2017年4月14日金曜日

HIFIMAN HE-560 ヘッドホンのレビュー

HIFIMANの開放型ヘッドホン「HE-560」を紹介したいと思います。2014年発売なので、ちょっと古いモデルになってしまいましたが、長年欲しいと思っていてたこともあり、近頃値段もこなれてきたせいで手を出してしまいました。

HIFIMAN HE-560

平面駆動ドライバ搭載の開放型ヘッドホンを得意とするHIFIMANですが、その中でもラインナップの中核に位置するHE-560は、デザインとサウンドともに「HIFIMANらしさ」が一番よく現れているモデルだと思います。

最近では、500万円とも噂されている超高級ヘッドホンシステム「SHANGRI-LA」を発表するなど、勢いに乗っているHIFIMANですが、個人的には、この一見地味なHE-560こそが、多くの人に聴いてもらいたい傑作ヘッドホンだと思います。


HIFIMAN

中国のオーディオメーカーHIFIMANというと、ほんの数年前までは「マニアックなDAPやヘッドホンを細々作成している、手作り感溢れるガレージメーカー」といった印象だったのですが、最近になって急激に一大ヘッドホン勢力としての存在感が増してきました。

HM-901S DAP

日本におけるHIFIMANというと、2012年頃からの、デザインが個性的すぎる初期DAPシリーズが有名だと思います。登載OSの完成度や不具合率がヒドかったので、よくにネタにされているのですが、音質の素晴らしさのみに関しては疑いようがない傑作DAPです。それらと比べると最近のHIFIMAN DAPはずいぶんスマートになったものだな、なんて感心する反面、なんだか寂しい気持ちもあったりします。

HE-1000よりも高価なSUSVARA

静電ドライバ搭載のSHANGRI-LA

そんなHIFIMANは、最近ではDAPよりも高級ヘッドホンでの上昇志向が凄まじく、2015年に登場した40万円のフラッグシップHE-1000に続いて、60万円くらいと予想されている「SUSVARA」、そして500万円と言われているステートメント・モデル「SHANGRI-LA」といったハッタリの効いたモデルが続々と発表され、話題が尽きないメーカーです。

少数精鋭の事業でありながら、Focal UtopiaやゼンハイザーHE-1のような近頃話題になっている大手メーカーの超高級ヘッドホンに真っ向勝負を挑んでいるチャレンジ精神が面白いです。

ハッタリが効いているのは商品のみでなく、社長自らがソーシャルメディアやイベントなどでかなり挑発的なコメントを絶やさないのも、マニア受けする理由のひとつだと思います。

HE-1000とEdition X

HIFIMANのヘッドホンは、一部を除いてほとんどが平面駆動型ドライバを搭載していることがセールスポイントになっており、一般的なダイナミック型ドライバ搭載ヘッドホンとは一味違った独特のサウンドに魅力を感じる人が多いようです。

現行ラインナップの最上位モデルは40万円の「HE-1000」があり、同じく平面駆動ドライバ技術を採用しているメーカーのAudeze LCD4やMr Speakers Ether Flowなどと並んで、コアなマニアが満足できる家庭用開放型ヘッドホンの終着点としてよく候補に上がります。

HE-1000と、コストダウン版で価格を15万円に抑えた「Edition-X」という二つのモデルは、どちらも他社では見られない特徴的な楕円形の大型平面ドライバを採用しています。

これってHE-1000では・・・?

そういえば、ネタ的に面白いアイテムとして、「SHANGRI-LAスーパーツイーター」なるものも出展されてました(スピーカーの上に載せて高域を補うやつです)。発想が柔軟というか、バカっぽいグッズも積極的に展開しようとする姿勢が良いですね。

HE-6、HE-400i、HE-400S

今回紹介するHE-560ヘッドホンを含むシリーズは、4万円台のHE-400Sまで、すべて円形の平面駆動ドライバを搭載しています。

これを書いている2017年4月の時点では、上の写真にあるように、ヘッドバンドがGradoみたいな一体型レザーバンドタイプの旧モデルと、扇状に広がっている新デザインが、ラインナップに混在している状態です。たとえばHE-400というと旧デザインで、HE-400iとHE-400Sは新デザインです。

旧式モデルの中でも、とくに16万円のHE-6というヘッドホンは、HE-1000/Edition-Xが登場するまでの実質トップモデルだったこともあり、現在でも人気が高いヘッドホンです。

個人的には、このHE-6というヘッドホンは重くてグラグラして装着感が悪いという理由から、購入を断念しました。そういった部分が改善されたのがHE-560なわけですが、価格こそHE-6よりも安くなっているものの、サウンドは引けを取らず、現行デザインの円形ドライバシリーズではトップモデルに位置します。

単純に価格設定で並べてみると、11万円のHE-560の上には、15万円で最新楕円ドライバモデルEdition-Xと、16万円の旧シリーズトップモデルHE-6がそれぞれ存在しているので、もしどれか一つ買うとなると、なかなかどれを選ぶべきか悩ましいです。

HE-560

HE-560は発売当時から今まで何度も試聴を繰り返していて、そのたびに「いい音だな、いつか買おう」と考えていたのですが、家庭用の開放型ヘッドホンとなると、すでにベイヤーダイナミックT1やAKG K812で十分に満足していたので、これ以上買い足してもどうせ無駄になるだけだろう、という理由で躊躇していました。

それと、当時のHIFIMANには旧式ながらまだまだトップモデルの貫禄が備わったHE-6もあったので、それとどっちが良いかで悩まされました。

そんなこんなで、その翌年には上位モデルのHE-1000が登場し、それも良いと思ったのですが、サウンドの傾向はHE-560と大幅に異なり、40万円という値段も高価すぎて買う気になれず、その次はHE-1000のコストダウン版Edition-Xなるモデルが登場し、それも気になっていたら、さらに翌年にはHE-1000とEdition-Xが「Version 2」マイナーチェンジになり、なんて流れで、ラインナップの更新が目まぐるしすぎて、結局今に至るまでHE-560を購入するタイミングを失ってしまいました。

HIFIMANのような小規模メーカーは、フットワークが軽いことがメリットですし、常に改良と進化を続けていること歓迎すべきだとは思うのですが、さすがに10万円クラスのヘッドホンにおいては、もうちょっとリリースのペースを落としてくれないと、なかなか購入のタイミングを見極めるのに怖気づいてしまいます。

ゼンハイザーHD800の例に見られるように、基礎設計さえ入念に行えば、定期的なテコ入れは不要で、長期間売れ続けることは可能なのですから、今後はその方向を実現できるよう努力してもらいたいです。

