名です)。

Edition 5とEdition 10

そんなUltrasoneの中でも「Edition」シリーズとなると、単なる道具としてのヘッドホンの枠組みを超えて、高級な手触りやデザイン性にも注力している、いわばハイエンド・コレクション的な存在です。これまでに(時系列の順不同で)Edition 7、9、8、10、12、5といったモデルが登場しており、さらに、たとえばEdition 8では材料や質感を変えたスペシャルアレンジモデルが数多く取り揃えられています。

ドイツ本社工場での手作業によるバッチ生産ということもあり、定期的に気が向いたらアレンジを加えて増産するといった、ガレージメーカー的なアプローチをとっています。人気次第で次のロット製造はいつになるかわからないし、次回は素材や配色が同じである保証は無いよ、という意味での「限定モデル」なのでしょう。

このEditionシリーズの手法が合理的だというつもりはありませんし、確かに実際購入するとなるとコスパは非常に悪いと思います。結局のところ、少量生産のコンセプトモデルとして積み重なる開発製造コストを、少なからずラグジュアリー演出による強気な価格設定でカバーしているといった部分はあります。(インパクトが強いことは疑いようがないですね)。

実際、音楽鑑賞なんて娯楽用品なわけですし、メーカーとしてコストパフォーマンスのみに専念するよりも、このようなコンセプト部門を設けることは健全だと思います。百貨店のギフトコーナーで販売しているティーカップをコスパが悪いと指摘する人はいないでしょう。新作が出るたびに「なんかまたバカやってるな」なんて思える方が、面白いということです。開発スタッフの立場で考えれば、さぞかし仕事が楽しいだろうな、というのもあります。もちろん、高価なだけで中身は平凡、というわけではないのが、このEditionシリーズが面白いところです。

Edition 8のアレンジモデル「Julia」と「Romeo」

今回の新作Edition 8 EXは、数あるEditionシリーズの中でも一番普及しているEdition 8というモデルの名前を継承しています。

上の写真で見られるように、Edition 8はシリーズの中でもコンパクトな密閉型ヘッドホンとして、ハイエンドサウンドをポータブルでも楽しめるようにというコンセプトで生まれたモデルです。20万円近くもするので、発売当時から現在までも、コンパクトポータブルヘッドホンでここまで高価なものは類を見ません。

最近ではポータブルというとマルチBA型IEMイヤホンなどを使う人が増えていますが、出先でもイヤホンでなくヘッドホンを使いたい、という人は少なからずいるので、Edition 8はそんな需要に答えるモデルです。

私が大好きな「シグプロ」ことSignature Pro

個人的には、UltrasoneというとSignature Proというモデルが一番好きで、密閉型ポータブルとしてはトップクラスのヘッドホンだと思っています。ただしポータブルと言うにはゴツいですし、装着感もデザインもあまりエレガントではないので、趣味の嗜好品としてはEdition 8の方が適切だと思います(音質はかなり違いますが)。

最近では同様の技術を応用したPerformanceシリーズやEdition Mなんかも登場しましたが、あと一歩Ultrasoneらしさが引き出せていないような感じだったので、密閉型のUltrasone「らしい」サウンドというとEdition 8がトップクラスだと思います。もう5年以上前のモデルなのに現役で十分通用するのは、たぶん他のヘッドホンメーカーが高価な家庭用巨大ヘッドホンばかりに専念していて、ポータブル・ハイエンドとなると真面目な開発努力を怠っているからでしょう。

S-LOGIC

Ultrasoneの作るヘッドホンは「S-LOGIC」という独自技術を搭載していることは広く知られていると思います。

単なる宣伝ギミックではなく、実際に体感できる効果があるのですが、そのせいでサウンドが一般的なヘッドホンとは一味違うため、覚悟せずに試聴すると「なんだこれは?」と驚いてしまいます。

私のアドバイスとしては、Ultrasoneヘッドホンは最低でも1時間は試聴し続けないと、そのメリットが理解出来ないと思います。最初の10分くらいは悪い点ばかりが目立って最悪なヘッドホンのように思えてしまいます。

