2016年10月2日日曜日

Beyerdynamic DT1990 PRO のレビュー

ベイヤーダイナミックの開放型スタジオモニターヘッドホン「DT1990 PRO」を購入しましたので、今回はそれを紹介します。

Beyerdynamic DT1990 PRO

グリルのデザインがカッコよくて気に入ったのと、2012年の「T90」以来ひさびさのベイヤーダイナミック開放型ということで、興味がわきました。

80年代からのロングセラー「DT990 PRO」の実質的後継機でもありますし、さらには昨年(2015年)のちょうど同時期に発売された密閉型「DT1770 PRO」が大変良かったので、今回はそれの開放型バージョンということもあり、期待の高いモデルです。


ベイヤーダイナミック

ベイヤーダイナミックの大型ヘッドホンは、どれも見た目はほとんど同じ形状なので、ラインナップが混乱しやすいのですが、現時点でのモデルをリストアップしてみると、おおまかに「オリジナル」「初代テスラ・傾斜型」「初代テスラ・平行型」「新型テスラ・平行型」に分類できると思います。

現行モデルをまとめるとこんな感じです

さらにいくつかのモデルではインピーダンスやデザインの異なるバージョンがあるといった感じで、こうやって眺めてみると、なんとなく会社の方向性がわかります。

オリジナル・初代テスラ・新型テスラというのはドライバの分類で、今回のDT1990 PROは新型テスラになりますが、だからといって古いほうのドライバが音が悪いというわけではなく、モデルによって使い分けているようです。

また、傾斜型・平行型というのは、イヤーパッド内部を見れば一目瞭然ですが、ドライバが耳に対して斜め前方にあるか、平行しているかのどちらかで、DT1990 PROは平行型です。

T1やT5pは前方傾斜型です

傾斜配置の方が音像が前方にあるような錯覚を与えるので、いわゆる疑似スピーカー体験というか、ホームリスニング向けのヘッドホンでよく見るタイプです。オーディオテクニカやソニーなんかも、最近のモデルではこのタイプが増えてきました。

DTシリーズのようなプロ用モデルは、平行配置です

一方、傾斜型ではそのような「錯覚」で音像位置が乱れてしまうため、プロのモニター用途にはふさわしくないということで、業務用ヘッドホンでは、平行型が主流になっています。

どちらが良いというわけではなく、ベイヤーダイナミックのように、用途に応じて使い分けているメーカーが多いです。

そんなわけで、ベイヤーダイナミックの場合、スタジオモニターヘッドホンというと、1980年代に登場したDT770・DT880・DT990シリーズが現在までロングセラーで作り続けられており、未だに古さを感じさせない仕上がりに驚かされます。

高価格なゼンハイザーHD800やAudeze LCDシリーズなんかが普及している現在でも、未だにDT880が至高のヘッドホンだと愛用しているユーザーは非常に多いです。

ベイヤーダイナミックの伝統的なシルエット

この初代DTシリーズは、1980年デビュー最初期のDT880のみがチープなプラスチックフレームのデザインでしたが、1985年に後続したDT770・DT990の発売と同時に、ほぼ現在と同じデザインにモデルチェンジされ、それ以降、高級モデルの「T1」や「T5p」なんかもずっと同じデザインを継承しています。

パッケージ

あいかわらずベイヤーダイナミックらしい業務用デザインです。紙箱の中に、そのまま専用ハードケースが入っています。

ベイヤーダイナミックらしいパッケージ

ところで、今回の付属ハードケースはDT1770の時のやつと違うデザインなので驚きました。(DT1770についてはこちら→http://sandalaudio.blogspot.com/2016/01/beyerdynamic-dt1770-pro.html

付属ハードケース

もちろん初代DT990などとも違うケースですし、さらには初代T1、T5pなんかも、ヘッドホンそのものの形状は全く一緒なのに、それぞれ別々のデザインの豪華ハードケースが付属しています。

ドイツのメーカーとしては、非常に合理性に欠けているように思えるのですが、なんか事情があるんでしょうかね。社内でケース開発部門があって、そこのスタッフをむげにできないとか。

中身は充実してます

今回のハードケースは、DT1770の四角い「ようかん」みたいなやつよりも丸みがあって、使いやすい感じです。表面もDT1770ではスポンジに布を巻いたような感触でしたが、今回はゴムプラスチック製です。開けてみると、本体以外に、交換イヤーパッド収納穴と、ケーブル収納ポーチがあります。この辺はDT1770ケースと一緒です。

