2016年12月5日月曜日

JVC SU-AX01 ポータブルDAC・ヘッドホンアンプのレビュー

JVCケンウッドのポータブルDAC・ヘッドホンアンプ「SU-AX01」を購入したので、感想とかを書いておきます。

JVC SU-AX01

ハイレゾPCM・DSD対応DACと、バランス出力対応のディスクリートアンプ回路を組み合わせたポータブルDACアンプです。

2016年11月の発売価格は11万円程度と、他社の似たようなモデルと比べて結構高額ですが、近頃続々と現る高性能ヘッドホンやハイレゾ音源なんかに完璧に対応できる「高音質で全部入り」なアンプを探している人にとって、面白い候補になるかもしれません。


JVC

私は普段外出時とかにはDAPを使う方が多いのですが、ノートパソコンで音楽を聴く場合はポータブルDACアンプのiFi Audio micro iDSDとChord Mojoを使っています。どっちも説明不要のベストセラーですね。アンプ選びではあんまり冒険しない性格みたいです。

micro iDSDとMojoで既にスペック・音質ともに十分すぎるほど満足なのですが、もう1年以上使い続けていますし、今回のJVC購入も、時期的にオーディオマニア病が発症し、そろそろなにか新しいのに目移りしたような感じです。

JVCのアンプというと、前作SU-AX7の音が結構好きで、発売当時は買う気満々だったのですが、ちょうど同時期に登場したChord Mojoに目移りしてしまい、結局そっちを選ぶことになりました。今回のSU-AX01購入は、その時のリベンジみたいな気持ちもあります。

実は最近、そろそろSU-AX7の後継機が出るかもな〜、なんて予感がしていたのですが、蓋を開けてみたら5万円のSU-AX7から、いきなり10万円超のSU-AX01が登場したわけで、正直買うべきかどうか悩みました。JVCの現行ヘッドホン最上位モデル(WOOD01)が5万円程度なので、ラインナップ的にここまで不釣り合いに高いアンプが出て意表を突かれました。

最終的に購入の決め手となったのは、まずオーディオフェアなどで試作試聴機がしっかりしていて、奇抜な誇張をせずに地道な音質向上の努力が感じられたこと、そして機能面ではDSD256までネイティブ再生対応になったことです。また、バランス駆動対応というのも嬉しいボーナスです。どちらもSU-AX7では出来なかったことです。

JVCビクターというと、K2やXRCDのようなPCM至高主義をずっとプッシュしてきた歴史があるので、「ソニーのライバルで、アンチDSDの筆頭」みたいなイメージが強く、今回のDSD対応にはちょっと驚かされました。

DSDのメリットについては賛否両論あると思いますが、手持ちの音源もかなり増えましたし、ベストな状態で聴きたいというのが心情です。少なくともDSDアルバムの音は良いので、一過性のトレンドでは終わりそうにないです。

そういえば似たような話題で、これまであれだけアンチDSDを掲げてきたRMEですら、最新DACのADI-2PROではついに折れてDSDネイティブ対応になりましたので、こっちもRME Firefaceからの乗り換えでちょっと気になっています。

パッケージ

SU-AX01のパッケージは想像以上に小さくて驚かされました。ブルーレイケースくらいのサイズで、ただの紙箱ですが、デザインは洗練されていると思います。

ブルーレイケースくらいのコンパクトなパッケージ

中にはダンボール

本体とUSBケーブル

USBケーブルにはフェライトコアがついてました

中身は茶色いダンボールの枠組みに、SU-AX01本体と、充電用USBケーブルが付属しているのみというシンプルさです。USBケーブルには、ノイズ低減のためのフェライトコアが同梱してありました。

説明書もクイックガイドみたいな白黒の一枚紙のみで、正式な取扱説明書はネットで見ろという指示が書いてあります。

個人的には、これくらいのシンプルなパッケージで丁度良いと思います。毎回なにか買うたびに空き箱を捨てるのも惜しいのですが、収納スペースがかさばるのも困ります。商品を取り出した後、空き箱を破壊せずにきれいに平らに潰して保管できるようなパッケージだと一番理想的です。

デザイン

公式スペックによると、SU-AX01は80.4 × 28.5 × 153.5mm 400g、一方SU-AX7は 75.2 × 25 × 140.2mm 280gだったので、全体的にサイズアップと重量アップしたようです。

Chord Mojoと並べると、かなりデカイです

Chord Mojoと比べるとかなり巨大ですが、内部写真を見る限り、中身は大型バッテリーと回路基板でぎゅうぎゅうです。SU-AX7から、さらにディスクリートのバランス出力でアンプ回路が二倍以上になったことを考慮すると、妥当なサイズ感だと思います。

WOOD01と並べてみました

本体の質感は非常に良いです。とくにケースの茶色いヘアライン加工が、適度な深みとツルツルした艶を持っており、金属というよりも、漆塗り木材のような雰囲気さえあります。JVCというとウッド系イヤホン・ヘッドホンが人気なので、上手にテーマを合わせているようです。

フロントパネルは色が濃いです

フロントパネルも、一般的なアルミパネルよりも一段暗い、ガンメタルっぽい色合いなので、プロ用オーディオや精密機械のような精巧さを感じさせます。

USBと3.5mmジャックは結構近いです

3.5mmジャックとマイクロUSBジャックが上下で隣接しているので、ぶつかりそうで心配だったのですが、手持ちで一番太いオーディオクエスト製マイクロUSBケーブルと、スイッチクラフトの3.5mmコネクタでも、無事干渉せずに接続できました。これ以上太いコネクタを使いたい場合は注意が必要かもしれません。

リヤパネルはちょっと奥にしているのがスマートです

リヤパネルは若干奥まった位置にあるため、S/PDIFコネクタ類が上手にケース内に隠れているのがエレガントです。

よくありがちな豪華絢爛な素材をあしらった奇抜なゴージャスさとは対照的に、SU-AX01はシンプルなデザインそのものの完成度が高く、写真で見るよりも、商品として手に取ると納得できる、所有感を満たす仕上がりです。

こういう品質の高さを目の当たりにしてしまうと、たとえばiFiとか、中華ポタアンとかの、ザラザラしたアルミ押出材の手触りやパネル嵌合の大雑把さ、無造作なスイッチ配置などは、どうしてもチープなガジェットの域を抜け切れていないと痛感します。