Edition 8を含むほとんどのモデルは「S-LOGIC PLUS」という技術を使っているのですが、今回Edition 8 EXでは「S-LOGIC EX」という新技術を採用したことで、EXという名称になったようです。

ちなみにS-LOGIC EX自体は、2013年に登場した「Edition 5」に既に搭載されており、Edition 8 EXが初出というわけではないのがややこしいです。

Signature Proのハウジング前面

EX以前のS-LOGIC PLUSというのはどういう仕組みなのかというと、ドライバの出音位置がハウジングの中心ではなく前方下付近あり、わずかな開口部分のみを除いて重厚な金属板でカバーされています。また、周辺には紙のようなフィルターが貼ってある通気孔がいくつかあります。

ちなみにPerformanceシリーズやEdition 8はイヤーパッドが両面テープで接着されている極悪仕様なので、せっかくのS-LOGICがじっくり観察できません。上の写真はパッド着脱が容易なSignature Proのものです。

ドライバから発せられた音が直接鼓膜にぶつかるのではなく、耳孔の前方下(耳たぶの前くらい)あたりから発せられること、そして特定の周波数帯を周囲の通気穴から通すことで、あたかも前方の広い空間から音楽がやって来たかの如く、不思議な疑似音響が体験できるという仕組みです。現実では歌手や楽器の間近で直接耳孔を向けるという事はあまりないので、UltrasoneのS-LOGICの方が一般的なイヤホン・ヘッドホンよりも自然に近い鳴り方、ということになります。

ただし、S-LOGICにも弱点はあり、そもそもS-LOGICの存在そのものがフィルターとしてドライバの音色に制限やクセをつけてしまうので、言わば「諸刃の剣」です。S-LOGICが無ければ、普通のヘッドホンになってしまいますしね。そのへんを穴の大きさや位置などを上手に駆使することで、普通のヘッドホンではあり得ないような絶妙な音響にまで調整する技術がS-LOGICのキモです。

Signature DJのハウジング前面

また、ドライバの素性さえ優秀であれば、わざわざ各モデルごとに個別のドライバを作り変えなくても、S-LOGICの効き具合を調整することで様々な音色にアレンジできるという強みもあります。たとえばSignature Proの場合も、兄弟機のSignature DJというモデルでは金属板の開口率を広げることで、より中低域が豊かでストレートなDJ向けにチューニングに仕上がっています。

さらに、この金属板は、ドライバから発せられる電磁波を遮断する「ミューメタル」(パーマロイ)という高価な合金で作られており、Ultrasone的にはULE技術という名称で呼ばれています。S-LOGICというと金属板の事を指しているのかと勘違いしている人が多いですが、実際はドライバー位置やドライバ内部空間の空気の流れなど、全体的なチューニングを意味する技術であり、金属板はその一部分でしかありません。

実際、電磁波を遮断するといっても、ヘッドホンで発生する電磁波が体に悪いかどうかというのはイマイチよくわかりませんが(そんなに悪いなら、まず携帯電話とかは全面的に禁止すべきですね)、それはさておき、金属板は音響にも大きな影響を与えるパーツなので、素材選びは重要です。S-LOGICの効果のみであれば、わざわざパーマロイなど使わずとも、同じ形のプラスチック板でも十分機能するのですが、音の響き的にはもうちょっと剛性の高い金属を使いたいところで、アルミ板ではスカスカサウンドになってしまい、鉛だとアレルギーとか環境に悪いですし、鉄板だと磁性をおびてドライバに干渉してしまう、なんて、色々候補を並べると、やっぱりパーマロイは高価ながら良好な候補だと思います。

そういえば、S-LOGICとS-LOGIC PLUSという二種類の名前があるのですが、線引きはイマイチ不明です。Edition 8のパッケージにはS-LOGICとしか書いてないものの、公式サイトではPLUSだと書いてありますし、よくわかりません。公式サイトによると、一部の旧式な低価格モデルのみPLUSじゃないみたいなので、現行モデルはほぼS-LOGIC PLUSのようです。