もちろんT1やDT990など、他のベイヤーダイナミックヘッドホンも同じ形なので、ケースは流用できます。

(追記:DT1770も、現在はDT1990と同じケースに仕様変更されています。何か事情があったんでしょうかね)。

デザイン

本体デザインは非常に気に入っています。全体のデザインはDT990よりも肉厚で、よりT5pに近い感じです。

高級感のあるデザインです


グリルがレトロ調で良いですね


フォルムはDT1770と基本的に一緒ですが、開放型ということでハウジングにグリルメッシュがあり、そこのデザインがユニークでカッコいいです。なんか戦前の卓上ラジオスピーカーとかにありそうな、ちょっとレトロっぽいデザインですね。もしかすると、ベイヤーダイナミックの歴史をオマージュしているのかもしれません。

ちなみにDT1770ではハウジング表面がザラザラしたシボ加工が施されていたのですが、このDT1990ではサラサラのマットブラック塗装です。

ハウジング中心を通るDT1990 PROのロゴも、DT990PROにインスパイアされながら、より高級感がある銀色の鏡面印刷ですし、全体のデザインが値段相応にレベルアップされています。装着感も重厚で、DT990のようなチープな「パカパカ感」はありません。ただ、唯一ハウジングの回転ヒンジがギシギシうるさいのが気になりました。

ステッチとエンボス加工のヘッドバンド

調整スライダー

ヘッドバンド部分はDT1770と共通で、T1とかともほぼ同じですが、外観のデザインはステッチが施されていたり、かなり高級感がアップしています。また、長さの調整部分もカチカチ感があって、昔のDT990とかよりは手触りが良いです。

そういえば、どうでもよい事ですが、調整スライダー部分の印刷ロゴが、DT1770のときは「)))」マークだけだったのが、今回は「beyerdynamic )))」と書いてあって、T90と同じタイプになってますね。

ドイツ製

ベイヤーダイナミックのヘッドホンは、未だに多くのモデルが本社工場で製造されており「MADE IN GERMANY」というのが喜ばれています。

ドイツだからといって、必ずしも高品質だとは限らないですが、やはり最近は名前だけのOEM製品などが多い世の中ですし、メーカー開発者が設計した製品が、スタッフ本人の目が届く圏内で製造されているということが、非常に重要だと思います。

最近では、ライバル的存在のAKGが、母国オーストリアの開発と工場を閉鎖して70年の歴史を終えるなど、残念なニュースがいくつかありましたが、やはりどんなにコストパフォーマンスを目指しても、製品企画から製造まで全部を中国などに移してしまうと、流石にブランドイメージが傷つきますね。(実際AKGのオーストリア製・スロバキア製・中国製で音質がそこまで違うという話も聞きませんが・・)。

AKGなどの場合、とくにここ数年で中国で一大シェアを築き上げたおかげで、商品展開も中国主導になってきていますし、大企業ハーマングループの傘下なので、利益率を下げる旧体制主義はバッサリ切り捨てられて解雇されてしまうのでしょうけど、あまり行き過ぎると、往年のテレフンケンやローライ、日本だとサンスイやナカミチみたいに、チープな他社製OEM製品に、ブランドネームだけシールでペタッと貼ったような粗悪品が乱立するようになりそうで心配です。

ベイヤーダイナミックはこれからも急成長の高望みではなく、良い製品を作り続けてくれることを祈っています。

なんて言っているそばから矛盾してしまうのですが、今回DT1990について書いている時点で、実は私のDT1770が故障してしまって、メーカー修理のために送り返した状態でした。ドイツ製が高品質だとか、そうも言ってられませんね。

具体的には左側のドライバ振動板から低音ビビリが発生して歪んでしまいます。ショップで確認してみたところ、ドライバがハウジングに接着されているため、ゴミが入り込んだとしてもエアーで吹き出したりとかは出来ない仕組みになっています。もしかしたらコイルが擦れているのかもしれませんし、保証期間中なので修理に出すのが最善だという結論になりました。