そういえば最近Fiioが大人気ポタアンのE12を「A5」という名前でリニューアルしましたが、これも写真で見た外観は新旧ソックリなのですが、実際E12とA5を並べて比較してみると、金属筐体やスイッチノブなどの質感がA5で飛躍的にグレードアップしており、納得の出来栄えでした。やはり写真だけではなく、実物を触って見るのは大事です。

バランス端子

SU-AX01のバランス出力端子は、ソニーPHA-3とかと同じ2 × 3.5mmという構成です。あえてこのタイプを選んだというのも面白いですが、さらに言えば発売時期的に一部業界がプッシュしている4.4mmバランス端子でもないのが面白いです。

実用上では、AKの2.5mmタイプよりも、こっちのほうがケーブル自作が手軽なのでありがたいのですが、既製品の社外ケーブルとなると絶対数が少ないです。SU-AX01と同時にJVC純正ケーブルがいくつか発売されたので、ヘッドホン端子が合う機種であれば、それらに挑戦してみるのも面白いかもしれません。

私の場合、普段Cowon Plenue Sのために3.5mm 4極(いわゆるグラウンド分離タイプ)というマイナーなバランスケーブルを使っているので、また変換アダプタを作るのがめんどくさいです。ちなみにSU-AX01は3.5mm 4極ケーブルでもアンバランス接続で左右ちゃんと音が出るので、とりあえずはそうやって使っています。

まず手っ取り早く4ピンXLR用のバランス変換ケーブルを作ってみたのですが、意外なトラップに遭遇しました。

硬いケーブルだと、どちらかがすぐ抜けてしまいます

良かれと思って、そこそこ太いテフロン外皮の高純度OFCケーブルを使ってみたのですが、SU-AX01の3.5mmジャックのグリップ力が弱いため、このような硬めのケーブルだと、ケーブルがちょっと左右に動いただけで、どちらか片方の3.5mm端子が簡単に抜けてしまいます。

結局作り直しました

片方のケーブルが頻繁に外れてイライラさせられたので、結局細いPCOCC線材の柔らかいケーブルで作り直しました。3.5mm端子はアンフェノールのやつを使いましたが、もうちょっとグリップが強いスイッチクラフト製とかのほうが良いかもしれません。

以前ソニーがNW-ZX1やPHA-3などで、真鍮製の特別強固な3.5mmジャックを採用したことを宣伝していたのですが、その当時はそんなことに一体何のメリットがあるのかと疑問に思っていたのですが、今回意外なところで、その答えを知る羽目になりました。

ちなみに、HD800などをバランスケーブルで試してみたところ、SU-AX01はバランス接続にしても音量が倍増するわけではなく、むしろ同じボリュームノブ位置では若干音量が低くなっているかのように感じられました。

バランスとアンバランスで交互に聴き比べてみると、実際そこまで音量そのものは変わっていないのですが、音の深みというか、明暗みたいなものがバランスのほうがしっかりと現れるので、そのせいで静かになったような気になります。余裕がある鳴り方とも言えます。

バランス接続にすることで、より音楽の世界にじっくりと入り込むような印象を受けました。

機能とか

この手のDACアンプというのは様々な機能がついているので、全部確認するのも面倒なのですが、一通り自分が気になった部分をチェックしながら書いてみました。文脈にまとまりがなくて申し訳ないです。

ボリュームノブに電源スイッチがあります

まず、電源スイッチはボリュームノブのゼロ位置でカチッと入るタイプです。ノブ周辺に緑・青・赤のインジケーターLEDがあり、緑はバッテリー駆動中、青はハイインテンシティモード(後述します)、赤が充電中という意味です。充電が完了すると赤LEDが消灯します。充電中1.3Aくらい流せましたので。1A以上の充電器を使うメリットがあります。

せっかく撮ったので、自慢したかったネタ写真

3.5mmステレオアナログライン入力があるので、DAPなどと合わせてアナログポタアンとしても使えますが、アナログライン出力は登載していません。

デジタル入力は、背面のS/PDIF同軸・光入力と、前面のUSB入力のどちらを使っても、あまり音質は変わらないようで安心しました。Chord Hugo・Mojoとかみたいに、どの入力を使うかで結構差が出るやつもあったので、これはちょっと気がかりでした。

同軸S/PDIFでのDoPは無音でした

同軸・光入力は192kHzまでのPCMのみで、DSD DoP入力には対応していないようです。Fiio X5-IIの同軸デジタル出力からDSD DoP送信を試みたのですが、音が出ませんでした。これはちょっと残念です。

マイクロUSB入力はデータと電源が別系統になっているので、MojoやPHA-3などと似たようなタイプです。リスニング中に別のケーブルで充電しても、コンセント電源からノイズの飛び移りなどは発生しませんでしたので、ノイズ対策は優秀なようです。後述するハイインテンシティモードがあるので、リスニング中の充電も積極的に勧められます。

データ側のマイクロUSB入力は、バスパワー通電ではなく、SU-AX01本体の電源をONにして入力スイッチでUSBを選ばないとパソコン上でデバイスとして表示されないタイプです。これは使い勝手の上で賛否両論あるかもしれませんが、OTG接続のスマホなどから余計なバスパワー電力を引っ張らないための配慮だと思います。

iOSデバイスの場合、専用のAタイプ端子がついているので、わざわざアップルCCKアダプタを使わなくても、そのままiPhoneなどのUSBケーブルを直挿しすれば認識します。

ただし、SU-AX01の電源を入れる前にケーブルを接続する必要があるみたいで、後からケーブルを挿しても通信できずグリーンのLEDが点滅します。

ちなみに、このAタイプ端子はiOS専用なので、Androidスマホなどはこっちに接続しても認識しませんでした。Androidの場合はOTGケーブルでマイクロUSB端子を使えば動作します。