Edition 8 EXの「S-LOGIC EX」

今回Edition 8 EXに登載された「S-LOGIC EX」は、そんなS-LOGIC PLUSをさらに進化させた技術だということですが、ハウジングの構造を実際に見てみれば、どう変わったのかは一目瞭然です。

これまでハウジング上に平面的に接着されていたドライバと金属板が、後方上向きに傾斜するように奥行きのある三次元構造になっています。ドライバを耳から遠ざけて傾斜させることで、より一層鼓膜への直接音を避け、外耳に音をぶつけて、「演奏者が自分の目の前にいるような」疑似音場を体験できるという仕組みでしょう。

風呂場のシャワーヘッドのように、ドライバグリルから水が吹き出すことを想像すれば、鼓膜に水が侵入しない理想の位置と角度という事がわかりやすいと思います。

また、これまで紙のような膜で塞がれていた通気口が、写真で見える四つの穴になっており、そのうち三つに銀色のシールが貼ってあります。(他の小さな穴は組み立て用のネジ穴です)。これらはスピーカーにおけるバスレフとパッシブラジエーター的な効果があると思うので、入念なチューニングの試行錯誤があったことが想像できます。

ドライバを後方傾斜させるというアイデアは、古くはAKG K1000やソニーMDR-R10などでも使われていましたが、最近では2009年のベイヤーダイナミックT1以降、ゼンハイザーHD800など、ハイエンドなリスニングヘッドホンには当たり前のように採用されるようになりました。しかしS-Logic EXの場合は単なる後方傾斜ではなく、むしろ上向きに傾斜されていることがユニークです。

そもそもUltrasoneのS-LOGIC自体が、ドライバを耳孔の軸線からずらして配置させるという構想から生まれているので、他社がこぞって傾斜型ドライバを登載するずっと以前から、Ultrasoneは全モデルにおいて頭外音像を実現させる技術を開拓していたということになりますね。

四方の磁石で固定されています

言い忘れていましたが、Edition 8 EXのイヤーパッドはB&Wなどのように磁石で固定されているため、引っ張ればパカっと簡単に外れます。Edition 8の両面テープよりはずいぶんマシですね。ただミューメタルで電磁波がとか言っているのに、パッド固定用の磁石は使っても大丈夫なのでしょうか。ミューメタルはDC磁場が飽和すると効果が薄れるのですが・・。まあどうでもいいことです。

Edition 8 EX

肝心のEdition 8 EXですが、実物を手にとってみると、全体的なフォルムは「Edition 8」というネーミングを冠するモデルとしては、なかなか使い所が難しくなってしまったようで、むしろ全く別物のヘッドホンとして扱うべきだと思います。

Edition 8 EX(左)とEdition 8(右)

ハウジングが巨大化しています

古いEdition 8( Limitedカラー)と並べて比べてみたのですが、まるで親子のようにサイズ差があります。やはり新たにS-LOGIC EXのために奥行きのある設計になったせいで、ハウジングが全体的に大きく厚くなっており、コンパクトポータブルというには厳しいサイズ感になってしまいました。

本体とイヤーパッドの両方にかなりの「厚み」があるので、装着感はまるで工事現場で使われる「イヤーマフ」に近い、カポッと耳をカバーする感覚です。

この感じはどこか既視感があると思ったら、B&W P9の時と似てますね。あちらもそこそこコンパクトなP7の上位機種として期待していたのに、肥大化した巨漢モデルだったので困りました。今回も正直そろそろ古くなってきたEdition 8の代用として最高峰の密閉型ポータブルになりうるかと勝手に期待していただけに、この巨大なサイズに驚きました。

もちろん家庭で使うには十分実用的な大きさですし、330gという重さもHD800とかと同程度です。(Edition 8の260gと比べると重いですが)。よく考えてみると、このミラーフィニッシュな超合金デザインは、サイバーなコスプレ感というか、あまりに奇抜すぎて、ポータブル用途で街中を歩き回るのは相当の覚悟と勇気がいりますから、そういった意味でも自宅用に留めるのが適しているかもしれません。

