2016年10月28日金曜日

Focal Utopia ヘッドホンの試聴レビュー

Focalのヘッドホン「Utopia」を試聴してきましたので、感想なんかを書き留めておきます。

FOCAL Utopia

販売価格が50万円以上もするような最高級ヘッドホンなので、私自身は残念ながら手が出せませんが、それでも話題性という意味では2016年で一番注目度が高いヘッドホンかもしれません。

フランスのFocal社は、ハイエンド・スピーカーのメーカーとして、英国のB&Wと双璧をなすような大手企業ですが、ヘッドホンに関してはまだまだ新参者です。そんな境遇にもかかわらず、ここまでの話題性を得ることが出来たのは、Focal Utopiaというブランドイメージの高さと、尋常ではない価格設定のためでしょう。

残念ながら、同時発売の下位モデル「Elear」はショップの入荷ロットが全部完売してしまい、試聴機が手元に残りませんでした。実はElearのほうが価格的に現実味のある商品なので、いつかちゃんと試聴してみたいですが、今回はUtopiaのみの試聴でした。


Focal

家庭用オーディオを趣味としている人であれば、Focal社のスピーカーというのは一度は必ず通過する定番ブランドでしょう。

Focalはフランスの名門スピーカーブランドで、2万円から2千万円まで、幅広いラインナップを展開しています。フランスの自動車に例えれば、F1レーシングカーから自家用車まで展開するルノーみたいな存在でしょうか。

また、カーオーディオ用のスピーカーなんかもやっているので、ライバルとしてはデンマークのディナウディオなんかも近いかもしれません。

10年ほど前までは社名はFocalではなく、オーナーのJacques Mahul氏のイニシャルをとって「JM Lab」という名前だったので、当時の中古スピーカーなどはJM Labのロゴが入っています。

とんでもない威圧感のJM Lab Grande Utopia

JM Labの時代から、歴代の最上級スピーカーシリーズが「Utopia」と命名されているため、今回ヘッドホンにそのUtopiaという名前を起用したことで、メーカーの本気度が伺えます。

Focal Grande Utopia

Utopiaシリーズのスピーカーは、50万円のUtopiaヘッドホンなんかは眼中に入らないくらい高価で、一番小型のScala Utopiaで400万円、最上位のGrande Utopiaで2千万円もします。

Grande Utopiaは高さ2メートル、重量が260kgもするので、結局のところ、一般人が小遣いを貯金して買うようなシロモノではなく、そもそもこの巨体に見合うだけの音響特性を持った巨大なリスニングルームが準備できるような大富豪でなければ手に負えない商品です。

私自身もオーディオショップのデモルームや友人宅などでUtopiaシリーズを何度か試聴したことがありますが、やっぱり一般家庭のリビングルーム程度では、一番小型のScala Utopia(それでも90kg近くあります)ですら持て余すくらいです。2千万円のGrande Utopiaが受け止められるだけの音響余裕を持った試聴デモルームには、残念ながら今まで遭遇したことがありません。

そんな風に考えると、今回登場したUtopiaヘッドホンの50万円という価格は、一部のFocal愛好家にとって「はした金」の用に思えてしまうかもしれません。狂った世の中です。

というか、すでにFocal Utopiaスピーカーをマイホームに配備しており、「なんだか最近話題のヘッドホンとやらでも買ってみるか」、なんてUtopiaヘッドホンを気楽に購入できる人達は世の中に結構存在するので、コスパなんて考えるだけ虚しいです。

ベリリウムツイーター搭載のElectra 1008Be

私自身はFocalのUtopiaよりももっと下のレベルのElectra 1008というブックシェルフ型スピーカーを一時期使っていたことがありますが、ちょっと硬質でシビアすぎるサウンドに疲れてしまい、ここ数年は、同じくフランスのスピーカーブランドAtohmのGT-1というのを愛用しています。

フランスのオーディオブランドというのは、なぜだか不思議な魅力があります。フランス人の労働体制があまり大量生産に向かないため、日本ではマイナーな存在ですが、それでも最大手のFocalを筆頭に、Cabasse、Triangle、Waterfallなんて、どれも魅力的なスピーカーブランドです。さらには近年のハイエンドオーディオ界で話題騒然のDevialetアンプなんかもフランスですし、画期的で伝統に甘んじない技術と独創性があり、意固地なまでの熱意が、一般的な大量生産オーディオブランドと対照的で、魅力的に感じるのかもしれません。

一般論ですが、フランスのオーディオというのは、測定スペックとか比較レビューとかでは具体的な性能が特出しないものの、独特の音楽の魅力を引き出す能力があるように思います。レビューなんかよりも自分の耳を信じて買うべきタイプで、価格の安い高いを問わず、一度サウンドに魅了されてしまうと、他では満足できず、買い換えられないという不思議な感性があります。その中でもFocal Utopiaスピーカーシリーズというのは、刺激的でハツラツとしており、他社の平坦さを追い求めた実直なハイエンドスピーカーと比べて、心惹かれる魅力に溢れています。