USB接続は、Windows、Mac、Android、iOSなどでも一通り試してみましたが、どれもハイレゾ再生などでもプチプチノイズは一切発生せず、快適にリスニングできました。USBインターフェース部分はとても安定しているようです。

iOSでDSD256

ちょっと嬉しかったのは、MacやiOSなどのDoPでもDSD256 (11.2 MHz)に対応していることです。よく公式スペックでDSD256対応と書いてあっても、Windowsのダイレクトモードのみで、DoPではDSD128 (5.6MHz)までという商品が多いのですが、SU-AX01はちゃんとDoPでDSD256が再生できました。PCMが384 kHz止まりではなく、形式上768 kHzまでいけるためでしょう。(DSD256のDoP偽装にはPCM 768 kHzが必要なので)。

数年前までは、スペック詐欺のようにハイレゾがまともに動作しないDACが多々あったのですが、さすがインターフェースを開発しているXMOSとかも技術的にこなれてきたのか、最近のUSB DACは何のトラブルもなく快適にDSDやDXDファイルまで扱えるようになったのは嬉しいです。

Macはドライバ不要でちゃんとPCM 768 kHzまでサポートします

MacのJRiverから、無事DSD256が再生できました。音飛びもありません

ヘビー級ドッキングの例

アンプとか

SU-AX01のD/A変換はESS 9018K2Mを使用していると書いてあります。この手のポータブルDACでは定番なチップですね。

近頃はESSの後継チップ9028Q2Mが登場し、たとえば9018K2Mを採用していたOPPO HA-2なんかは新チップ搭載のHA-2SEにモデルチェンジしました。実際D/Aチップが新しくなると飛躍的に音質アップするというほどでもないので、それだけで一喜一憂するほどのことでもないです。たとえば私が愛用しているPlenue Sなんかは、2015年のモデルですが、PCM1792という15年も昔のD/Aチップを使っています。

ただ、JVCは前モデルのSU-AX7では旭化成AK4390を使っていたので、なんで旭化成ベースの既存設計を捨てて、わざわざESSで作り直す道を選んだのか、その理由だけはちょっと気になります。

内部は高密度な基板二枚重ねで、左右にバッテリが入っています

SU-AX7と比べると、アナログアンプ回路の進化が一目瞭然です

SU-AX01最大の魅力は、完全新設計のヘッドホンアンプ回路です。公開されている基板写真を見るかぎり、SU-AX7とは比べ物にならないくらいデラックス化しており、基板は二枚重ねで、アナログ・デジタルを分離した設計になっています。

D/A以降は徹底したデュアルモノ・フルバランスで、尋常ではないくらい気合が入っています。ここまでアナログアンプ回路に力を入れたポータブルヘッドホンアンプというのは、そうそう類を見ないのではないでしょうか。

写真でも見られるように、前モデルSU-AX7のヘッドホンアンプ回路はTPA6120というワンチップICアンプで済ませていました。他社でも、たとえばソニーPHA-3など、このチップアンプを採用しているモデルはかなり多いです。

チップアンプでは音が悪いからダメだというわけではなく、むしろ手軽で音が良いからこそ各社が喜んで採用しているわけですが、自動車のエンジンと一緒で、みんなが同じエンジンを搭載していれば、各メーカーごとの独自性というのは薄れます。

SU-AX01では、D/A変換後からLME49713・NJM2114といったオペアンプや、PGA2311ボリューム制御チップを経て、最終的に八個のトランジスタの電流帰還型ディスクリート構成アンプでヘッドホンをドライブします。

一般的に、バランス駆動といっても、最終段だけバランス化する仕組みのアンプが多いのですが、SU-AX01はD/Aチップ以降のアナログ回路を完全に独立させており、オペアンプやトランジスタ構成も、むしろ私が普段使っているViolectric V281などのデスクトップアンプに似た構想です。

ボリュームノブも、公式サイトでは「高精度電子ボリューム」としか書いていないので、もしやESS D/Aチップ内のデジタルボリュームのことかと思っていたのですが、基板写真を見るかぎり、PGA2311という「デジタル制御アナログボリューム」回路を左右個別で搭載しています。

これは、ボリュームノブの現在位置を検出して、アナログオーディオ信号をPGA2311チップ内で正確に計算された抵抗を通す、という仕組みなので、原理的にアナログボリュームでありながら、一般的なアナログボリュームポットの弱点である小音量時の左右音量のばらつき(ギャングエラー)が発生しないという優秀な仕組みです。よく高級アンプなどで使われている、ボリュームステップごとに個別の抵抗を通すという仕組みとアイデアは一緒です。

小音量時のギャングエラーが回避できるということは、ボリュームノブの下の方までちゃんと安心して使い切れます。つまりアナログボリューム搭載アンプでよくある、ハイ・ローゲインスイッチが必要ありません。

K2

SU-AX01にはJVCの御家芸である「K2」が搭載されています。フロントパネルのK2 ON/OFFスイッチはもちろんのこと、本体の上面にも堂々と「K2」のロゴだけが印刷されているので、メーカーとして相当意識しているテーマのようです。

本体唯一のロゴが「K2 TECHNOLOGY」です

私みたいなCD全盛期世代の人にとっては、JVC・ビクター「K2」というのは特別な魅力を放っているキーワードです。ただし、ここで注意しなければならないのは、「K2」というのはビクターが採用しているデジタル高音質化技術の総称、つまりブランド名みたいなものであって、「K2」と名乗っていても、実際には様々な種類や意味合いがあるということです。

過去のオーディオマニアにとって思い出深い「K2」というのは、CD時代に存在していた「20 bit K2 Super Coding」という技術のことであって、そこから発展していったXRCD、XRCD24、K2HDといった一連のCDソフト高音質化技術です。

それまでCDというと16bitで実直にデジタル化が行われていたところに、90年代に入るとK2を筆頭とする高度なアルゴリズムが多数導入され、飛躍的な音質アップを果たしました。

「デジタルの音は硬い・冷たい」なんて当時非難されていたイメージを払拭できたのも、K2の貢献が大きいと思います。他社でもソニーのSBMとか似たような仕組みはいくつかありましたが、一番ブランドネームとして成功した例がビクターのK2だったと思います。

それらはCDアルバム作成時にスタジオで使われていた技術なのですが、今回SU-AX01に搭載されているのは「New K2テクノロジー」という名称のやつで、公式サイトによると、「音楽信号に対し、ビット拡張、周波数帯域拡張、波形補正を行い、非ハイレゾ音源をハイレゾ化する・・・」と書いてあります。