セラミックのロゴエンブレムです

それにしても、キラキラでゴージャスなデザインです。デパートとかでよく見るジョージ・ジェンセンのカトラリーとかのように、一芸術作品として眺めていられるほど、部品一つ一つが手作りで丁寧に磨き上げられたと実感できる、素晴らしい美しさです。

ハウジングはただのドーム状ではなく、なかなか説明が難しいのですが、若干凹んでいるような波打つ形状になっています。陰影を上手く使ったクールな雰囲気が良いですね。

クロームPVD仕上げと書いてあるので、よく改造車のアルミホイールとかで見るアレです。Edition 8のルテニウムコーティングも良かったですが、このクロームPVDもダークな深みのあるツルツルなフィニッシュで美しいです。指紋は相変わらず目立ちますが、ルテニウムほどではないです。

Ultrasoneロゴがあるセンターピースはセラミックだそうです。Signature Proでもガラス埋め込みでしたし、Edition 8のカーボンやウッドなど、こういったワンポイントに魅力的な素材を使うことで、まず客の目がそこに行きますし、全体のイメージが引き締まります。

とても綺麗なアルミ削り出し加工です

シリアルナンバーが貼ってあります

ヘッドバンドのハンガー部分はアルミ削り出しで、Edition 8以上に複雑な曲線を描いているため、ハンドメイドであることを強調しています。上半分のパーツはEdition 8とよく似ています。

ヘッドバンドはポータブルらしく薄手です

ところで、ここまで褒めておいてアレですけど、Edition 8 EXはたしかに見惚れるほど美しいデザインなのですが、いざ装着してみると、全然私の頭に合わなくてダメでした。もちろん頭の形には個人差があるので、私に合わなかったというだけなのですが、多くのヘッドホンを使ってきた経験上、これはかなり特殊なフィット感なので、購入予定ならぜひ試着してみることを推奨します。

イヤーパッドは硬めの大きな長方形で、たとえばEdition 5やB&W P7と似ているのですが、このEdition 8 EXの場合ハウジングの前後上下回転角度がほとんど無く、可動範囲に余裕がありません。つまり、ヘッドバンドの長さを調整して耳に装着しても、イヤーパッドはこめかみ付近しか接触してくれず、耳の下と後ろに大きな隙間が出来てしまいました。これでは密閉性も音響バランスも崩れてしまうので、リスニング中は常にハウジングの下の部分を指で押さえつけていないといけませんでした。

Edition 8ではこんな問題は一切無く、フカフカで柔らかいイヤーパッドと、十分な回転角度があるヒンジのおかげで、コンパクトヘッドホンの中でもトップクラスに快適な装着感を個人的に高く評価していました。Edition 8 EXもそれと同じくらい快適で、さらに音質が進化していたら、さぞかし凄いヘッドホンになるだろうと期待していただけに、落胆も大きかったです。もちろん個人差なので、ピッタリとフィットするという人もいるでしょう。

ケーブル

Edition 8 EXは高価なヘッドホンなので、付属ケーブルも1.2mと3mの二種類が付属しています。3.5mm端子にネジ込み式6.35mmアダプタが付属しています。

ケーブルはかなり長い物が付属しています

ケーブル線材は公式サイトには「プレミアム・ケーブル」とのみ書いてあるので、よくわかりませんが、編み込みタイプで金色にキラキラ輝くので、たしかにプレミアムな風格があります。たとえばソニーのKIMBERケーブルにも似たジャラジャラ感がゴージャスです。

これまでEdition 8 MMCXやSignature DJなどのショートタイプで使われていた銀色のケーブルが、さらに二本になってツイストされているような感じです。柔軟性はとてもよく、使い勝手は良好です。あの銀色ケーブルは貧弱で、まさに「線が細い」感じだったのですが、今回のケーブルは二重の束なだけあってしっかりしていて、かなり良さそうです。