公式サイトでは「Made in France」を強調しています

Utopiaよりもひとつ下のクラスになる最新モデルFocal Sopra

そんなFocalも、2014年にはフランス国内の大手投資ファンドに買収され、経営体制が大きく変わりました。

それと同時期に、中堅モデルのスピーカーラインナップを中国製に移行するなど、大企業路線への方向転換が加速したのですが、やはり「フランス製」ということに価値を感じているユーザーが多いらしく、いろいろと物議を醸したあげく、今年の新作スピーカーラインナップ(Sopraシリーズ)では改めてFocalの熟練工による手作りで「フランス製」というポイントをパンフレットなどで強調しています。今回のUtopia、Elearヘッドホンも、それぞれフランス製だそうです。

Focalのヘッドホン

Focalのヘッドホンというと、今回発売された「Utopia」、「Elear」以外にも、代表的な「Spirit」と、イヤホンの「Sphear」というモデルがあります。また、新たに低価格の「Listen」というヘッドホンも登場しました。

現行のFocalヘッドホンラインナップ

2012年にFocal Spiritヘッドホンが市場にデビューした際には「ついにあの大手スピーカーブランドがヘッドホンに参入」と、そこそこ話題になりました。

しかし、Spiritはその当時のハイエンドヘッドホンブームとは縁のないような、3万円くらいの普及価格帯モデルだったため、マニア的にはあまりパッとしなかった記憶があります。

DJタイプの折りたたみ式、密閉型で40mmダイナミックドライバ、なんて、音作りもデザインも全てにおいて無難で、しかもプロ用なのかコンシューマ用なのかもあまりはっきりせず、存在意義があやふやなモデルでした。なんというか「とりあえず市場調査して、売れ筋っぽいのを作ってみた、様子見モデル」みたいなイメージが強かったです。

いきなり実績も無いのに超ハイエンドモデルでデビューしても、しらけてしまうだけでしょうし、Spiritシリーズのコンセプトは妥当だと思うのですが、あのスピーカーのFocalというからには、もうちょっとパンチの効いた風変わりなヘッドホンを期待したくなります。

普通すぎるFocal Spiritシリーズ

価格帯や装着感など、定番のオーディオテクニカATH-M50xとかに近い路線で、まあ可もなく不可もなく、もうちょっとお金を出せば、もっとよいヘッドホンはいくらでもある、といった感じです。そもそもFocal自身が「スタイリッシュだけど性能も妥協したくない人のために」なんて表現しているので、そんな位置づけなのでしょう。サウンドもなんとなくBeats Studioっぽいななんて思いました。

このSpiritも、それからSpirit One、Spirit Professional、Spirit Classicという三兄弟に展開され、それぞれ「リモコン付きショートケーブルで低音強めのストリートモデル」、「コイルケーブルで堅牢に作られたスタジオユースモデル」、「低インピーダンスOFCケーブルケーブルで中域重視チューニングの家庭用モデル」といった感じに仕上げています。どれも同じようなデザインで、外見上あまり見分けがつけにくいのが難点です。

これまたシンプルなFocal Sphear

また、2015年には初のイヤホン「Sphear」も登場しました。これも2万円くらいの普及価格帯路線で、手触りもかなり軽量でチープなプラスチックっぽい質感なので(しかも想像以上に巨大です)、私自身はあまり興味を持たなかったのですが、そこそこ売れているようです。10.8mmダイナミックドライバ搭載で、サウンドはかなりマイルド傾向です。

色々とSphearオーナーの意見を聞いてみると、ヘッドホン系ニュースなどではなく、大人のライフスタイル系とか、家庭用ハイエンドオーディオ系雑誌などの媒体で積極的に宣伝しているので、つまりこのようなブログを読んでいる連中ではなく、むしろハイエンドオーディオショップの常連さんとかが結構買っているらしいです。その人達にとっては、ShureやWestoneなんかよりもFocalの方が断然知名度が高いですし、あまりシビアにこだわらない普段使い用途には、軽快な装着感は喜ばれるでしょう。

Utopia

本題のUtopiaヘッドホンですが、すでに幾つかのオーディオショウなどでデモ機が披露されていたため大体の見当はついていたのですが、今回、最終的な製品版を手にとって見ても、デモ機と同じくらい高品質な仕上がりに感動しました。

ハイテク感とラグジュアリー感を両立しています

ヘッドホン本体は最近の平面駆動型なんかを見慣れていると比較的コンパクトですが、それでもズッシリとした重厚感があります。銀色のセンターバッジや、クラシカルな格子状のグリルなんかのデザイン意匠はあるものの、それ以外のパーツは軽量化を徹底しており、装着感の良さを追求している様子が伺えますが、それでも490gと結構重いです。

ハウジングのドライバ周辺は、黒いメッシュの開放グリルで全体が覆われており、ゼンハイザーHD800の音響デザインに似ています。サイズ感としてはHD700に近いです。

間近で見ると美しいFOCALロゴ

一見なにげないFOCALロゴも丁寧に作られています。こういった細かい部分のディテールが高級機として所有者の満足度につながるのでしょう。

ハンガー部品のアーチ形状は素晴らしいです

デザイン面においては、ヘッドバンドとハウジングをつなぐハンガー部品が薄いカーボンのような素材で作られており、信じられないような絶妙なカーブを描いています。

ヘッドホンでここまで芸術的で美しいパーツはこれまで見たことがありません。さすが高級なだけあって、コスト度外視の上質素材を採用しているようですし、重いドライバハウジングに対して軽量化のメリットもあります。