ただし、マイナーチェンジを繰り返した方が話題性も絶えませんし、中古よりも新品が売れるようになるので、戦略的にはそういった狙いもあるのかもしれませんね。どっちがビジネス的に正解なのかはよくわかりません。

HE-560もそのようなマイナーチェンジの例に漏れず、発売以降、微妙な仕様変更が施されています。たとえばイヤーパッドは初回ロットと現行では若干異っていたり、ケーブルの接続端子も最近になって変更されました。HE-1000 「Ver. 2」の件もそうですが、HIFIMANというブランドは、発売直後に買うよりも、ちょっと時間を置いてから検討する方が賢明だというイメージが定着するのもよくないですね。

パッケージ

HE-560のパッケージは、HE-1000などと同様に、展示パッケージが収納ケースを兼ねている構造です。

革張りケースに厚紙パッケージが巻いてあります

革張りの豪華なボックスです

まず商品説明の書いてある紙の帯を外すと、中身は革張りの宝石箱のようなハードケースになっています。黄色いレザーの取っ手を持ち上げるとフタが開くデザインです。

革張りは厚紙にボンドのような接着剤で貼り付けてあるだけなので、ヒンジ部分などの仕上がりはあまり綺麗ではないのですが、他社の高級ヘッドホンとくらべても十分高級感があります。なんだか免税店で売ってる贈呈用のブランデーとかが入ってるケースみたいですね。

中身はこんな感じです

中身はヘッドホン本体と6.35mm端子の2mケーブル、説明書と保証書類が入っています。

このパッケージはHD800などと同様に、ハードケースとして利用できるような設計なのですが、巨大な四角い箱なので携帯性は皆無ですし、ヘッドホン本体をスポンジの溝にギュッと押し込むのは若干手間がかかるので、日常的に出し入れするようなものでもありません。

せっかくHE-560はハウジングがフラットに回転できるデザインなのですから、もっとコンパクトな梱包であったほうが嬉しかったです。大量にヘッドホンを持っていると、空き箱の収納だけでも邪魔になります。

装着するとフェイスリフト効果でイケメン風になるようです

ただのヘッドホンなので、付属の説明書も大したことは書いてないのですが、装着方法のイラストが面白かったです。

公式サイトの説明書

ちなみに、どうでもいい話ですが、公式サイトからダウンロードできるPDF版の説明書では、イラストの人物がヒゲ+グラサンに変更されていました。

デザイン

HE-560のデザインは一目見ただけで「開放型+平面駆動」だとわかるオーソドックスなフォルムで、無駄な装飾品を徹底的に排除した、ヘッドホンとしてこれ以上シンプルにすることは不可能だというくらい簡素な構造です。

HIFIMAN初期のヘッドホンHE-6などはラメ塗装やメタルパーツを多用しており、文鎮のようなずっしりとした重量があったのですが、このHE-560以降のモデルからは軽量化を重視しており、長時間使用での疲労感はずいぶん低減しています。

大型の平面ドライバが印象的です

円形のドライバハウジングは、同じく平面ドライバ搭載のAudeze LCDシリーズやMr Speakers Etherなどと似ていますが、それらと比べるとHIFIMANは全体的にシンプルでスリムな印象です。

巨大な平面ドライバの外周をリング状のフレームで囲っているだけで、ハウジング音響設計なんてものは微塵も感じさせません。ただ単に「ドライバを自由に鳴らす」という、これこそが完全開放型というものなのでしょう。

ケーブル端子がハウジング真下ではなく、斜め前方に配置されているので、肩にぶつからないのは良いですね。また、端子がちょっと奥まった位置に挿入されるのもアクシデントが未然に防げるので嬉しいです。もうちょっとベイヤーダイナミックT1 2nd Genくらい端子が奥まっていた方が安全ですが、そうなると社外ケーブル交換の互換性が悪くなるので、これくらいが妥協点としてちょうど良いでしょう。上位モデルのHE-1000・Edition-Xはこの部分が弱点なので、その点ではHE-560の方が優秀だと思います。

ハウジングはDJヘッドホンのように回転しますし、イヤーパッドの可動範囲も十分あるので、耳と顔にピッタリとフィットしてくれます。実際HE-560の装着感は非常に優秀で、私が個人的トップに位置づけているAKG K812やHD800と同レベルの快適さだと思います。最長で6時間くらい連続使用してみましたが、不快になるどころか、むしろ頭に装着していることすら忘れてしまい、そのまま席を立とうとしてケーブルをアンプから引っ張り抜いてしまったこともありました。

似たようなフォルムのベイヤーダイナミックや、AKG K712シリーズとかよりもワンクラス上の装着感です。側圧と頭頂部のバランスが絶妙で、軽量なこともあり、頭を動かしても本体が自重でズレたりせずにしっかりとしたホールド感があるのがポイントのようです。

前方からのシルエットもスリムです

公式スペックによると本体重量は375gということで、500g近くあるようなLCD2の先入観があるからか、ずいぶん軽く感じます。HD800が330gなので、それよりはちょっと重いくらいです。

ちなみに上位モデルHE-1000は420gで、個人的な感想として長時間使用ではちょっと重いと思ったので、普段使いで「快適」と言えるのは、このHE-560の375gくらいが上限だと思います。

見た目どおり遮音性は皆無なので、装着時でも普段通りに周囲の環境音が聴こえてしまいますし、スピーカーのごとく音漏れします。そのため、店頭での試聴などはちょっと恥ずかしいです。デメリットというよりは、実はこの閉鎖感の少なさが装着時の快適さに繋がっているのだと思います。平面駆動ヘッドホンの中でも特にHIFIMANは開放感が優れており、そこはAudeze LCDやMr Speakers Etherと大きく異るポイントだと思います。

たとえば、装着時にハウジングを手で押してみると、LCDとかでは振動板がシャリシャリと動いて(なんだか、クッキングシートや紙風船みたいな音)、ポンプのごとく、鼓膜に空気の圧力がグッグッとかかるのが感じられるのですが、HIFIMANではそのような感覚が無く、まるで周囲の空気がヘッドホンを素通りしているかのようです。

それと、HE-560で音楽を聴いている時に、開放グリルから20cmくらい離れたところで手をパタパタ動かしてみただけで音楽の音色が変わってしまうので、それだけ開放グリルから外に流れ出る空気が重要な役割を果たしていることが実感できます。