左右両出しです

ケーブルは左右両出しの着脱式になり、コネクタはLEMOの00サイズ2ピンを選んでいます。カチッとはまるロッキングタイプで、外すためにはギザギザ加工の部分を引っ張ればロックが外れる仕組みです。

Edition 8ではケーブルの件で右往左往があったので、今回は一番ちゃんとしてそうなコネクタ端子を選んだようです。Edition 8 EXの近未来感にピッタリとマッチしたデザインだと思います。

2ピンタイプのLEMO 00サイズロッキングコネクタです

LEMOというと、最近ヘッドホン界隈でもよく耳にするようになりましたが、スイスにある産業用コネクタメーカーで、医療や計測機器などに広く採用されている、信頼性の高い高級ブランドです。一般的な3.5mmジャックなどと比べると、手にとって見ただけで、すごく繊細で丁寧に造られているということがわかります。

ゼンハイザーHD800と「ほぼ」同じ形状のコネクタなのですが、こっちはLEMO社純製のコネクタで、一方HD800の方は「LEMOっぽい感じの」独自コネクタなので、互換性に関しては曖昧です。

たとえばHD800用ケーブルをEdition 8 EXに使うと、カチッとロックせずに(HD800はロックではなく摩擦保持なので)、簡単に脱落してしまいますし、また逆にEdition 8 EX用ケーブルをHD800に使おうとしても固くてうまく挿入できません。

自作派としては、LEMO純製であることは悩まなくて済むので嬉しいのですが、コネクタ単体が非常に高価で(ペアで4000円くらい)、あまり太い線材が使えないため、気軽にケーブルを作れないのが難点です。パクリコネクタは容易に手に入りますが、HD800用と書いてあるものはロックしないので互換性が心配です。

そういえばコネクタといえば余談ですが、最近ソニー4.4mmバランス端子のコンパチ品みたいなものがオークションなどでちらほらと手に入るようになりましたが、いろいろテストしてみたところ、ものによってはサイズが微妙に違っていて、ウォークマンに接続しても接触がシビアでちゃんと認識しない確率が高いやつもありました。あるNW-WM1Zでは動くのに、べつのWM1Zでは動かない、とかです。そういうのは買ってから気がついても手遅れなので、やっぱり純正品とか業界規格という正式な意味での「互換性」は大事だと思いました。

ちなみにAKG K812もEdition 8 EXと同じくLEMO社純製コネクタを採用していますが、あれは片出しなので00サイズ3ピンですし、Focal UtopiaもLEMO純製ですが、ワンサイズ上の0Bサイズで互換性がありません。いろいろバラバラですが、ヨーロッパのメーカーはそれぞれ独自の判断でこぞってスイスLEMO社を選んだのは面白いですね。

ともかく、「高価でいいから一番高品質で確実性があるコネクタ」といったらLEMO純製なので、今回Ultrasoneがコレを選んだ事に異論はありません。

また余談になりますが、Edition 8の時はケーブル事情がかなりややこしいことになっていました。初期のモデル(Edition 8、Limited、Ruthenium、Palladium)は着脱不能な直付けケーブルだったのですが、ユーザーから着脱式が欲しいという要望が多かったため、当時流行りだったMMCXコネクタへの有料交換サービスが開始され、次期モデルEdition 8 Romeo・Juliaではこれが標準になったのですが、このMMCXがガクガクのユルユルで接触不良が多かったため(しかも付属ケーブルが直付けのやつよりも貧相だったため)、これまた有料もしくは無料サービスで直付けに戻すサービスが開始され、さらに次期モデルEdition 8 CarbonではもっとガッチリしたMMCXコネクタを採用したら、他社のMMCXケーブルとの互換性が悪く接触不良で、これまた有料で交換サービスが・・と、結局Edition 8オーナー勢はどれが正解なのか未だ混乱しているのが現状です。