そんなわけでDT1990とのツーショットは出来ませんでしたが、音質についてはショップのDT1770を借りることが出来たので、おおよその比較はできました。

ケーブル

DT1990はDT1770同様に、ケーブルが着脱式なのが嬉しいです。左側片出しで、AKG K240などと同様の、3ピンミニXLRタイプです。このコネクタはすでにAKGなどで広く普及していますし、私自身も色々とスペアケーブルを持っているので、互換性があるのは大変うれしいです。

左側片出しです

AKGとかと一緒の3ピンミニXLRです


ちなみに、片出し3ピンということで左右のグラウンド線は共通しており、バランス接続はできません。ベイヤーダイナミックの場合、左右グラウンド分離はT1、T5pなどの家庭用リスニングヘッドホンでのみ採用しているので、ちゃんと意識して選択しているようです。

実際AKGなんかはずっと片出し3ピンですし、それだからといって音質が悪くなるというわけではないです。ただし、グラウンド線共通ということで、ケーブルの設計が悪いと左右クロストークなどの問題が起こりやすい、つまりケーブルによる音質変化が感じ取りやすいとも言えます。

付属のストレートとコイルケーブル

DT1990にはDT1770と同じく3mのストレートケーブルと、5mのコイルケーブルが付属しています。どちらも3.5mm端子にネジ込み式6.35mmアダプタが付いているタイプです。

これらのケーブルは太くてしっかりした、いかにも業務用っぽいスタイルなのですが、DT1770で使っていたところ、どうも音質がしっくりこないというか、社外品のケーブルに交換することでそこそこの音質向上が感じられたので、ベイヤーダイナミックはこの辺は無頓着なので、オーディオマニアとしては色々試してみる価値はあるかもしれません。

オヤイデのケーブルを使っています
あとフルテックも

私自身はあまり高価なケーブルは持っていないので、普段は5,000円くらいのオヤイデの6.35mmタイプを使っています。それと、1mくらいの短い3.5mmタイプはフルテックADLのやつがあります。

オヤイデは中高域が若干クリアで淡々とする印象で、一方フルテックは普段は暑苦しいサウンドなので敬遠しているのですが、今回DT1990においては、音色が太くなるのがメリットだと感じられたので、悪くないコンビネーションだと思いました。

(追記:やっぱり中域が暑苦しくなってダメでした。このフルテックは、線の細いAKG K712とかを、より太くするような狙いがあるのかもしれません、DT1990では相性が悪かったです)。

もちろん、今回の試聴には純正ケーブルを使いました。

イヤーパッド

DT1770では、イヤーパッドはツルツルの合皮タイプと、モコモコのベロア調タイプの二種類が付属していたのですが、今回DT1990では、モコモコのベロア調タイプのみで二セット入っていました。

DT1770は密閉型なので遮音性が重要だということで、より密着度が高いツルツル合皮タイプが付属していたわけですが、DT1990は開放型で、遮音性なんて無いも同然なので、より肌触りがよく圧迫感が少ないモコモコパッドのみになったのでしょう。

イヤーパッドは簡単に交換できます


なぜ二つも同じ質感のイヤーパッドが付属しているのかと疑問に思ったのですが、ベイヤーダイナミック公式サイトを見ると、それぞれ音質チューニングが異なるのだそうです。

イヤーパッド通気口の数が異なります


たしかに、イヤーパッドの裏側を確認すると、通気口っぽい穴の数が異なります。たったこれだけでそこまでサウンドが変わるのか、と疑っていたのですが、実際に交換して比較してみると、たしかに結構変わるので驚きました。

二種類のモコモコパッドを比較してみると、ケースに入っていた「穴の数が少ない」タイプよりも、最初から装着されていた「穴の数が多い」タイプの方が好みの音質でした。

メーカーサイトでは、低音の量感が変わるといった説明でしたが、私は低音よりも音楽全体の表現が結構変わるように感じました。

具体的には、穴が多いほうがより開放的で、周囲の空気感が自然に広がります。一方、穴が少ない方が音圧が増して、中低域の量感も、高域のアタック感も、より刺激的に迫ってきます。こっちのほうが密閉型のDT1770により近くなるようです。

左右にそれぞれ別々のパッドを装着して、モノラル音源などを聴いてみると、明らかに穴が少ない方に音像定位が寄って、よりグイグイと主張する感じになりました。

DT1990はせっかく開放型で広々とした音場を楽しみたいので、そういった意味では穴の多いパッドのほうが適切だと思いました。なにより選択肢を与えてくれたベイヤーダイナミックに感謝すべきですね。