ウッドと黒いパーツの間から接着剤がはみ出てベトベトしてます

開放グリルはパンチングメタルで、外側のプラスチックリングで固定されているだけなので、指でグリルを触るとターンテーブルのごとくグルグル回ってしまうのに驚きました。ハウジング外周は美しい木目の装飾ラミネート材が貼ってあり、それと黒いプラスチックリング部分との間にはゴムのような接着剤の層があります。

黒いフレームに接着剤のカスがたくさん・・

デザインは無難で実用的なのですが、HIFIMANらしいというか、組み立ての安っぽい感じは拭えません。新品開封後に手にとって眺めてみると、製造工程で使ったであろうボンドみたいな接着剤の固まったカスが色々な部分に付着しており、ツメでパリパリと剥がすことになりました。

また、ウッドパーツの外周にはみ出ている接着剤も、手で触れるとボロボロと剥がれて消しゴムのカスみたいなゴミになるので、なんだかイベント参考出展のモックアップみたいな雰囲気です。

ちなみに、長年酷使されているであろう店頭試聴機を見たら、木目のラミネート材が剥がれていました。Grado RSシリーズやFostex TH610のような木材削り出しであれば音響効果が期待できますが、HE-560のようなラミネートの化粧板の場合は主にビジュアル目的なわけですから、高価なモデルだけに、デザインは変えなくてもよいので、もうちょっと製造工程のクオリティを向上してもらいたいです。

薄手ですが、幅広いヘッドバンドクッション

ヘッドバンドの調整機構

ヘッドバンドは黒く塗装された板金で作られており、とても薄いため、全体のシルエットもスリムにまとまっています。

ハウジングのハンガー部分はプラスチック製なので安っぽいのですが、旧モデルHE-6の場合はここが重厚なクロムメッキパーツで、手で触れることの多いヒンジ部分などが経年で錆びているのをよく見たので、プラスチックにすることで改善されたと思えば納得できます。Audeze LCDシリーズもHIFIMANを見習って、このような徹底した軽量化(と錆び防止)を行なってもらいたいものです。

イヤーパッド

HE-560のイヤーパッドはAKGやベイヤーなどよりも若干内径が狭いくらいの円形アラウンドイヤーフォルムで、外周はレザー、肌に接触する部分はモコモコのタオル素材です。

装着感は冬場に使うイヤーマフみたいな感じで、通気性も良いので、長時間の着用でも快適です。

柔らかく快適なイヤーパッド

内側はモコモコのタオル素材です

ただ、このようなタオル素材というのはレザーと違ってウェットティッシュなどで清潔に保てないので、店頭の試聴機とかを使うのはちょっと衛生面で気になります。Shure SRH1540のマイクロファイバーとかも、同様の理由で汚い感じがします。

前後で厚さが違います

イヤーパッドを横から見ると、顔の輪郭に沿ってクッションの厚みが調整されている三次元フォルムになっています。イヤーパッド裏側にあるプラスチック枠の四隅にあるツメで、簡単に着脱できます。レザーの縫い目が下に来るようにするのが正しい位置です。

こんな感じにプラスチック枠の爪で固定します

写真で見られるように、イヤーパッドのレザー部分がプラスチック枠に接着剤で固定されているのですが、実はこの接着剤が経年劣化で剥がれやすいということが、ユーザーからよく指摘されています。

今回HE-560を購入する前にHead-Fi掲示板の専用スレを覗いてみたところ、音質評価とかよりも、この剥がれた接着剤をどうやって修理するかで掲示板が盛り上がっていました。(マニアな有志の書き込みによると、「ゴリラ瞬間接着剤GEL」というのが良いそうです・・・日本だとセメダインのゼリー系とかでしょうかね)。

実際私の友人のHE-1000でも全く同じようにレザーが内側からビロビロと剥がれてしまい、パッドを買い換えることになったので、多分工場で使っている接着剤が経年劣化に弱い粗悪品なんでしょう。

こういうトラブルは、メーカーの大小を問わず結構多いので、HIFIMANだけが悪いというわけではないですが、HIFIMANというと「接着剤」関係のトラブルが多い気がするので、そのへんの品質管理を見直してもらいたいです。

余談になりますが、HIFIMANにだけ文句を言うのも申し訳ないので、この場を借りて報告したいのは、実は先週、私のゼンハイザーHD800のイヤーパッドから黒い粉みたいなのが出ているのが気になったので、水洗いしてみたら、水に漬けた途端ボロボロに崩壊してしまいました。

HD800パッドは見るも無残な姿に

表面に接着してあったベロア素材が粉々に剥がれて、見るも無残な布生地だけが残りました。

結局、保証期間は耐え抜けたのでメーカーに文句を言う筋合いは無いのですが、天下のゼンハイザーですらこうですから、悲しい気持ちになります。

HD800パッドの接着剤が劣化したようです

ちなみに、HIFIMANの純正交換パッドは左右ペアで3,500円くらいなので、HD800パッドの8,500円と比べると良心的です。接着剤が剥がれた頃にはそろそろ交換のタイミングだというサインなのかもしれません。

現行(右)とかなり初期のイヤーパッド(左)

ところで、細かいポイントですが、私の友人の持っているHE-560初期バージョンでは、イヤーパッドが内周(耳が接触する部分)までモコモコ素材なのですが、私の買った現行モデルでは通気孔のあるレザーになっています。

現行のFocusPadとは別に、旧タイプはFocuspad-Aとして売ってます

HIFIMANいわく、現行パッドの方が形状が安定して劣化しにくいため優れているということで、それについて異論はありません。FocusPadという名称だそうです。

しかし、ネット掲示板などで一部のマニアが「旧パッドの方が音が良い」と主張してカルト的好評を得ているため、現在では旧パッドもオプション品として(米国サイトのみですが)FocusPad-Aという名前で購入できるようになっています。

個人的には、現行パッドのほうがフィット感がよく(ヘッドホンがグラグラせず)、音抜けも良い感じがしたので、あえて旧パッドを買い求める気も起きませんでした。

ケーブル

HE-560付属ケーブルは2mで、6.35mmノイトリック端子が使われています。ケーブル自体はそんなに太くないのですが、若干硬くクセがつきやすい感じです。布巻きなので、質感は上等で絡まりやすくはありません。

現行バージョンの2.5mm端子

旧バージョンの同軸端子

HE-560発売から最初の一年くらいは、ヘッドホンケーブルをハウジングに接続する端子が、旧世代のHIFIMANヘッドホンで使われていたミニチュア同軸端子でした。

計測機器などでよく使われているネジ込み式の端子です。家庭だと、無線LANルーターのアンテナとかで使われているのでご存知かもしれません。

この端子自体は安価で手に入りやすく、HIFIMANが採用したのも悪いアイデアというわけでもなかったのですが、特殊すぎて他社のヘッドホンケーブルと互換性が無いということと、ナットをレンチなどでシッカリと締め付けないと、手締め程度では自然に緩んできてしまい、使用中にケーブルが接点不良もしくは外れてしまうというトラブルがありました。