もちろん自分で本体をばらして高級線材のバランスケーブルなどに改造しているコアなEdition 8ファンも多いです。個人的には、初代の黒い固定ケーブルが無難で結構良いと思うので、あえて手を加えずにそのままの状態にしています。

Edition 8ではいろいろあったので、Edition 8 EXではMMCXの手軽さを諦めて、超高信頼性を選んだ事に、メーカーの苦労が伺えます。

音質とか

Edition 8 EXの試聴には、毎度のことながらSimaudio Moon 430HADを使いました。ゆったりと余裕のあるアンプなので、刺激的なUltrasoneヘッドホンにはちょうど良い組み合わせだと思います。

Edition 8 EXは38Ω・96dB(/mW?)ということで、Edition 8の30Ω・96dBとほぼ同じです。ドライバ技術はどちらも40mmチタンコート振動板なので、鳴らしやすさにも大きな変更は無いようです。AK240では70%くらいのボリュームで満足な音量が得られました。

40mmドライバというと最近のハイエンドヘッドホンでは小さい部類ですが、巨大なドライバを採用するよりも、これくらいのをピンポイントで配置したほうが、S-LOGICの恩恵を最大限に引き出せるのでしょう。(50mmとかだったら、さらにハウジングを遠ざける必要があり、音が鈍くなってしまうと思います)。

Simaudio Moon 430HADを使いました

Edition 8 EXのサウンドは、かなり奇抜です。良い意味で、リスナーの期待や本心が試されるヘッドホンだと思います。「哲学的」とさえ言えるかもしれません。

前作Edition 8のサウンドは、クセは強いもののコンパクトヘッドホンとしては上出来だったので、今回Edition 8 EXという名前を聞いて、Edition 8よりも優れたヘッドホンだろうと想像することは難しくありません。この「優れた」というのがキーワードです。

多くの凡庸なヘッドホンマニアの頭の中では、「きっとEdition 8がさらにフラットになり、クセが抑えられ、音場が広くなって・・」なんて、自分の頭の中にある高級ヘッドホンサウンド、言ってみればゼンハイザーなんかを手本としたサウンドに近づくのだろうと勝手に期待を膨らませているだろうと思います。

ところが、Edition 8からEdition 8 EXへの進化は、それとは真逆の方向性で、「よりUltrasoneらしく、より個性を強調して、よりS-LOGICが強烈に効くように」という、斜め上を行く仕上がりでした。つまり、ある意味「優れた」ヘッドホンであることは事実なのですが、Ultrasoneの意図を理解できるか、それとも自分の固定概念に合わないから掃き捨てるのかで、Ultrasoneファンとしてのレベルが知れます。

まず、S-LOGIC EXの効果が尋常ではありません。従来のS-LOGIC PLUSのリファイン版というよりは、次のステージに進んだという方が妥当だと思います。

Edtion 8やSignature ProなどのS-LOGIC PLUSは、音源を耳孔の軸線から外す、ということが大義名分であって、たとえば音像を遠ざけるとか、前方遠くに音場を展開するといった目的では無いと思います。つまり、HD800のような開放型っぽい広大な音場を期待しても裏切られます。

とくに低音の鳴り方は、他社のヘッドホンではどうしても鼓膜に響く音圧になってしまうところ、S-LOGICの場合はヘッドホンの位置から(つまりカナルより外から)低音が聴こえることが、密閉型とは思えないような余裕をもたらしていました。

また、ライブ音源などに散りばめられた細かなディテール、たとえば歌手がスーッと息継ぎをしたり、観客がゴホンと咳き込んだり、椅子がギシッと鳴ったり、なんて、ほんの僅かな環境音ですが、それらが不快な刺激として鼓膜に飛び込んでくるのではなく、リスナーの近場の「そこらへん」で自然に発せられたような錯覚が生まれます。

これらの効果のおかげで、肝心の音楽に集中できる余裕が生まれて、それが聴き疲れの低減に繋がる、この感覚は、たとえ他社の高価なヘッドホンであっても、S-LOGIC以外では味わえません。