ベリリウムをずいぶん強調しています

Utopiaヘッドホンは40mmベリリウム製ドライバを採用しています。下位モデルのElearは同じドライバ技術ながらアルミ・マグネシウム合金だそうです。

ベリリウムというのはマグネシウムと同類の軽金属で、硬くて軽量なため、いくつかのメーカーのスピーカーで、高音用ツイーターに使われています。Focal社の場合も自社製スピーカーでベリリウムツイーターを採用しているため、その技術の応用ということでしょう。

Focalスピーカーに使われているベリリウムツイーター

ベリリウムはとくに固有振動がアルミやチタンの二倍以上高い周波数なので、可聴範囲内でサウンドに金属っぽいクセがつきにくいのが大きなメリットです。ただし、希少なので高価なことと、加工する際に毒性があるため工場設備にも安全面のコストがかかるため、一般的な大量生産品にはあまり使われていません(加工時の粉を吸うと体内反応を起こすので危険ですが、このドライバのような完成品は直接触らなければ問題ありません)。

ヘッドホン用ドライバというと、古くは紙や、樹脂で固めた繊維製で、最近はプラスチックのシート(ペットボトルのPET材とか)に金属をコーティングするタイプが多いですが、Utopiaのように薄い金属のシートをそのまま加工して使うというのは、あまり例がありません。

そういえば最近オンキヨーがマグネシウム製ヘッドホンドライバを開発したなんてニュースがありましたが、これを書いている時点では製品化はされてないみたいです。パイオニアのSE-MASTER1では、外周がプラスチックで、中心がアルミ製のドライバが使われています。アルミの場合、固有振動が音響的なクセになってしまうため、パイオニアはこれにセラミックを蒸着して使っています。やはり金属製ドライバを使うというのは一筋縄ではいかないようです。

ドライバはほんの僅か前方に傾斜しています

40mm振動板というのは最近の高級ヘッドホンの中では比較的小型ですが、大きい方が音が良いというわけでもないので、Focalとしては、これまでSpiritシリーズなどで経験を活かした設計なのでしょう。ハウジング内を覗いてみると、幾何学模様のようなグリルの中にドライバが見えます。耳に対して若干前方傾斜していますが、たとえばベイヤーダイナミックT1やゼンハイザーHD800ほどではないみたいです。

Utopiaの40mmベリリウム製ドライバ

また、Utopiaのドライバは金属ながらドーム状だけではなく「M型」の形状をしているということが紹介されていますが、公式サイトのCG図を見ると、振動板以外でも、コイルや永久磁石、フレームなんかもかなり高度な設計のように見えるので、さすがスピーカー専業メーカーだなと関心します。

最近になってFocalなど老舗スピーカーブランドがヘッドホン業界に参入してくれるお陰で、スピーカーで使われている素材や加工製法がヘッドホンにも応用されるようになるのは嬉しいことです。

装着感

Utopiaの490グラムという重量は、かなりずっしりとしており、決して軽快ではないのですが、ヘッドバンドとイヤーパッドの両方が上手に設計されており、今回4時間くらい試聴したのですが、痛くなるとか不快感はありませんでした。装着感において不満点は一切ありません。

意外と地味なレザーヘッドバンド

裏側は通気穴が空いています

わかりやすい調整メカニズム

左右の調整スライダーはギミック的には無難でシンプルな機構です。カチカチと調整する部分の曲線具合とか、見た目のデザインはゼンハイザーHD700やHD598(プリン)にそっくりです。ちょうど最近HD598の後継機HD599を試聴していたので、親近感がありすぎて笑ってしまいました。

快適なイヤーパッド

イヤーパッドは、無数の穴が開いているバウムクーヘン型のレザーパッドで、質感はOPPO PM-1なんかに近いです。肌触りや、低反発ウレタンの耳に沿ってピッタリと装着できる感覚なんかは決して物珍しいアイデアではないのですが、定番のヘッドホンデザインでのベストを追求したように感じます。

平面駆動型ヘッドホンなどと比べると、ドライバ口径が小さいおかげでハウジング全体がコンパクトにまとめられること、つまりイヤーパッドが無駄に大きく前後に動き回るようなデザインではないことが、フィットや音響の安定感につながっています。やっぱり、ゼンハイザーHD598が若干重くなった、みたいなカジュアルさがあります。

ケーブル

ケーブルは左右両出しで、着脱可能なデザインです。今回は6.35mmステレオ端子バージョンのケーブルを使いました。

付属ケーブルは結構太いです

着脱式です

ケーブルのコネクタは、公式サイトに「LEMO」と書いてあるのでHD800と互換性があるものだと思っていたのですが、いざ実物を見てみると、たしかにLEMOの2ピンタイプでありながら、HD800よりも一回り大きいサイズでした。つまりHD800ケーブルとの互換性はありません。

LEMOタイプですが、HD800(右)と互換性はありません

HD800のはLEMO FGG 00サイズでしたが、Utopiaのは詳しくはわかりませんが、その上の0Bサイズとかかもしれません。超小型なHD800用と比べるとUtopiaの端子のほうが対応するケーブル太さに余裕があるので、自作派にはありがたいです。

4mは結構長いです

付属しているケーブルは、なんと4mという非常に長いタイプです。つまり「家庭用」ということを明確にしているみたいです。6.35mmコネクタはノイトリックの一般的なやつでした。