そもそもこの手の同軸端子というのは据置きデジタル伝送機器とかの橋渡し用であって、ヘッドホンのようにケーブルが常時動き回るような活発な用途は想定していないため、ミスチョイスだったのかもしれません。

2016年頃から、この同軸端子が一般的な2.5mmジャック端子に変更されました。音質的にはどちらも大差無いと思いますが、2.5mm端子の方がオーディオファンには見慣れた形状なので、安心感はあります。現行のHIFIMANヘッドホンは、最上位HE-1000から低価格なHE-400Sまで、全部この2.5mm端子に統一されています。

HE-400S(左)とHE-560(右)ケーブル
HE-560 (左)とEdition X(右)ケーブル

HE-400iとHE-400SもHE-560と似たようなケーブルですが、6.35mmではなくL字の3.5mm端子が使われています。一方、上位のEdition-XやHE-1000は、昨年のVer. 2マイナーチェンジからは見た目が新しいケーブルになっています。

とくにEdition-Xのケーブルは、半透明のシリコンチューブみたいなやつなので、(しかも中に赤いケーブルが透けて見えるので)なんだか病院の点滴とか採血チューブのようです。(HE-1000のは茶色です)。

現行モデルはどれも2.5mm左右両出しタイプで互換性があるので、ためしにそれぞれ交換して比較試聴してみるのも面白いです。細かい事ですが、2.5mm端子はTRSステレオタイプですが、実際はTが信号でRは未使用、Sがグラウンドでモノラル配線になっています。

「ダメな例の見本」みたいな仕上がりでした

ところで、HE-560に付属しているケーブルはそんなに悪い物でもないのですが、購入してまもなく、端子付近を引っ張ると、なんだかガサゴソと接点不良になることがありました。

ノイトリック端子なのでばらしてみたところ、案の定ですが、ハンダ付けが酷すぎます。教科書で「失敗例」として紹介できるくらい悪いです。

付属ケーブルはこんな感じです

手直しするためにハンダ部分を切除して被覆を剥がしてみたところ、この付属ケーブルは太い銅線5本と銀線2本くらいの、ほとんど単線ケーブルと言えるような構成でした。どうりでクセが付きやすいわけですね。

しかも、補強繊維が導体束に混ざっているタイプのケーブルでした。たぶん工場ではこの補強繊維を事前に切断せずにそのまま高熱でハンダ付けしていたので、焦げカスのせいで端子に溶着できておらず、あそこまで酷い芋ハンダになっていたのでしょう。実際、線材をピンセットで引っ張ったらハンダからスポッと抜けてしまいました。



修理も兼ねて、XLRバランス化しました

せっかくなので、ハンダを修正する手間も兼ねて、XLRバランス化してしまいました。

こういうのは、やっぱり個人の自作のほうが、時間をかけて丁寧にできるというメリットがあります。しっかり被覆を熱で固めて、補強繊維をニッパーで切除して、コテの温度管理をして、導体に液体フラックスを塗って、薄く予備ハンダして、といった作業は、中国の工場ではたぶん行き届いていないと思うので、自分でやったほうが上手に仕上がります。あと、自作だとRoHS無視の上等なハンダが使えるのが良いですね。

ふと思ったのですが、今回のように「ノイトリック端子を使っているメーカー」というとなんとなくプロっぽくて高級なイメージがするのですが、でもよく考えてみると、設備投資が潤沢な完全オートメーションのヘッドホン工場であればノイトリック端子の手ハンダなんてやらないでしょうから、そういった意味では、むしろ一体型の独自コネクタを使っているメーカーの方が、品質管理はちゃんとしているのかもしれません。

鳴らしにくさ

HE-560は公式スペックで45Ω・90dB(/mW?)ということで、インピーダンスは低いものの、能率が非常に低いため、生半可なアンプでは十分な音量が出せません。

たとえば同価格帯のライバルAudeze LCD2は70Ω・101dB/mWですし、HD800は300Ω・102dB/mWなので、それらと比べても、HE-560の90dB(/mW)というのは相当低い部類です。

V281のようなハイパワー据え置きアンプが適しています

DAPやポータブルアンプでは駆動がちょっと辛かったため、真面目なリスニングには自宅の据え置き型アンプ「Violectric V281」を使いました。このV281でも、普段はボリューム位置30%くらいが使い慣れているのに、HE-560の場合は、クラシックのDSDファイルなど、音源によっては70%くらいまで上げることもあり、未知の領域にちょっとドキドキしました。

JVC SU-AX01でバランス駆動でも使ってみました

最近購入したJVC SU-AX01もポタアンながらそこそこパワフルなので、アダプタを介したバランス駆動でHE-560を鳴らしてみました。やはりボリュームノブが70%を超える事もありますが、十分実用的な音量で楽しめました。

せっかくなので、LCRメーターを使ってみました

ところで、どうでもよい小ネタになりますが、先日仕事の関係でそこそこ上等なインピーダンス測定器(LCRメーター)を使う用事があったので、そのついでにHE-560のインピーダンスも測ってみました。なんだか有名ブログのレビュアーにでもなった気分です。(他にも手元にあったヘッドホンを色々と測ってみました)。

HE-560のインピーダンス

さすが開放型&平面駆動ドライバだけあって、HE-560のインピーダンスはカタログスペックに近い49Ω付近で見事に一直線を描いており、可聴周波数帯域ではほとんど純抵抗と言えます。

ヘッドホンのインピーダンスというのは、どんなモデルでも、こんな感じに全周波数で均一なのが当然だと思っている人も多いかもしれませんが、実際ほとんどのヘッドホンではそうではありません。

ATH-AD2000XとTH500RP

参考までに、オーディオテクニカから、似たようなインピーダンスの開放型ヘッドホンATH-AD2000Xを測定してみると、公称スペックで40Ωと言いながらも周波数帯ごとにインピーダンスが激しく上下する事がわかります。

ダイナミックドライバ型ヘッドホンの場合、程度の違いはありますが、このような電気的・物理的共振モードによるインピーダンスの変動が存在するのが当たり前なのですが、一方でHE-560と同様に平面駆動ドライバを搭載したフォステクスTH500RP(グラフの黄色い線)では、ほぼ横一直線です。