ようするに44.1kHz/16bitなどのPCM音源をESS9018K2M DACチップに送る前に、独自アルゴリズムで192kHz/24bitとかにアップスケールしておく技術のようです。アルゴリズムの詳細についてはわかりませんが、前作SU-AX7に搭載されていたものと同じだと思います。

話が脱線してしまいますが、大昔ビクターのCDプレイヤーに登載されていた「K2インターフェース」という高音質ギミックも、今回の「K2テクノロジー」のようなアップサンプルとは別物で、あちらはCDのデジタルデータをフォトカプラやロジック検出などで新たにクリーンな高精度クロックで打ち直しして、ジッタを排除する、という技術でした。ようするに、総じて「K2」ロゴが使われていても、内容や効能は多種多様、ということです。

結局、どれが本当の意味でのK2なのか、という論議は無意味なので、K2というのはようするに、「音楽作成の現場で実績があるビクター独自の高音質化技術」という、太鼓判みたいなものなのかもしれません。

話をSU-AX01のK2テクノロジーに戻すと、ソニーのPHA-3やウォークマンDAPにもDSEE+という「ハイレゾ相当アップスケール機能」があります。こんなことを書くとJVCの人に怒られてしまいそうですが、ギミックとしてはおよそ似たようなものです。

実際の効果について細かい事を言うと、ソニーのDSEE+の場合は音色に瑞々しさやツルッとした艶みたいなものが付加される感じなのですが(例えばピアノの打鍵なんかで効果が顕著です)、一方SU-AX01のK2の場合は実在感というか、余韻のリアリズムを引き出すような効果があるので、良く言えば生々しさが増し、悪く言えばハイテンションになるような印象を受けました。

イコライザーなどとは違い、効果はそこまで派手ではないのですが、普段K2 ONの状態の音に慣れてしまってから、気まぐれでOFFにしてみると、サウンドが色褪せて粗っぽくなってしまい、やはり結構効いているんだなと実感するような感じです。

K2が上手くいかないと感じたのは、ヘッドホンの方に何らかのクセがある時のみでした。T1、K812などでは、K2によって音楽の魅力がより引き出される感じが好印象だったのですが、その一方で高域がギラギラしがちなヘッドホン、とくにオーディオテクニカ(ATH-A2000ZやATH-E70など)では、K2をONにすると高域の倍音が膨らみすぎて、うるさく感じました。

ちなみにPCM 192 kHz相当にアップサンプルされるらしいので、PCM 192 kHz以上か、DSDの場合はK2は無効になるそうです。

DSDやハイレゾPCM音源とかももちろん楽しいですが、やはり44.1kHzのCD音源を聴くことが多いので、このK2という機能が搭載されているのは楽しみが倍増するため嬉しいです。

その効果は概ね有意義ですし、もし気分に合わなければOFFにすれば良いだけなので、ギミックとしては大変優秀です。

ハイインテンシティモードについて

SU-AX01のユニークな機能として、ハイインテンシティモードというのを搭載しています。リスニング中に充電用マイクロUSB端子に給電することで、アンプの音質がアップするという仕組みです。

SU-AX01にはコンセントUSBアダプタは付属していないのですが、説明書を読むと、2.1A給電ができるアップル純正のiPad用アダプタを使え、とのことです。つまり、現在売っているものでは、2,200円の「Apple 12W USB電源アダプタ」というやつですね。
アップルでも右側の12Wタイプが必要です

ハイインテンシティモード

早速iPad用12W充電アダプタでSU-AX01を給電してみると、LEDがグリーンからブルーに変わり、ハイインテンシティモードになりました。ちなみに隣の赤いLEDは充電中ランプなので、バッテリー充電が終わると消灯します。

iPad用以外のアダプタだと、バッテリーの充電はするものの、ハイインテンシティモードになりません。なぜかというと、アップルのアダプタのみ独自の仕組みを使っているからです。

一般的なUSB充電アダプタ(左)と、アップルiPad用充電アダプタ(右)

アップル純正の充電アダプタは、5W(iPhone用)と12W(iPad用)という二種類があるのですが、それらは内部でUSB電源線とデータ線の間に特定の抵抗を入れて、「データ線に特定の電圧を与える」ことで、デバイス側に「これは2A流せるiPad用アダプタです」という識別情報を送っている仕組みです。

一方、他社の充電アダプタは、「2A対応」とか書いてあっても、ただ単に「必要とあらば2Aまで流せます」というだけで、アップルのようなギミックは搭載していません。

アップルの場合、最近世間のスマホなどで「急速充電」と称する粗悪な充電器が過剰な電流を流しすぎて、充電中に最悪燃えたりなどの事件が多発しているので、そういうのを未然に防ぐための配慮なのでしょう。

JVCの場合も多分同じ考えで、わけのわからないバルク品の「2A対応」USB充電器を使われて誤動作を起こすよりも、手に入りやすいアップル純正2.1Aアダプタの独自仕様にあえて依存させることで、ちゃんと動くことが保証されます。

JVCがアップル純正アダプタにこだわる理由はもう一つあります。実はこのアップルの白いアダプタは、電流が安定していて、混入ノイズなどが極めて低い、オーディオ的にも優秀な電源です。

量販店で売っているバルク品のUSB充電アダプターとかだと、信じられないくらいの高周波ノイズを垂れ流していたり、実際2Aを流すと電圧がブツブツと不安定になるような粗悪品が沢山あるので、そういうのを使われてはアンプの音質が保証できなくなります。

アップルの白いアダプタも、純正品を正規ショップで購入しないで、ネットなどで買うと、ニセモノである確立がかなり高いです。

USB充電アダプタについて詳細な分析をしているブログはいくつかありますが、たとえばこの人のブログ記事←は素晴らしく詳細な測定結果を公開しています。バルク品やアップルのコピー品なんかは、身の毛のよだつほど凶悪なノイズが出ていたり、2Aと書いてあるのに1Aしか出せなかったりなど、恐ろしい世界だなと思います。

意外と高級オーディオ機器とかでも、知らずにこういった粗悪な電源アダプタを同梱しているメーカーもあるので、高級USBケーブルとかにこだわる以前に、まずアダプタの心配をしたほうが良さそうです。その点、少なくとも信頼性の高いアップル2.1Aを指定するJVCは懸命と言えます。