ケーブル自体は太い業務用っぽいスタイルで、中身の線材についてはよくわかりませんが、いわゆるスタジオなどで多用するツインマイクケーブルのようです。ベイヤーダイナミックの初代T1で使われていたケーブルに似ています。

公式サイトによると、Utopiaのために特別に選んだ、低インピーダンス、低クロストークを意識したケーブルだそうです。ヘッドホン本体の優雅な高級感と比べると、なんだか地味でプロっぽいデザインです。今後きっと派手な布巻きの銀コート線アップグレードケーブルなんかが各方面から出てくることでしょう。

試聴について

今回の試聴には、Simaudio Moon 430HADとCowon Plenue Sを使いました。アンプ選びについてはちょっと考えさせられることがあったので、後述します。

ところで、これまでオーディオショウなどのFocal公式ブースでUtopiaヘッドホン試聴機が設置されていた場合、どのようなヘッドホンアンプで鳴らしていたかというと、NAIMのNACでした。

Focalの試聴ブース

NAIM NAC-N

フランスのFocalを、英国メーカーのNAIMアンプで鳴らしているのは不思議だと思うかもしれませんが、実は両社は同じ親会社の傘下にある系列企業なので、いわゆる「大人の事情」というやつですね。Focalスピーカーの公式デモも、最近たとえば2千万円のGrande UtopiaスピーカーにNAIMの最上位アンプ「Statement」(これも約2千万円)を合わせています。

Grande UtopiaとNAIM Statement

余談になりますが、NAIMというと、Ovatorというスピーカーがかなり良い感じで気に入っていたのですが、Focalと同列企業になった以上、今後スピーカー開発のほうはどうなってしまうのか気になっています。

カジュアルなストリーミング機器でも中身はコアなNAIM

NAIMという会社自体は、社風にクセがあるものの、技術力の高い、古くからある伝統的な英国のオーディオメーカーなのですが、本業はむしろ大型スピーカー用のコンポーネントシステムや、最近ではネットワークストリーミングのいわゆる「ライフスタイル」系オーディオに浮気しており、ヘッドホンに関してはあまり積極的な印象はありません。Focalが使っていたNACアンプも複合機なので、ヘッドホンアンプとしての音質性能については不明です。

サウンド

Utopiaの公式スペックは80Ω・104dB/mWなので、ヘッドホンとしては標準的なスペックです。そこそこパワフルなDAPであれば問題なく使える妥協点でしょう。ドライバの能率が比較的高いのは嬉しいですね。駆動スペック的にはソニーMDR-Z7とかと似たような範疇です。

試聴をはじめて、とてもパワフルで圧倒的な重厚サウンドに驚きました。もっとHD800とか、パイオニアSE-MASTER1とか、そういったモニター調の繊細な開放型タイプを想像していたので、おもいきり意表を突かれました。

意外とエネルギッシュなサウンドに驚きました

とくに「個々の楽器や歌手の音像が大きい」ことが特徴的です。大きいというのは、距離が近いとか遠いということではなく、空間を占拠する割合として、演奏家や楽器のサイズ(音像の塊)が大きいという意味です。

それらがあまりに大きすぎて、空間に無音の「余白」が少なく、圧倒的すぎることもありました。

HD800とかのようなコンパクトな音像が遠くに点在しているジオラマ的な演出とは対照的です。とは言っても、Utopiaは滲んだりぼやけているわけではなく、音像の解像感は高いので、リラックスする暇を与えず、つねに何かが起こっているような、ダイナミックでハイテンション気味なサウンドでした。

音場の演出はそこまで広々としておらず、リスナーの身の回りで十分な余裕を持って鳴っている感じです。HD800のようなコンサートホール的演出ではなく、むしろAKG K812とかベイヤーダイナミックT1なんかに近い距離感です。

ただし、Utopiaでクラシックのオーケストラを聴いていて凄いと思ったのは、左右のドライバから自分の前方に展開される音像がピッタリと同調していることです。位相が揃っているというか、デコボコ感の無い、完璧なステレオイメージを形成しています。

3Dクロスフィードとかとはちょっと違う、もっと単純な意味で「音のつながり」が優秀で、ステレオスピーカーでいうところの絶妙なリスニングポジション(いわゆるスイートスポット)で椅子に座って聴いているような満足感があります。たぶんドライバがコンパクトで、耳に対する位置がピッタリと合っており、左右のマッチングがとても良いためかもしれません。

余談ですが、スピーカーにおいても、複数人がいる大きなリビングルームを音で満たすためには巨大な5WAYタイプなんかが有利ですが、定位置に座っている単独リスナーの場合は、むしろコンパクトな2WAYブックシェルフ型の方がホログラフィックで明確な音像が体験できたりします。Utopiaヘッドホンは、そんな小型スピーカーのような(いわゆるニアフィールド的な)絶妙なホログラフィ音像が得られることに驚きました。

音色とか

Utopiaヘッドホンの音色の傾向として、まず低音は重量があり、「エキサイティング」という言葉が一番よく当てはまります。モコモコとダレることがなく、サブウーファー的な繋がりの悪さも感じさせず、中域から繋がる一貫性のおかげで、ベースやドラムなどの楽器そのものの存在感は十分あります。量感は最近のヘッドホンの中では一般的な部類で、HD800よりは多めですが、ベイヤーダイナミックT1 2nd Generationとかと似たようなものです。