こんな感じにインピーダンスの周波数依存性がほとんど無いことが、平面駆動型ドライバの大きなメリットだとよく主張されています。

もちろんどのようなインピーダンスであってもしっかりと駆動できるアンプさえあれば問題にはならないのですが、逆に言うと、HE-560よりもATH-AD2000Xの方が、アンプの駆動力によって音色(周波数特性)が影響を受けやすい、ということです。

音質とか

今回の試聴には、主にiFi Audio micro iDAC2 → Violectric V281というシステムを使いましたが、他のヘッドホンとの比較試聴では、様々なアンプで試してみました。

音質についての感想の前に、とても重要だと思ったことを言っておきたいです。

さっき、平面駆動ヘッドホンはアンプ駆動力への依存性が少ない、みたいな事を言った矢先で申し訳ないのですが、このHE-560というヘッドホンは、かなりアンプを選ぶ、というか、アンプの個性が普段以上に強調されて現れてしまうヘッドホンだと思います。ここまでアンプを変える毎にサウンドの印象がコロコロ変わるヘッドホンというのは、今までの経験上めったにない体験です。

それだけ、HE-560が上流システムの音色をそのまま伝えるピュアさを持っているということなのかもしれませんが、むしろそれ以上に、オーディオシステムの潜在的なクセが増幅されてしまうような印象を受けました。

Hugo TTも使ってみましたが・・

たとえば、試聴時にChord Hugo TTを使ってみたのですが、どうにも高域が固くドライすぎて悩まされました。一方SIMAUDIO MOON 430HADを使ったら、今度はマイルドでモコモコしたサウンドになってしまい、退屈だなと思いました。どちらのアンプも普段から信頼を置いている優秀なシステムなのに、です。

この「アンプを選ぶ」傾向は、HE-1000やEdition-Xなど、HIFIMANヘッドホン全般に言えることだと思うのですが、とくにHE-560はそれが目立つモデルのようです。

こんなことを言ってはダメかもしれませんが、普段、他のヘッドホンであれば、アンプなんてそれぞれ微妙な音色の違いはあるものの、パワーさえあればとりあえずどれを使ってもまあ大丈夫だろう、といった程度の意識なのですが、HE-560ではそんな「微妙な音色の違い」が強調されすぎたので驚きました。

結局、自宅にあるViolectric V281では問題なく満足に音楽を楽しめているのですが、これはV281がHugo TTやMoon 430HADよりも優れているからというわけではなく、ただ自分にとってのスタンダードとして、普段から聴き慣れているアンプだから、といった理由だと思います。

というか、そもそもV281は何度も試聴を繰り返して個人的に一番気に入ったから買ったアンプなので、HE-560がクセを増幅しても、苦にならないのでしょう。


Hyperionレーベルから4月の新譜で、ピアニストのマルカンドレ・アムランと、ユロフスキー指揮LPOの「メトネル2番&ラフマニノフ3番」を聴いてみました。

どちらも数あるピアノ協奏曲の中でもトップクラスで好きな曲なので、最新録音でのリリースは嬉しいです。メトネルとラフマニノフは同世代の親友として、お互い演奏・作曲技術を競い認め合っていたということなので、このアルバムのカップリングにはそういった時代背景の楽しみもあります。

ラフマニノフ3番というと、有名な2番よりも個人的には好きで、アルゲリッチがシャイーとフィリップスで80年代に録ったやつが名盤として広く愛聴されていますが、今アルバムでのアムランは巨大な構造とスケールを感じさせる演奏なので、メロドラマチックな歌心で情熱的なアルゲリッチとは別の角度から楽しめました。

メトネル2番は奇しくも今回と同じHyperionレーベルから92年デミジェンコのやつが圧倒的な快演でよく聴いています。それぞれオーディオシステムのレファレンス盤として十分通用する超高音質なので、新旧Hyperion盤のサウンドを比べてみるのも面白いかもしれません。

HE-560のサウンドは、一言で表すのが困難なほどにクセが少なく、素直でワイドレンジなサウンドです。全体的に「硬い」サウンドなのですが、余裕が無いカリカリした焦りは無く、ただただスケールの大きい彫刻のようなイメージです。

高音は若干強調気味なので、マイルド系が好きな人は気に触るかもしれません。刺さるといった刺激ではないので、私はかなり好きです。すごく高い高音までしっかり伸びているのに、キラキラした艶やかさが無く、全体的に乾いて暗い、擦れたような質感なのですが、それが意外にも良い効果を発揮しているのです。まろやかに整えられた音響を聴いているのとは一味違った、リアルな等身大の肌触りが上手に表現できています。

高音から低音まで、出音のテンポというか、タイミングが絶妙に良いです。ピアノの打鍵がちゃんと目の前にあるピアノらしく鳴ってくれて、鍵盤の低音側でも、ホールの響きというよりは、鍵盤を叩いて出た音にズシンという「弦の重さ」が乗っている感じがよく伝わります。

つまり、楽器の構成音を上から下まで余すこと無く出せているので、リスナーが演奏者の立ち位置でピアノがピアノ「らしく」鳴ってくれるというのは、とくにライブを聴き慣れている人にとっては「これだ」と思える魅力があると思います。

グランドピアノはちょっと触ったことがある程度で、演奏は全く素人な私でさえも、HE-560で音楽を聴きながら目を閉じて両手を前に出して「エアー演奏」をしてみると、馬鹿みたいですが、本当に目の前にある楽器が鳴っているかのような錯覚を覚えます。開放型ということもありますが、やはりタイミングと音像の配置が絶妙に良いことが大きな理由だと思います。

優美な響きではないので、あまり面白いとは感じないかもしれませんが、協奏曲ではオケ楽器の一つ一つが、これは正しい、これも正しい、と納得できる仕上がりで、実際のコンサートがこんな音で聴けたらさぞかし満足だろうという説得力があります。

HIFIMANヘッドホンの特徴として、低音をハウジングで響かせず、ドライバ単体で聴かせる感じなので、ハウジングの存在感が完璧に消え去るような錯覚が得られます。このポイントだけでも、LCDやEtherのように中低音以下を密閉型っぽく豊かに響く感じに仕上げているヘッドホンとは大きく異なります。

空間の音場表現はちょっとユニークで、ドライバが大きいせいなのか、音像が縦方向というか上下に広く分散されています。前後の奥行きや遠さはあまり出ていないのですが、上下に展開することで空間分離が十分優れているように感じます。

音像の配置を言葉で説明しようとすれば、たとえばピアノが目頭の辺りでドーンと太く鳴っており、オケ弦が目下の頬のあたりから耳に向かって左右に展開して、低音は顎から喉の手前周辺で鳴っているようなイメージです。