Edition 8 EXでも、そのようなS-LOGICのメリットは存分に発揮されているのですが、さらにドライバに傾斜がついて距離が遠くなったことで、全ての音像がグーッと前方に集まってくるような効果を感じます。これまでのS-LOGICでは、頭外といっても、あくまでリスナーの左右からグルッと半円を描くように音像が展開されていたのですが、それがEdition 8 EXでは、思いのほかコンパクトに、まるでクロスフィードがかかったように前寄りになりました。

これはいわゆる3Dバーチャルサラウンド感とは正反対の効果なので、賛否両論あると思います。たとえばEdition 8 EXをある程度聴いた後で、ベイヤーダイナミックDT1770などドライバが左右平行にベタ付けされているヘッドホンを聴くと、プラネタリウム的というか、パーッと3D空間に飛び込んだかのような展開が爽快に感じられたりします。

現実のライブ・コンサートのように前方に音像が浮かび上がる、という効果が、そもそもS-LOGIC EXが狙っている提案なので、世間一般で音像が左右に広々と展開することを良しとする固定概念とは対立する、独自の世界観だと思いました。

同じくS-LOGIC EXを搭載している「Edition 5」でも同様に、前方に集まる効果が感じられたので(音色は結構違いましたが)、つまりS-LOGIC EXというのは単なるS-LOGICの上位互換として全モデルに適応すべき技術ではなく、それのために専用モデルを準備するという、伝家の宝刀のような存在かもしれません。

子犬が成長したら狼になった、みたいなものでしょうか

音色に関しても、Edition 8の印象を残しながら、独特の進化を遂げています。これまでのEditionシリーズ(たとえば、同じS-LOGIC EXを搭載しているEdition 5など)と比べると、中域のスカスカした雰囲気が薄れて、中高域には力強さが感じられるようになり、低音もかなり広い帯域でパワーが増しています。

とくに高音は、Edition 8では冷たい尖った感じだったのですが、Edition 8 EXではもっと下の方の周波数までグッと出てくるようになり、女性ボーカル域もしっかり主張するようになりました。

Edition 8の高域は良く言えば刀のような切れ味、悪く言えば黒板を爪で引っ掻いたような乾いた質感で、真剣勝負のような爽快な切り込みの良さがありました。

よく言われていたことですが、もし高域までしっかりディテールにあふれている優秀録音であれば、Edition 8はその真価を発揮できるのですが、一方コンプレッションの強いポピュラー曲や、ザラついている圧縮音源などでは、高域はキンキン、中域は「かすれた」ようなパサパサのスカスカ、という結果になってしまいます。

Edtion 8 EXでは、そんな音源のクオリティに左右されやすい性格がより一段と強調されたようで、高域だけでなく中域のヴォーカルやギターなどでも、上手に録れている自然な録音であるほど息を呑むような肌触りが体感できる反面、ベタッと平面的に潰れている録音では表面的なザラザラがより一層ハイテンションになってしまい、Edtion 8以上に聴き疲れしやすい仕上がりになっています。

個人的に、中域の音色に限って言えば、Edition 8やEdition 8 EXよりもSignature Proの方が優秀だと思うのですが、あちらは逆にS-LOGICっぽさや高域の突き抜ける感じが弱めなため、Ultrasoneらしさは低減します。(Signature Proはキラキラした音色がなんとなくソニーとかに近い印象があります)。たぶんEdition 8やEdition 8 EXも、もしS-LOGICを取り除けば、さぞかし「普通に良い」無難なヘッドホンになってしまうのだろうな、なんて想像しています。

低音の鳴り方でも、Edition 8とEdition 8 EXでずいぶんチューニングが変わっているようでした。Edition 8よりも高い帯域までかなり強烈に鳴るので、しかもS-LOGIC効果もしっかり効いているので、まるで身の回りで地響きが発生しているかのように、ズドンと重く体に響く低音です。