高域はいわゆる「シャカシャカ」しない、比較的おとなしめな感じです。この手の開放型ハイエンドヘッドホンだと、高域の「プレゼンス感」を高めて「高解像を演出する」ヘッドホンが多いのですが、Utopiaはそういう仕上げ方をしていないことが、スタジオモニターではなく家庭用リスニング向けヘッドホンだという位置付けを主張しているようです。

高域のシャリつきは少ないものの、高音楽器のサウンドそのものは硬質で、アタックに若干の金属っぽい部分があるため、聴き疲れしやすいかもしれません。金属と言っても、キンキンする綺羅びやかな感じではなく、音の立ち上がりの部分がカツンと締まっていて、メリハリがある感じです。これはベリリウム素材と関係しているのかもしれません。確認のためにも、できればアルミ素材のElearと比較してみたかったです。

ようするにUtopiaはあまりキラキラした華やかなヘッドホンではなく、爽やかな空気感よりも、音色そのものの力強さ、ダイナミックさを重視しているようです。

Utopiaを聴いた後にHD800を聴いてみたところ、さすがHD800の繊細で整頓されたクリーンな空気感はオンリーワンだな、なんて関心したのですが、一方でK812を聴いてみたところ、モヤモヤしていてパンチが薄く、「えっ?K812ってこんなにぬるいサウンドだったっけ?」なんて驚かされました。

つまり、UtopiaはHD800とはサウンドが根本的に違う系統で比較対象になりえないのですが、UtopiaとK812はプレゼンテーションがけっこう似ているものの、Utopiaの情報の分離とクリアさは圧倒的です。

誤解を招く言い方かもしれませんが、Utopiaのボーカルなど中域の音像の立体感やクリアさ、そして硬さは、ヘッドホンというよりも、バランスド・アーマチュア(BA)型のイヤホンを連想させます。それでいて、BA型イヤホンでは実現不可能な、単一ドライバのみで低音から高音まで、可聴帯域全体をカバーできているリニア性を持っています。

40mmというコンパクトな金属製ドライバを強力に駆動させていることが、BAっぽさに通じているのかもしれません。大口径ダイナミック型(ソニー70mmとか)や平面駆動型とは明らかに異なるメリハリや切れ味の良さがあります。

相性が良かった例

この中低域のキレやメリハリと、高域のシャリ付きが少ないおかげで、1950年代とかの古い録音でも十分に楽しめました。録音ノイズなどの不快音もちろん隠さず聴こえるのですが、それ以上に、中心に据えられているアーティストの彫りの深い巨大な音像が他を圧倒します。

おかげで、構成が比較的シンプルな、たとえばヴァイオリンとピアノのソナタや、ギター弾き語りなんかでは、各演奏者が余すこと無く表現しきれているため、とても相性が良かったです。

とくに、今回Utopiaを使って、ブラームスのヴァイオリンソナタ集を年代別に色々と聴き比べてみた実験が、一番音楽的に楽しく、有意義でした。

古い録音でも、音質の不備をさほど気にせず、純粋に音楽を楽しめます。(聴いたのは、テスタメント・レーベルから1954年デ・ヴィートとエドウィン・フィッシャー、ドイツ・グラモフォンから1961年シュナイダーハンとカール・ゼーマン、デッカから1967年スークとジュリアス・カッチェン、そしてOndineから2015年テツラフとラルス・フォークト)。

さらに、録音の新旧を問わず、ヴァイオンとピアノそれぞれが圧倒的なビッグスケールで描かれるので、音色の細部まで見通せます。各録音ごと、各演奏者ごとの違いがとても明確に現れます。

分析的とも言えるのですが、わざわざそういう聴き方を強いられているという自覚が薄く、むしろ私自身は普通に聴いているつもりなのに、たとえばヴァイオリンのピッチ安定具合とか、ピアノとヴァイオリンのチューニングズレとか、そういった「音色の中身」が無意識に脳内に入ってきます。つまり、演奏者やセッティングの技量に対してかなりシビアなヘッドホンだと思いました。

オペラや交響曲など、演奏者の数が多い音楽では、その音場全体に「深み」があって圧巻です。高速で通り過ぎる貨物列車のように、重量級のサウンドが目の前を続々と通り過ぎていくような演出に圧倒されます。

立ち上がりのスピードと力強さのおかげで、リズム感がエキサイティングですし、聴き込むほどに味わいが増すポテンシャルを秘めているので、リスナーが過剰なほどの情報を受け止めるだけの分析力と意欲があるかどうかで、このヘッドホンの評価が変わってくると思います。

相性が良くなかった例

いくつか試聴に使った録音によっては、Utopiaではあんまりしっくりこなかった場合もありました。

たとえば、何枚かのオーケストラアルバムでは、中域の情報量と、個々の音像の大きさが仇となって、普段であれば背景に置かれるべき地味な楽器なんかもグイグイと主張するため、ソロ奏者が引き立たず、不明瞭で、聴き逃してしまうことがあります。

また、意外にも、ソロピアノ演奏のアルバムも、相性が良くないと思うことが多かったです。Focalはフランスのメーカーということで、ラヴェルのピアノ曲集をいくつか聴いてみたのですが、どれも不思議としっくりきませんでした。(聴いたのは、1977年ペルルミュテール、2003年ロルティ、2015年シャマユ)。