録音に記録されている全ての音を余すこと無く全部目の前で拾えるような見通しの良さがあり、しかも、他のヘッドホンほど鼓膜や脳内にまで音像が迫って来ないので、圧迫感が無いのが優秀です。俯瞰で遠くを眺めるというよりは、世界地図を広げて眺めているかのようです。

HE-560になにか足りないとしたら、ヘッドホンそのものの個性というか、余剰の「響き」みたいな美しさが薄いため、趣味の嗜好品としてはインパクトが弱い、というくらいでしょうか。そのへんは上位のHE-1000なんかが得意な部分です。HE-560はあくまでスタジオモニターっぽさも残したまま、粒立ちが良い、輪郭が整った、音楽鑑賞に十分適した音色なので、なかなか的確なコメントを思い浮かぶのに困ります。

ところで、いわゆるエージングについては、まず新品を開封した直後に聴いてみたところ、高域が粗っぽすぎて聴くに耐えられず、すぐに中断してしまったのですが、それから2~3時間ほど鳴らしっぱなしで放置しておいたら、その後は問題なくなりました。それ以降は、数年間鳴らし込まれている店頭試聴機とほとんど変わらない印象に落ち着いたので、あまり長期間のエージングとかは気にしなくても良いのかもしれません。

最初の数時間の鳴らし込みは、新品未開封とかは関係なく、長期間使っていなかったら、かならずちょっとはウォームアップ期間が必要なのかもしれません。


リヴァーサイドから、ハイレゾではなく古いOJC CDですが、フィリー・ジョー・ジョーンズ「Drums Around the World」を聴いてみました。

1959年のステレオアルバムで、ドラマーのフィリー・ジョー名義というのも珍しいですが(彼のリーダー作といえば迷作「ブルース・フォー・ドラキュラ」が有名ですが、これはその次に出たアルバムです)、今アルバムはブルー・ミッチェル、リー・モーガン、カーティス・フラー、ハービー・マン、キャノンボール・アダレイ、ベニー・ゴルソン、サヒブ・シハブ、ウィントン・ケリー、サム・ジョーンズ、ジミー・ギャリソンという、豪華すぎてもったいないラージコンボ編成です。フィリー・ジョーらしくドライブ感の効いた演奏の連続で、ゴルソン曲とオリジナル曲主体ですが、かなり飛ばしているスタンダード「チェロキー」も入れているのが良いです。

この手の初期ステレオというと、トランペットは左のみ、ピアノは右のみ、なんて左右配置が極端すぎるため、ヘッドホン鑑賞ではむず痒くて聴き辛い、ということが多いのですが、HE-560ではとても快適にリスニングできました。

サラウンドっぽく耳の後ろに回り込む感じは無く、平面駆動型としては意外なほどに音像が前方にまとまって、スピーカーのような音場が形成されます。

個人的な感想として、HE-560とよく似た感じのヘッドホンというと、なぜかHD800が思い浮かびます。両者が全く同じサウンドだというつもりはないのですが、価格帯やサウンドの完成度をふまえるとライバルだと思います。

HD800のほうが高音域が立体的に前方遠くに放射されるような感じで、3D的というか、望遠鏡のような距離感は圧巻なのですが、タイミングの正確さや、ハウジングを意識させない開放的な鳴り方といった魅力はHE-560にも共通しています。

一方、中低域の実在感は、HD800よりもHE-560のほうが優れていると思いました。ジャズバンドに欠かせないアップライトベースなんかは、HD800では「フォン・フォン」と空気が響くことだけが聴こえて、まるで幽霊のように実体感が無いので、「まあ音は鳴ってるよね」という程度なのですが、一方HE-560で同じ音を聴くと、ウッドベースの大きな木製のボディから「ボーン、ドーン」と鳴っている根本の部分がしっかり聴こえます。

このアルバムはドラマーのフィリー・ジョー・ジョーンズがリーダーなので、魂の入ったドラミングが堪能できるのですが、HE-560では平面駆動ドライバの振動板そのものが、キックとトムの「張り」を再現しているかのような、「ドンッドンッ」という、まるで和太鼓のように勢いのあるドラミングが体感できます。これはジャズファンにはたまらない麻薬的な感覚だと思います。

「9人編成ラージコンボ演奏の中のハード・ドラミング」しかも「1950年代の録音」で「ハイレゾでもなんでもない、ただのCD音源」といった悪条件でも、音源の弱さを全く感じさせない、この寛容さが、いわゆる「録音のアラ探し」と言われるようなモニターヘッドホンとは一線を画するのだと思います。

つまり、HE-560がHD800よりも優れていると思うポイントは、「熱いジャズを存分に堪能できる」、という事に尽きると思います。


フランスのマイナーレーベル「Fondamenta」から、最新の三作同時リリースを聴いてみました。

1961年オスカー・ピーターソン・トリオ、1968年ビル・エヴァンス・トリオ、1975年サラ・ヴォーンと、それぞれ欧州遠征ツアー中にオランダで録られた秘蔵テープを176.4kHzハイレゾリマスターしたものです。

近頃は、版権の事情でこの手の「発掘テープ」系リリースが続々登場しており、とくにエヴァンスなんかは食傷気味になりそうですが、それでもこのアルバムは聴く価値があります。「Fondamenta」レーベルの特徴として、簡単なテープ起こしではなく、非常に入念な「デジタルリマスター」作業を行なっており、古い音源に新しい芸術的な息を吹き込んでいます。

聴きやすさに重点を置いたマスタリングなので、若干化粧された印象もありますが、よくありがちな「マスターテープから直接デジタル化で、何の手も加えていません。テープノイズもフラッターもドロップアウトも体験の一部です。」というようなレーベルとは対極的なアプローチです。古い白黒映画フィルムをそのまま放映するのか、それとも綺麗にデジタル補修するのかの違いみたいな感じですね。後世への記録という意味でのアーカイブ目的と、リスニングの楽しみの妥協点を見出すのは難しいです。

サラ・ヴォーンのみがステレオですが、どのアルバムも欧州ツアーということで気合の入った演奏で、心なしか普段聴き慣れた米国でのライブ盤よりも、若干Vogueやフィリップスっぽい欧州を意識したエレガントな優雅さを感じさせてくれます。エヴァンスはスタジオでの公開セッションということで曲間の拍手以外はほとんどスタジオ盤を彷彿させる丁寧さですし、オスカー・ピーターソンにおいてはクラシックの殿堂アムステルダム・コンセルトヘボウでのライブなので、まるでクラシックピアノ録音のような、堂々たる音響が味わえます。