急速充電下駄

どうしてもアップル純正以外のアダプタでハイインテンシティモードを使いたい場合には、自己責任になりますが、家電量販店とかで売っている、ちょっと怪しい「iPad用USB急速充電下駄」みたいなやつを使えば上手くいくかもしれません。

モバイルバッテリーだとダメですが

急速充電下駄で、ハイインテンシティモードになりました

私が持っているやつはTI社のTPS2511「USBチャージングポートコントローラ」チップが搭載されているやつですが、コレを使うと、適当な2A対応アダプタやモバイルバッテリーでもハイインテンシティトモードONになってくれました。

これら急速充電下駄というのは、いくつか種類があるのですが、一番安いタイプのものでは単純にアップルと同じ電圧をデータ線に与えるだけの無謀な設計なのですが、もっと高価なやつは、接続されている充電アダプタの電圧・電流と、送り先のデバイスの素性をスマートに検知して、適切な充電スキームに切り替えるという頭の良いICチップが入っています。

あと、ケーブルにはデータ線が必須なので、電源線しかない充電専用USBケーブルではハイインテンシティモードになりません。そして、細くて長いケーブルだと電圧降下が起こるので、これもダメです。ためしにXboxコントローラに付属していた2mくらいのヒョロいUSBケーブルを使ってみたところ、ハイインテンシティモードになりませんでした。

もうひとつ余談ですが、SU-AX01の電源USBケーブルの接続は、基本的にリスニング中に行なっても大丈夫なように作られていると思うのですが、それなりに注意が必要です。

たとえばSU-AX01をUSB DACとして接続しているパソコンと、電源用のUSBアダプタが、それぞれ遠く離れたコンセントに接続されていたりすると、家庭の配線事情によっては結構な浮遊電位差があったりして危険なこともあります。

一度だけ、そんな遠回りな配線を試みたとき、充電用マイクロUSB端子がSU-AX01本体に触れた途端、パチッという音とともに、リスニング中の音楽が止まってしまいました。パソコンを確認してみたらSU-AX01デバイスが認識されていない状態になっており、復旧するにはパソコンを再起動する必要がありました。(USBケーブルの抜き差しだけではダメでした)。

SU-AX01が故障したというよりは、パソコン側がUSBデータの不良を確認して自動切断したのでしょう。USBのような繊細なデータ通信は、不意の電流とかで不具合を起こす事があるので、なるべく使用中にコンセント周りを頻繁に変更したりするのは避けたほうが良いみたいです。

ハイインテンシティモードの音質

ハイインテンシティモードというからには、さぞかしパワーアップして爆音になるのだろう、と勝手に想像していたのですが、いざ実際に使ってみたところ、音量が全く変わらなかったので、本当にちゃんとモードが切り替わったのか疑問に思いました。

そうは言ってもLEDが青色で、たしかにハイインテンシティモードになっているはずなので、じっくりとリスニング中に電源ケーブルを挿したり抜いたりして聴き比べてみたところ、本当に微妙なのですが、感じ取れる音質差があります。

ハイインテンシティなんて言うと、サウンドが荒々しく攻撃的になるのかと思いきや、実際の効果はむしろ逆でした。ハイインテンシティモードがONになると、音楽の背景がより静かになり、一音一音の音像が一歩奥に下がるというか、相対的な前後感、奥行きのような立体感が向上します。彫りが深くなる、みたいな感じです。このモードに慣れた後に通常モードに戻ると、僅かながら音像全体がベタッと平面的になるように感じました。

ほんの些細な差なので、普段はあまり気にする必要はないと思いますが、自宅で使っているときには積極的に充電する口実ができるので、嬉しいギミックだと思いました。

出力

筐体はリスニング中に結構発熱します。温度計で測ってみると、38℃くらいでした。相当な電力を消費しているみたいなので、バッテリー持続時間が公称5時間と短いのもなんとなくわかる気がします。

いつもどおり、0dBフルスケールの1kHzサイン波を再生して、アンプの最大出力電圧を測ってみました。ちなみにアンバランスです。

無負荷ボリュームMAXでの潰れ方はこんな感じです

公式サイトのスペックで、最大出力が「10%歪み」で記載されていたので気になったのですが、(通常は1%とかなので)、実際に波形を見ると、無負荷でボリュームを最大にするとたしかに12%くらい歪みます。この状態でおよそ8.2Vp-pで、ボリュームノブをほんの少し戻して、歪みを1%以下に抑えた状態では、約6.3Vp-pが得られました。

歪みが1%を超えるのはボリュームノブを9割くらい上げた頃からなので、実用上はそんな使い方をしたらものすごい爆音なので、どうでもいい話です。普段の使用時は歪みは極めて低いです。

最大出力電圧

20Ω負荷でのクリッピング

このアンプの特徴として、ヘッドホンのインピーダンスが30Ωを下回るくらいから、出力特性がガラリと変わります。電流帰還回路の動作特性かもしれません。

実用上はこんなに波形が潰れるまでボリュームを上げたら爆音すぎますので、気にする必要はありません。

常識的な音量(1V p-p)にボリュームを合わせた状態(ボリュームノブが約60%位置)では、低インピーダンス側でも完璧なまでに一直線なので、アンプの出力インピーダンスは限りなく低いです。

公式スペック上32Ωで160mWということですが、実測で6.7V p-p(2.37Vrms)でつまり165mWなので、ほぼスペック通りピッタリです。


色々と比較してみると

他社のDAPやポタアンと比較してみると、SU-AX01はそれほど高出力を狙っているわけではなく、まあ世間一般のヘッドホンを十分に駆動するにはこの程度かな、と狙って売れ筋スペックに合わせてきているような印象です。

ただし、グラフを見て想像できる通り、あまりにも能率が悪いヘッドホンだと駆動が辛い場面も考えられます。たとえばAudeze SINEや、MrSpeakers各種などの低能率平面駆動型ヘッドホンで録音レベルの低いクラシックを聴くと、ボリュームがギリギリなこともありました。

高能率イヤホンとか

試聴時にIEMイヤホンを試してみたところ、Campfire Audio Andromedaのような非常に感度の高いイヤホンでは、接続と同時に「シューッ」というホワイトノイズが若干聴こえてしまうので、それがちょっと残念です。ボリュームを上下してもノイズレベルは変わらず、充電ケーブルの有無やシャーシアースなども影響を与えません。