ソロピアノの醍醐味というのは、楽器という存在を超越した、空間に広がるトーンやハーモニーを味わえることだと思うのですが、Utopiaの場合はむしろピアノそのものから「音が発せられる過程」を聴かされているような、過剰すぎるほどの表現の深さが邪魔に感じられます。

一音一音のエネルギーが強く、全体がゴツゴツしており、弦のうねりが何層にも渡ってせめぎあって、一体何を聴いているのかわからなくなってきます。決して響きが過剰だとか、こもるとか、そういったことではなく、音色の中身ばかりが見えすぎて、音響全体の雰囲気や、「空気や水のように流れる色彩」が楽しめない、ということです。その点、K812なんかのほうが、Utopiaほどのメリハリは無いものの、私にとってのピアノの楽しみ方にピッタリとマッチしています。

また、エラ・フィッツジェラルドのようなジャズ・ボーカル録音を聴いても同様の印象を受けました。つまり、Utopiaは爽快感のある歌声の美しさとか、メロディの気持ちよさといった素朴な楽しみかたをさせてくれず、歌詞の一小節ごとに、声のピッチの歪みとか、ヴィブラート幅の安定具合とか、そういった普段気にも留めていなかった細かい要素が浮き彫りになります。

具体的に何が合う合わないというよりは、Utopiaというヘッドホンは、聴いている楽曲に収められた情報をまるごと増幅させてリスナーの視野に送り届けるような表現力を持っているため、「漠然とした、なにげない雰囲気としての楽しさ」とは対極にあるような気がします。変な言い方ですが、人によっては、音楽鑑賞という行動そのものに対する考え方が変わってしまうようなヘッドホンです。

スピーカー的なサウンド

Utopiaヘッドホンを試聴して一番驚いたことは、これがヘッドホンでありながら、サウンドの傾向を限りなくUtopiaスピーカーに近似させていることです。これが意図的なものだったとしたら、開発者たちの技量に素直に感心します。

最初はあまりそんな事も考えなかったのですが、数時間続けて試聴していて、徐々に「なんかスピーカーっぽいな~」という印象から始まり、さらに「なんかUtopiaっぽいな~」なんて、気になりだしました。

単純に周波数特性とか、そういった表面的な部分だけではなく、むしろ、この音を、どう表現すべきか、とか、そういった根本的な音作りの手法が驚くほど似ています。

たとえば、Utopiaスピーカーの個性である、目の前に迫るスケールの立体感や、サラッと聴かせないダイナミックで筋肉質な表現、そして独特の刺激的で硬い中高域のパンチなど、どれをとっても、Utopiaヘッドホンにぴったり当てはまります。

また、Utopiaヘッドホンの特性そのものが、これまでの開放型ヘッドホンの定石的な演出から逸脱して、より「スピーカーっぽい」鳴り方をしています。ボリューム上げ下げの挙動や、音源に対する表情の現れかたとか、さきほど高級ブックシェルフスピーカーを間近でセットアップしたようだと書いたのも、改めて納得できました。

アンプとの相性

もう一つ、Utopiaヘッドホンを試聴していて非常に気になったのが、アンプとの相性です。

このヘッドホンは、これまで以上にアンプなど上流機器によるサウンドへの影響が強く現れるように思いました。アンプのクセや個性をも増幅してリスナーに送り届けるような、「余計なお世話」とも言いたくなるくらいの純粋な表現力を持っています。

Moon 430HAD

今回の試聴時には、まず良かれと思ってSimaudio Moon 430HADを使ったのですが、このアンプは個人的にUtopiaとの相性が良くないと思いました。改めて「世の中に万能なアンプなんて存在しないんだ」と思い知らされました。

Moon 430HADの傾向は、若干マイルドで、変な付帯音やメリハリを強調せずに、中域の音色を質感豊かに醸し出してくれる、大人なアンプだと思います。これまで数多くのヘッドホンで、最上級の音質を味わってきました。

一方Utopiaの方も、中域の情報量が多いタイプのヘッドホンなので、それぞれの相乗効果で、なんとも押しの強い、暖色系の、しつこい感じのサウンドになってしまいました。この組み合わせがダメだというわけではなく、相乗効果が特定の結果を生み出したというだけで、むしろ大満足だと思う人もいるでしょう。ただ、ヘッドホンの正当な評価をするには、他のアンプも試す必要があると感じました。

意外にも、DAPとの相性が良かったです

次にDAPのCowon Plenue Sを使ってみたのですが、これとUtopiaの組み合わせのほうが、個人的には断然好みでした。より軽快でフレッシュさがあり、とくにMoon 430HADで悩ませていた中域の見通しが良くなりました。Utopiaは能率が高いヘッドホンなので、Plenue SのようなDAPでもそこそこ音量が出せますし(ボリューム70%くらいでした)、駆動力不足という感じもしません。

個人的に、Utopiaと合わせて使いたいアンプというと、あまりパワフルである必要は無いので、軽快でクリア感がある、たとえばAK380のようなDAPはもちろんのこと、最近の商品だとMytek Brooklynとか、Ayre CodexみたいなDAC内蔵型複合機なんかも良いかもしれません。色濃い演出の真空管アンプとかはリスクが高いと思います。