HE-400iとの比較

HE-560は、さっきのジャズアルバムでも感じたように、一見硬派なスタジオモニター系っぽいサウンドでありながら、なぜか魔法のように、古い録音の魅力を引き出してくれます。

せっかくなので、HIFIMANのラインナップから色々と比較試聴してみました。

HE-560の下には、45,000円のHE-400Sと、70,000円のHE-400iがあります。(いつもどっちがどっちだか名前を混乱してしまいます)。

名前は似ていますが、より高価なHE-400iは35Ω・93dB/mWでヘッドホンアンプ駆動を想定しており、低価格なHE-400Sは22Ω・98dB/mWとポータブルでも鳴らせるように設計されています。また、HE-400Sは安いなりに外観が非常にチープで、銀色のスプレー塗装は明らかにコストを押さえていることがわかります。ポータブルといっても完全開放型なので、移動中とかのモバイル用途で使うことは絶対にオススメできません。あくまでHIFIMANのサウンドを手軽に味わえるカジュアルユースといった位置づけです。

これらは上位モデルゆずりの大型の平面駆動ドライバを搭載しているだけあって、サウンドもHE-560ととてもよく似ています。周波数特性に目立ったクセが無く、ハウジングの存在が完全に消える感じはHE-560と同様です。この辺は、価格を考えると非常に優秀なパフォーマンスだと思いますので、5万円くらいで良いリスニングヘッドホンをお探しでしたらかなりオススメです。

音色のチューニングは下位モデルになるに連れて中域重視でボーカルを際立たせるような傾向になり、高域の伸びやかさは損なわれます。また、音像も平面的になり、なんとなく、普通に優秀なダイナミック型ドライバのヘッドホンに近い印象を受けます。

これは、このまえAudezeの平面駆動イヤホン「iSINE」を試聴した時にも感じたことなのですが、iSINE10・iSINE20という二つのグレードがある中で、低価格なiSINE10の方が、試聴時には「普通っぽく」聴こえたのですが、実はこれは脳内の刷り込みというか、「過去に聴いてきたダイナミック型ヘッドホンに近い」という経験に基づく「普通っぽい」でした。一方iSINE20の方が平面駆動の良さを存分に(ちょっと過剰気味に)披露していたので、結局そっちを買ってしまいました。唯一の理想を追い求めるよりも、それぞれに違った魅力を欲しがるのがマニアの泥沼ですね。

HE-400とHE-560でもそれと似た意見で、HE-400iは確かに素晴らしいですが、「この手のサウンドだったら、他のダイナミック型ヘッドホンでも良いのが色々あるよな」という感想で、一方HE-560は、「このサウンドは、他では絶対に味わえないな」というオンリーワンの魅力がありました。

次に、HE-1000・Edition-Xと聴き比べてみました。どちらも、Ver. 2になって丸くなったというか、刺激が抑えられてバランスよく聴きやすくなったと思いますが、それでもHE-560と比べると、圧倒的に押しの強いサウンドです。

とくにHE-1000は、数ある高級ヘッドホンの中でも格別ツヤツヤ・キラキラ輝くような鮮やかさが特出しているサウンドだと思います。これと同じサウンドスタイルを体験できるヘッドホンというのは、そうそう見つからないと思います。

Edition-Xは若干おとなしく仕上げてありますが、それでもHE-560よりもグイグイ迫ってくるような刺激があります。空間の広がりは同程度なのに、音が派手に「オレを聴いてくれ!」とばかりに自分から飛び込んできます。

一聴するだけで圧倒される魅力的なサウンドなのですが2~3時間試聴を続けていると、「うん、こういう音なんだな」と結論づけてしまうような、わかりやすさを感じました。

面白いのは、HE-560は90dB/mWで、Edition-Xは103dB/mWと、かなり鳴らしやすいスペックなので、アンプのボリュームも二割ほど下げることになります。ヘッドホンは高級になるにつれて鳴らしにくくなる、みたいな定説が頭にあると、Edition-Xの鳴らしやすさには意表を突かれます。ちなみにHE-1000になるとHE-560と同じ90dB/mWに戻ります。つまりHE-1000が据え置き用、Edition-Xがポータブル用、みたいな役割分担ですかね。

結局、エキサイティングなHE-1000は十分楽しめたのですが、比較試聴を繰り返した末に、掴みどころのない謎めいた潜在能力みたいなものを感じたHE-560を選んでしまいました。

HE-560はHE-1000やEdition-Xよりも、むしろSTAXの静電ドライバーのような丁寧な繊細に近い部分があると思います。STAXというと、過去の低価格モデルは低音が出ないスカスカサウンドだったと思いますが、最近のやつは長方形のSRS-5100システムとかでも、そこそこ「普通」なバランスです。覚悟して聴いてみると、むしろ普通すぎて拍子抜けすると思います。

そんなSTAXのような、巨大な振動板が、低音から高音までなんの妨げもなく自由に安定して鳴っている感覚が、このHE-560からも伝わってきます。

余談になりますが、近頃は10万円超のヘッドホンが各社からゴロゴロ出ているので、昔なら超高級機だったSTAXシステムも、アンプ込みで15万円くらいから買えると言われると、ずいぶん良心的に感じてしまいます。市場のインフレというよりも、業界全体の水準がようやくSTAXのレベルに近づいたということなのでしょうか。

もちろんSTAXでも最上位のセットだと軽く100万円くらい行ってしまいますので、果てしない世界です。これだけ多種多様なヘッドホンが出ている現在でも、STAX SR-009+HeadAmp Blue Hawaiiとかのシステムを(買う気は無いですが)聴いてみると、やっぱり凄すぎるな、と心から萎縮してしまいます。

HE-560では萎縮はしませんが、それでもSTAXのような底知れぬ奥深さを目の当たりにしている印象を受けました。

ケーブル交換

HE-560はせっかくケーブルの着脱が可能なので、互換性のある2.5mm左右両出しケーブルを色々と交換できる楽しみがあります。

HIFIMAN以外のヘッドホンで2.5mmというとパッと思いつくあたりでは、OPPO PM-1/PM-2やAudioquest Nighthawk、ゼンハイザーHD700とかでしょうか。

HE-560の付属ケーブルは、公式サイトによると「Crystalline Copper + Crystalline Silver」と書いてあります。Crystalline = 結晶といっても、そもそも銅は結晶なので意味は不明です。(水の事を「液体の水」と書いてあるようなものです)。