Edition 8の場合、ウッドベースやキックドラム、ティンパニなどの自然楽器をマイクで録音した低音はそこまで強く出ないので、全体的に高域寄りなサウンドだと思えるのですが、過剰にプロデュースされた低音の場合は、ボンボンとトランポリンのように弾むので、低音にインパクトがあるドンシャリヘッドホンだと言われます。つまり、リスナーの聴くジャンルによって、低音の評価が大きく異なるヘッドホンでした。(このあいだベイヤーダイナミックXelentoでも似たような話がありました)。

Edition 8 EXでは、自然な楽器の低音でもしっかりドスンと体に響くように仕上がっています。たとえばDSD録音のジャズトリオとか、オケや弦楽四重奏など、マイルドな生楽器録音では、Edition 8やSignature Proでは若干物足りなかった低域が、しっかり体感できるほどに鳴ってくれるという楽しさがあります。ただし、高域の例と同じように、EDMのキックドラムとかでは、明らかに過剰すぎる低音がドッスンドッスンと内臓を刺激します。

Edition 8同様ハウジング剛性がしっかりしているため、低音の量は多くても、不必要に長く反響したり邪魔になることは少ないです。常に低音がブンブン響いているような劣悪な録音でもないかぎり、全体的なサウンド傾向はクリアで、Edition 8ゆずりの音抜けの良さがあります。

たとえば、似たようなドライバとS-LOGIC機構を搭載したPerformanceシリーズでは、価格なりのパカパカしたプラスチックハウジングのせいか、音楽に「箱鳴り感」が付帯しています。世間一般の密閉型ヘッドホンのイメージというと、この箱鳴り感があって当然として耳が慣れているため、Edition 8・Edition 8 EXを聴くと、ハウジングの存在感の少なさに驚かされます。

おわりに

Edition 8 EXはあまりにもユニークなサウンドだったため、話が無駄に長くなってしまいましたが、いくつかのポイントをまとめると、クロスフィード並の前方頭外音像で、高域がクリアで、中高域がホットで、低域がものすごい、という、個性の塊のようなヘッドホンでした。

さらに言えば、モニター系サウンドとは別の意味で、音源次第で激しく印象が変わるヘッドホンでもあります。そのポテンシャルの高さで評価するならば、誰にも真似出来ない唯一無二の存在です。

あいかわらずUltrasoneは信念がブレないというか、Edition 8 EXは本当の意味で「Ultrasoneらしい」ヘッドホンとして仕上がっていました。

比較的フレンドリーだったEdition 8と比べると、Edition 8 EXは、もはやコンパクトとは言い切れないサイズに、人を選ぶ装着感、そして派手すぎるデザインと、ハードルが高いモデルであることは確かです。

しかし、S-LOGIC EXはすごい効果を発揮していますし、これまでのEditionシリーズ以上に前衛的なサウンドです。「EX」とはどういう由来があるのか知りませんが、個人的には「EX = エクストリーム」と命名したいモデルです。

よくよく考えてみると、Ultrasoneというブランドが異質なのは、PROやHFIシリーズからSignature Proを上限とする、10万円くらいのモデルまでは、一般的な基準で「普通に良い」と思えるサウンドに仕上がっていることです。

そこからさらに高価になるにつれて、普遍的な良さとは別のベクトルでUltrasone「らしさ」がどんどん濃くなっていきます。30万円のEdition 5や10でもそう感じましたし、今回のEdition 8 EXでも同様です。

なんだか、本当は完璧な写実画をスイスイ描けるのに、それではあまりにも平凡で飽き足らず、常軌を逸した前衛芸術の高みを目指した画家ピカソのようです。そして、そんな渾身の力作ほど、人々の心に響く名画として歴史に名を刻んでいます。

Edition 8 EXはクセの強いニッチな商品であることに異論は無いと思います。ただしニッチというのは、人気が無いものがニッチなのではなく、むしろ逆に、他社が見落としているけれども、少なからず特出した需要があるものこそが、そう呼ばれます。

28万円とあまりにも高価なヘッドホンなので、さすがに購入は無理でしたが、良い意味で平凡とはかけ離れた存在です。