なにはともあれ、Utopiaは駆動力に関してはあまり心配いらない反面、音色の相性を重視したアンプ選びをすることが要求されるので、余計な悩みが増えそうです。

音量と音質

Utopiaヘッドホンで関心したのが、アンプのボリュームを上下して聴き比べてみても音色が破綻するポイントがあまり感じられないことです。

大音量で音割れがしないのはもちろん素晴らしいのですが、むしろ逆に、ボリュームが低くてもダイナミクスや色濃さが薄れず、エネルギーが絞り出せる、ということに驚かされました。

試聴の際に注意したいのは、アンプの音量をどんどん上げていっても、たとえば低音がドコドコするとか、高音がキンキンする、みたいな具体的な不快音が発生しないため、あまり「うるさく」なっているような気がせず、つい無意識に音量を上げすぎてしまう心配があります。

私自身も、試聴を始めた頃は音量を上げすぎていて、なんだかずいぶん音が濃厚すぎるな、なんて悪い印象を受けました。そして聴いているうちに、急に大音量のトゥッティなんかの部分で驚いて、慌ててボリュームを下げる、なんていうことを試聴中に何度か繰り返しました。つまり適正なリスニング音量を見極めるのが難しかったです。

たとえば、ダイナミックレンジの狭い、劣悪な録音では、不用意に音量を上げてしまいがちで、気づかないうちに耳の疲労が蓄積されます。一方で、ダイナミックレンジの広いクラシックのハイレゾ音源などでは、静かなパッセージは極力ボリュームを抑えるよう注意しないと、突然現れるフォルテシモの爆音に驚かされます。

どういった原理なのか知りませんが、Utopiaヘッドホンを使うことで、音源に記録されたダイナミクスの強弱ですら、普段のヘッドホン以上に増幅されるように感じました。コントラストが強いというか、映像分野で最近話題の「ハイダイナミックレンジ」みたいなイメージです。

リスニング環境

音量が低くても色濃くエネルギッシュなサウンドに仕上げてあるため、ボリュームを上げすぎると、エネルギー感が強すぎて、聴き疲れします。

「じゃあ音量を下げれば良いじゃないか」なんて思うかもしれませんが、Utopiaは完全開放型デザインゆえに、環境騒音の遮音性はほぼ皆無なのが難点です。

他社の開放型ヘッドホンもUtopiaと同じくらい遮音性が悪いモデルばかりですが、たとえば最近のベイヤーダイナミックDT1990とかの場合は、音量が静かだと地味で退屈なサウンドで、ボリュームを上げていくことで音色に味や質感が増してきて、リスニングが楽しくなる、みたいな音作りが多いです。

そういった一般的な開放型ヘッドホンの場合、むしろ環境騒音をかき消すぐらい、ボリュームをグッと上げてみたくなるような特性を持っています。

一方Utopiaの場合はその逆で、騒音をかき消すくらい音量を上げてしまうと、サウンドの密度が濃すぎて、聴き疲れてしまいます。つまり、エアコンの音とか、その程度の普段気にならない周囲の騒音レベルについても、かなり敏感になってしまいます。

Utopiaヘッドホンというのは、まったくの無音環境で、普段よりも低めの音量で、上質な音源で、じっくりと音楽を聴き込む、といった風な、「リスニング環境」を整える必要性を感じさせました。つまり、ヘッドホンのくせに、家庭用スピーカーで音楽鑑賞するのと同じくらいの心構えが要求されるようです。

指標としては、ピアノやヴァイオリンなど、クラシックの生楽器の場合、本物のコンサートと同程度の音量になるようアンプのボリュームを調整すると、最適なサウンドが得られました。これは、当然のことのように思えて、意外と私を含めて、普段はもっと大音量で聴いている人のほうが多いと思います。リアルなリサイタルコンサートと同じ音量ということは、それと同じくらい静かな環境が要求されるわけですので、実現するのは案外難しいです。

さきほど、UtopiaヘッドホンはUtopiaスピーカーに非常によく似せていることに驚いたと言いましたが、その裏を返せば、アンプのボリュームを必要以上に上げてしまうと、体感的にはまさしくUtopiaスピーカーを大音量で至近距離(30cmとか)で聴いているかのような、押しの強いサウンドになってしまいます。

この「スピーカーを間近で聴いている」感覚が、他のどのヘッドホンメーカーよりも強いのが、Utopiaヘッドホンの特徴だと思います。良く言えばFocalらしさを体現したチューニングで、悪く言えば、スピーカー設計の枠組みや固定概念から生じる奇妙な現象とも思えます。

まとめ

Focal Utopiaヘッドホンは値段がとても高いので、価格相応かどうかは何とも言えませんが、ヘッドホンマニアであればぜひ体験すべき、これまでとは異質な、驚異的サウンドを秘めたヘッドホンです。

結論から言うと、高級ヘッドホンとしての絶対的なパフォーマンスと、スピーカーメーカーFocalが目指したサウンドデザインのコンセプトが見事に融合した、「Focal Utopia」の名を冠するにふさわしい、極上のヘッドホンだと思いました。

どちらも素晴らしいヘッドホンです

開放型ハウジングのデザインや、交換型ケーブル形状などからして、ゼンハイザーHD800を意識した設計になっていますが、サウンド自体は根本的に異なるので、どっちが優れているか優劣をつけるのは難しいです。