新型テスラドライバ

ところで、DT1770とDT1990は250Ω・45mm振動板の新型テスラテクノロジードライバを搭載していると書いてあります。

テスラというのは、2009年発売のフラッグシップ機「T1」で初めて搭載されたドライバで、永久磁石が「1テスラ」(10,000ガウス)という非常に強力な磁場(磁束密度)を持っていることで、ドライバの高レスポンスが実現できるという感じだったと思います。

このT1で「テスラ」という単語が話題になって、それ以降、他社のヘッドホンでも、1テスラ、1.5テスラなど、実際はどうであれ「数字が高い方が高音質」みたいな指標になった風潮がありました。

ところで、昨年のDT1770の段階では新型テスラは「テスラ2.0」という名称だったのですが、今回DT1990では、同じドライバなのにもかかわらず、その記述が一切ありません。なんか事情があったのでしょうかね。2テスラ(20,000ガウス)だと勘違いする人がいたのでしょうか。

ところで、磁場が何テスラであれ、初代「テスラ」ドライバが特徴的だったのは、ドライバ振動板や磁石を押さえつけるフレームが、ドーナツ状の巨大な金属削り出し製だということがビジュアルインパクトがありました。

初代テスラは、とても強固なフレームでインパクトがあります
T70・T90にも同様のドライバが入っています

この金属タイプは、T1を始めとして、T5p、T70、T90などに搭載されたので、メーカー広報写真や分解写真などで見ることが出来ます。たしかに金属フレームにすることでドライバ振動による捻じれなどが防げるため、強固で高レスポンスなドライバユニットが実現できます。しかし、T1が発売された頃から言われていたことですが、この金属フレームのせいなのかどうかは知りませんが、どうも「テスラ」ドライバ搭載機は、どれも音が固く、キンキンと金属的な響きがする、といった欠点も指摘されていました。

私自身は、初代T1の金属的でシャープな高域が、トランペットなどの金管楽器をよりリアルに再現できるように感じて、とても気に入っているのですが、モニターヘッドホンとして余計な付帯音はマイナスだったかもしれません。同様の初代「テスラ」ドライバを搭載したT90やT70なども、高域のキンキン具合が好き嫌いが分かれるサウンドでした。

T1とT5p 2nd Generationでは響き過多への対策がなされました

メーカー側もT1での指摘に対応して、後継機T1 2nd Generationでは、この金属フレームに分厚いゴムパーツを付けて響かないように防振対策を施すといった対策が垣間見れます。個人的にはこのT1 2nd Generationは音の響きが抑え込まれすぎて、なんとなく音色が「死んでいる」感じがしたので、初代T1から買い換えませんでした。

DT1990 PROの新型テスラ・ドライバ

そこで登場するのが今回のDT1770・DT1990なのですが、これらの新型テスラというのは、一見してわかるように、これまでの金属フレームが青いプラスチック部品になっています。振動板にも変更があったのかもしれませんが、その辺はあまり明らかになっていません。

たしかにプラスチックにすることで、金属的な響きはかなり抑える事ができますし、コストダウン効果も高いでしょう。これまでの金属削り出しパーツを見慣れていると、なんだか劣化版のように感じる人もいるかもしれませんが、実際世界中多くのハイエンドヘッドホンでもプラスチック製フレームを使っているのが多数なので、あまり深くは考えずに、音質面でのメリットを検討したほうが良いでしょう。

ところで、このテスラ系ドライバが凄いなと思ったのは、T1を筆頭として、DT1770、DT1990ともに、ハウジング内部は本当に何もない、ただのスカスカ空間で、音響チューニングとか、スポンジとか綿とか、そういった様子が皆無なのにも関わらず、サウンドが低域から高域までしっかりリニアに出ていることです。

音質については後述しますが、大概どんなヘッドホンでも、ある程度ハウジングのチューニングを行なってるのに対して、このDT1770・DT1990はガラガラなので、ドライバ単独の特性が本当に凄いんだなと感心します。たとえば従来のDT990は内部に吸音材が大量に入ってますし、DT770なんかは摩訶不思議な複雑機構です。