このコンビネーションはダメでした

音楽が鳴っていれば気にならない、というレベルかもしれませんが、Andromedaに限って言えば、たとえばハイレゾのピアノソナタを微小音で聴いていると、背景のホワイトノイズが気になりました。背景に一定ノイズがあると、残響の空間情報などの印象が変わってくるので、ノイズは無に越したことはありません。

最近ヘッドホンアンプのレビューでは、高感度IEMのバックグラウンドノイズレベルというのはみんなかなり敏感になっているので、SU-AX01も幅広い用途の万能アンプとして、この点をもうちょっと対策してもらいたかったです。

他のイヤホンでは大丈夫でした

もちろんヘッドホンではノイズなど一切気になりませんでしたし、イヤホンでもJVC HA-FX1100のようなダイナミック型や、BA型でもWestoneなどインピーダンスや感度が平凡なイヤホンであれば、ほぼ聴感できない微小レベルなのですが、感度が非常に高いIEMを使うのであれば要注意です。

コンシューマ製品というのは売れなければ話にならないので、本来ヘッドホンメーカーとアンプメーカーがお互いが歩み寄るべきなのですが、最近の高級ヘッドホンブームというのは、奇抜でマニアックなヘッドホンの方が話題性があって売れるという現実があります。「ウチのヘッドホンはシロートのアンプじゃあ鳴らしきれないよ」みたいな得意げな煽りみたいなものがまかり通っている世の中なので、アンプもそれに対応しないといけないのが辛いところです。

SU-AX01の場合、高感度IEMではDAPよりもホワイトノイズが気になり、低感度ヘッドホンではmicro iDSDやMojoほどの高電圧は出せない、といった感じで、ちょうど中間に挟まれたような微妙な位置付けです。個人的にはボリュームノブの範囲が丁度良いくらいだと思うのですが、逆に「これじゃあダメだ、使い物にならない」と掲示板などでまくし立てる人が多いのも困りものです。

音質について

今回の試聴には、主にUSB入力で、手持ちのイヤホンとヘッドホン各種で、一週間くらい色々聴いてみました。

普段K2はON、ハイインテンシティモードOFFの状態が多かったですが、どちらも印象がそこまでガラッと変わるほどの効果はありません。(しかもDSDとかではK2の効果はありません)。

SU-AX01のサウンド傾向は、響きの質感・空気感がよく感じ取れる、丁寧に作り込まれたサウンドです。音源のアラ探しで隅から隅まで余すこと無く耳に届ける、というよりは、むしろ音楽の良さを率先して引き出してくれる職人芸のようです。


せっかくJVCでK2ということなので、エディー・チャンブリーのアルバム「ロッキング・テナー」のVictor 20bit K2 Super Coding盤を聴いてみました。

プレステージ・レーベルからの1964年ヴァン・ゲルダー録音で、テナーのチャンブリーとオルガンのセルビーという、どちらもマイナーな演奏家ですが、ソウルフルに盛り上がる演奏を繰り広げてくれます。1998年にJVCスタジオにてK2処理でデジタル化されたCDで、最新のハイレゾアルバムにすら引けを取らない鮮度の高いサウンドが楽しめます。

SU-AX01の音色はクリアで聴き取りやすく、このような古い録音でその効果を発揮します。一番入念に比較したのはMojoだったのですが、どちらが優れているかは決めかねるものの、両者の傾向は大幅に異なることは確かです。Mojo(もしくはHugo)のほうが、SU-AX01よりも自然体で誇張の少ない、天然水のような音なのですが、逆にいうと音に色気が無いため、手の込んでいないサウンドとも言えます。

とくに、SU-AX01は、高音や低音の響かせかたが独特です。このアルバムの場合、オルガンの低音メロディがズンズンとリズムキープしながら鳴り続けるのですが、MojoやiDSDなどで聴いた場合、その低音が耳に打ちつけるような空気の圧迫感があります。音量というよりも鳴り方の違いで、サブウーファー的なアレです。このズンズン迫りくる低音が延々と続くと、無意識に「聴き疲れ」につながります。試聴して間もない頃は「低音のパンチが」なんて喜んでいますが、一曲、二曲と聴いていくうちに、だんだん「もういいや」という気になってしまいます。

ところが、SU-AX01で同じアルバムを聴くと、オルガンの低音はこれまでと同じ量感で鳴っているのですが、「鳴り方」が、ヘッドホンのドライバより前に出て耳元に打ちつけるのではなく、より後方の、音楽的に正しい位置から、楽器の一部として自然に「鳴っているのが聴こえる」というプレゼンテーションになります。

サックスやドラムの高域も、むやみに飛び出すのではなく、リスナーの耳元から一歩下がった位置にしっかりと根を張っているような安定感があります。音を浴びるというのとは真逆の、じっくりと鑑賞するような聴き方になります。

色々と聴いてみた中で、SU-AX01には大型密閉型ヘッドホンが一番マッチしていると思いました。とくにベイヤーダイナミックDT1770 PROとの相性が良く、これまでとは別次元の性能が引き出せたことに驚いています。ハウジング由来の音響を感じさせないように、SU-AX01がうまく取り繕ってくれているかのようです。

DT1770 PROやフォステクスTH610などの密閉型ヘッドホンを使った場合、アンプの駆動力は十分足りており、ボリュームノブがちょうど50%くらいの位置で適切な音量が得られました。

密閉型と比べて開放型ヘッドホンとの相性が悪い、というわけではないのですが、SU-AX01の最大の魅力は丁寧な空気や響きの充実具合なので、すでにそういった魅力が存分に備わっている開放型ヘッドホンでは、あえて効果が実感しにくい、という印象を受けました。

開放型でも、HD650とかFocal Elearみたいに、もうちょっとクリアな奥行きや空気感があってもいいかな、という厚めのサウンドにはマッチすると思いますが、たとえば密閉型DT1770 PROと比べると、開放型DT1990 PROでは思うようなサウンドが得られなかったです。


Challenge Recordsから、Jan Willem de Vriend指揮ハーグ・フィルのブラームス・ドイツ・レクイエムを聴いてみました。DSD 2.8 MHzのダウンロード配信です。