個人的な印象として、Focal Utopiaは、音楽愛好家による、音楽鑑賞のための、限りなく贅沢な味わいの極地であって、一方それとくらべると、HD800はなんだかんだ言って、結局スタジオモニター的な素朴さが大きな魅力です。

最近紹介してきたGrado GS2000eや、MrSpeakers Etherシリーズ、もしくはHIFIMAN HE-1000やAudeze LCD4など、ヘッドホンというのは高価になるにつれて(ある一線を超えると)、汎用性よりも、趣味性やメーカー特有の主張を色濃く意識した作りになってくるように思います。50万円のフランス製ワインが必ずしも万人受けする味だとは限らない、みたいなものです。好きな人だけが楽しめればそれでいいと割り切った作り方のほうが、むしろ良かったりします。

Focal Utopiaは、そういった趣味嗜好の世界に身を置いていながら、他を寄せ付けないような圧倒的な技術力と、製品開発力の「完成度の高さ」があります。

他社にありがちな、むやみなマイナーチェンジやらドライバ仕様変更やらスポンジ交換やら、といった、製作者本人が迷走しているかのような自信の無さとは無縁の立ち位置で、「Focalとは世界中のハイエンド・オーディオマニアに愛用されている高級スピーカーブランドで、そのFocalが自信を持って送り出すヘッドホンが、このUtopiaです」という、簡潔で堂々とした意志が、はっきりと感じられます。

とくに、Focal Utopiaヘッドホンの購入層を考えると、かなり理想的な設計コンセプトだな、とつくづく関心させられます。

まず、ヘッドホンオーディオへの追求心が薄く、家庭での大型オーディオシステムの延長線上で「とりあえず高級で、音が良いなら買ってみようかな」という大富豪であっても、自前のスマホや、ベッドサイドのライフスタイル系ストリーミングオーディオシステムに接続しても「そこそこ」のサウンドが発揮できて、分厚くパワフルな音色が楽しめます。ここが、マニア向けの低能率・モニター調とかのシビアな排他主義とは一線を画するところです。

そして、そんなカジュアルユーザーのみには留まらず、これまで数多くのヘッドホンを味わい尽くしてきたマニアでも、最上級の音質を誇るハイエンドヘッドホンとして納得できるポテンシャルに溢れています。

Utopiaヘッドホンをヘッドホンマニア目線で考えると、非常に扱いが難しい部類だと思います。単に「鳴らしにくい」とかそういった意味ではなく(それであれば、高出力なアンプを買えばいいだけですし)、ソースやアンプなど上流のクオリティにとてもシビアで、オーディオシステム全体を追い込むほど音色が引き出せる潜在能力の高さがマニア心に響きます。

音源や上流機器の特性をあからさまにさらけ出す能力に秀でているヘッドホンなので、ソースやアンプ、そしてケーブルとか、マッチング試行錯誤の泥沼に陥りそうですし、リスニング環境に関しても、スピーカーオーディオと同じくらい入念な覚悟が必要です。それだけのポテンシャルがあるヘッドホンだということでもあります。

個人的な印象として、Utopiaというヘッドホンは、「買える人であれば、買うべき」だと思います。これまでの開放型フラグッシップと呼ばれるようなヘッドホン(HD800、T1、K812など)や、個性派ガレージ系ハイエンド(Audeze LCD、MrSpeakers Ether、HIFIMANなど)とも異なる、ヘッドホンという枠組みに収まらない高次元サウンドです。

その一方で、すこし冷静に考えてみると、最近続々登場している5~10万円台の新鋭ヘッドホンは、どれも一長一短ながら、数年前のモデルと比べて飛躍的な進化を遂げています。とくに、フォステクスTH610やベイヤーダイナミックDT1770・DT1990を聴いた時にも感じたのは、これまで良かれとされてきた「ヘッドホンらしい」サウンドという固定概念が覆されて、どのメーカーも、より音色を重視し、よりスピーカー的な音楽体験を目指しはじめてきています。

これまでドライバなどの性能限界で、フラットで広帯域な周波数特性すら実現するのが難しかった時代からようやく脱出して、各メーカーごとに、クセや弱点を克服した上で、次なるステップとして、より音作りに柔軟性が持てるようになってきたようです。

つまり、今回の試聴でなんとなく感じたのは、Focal Utopiaヘッドホンだけが特別な存在なのではなく、むしろ現在主流になってきた音作りの方向性の中で、飛び抜けて完成度が高いヘッドホンだという印象を受けました。HD650やK712とか、10年以上前の基礎設計をベースとしたヘッドホン勢(HD800でさえもう8年前です)と比較すると、Utopiaのサウンドに違和感を感じるかもしれませんが、最近色々な新製品イヤホン・ヘッドホンを積極的に聴いているマニアであれば、「ああ、なるほど」と納得できる仕上がりだと思います。

何が言いたいかというと、近い将来にかけて新型ヘッドホンの音作りの主流は、Utopiaのサウンドに近い路線を歩んでるみたいだな、なんて予感がします。そして、このUtopiaというヘッドホンは、各メーカーが次なる指標として参考するべき完成度を誇っている、素晴らしいヘッドホンだと思います。

高すぎて買えないのはお互い様ですが、冷やかし程度であっても、一度は試聴してみることをおすすめします。