ちなみに、英語版公式ネットショップの解説を読むかぎりでは、旧モデルHE-6などではOCCケーブル、下位モデルのHE-400S用は銅+銀メッキ銅、HE-400i~HE-560は銅+銀、Edition Xは銀、HE-1000は銅+銀、といった感じで、各モデルに合わせて線材を変えているようです。見かけによらず、ずいぶん手が込んでますね。

ようするに、ケーブルマニアの人は、HIFIMANラインナップの中だけでも様々なコンビネーションで聴き比べが楽しめるわけです。

OPPO PM-1のケーブル(2m+XLRバランス化)

今回は、ためしにOPPO PM-1のケーブルを使ってみました。HE-560のケーブルは2mで、OPPOのは3mなのですが、実はちょうど運良くXLRバランスで2mに短く改造したPM-1ケーブルが手元にあったので、比較対象としてはうってつけです。

OPPO PM-1ケーブル

ちなみにOPPO PM-1のケーブルは「OCC」と書いてあります。XLRバランス化したときに線材の写真を撮っておいたのですが、上の方で紹介したHE-560の線材とはずいぶん感触が異なります。極細の銅線で、ヘッドホンケーブルとしてはそこそこ太いゲージで作られており、柔軟性も作業性も良好です。ヘッドホンケーブルというよりは、スピーカーケーブルに近いですね。

ケーブルのインピーダンスを測ってみました

また話がそれてしまいますが、せっかくなので、先程ヘッドホンのインピーダンスを測ったLCRメーターで、これらのケーブルも測ってみました。深い意味は無いですが、こういう測定機器は使えるうちに使ってみないと損ですからね。(調子に乗って、身近にあったケーブル類を手当たり次第測定してみました)。

2.5mmコネクタ側を短絡して、XLR側のプラスとマイナス往復で測ってみました。どちらも2mケーブルなので、往復だと4mになります。

HE-560とOPPOのケーブルはどちらも10kHzまでほとんど純抵抗で、高周波側のインダクタンスも1μH程度で安定しているのですが、可聴帯域の導体インピーダンスはHE-560が1.2Ω/4m、OPPOが0.25Ω/4mと、かなり違いがありますね。

HE-560の抵抗値が高いというよりは、実はこれくらいの数字の方がソニーやゼンハイザーなど一般的な純正ヘッドホンケーブルに近いので、むしろOPPOの方がとても低い部類です。

抵抗値があまり高すぎては問題ですが、低ければ低いほど高音質だというルールはありません。単純にケーブルの抵抗を低くしたければ、太い導体ゲージを使うなど、あまりコストをかけずにいくらでも低くする手法はありますので、そのへんはケーブルメーカー毎に考えはバラバラで、あまりこだわっていないようです。こういった測定機器によるテストは、とりあえず不具合や左右のミスマッチなどを検査するために有効だという程度の考えで十分かもしれません。

導体以外にも絶縁体のクロストークなどの要素も考えないといけないので、「高音質ケーブル」には単純明快な定義が無いのが面白いですね。謎が多いからこそ世間には何十万円もするような高級ケーブルメーカーが好調に売れているわけですが、趣味道楽としては、斜に構えず色々と試してみる価値があります。

実際に聴き比べてみると、HE-560純正とOPPO PM-1ケーブルでは結構わかりやすいサウンドの変化がありました。

OPPOケーブルを使うことで、低音のふくよかさが増して、全体的に豊かな、音の波がワーッと押し寄せるような厚みのある表現になります。低音が鈍く響くようになるおかげか、楽器そのものの音色以外にも、ライブ会場やコンサートホールのような響きが若干強くなり、前後表現も深く立体的になります。

簡単に言うと、HE-560純正ケーブルは演奏者の立場の印象があり、一方OPPOケーブルは観客席位置の印象が強くなります。OPPOケーブルはサウンドが柔らかくなる一方で、高音のカチッとした見通しの良さみたいなものは薄れるため、結局どっちのケーブルが良いかは決められませんでした。

つまり、普段使うアンプとの相性などで、HE-560が若干固くシビアに感じるようでしたら、OPPOケーブルとかを試してみることで、よりゆったりとしたリスニング体験が得られると思います。

他にも、HE-1000用ケーブルや、Moon Audioケーブルなどを試してみましたが、どのケーブルでもHE-560純正と比べるとそれぞれ独自の響きや立体感が増す代わりに、クリアなダイレクト感は損なわれるような印象を受けました。

おわりに

HE-560で音楽を聴きながら適当に書いていたら、話が長くなってしまいました。でも、それこそが「高音質だけど、苦もなく長時間快適に聴ける」というHE-560の魅力をそのまま表現しているように思えます。

マッタリした濃い響きも無く、刺激的な派手さもなく、ヘッドホンそのものが主張してこない、気にしなければ気にも留まらない、といった無個性ぶりなのですが、響きの豊かさで録音を塗りつぶすのではなく、録音の向こう側から音楽そのものを引っ張り出してくれるようなポテンシャルがあります。とくに古い録音ですら生き生きと蘇ることが意外でした。

近頃のヘッドホンは日々進歩しているので、新製品を発売と同時に衝動買いしてしまうことのほうが多いとは思いますが、そんな中でもHE-560は、発売からこれだけ長いあいだ、「いつか買いたい」という気持ちが衰えなかったことが我ながら凄いと思います。

もちろんこれで、買ってすぐに「Ver. 2後継機登場!」なんてニュースがあったら、当然のごとく気になってしまうのですが、まあ新製品はたぶん値段が高いでしょうし、HIFIMANの初期ロットは怖いので、今くらいのタイミングでHE-560を買ってちょうどよかったかな、なんて自分自身に言い聞かせています。

HE-560の上にはHE-1000とEdition-X、下にはHE-400iとHE-400Sなど、色々なモデルが出揃っている今だからこそ、なのかもしれませんが、各モデルをしっかりと比較試聴してメリット・デメリット(あと値段)を吟味した結果、「やっぱりHE-560が良いな」というしっかりした確証が持てたことで、今更ながら購入することになりました。

HE-560は、録音された音源のアラ探しをするという意味での「モニターサウンド」っぽいシビアさは無いのですが、一方でDACやアンプなど、上流にあるオーディオシステムのクセや特徴を明確にする傾向は強いので、そのへんは使い勝手が難しいヘッドホンです。
どのような環境でも独特の個性豊かな音色を醸し出す、といったスタイルではなく、上流のオーディオシステムを整えることで、それ相応に答えてくれる果てしないポテンシャルを感じさせる、といった感じのヘッドホンだと思います。

地味なデザインで影に隠れがちですが、機会があればぜひじっくりと時間をかけて試聴してもらいたいです。