Challenge Recordsは以前Jaap van Zweden指揮ブルックナー交響曲シリーズで高音質に感動して、他のアルバムも買うようになったのですが、このドイツ・レクイエムは音質が思ったほど良くない気がして、買ってから数回しか聴いていませんでした。

なんだか中域に不透明なモヤモヤした厚い霧みたいなヴェールが感じられて、録音の不備かコンサートホールの特性ならしょうがないのかな、なんて諦めていたのですが、今回SU-AX01で改めて聴きなおして、それが豹変しました。

ドイツ・レクイエムというと、濃厚なロマン派フルオケにコーラス、ソリストと、グランドオペラ以上に高密度な演奏になり、録音する場合は、必ず何かしら犠牲にして抑え気味にしないと再生機側が手に負えなくなってしまいます。

Challenge Recordsのような高音質レーベルは、リスナーがそこそこのオーディオ装置を使うことを要求しているので、あえてそのような「音を薄める」編集をしないため、ヘッドホンでは情報過多で圧倒されてしまいます。それが中域の不透明感として感じたのでしょう。

SU-AX01はこの情報過多を見事に交通整理してくれて、ソリスト、コーラス、オケと、それぞれの成分が透明感と鮮やかさを披露してくれます。

とくに、DT1770 PROでこのアルバムをBGM的に聴いていた際、音楽の美しさが素晴らしすぎて、ふとパソコンでの作業を止めて、無意識に聴き込んでしまいました。かなり長い作品なのに、珍しく最後まで聴き通してしまいました。

弦や木管がどれもしっかりとした輪郭と、若干の刺激を得て、見事な鮮やかさです。ホルンなど金管の音色がボワーっと広がるとき、先程のジャズ・オルガンの例と一緒で、重低音がリスナーに迫りくることがなく、それでいて滲むことなく、楽器の距離感に余裕があります。

空気感というと、一般的には楽器の輪郭や後方の響きだけを想像するのですが、SU-AX01の場合はそれがちょっと面白くて、楽器の前にちょっとした空間があり、自分の耳から、一枚空気のレイヤーを挟んで、その先に楽器の音があるような不思議な感覚です。そのためコーラスなんかもスケールが大きく余裕を感じさせます。


ジュリーニ指揮フィルハーモニア管弦楽団の「ドン・ジョヴァンニ」を聴いてみました。

この1959年英コロムビア録音は、数あるドン・ジョヴァンニの中でもベストに近い決定版として、半世紀に渡り愛聴され続けてきました。しかしその半面、デジタル化に失敗した一例として、よくマニアの間で話題に上がります。

鮮烈なオリジナルレコード版と比べて、CD初期のやつは粗っぽくザラザラしたサウンドで、次に2002年頃EMI ART処理を施した再リマスター盤は、過度のノイズフィルターを通したせいで、音痩せしてヒョロヒョロ、モコモコしたサウンドでした。今回2016年に再度リマスターされたものが登場したので、喜んで購入してみました。

ところで、話がそれますが、オーディオマニアにとって、こういうリリースが一番扱いに困ります。広告に「オリジナル・マスターテープより、2016年アビイロード・スタジオ24bit/96kHzリマスター」なんて書いてあるのに、一向にハイレゾダウンロード版が販売されず、いまのところ44.1kHz CDのみでのリリースです。しかも、CDは無駄にゴージャスな装丁のハードカバー形式で、3cmもあるような厚みのブックレットは、そのほとんどが多国語のリブレットという無駄な内容です。

CDが先行発売で、そのうちハイレゾダウンロード版が出るんじゃないかとそわそわしていたのですが、必ずしも出る保証は無いですし、待ちきれず高価なCD版を買ってしまいました。しかも派手なハードカバー装丁とは裏腹に、肝心のCDは紙のポケットに入っており、新品なのに、ディスクに無数の深い擦り傷が付いているという粗末な結果です。こういう見た目だけのデザインをしている人はクビにすべきですね。

肝心の音楽の方は、今回のリマスターは大成功のようで、飛躍的な音質向上が感じられます。旧盤よりもテープノイズがはっきりと聴こえるものの、ノイズをあえてカットしないことで、音楽細部のディテールが失われず、演奏も歌声も生き生きとしています。

先程の最新DSD録音とは違い、こういった古典的名盤というのは、「リアルな臨場感」とか「定位の正しさ」とかは全く期待しておらず、むしろ単純に、ヴェヒター演ずるジョヴァンニ、サザーランドのアンナ、シュワルツコップのエルヴィラといった、往年のスターの歌声を堪能したいという気持ちが強いです。歌謡曲やアイドルのファンと同じですね。

SU-AX01は、このような古い録音でK2スイッチがとくに効果的な実力を発揮してくれます。作り込まれたサウンドというのはまさにこういうことで、オープニングの第一音、弦のトゥッティからティンパニの地響きのようなロール、といった、このアルバムを過去100回以上聴いているファンが期待しているサウンドが、SU-AX01では新鮮な息を吹き込みます。

ヴァイオリンは色鮮やかで、歌手はめざましくクリア、そして複数人が入り乱れる二重唱、四重唱でも、その光景が目に浮かぶように、ハッキリとイメージできます。ゴチャゴチャしたり、奔放にはじけ飛ぶような無節操さではなく、ピッタリと枠組みに収まった感じが、漆塗りの重箱に綺麗に敷き詰められた、色鮮やかなおせち料理みたいなイメージを連想しました。

では大型の据え置き型ヘッドホンアンプと比較するとどうかというと、自宅でメインで使っているmicro iDAC2 + Violectric V281の組み合わせは、SU-AX01よりも超高域から超低域まですんなり難なく鳴らし切り、ピッタリと縦に揃った正確無比なスケールの多きさがあります。ただしSU-AX01のような響きの巧が無いので、SU-AX01が丁寧に塗装されたミニチュアであれば、V281はむしろ巨大な設計図を広げるような楽しみ方です。

私が聴いたかぎりで、SU-AX01のサウンドに一番近いと思ったのはラックスマンで、入念に作り込まれたアナログ回路で音楽の魅力を引き出すような仕上げ方は、DA-06+P-700uに似ているっぽいです。

ラックスマンの方が高域の鮮やかさやスケールの大きさなど、ワンランク上の余裕を持ったサウンドなのですが、目指すところは同じ着地点を感じさせます。ラックスマンDA-250・DA-150も似たような鮮やかさはありますが、それらよりもSU-AX01の方が落ち着きがあってしっかりした鳴り方だったので、あえてDA-06+P-700uと言いました。

よくラックスマンとかはサウンドが作り込まれすぎて、音楽よりもアンプのほうを意識してしまうと言われたりします。私自身も、自宅の大型アンプでは、その理由からP700uを買いませんでした。

結局どちらが良いかは難しいところで、簡単に「原音忠実」とは言えども、それが「生楽器・生演奏に忠実」なのか、「録音データに忠実」なのかは、オーディオマニアとして永遠のジレンマです。

録音の不出来で「あれ?」と思うような部分も忠実に再生してしまうのがMojoやmicro iDSDなどで、逆にどうにか上手に生演奏っぽく仕上げてくれるのがSU-AX01です。どっちが正しいかは別として、今回SU-AX01の魅力は十分に伝わりました。

オーディオというのは高解像で正確無比だけを追求していては、本質的に「録音の限界」という足枷にとらわれてしまい、生音楽の楽しみから遠ざかってしまうかもしれません。逆にスペックをあえて落としてまで響きや味付けを重視してしまうと、演出過多で、これまた本質から遠ざかってしまいます。SU-AX01はちょうどその中間の旨いところを的確に狙ってきているようです。

先程のブラームスの最新ハイレゾDSDアルバムでも、1959年の古いオペラ録音でも、「飽きずに、聴き疲れせずに」アルバムの最後まで音楽を堪能できるアンプというのが、本当の意味での優れたアンプなのかもしれません。SU-AX01は、そんな風に考えさせてくれる説得力がありました。

おわりに

SU-AX01を聴いていると、もはやポータブルDACアンプというのは音質・機能ともに限界に到達している気がするので、これ以上何を望むのかとなると、好き嫌いの世界なので、なかなか評価が難しいです。

かなり上出来なDACアンプでした

とくにSU-AX01の場合、そのサウンドは「ポータブルアンプという枠組みでベストを尽くした設計」というよりは、むしろ逆に、据え置き型ヘッドホンアンプのエッセンスを、「どうにか妥協せずポータブルという枠組みに収めよう」といった意欲が感じとれます。

巨大な据え置き型アンプの方が、100Vコンセント電源を扱えるので、絶対的な大音量とか余裕を持ったスケール感を得ることは容易なのですが、それとは別に、SU-AX01の魅力とは、チューニングの試行錯誤や、一つ一つの部品に対する開発陣の苦労が想像できる、手の込んだサウンドです。

もちろん無駄に手の込んだ複雑なアンプ回路だからといって、必ずしも高音質とは限らないですし、そもそも前回のShanling M1のような1万円のDAPですら、まともにヘッドホンが駆動できる時代です。10万円もするような高級アンプの場合、値段の大半は開発の技量と苦労の対価として支払っているようなものです。

コンビニのケーキも美味しいですが、それでもあえて高級店のパティシエが腕をふるったケーキも食べてみたくなる、みたいなものです。値段は原価ではなく、シェフの技量への対価だとすれば、美味しい店ならちょっとくらい値段が高くてもまたいつか訪れたくなりますし、他人に薦めたくもなります。

数年前まで大手オーディオメーカーはどこも低迷期で、まだ開発に勢いが無く懐疑的で、どのメーカーもお茶を濁すような「とりあえず、君たちはこういうのが欲しいんでしょ?」的な生半可な製品が多かったように思えるのですが、最近になって、「こういう音を聴きたかった、だからこういう回路を作った」、といった本気の開発意欲が取り戻されつつあるように感じます。

最近のハイレゾオーディオ+ヘッドホンブームという追い風のおかげで、SU-AX01のような真面目な製品が世に出る機会が生まれたと考えると、つくづく良い時代になったなと嬉しく思います。

今後のJVCに望むものがあるとすれば、SU-AX01をベースに、ちゃんとしたデスクトップサイズのUSB DAC、もしくはヘッドホンアンプ複合機で他社と勝負してほしいです。現状すでに飽和している市場ですので、売れる保証はありませんが。

個人的にSU-AX01で唯一残念だったのは、固定ライン出力が搭載されていないことです。シャーシにスペースの余裕が無かったからだと思いますが、せっかくのK2テクノロジー搭載DACなので、バランス・ライン出力で家庭のオーディオシステムに組み込んで遊んでみたかったです。

思い起こせば、近頃K2の名前を冠している据置き型ライン出力DACというと、サードパーティのフェーズメーションとか、超マイナーなところではHarmonix Reimyoとか、数えるほどしか無いのはとても残念です。

ESSや旭化成など、最近のD/Aチップはそれ単体で十分すぎるほど優秀ですし、初期投資や製造コストを考えると、もはやK2のようなハードウェアアップスケールチップのメリットはあまり無く、むしろ包括的なFPGAベースのソフト開発で、柔軟なD/A処理をする構想が主導権を得ようとしているようです。

Chord Hugo/Mojoを筆頭に、最近ではマランツが最新モデルのSA10にて自社開発のFPGA系D/Aコンバータをデビューしたりなど、色々と選択肢が増えて楽しくなってきています。

ソニーもまた独自のS-MASTERプロセスで高級DAPに返り咲いていますし、やはり「他では味わえない音」というのが、メーカーとして一番のセールスポイントだと思います。

そんな中で、デジタルオーディオの黎明期からずっと第一線に立ってきたJVCビクターのノウハウを活かして、このハイレゾオーディオブームに一石を投じるような存在になってくれることを期待しています。

冒頭の問いかけに戻りますが、SU-AX01は素晴らしい完成度を誇る優秀なDACアンプなので、これ以上何を望むのか、今後ここから先にどう進むのかがとても気になります。

オーディオブランドにありがちな、毎年ほんのちょっとのパーツ交換でMK2・MK3と食いつなぐパターンに入るのか、それともこれから思いきった製品展開を試みるのか、一体どうなるんでしょうね。とりあえず現時点では、SU-AX01のサウンドに非常に満足しているので、当分楽しく遊べそうです。