DT770(左)とDT990(右)はどちらも吸音材が入ってます

そういった意味では、「開放型ヘッドホンは繊細で低音が出ないスカスカ」といった往年のイメージはすでに過去のもので、たとえば同様に近年のAKG K812やPhilips Fidelio X2なんかでも見られるように、開放型といえど、ドライバ単体性能がよくなることで超重低音から超高音まで存分に発揮できる時代になってきたんだなと実感しました。

音質について

まず初めに言っておくと、このDT1990 PROは、ちょっと鳴らしにくい部類です。250Ω・102dB/mWというスペックなので、アンプにはそこそこ高い出力電圧が要求されます。しかし、その分アンプの出力インピーダンスなどはあまり音質に影響を及ぼさないですし、ノイズなどへも耐性があります。

現実的に、プロ用ということで、高出力でノイズフロアが高いスタジオミキサーなどのヘッドホンジャックに挿すことを想定した高インピーダンス使用なわけですが(たとえばDT880とかは600Ω仕様もありますし)、スマホやAKなどのポタアンでは、満足な音量を出すのは苦労すると思います。

私のCowon Plenueは最大出力電圧が3Vrmsということですが、それでもクラシックなど平均音圧が低い録音では、ボリュームをハイゲインモードで9割程度に上げないといけませんでした。

アンプのボリュームが上限スレスレだと、音楽の瞬間的なダイナミクスが発揮しきれないこともあるので、このDT1990は素直にコンセント電源などの大型デスクトップヘッドホンアンプを使うことをおすすめします。私自身も試聴には、自宅のViolectric V281と、ショップのMoon 430HADを使いました。ポータブルでも、Chord Mojoとかであれば十分な音量が出せますし、先日紹介したOppo HA-2(HA-2SE)なんかも7〜8割程度のボリュームで満足なリスニングができました。

そんなわけで、結構鳴らしにくいヘッドホンなのですが、さらに、リスニング中に気がついたのは、音量によって表情がかなり変わる、という印象です。

どういうことかというと、音量をそこそこ絞った状態のリスニングでは、まあこんなもんかな、といった程度の開放型モニター調サウンドなのですが、強力なアンプを駆使して、ボリュームを普段以上にぐいっと上げると、ヘッドホンの性格が一気に化けて、よりダイナミックで芳醇な音色が発揮されます。一見普通の自動車なのに、アクセルを踏むと強烈なパワーが発揮されるドイツの高級セダンみたいな衝撃体験でした。

具体的な理由がなんなのかはわかりませんし、もしかしたらエージングとかも影響してくるかもしれませんし、単純に開放型だから小音量だとディテールが周囲の環境騒音に埋もれてしまうのかもしれません。ともかく、爆音を推奨するわけではありませんが、このヘッドホンを試聴する際には、ぜひちょっとだけでもボリュームを普段以上に上げて、その効果を体験してみることをおすすめします。

まず当然のごとくDT1770 PROと比較してみました。音量は似たようなものですが、DT1770の方が密閉型ハウジングのせいか、よりリスナーに迫ってくるような音圧感があるため、音量をその分下げました。

DT1770 PROと

全体的な音色のキャラクターは、やはり非常によく似ています。つまり、DT1770が気に入らなかった人は、多分DT1990もアウトでしょう。開放型ながら、中低域にかなりのパンチがあり、ベースのアタック感や、男性ボーカルの発声のメリハリなんかも、明瞭に聴き取れます。

さらに、DT1770と同様に、高域が破綻しないスレスレのポイントで上手に抑えられているため、たとえばゼンハイザーHD800なんかと比べると、上の方まで伸びゆくといった感じでは無いのですが、そこが上手い具合に硬質にならず、繊細なままでキープされてくれます。

高域そのものはかなりクリアで、数々のモニターヘッドホンの中でも特筆して空気感の解像が高く優秀だと思いました。とくに、楽器に付帯するエコーやリバーブなどの空間エフェクトがはっきりと聴き分けられるので、それらが下手に擬似的であったり、主音に対して位相や定位がおかしかったりすると、一目瞭然で違和感が把握できます。歌手の歌声を聴くだけではなく、その人周辺の反響(リアルであれ、疑似エフェクトであれ)さえも聴き取れるのは、普段の音楽鑑賞に新鮮な観点を与えてくれます。

音場の空間は、やはりドライバが傾斜していないだけあって、T1やT5pのような前方の距離感があるイメージではなく、もっと目の前の至近距離に映画スクリーン的に音像が浮かび上がるタイプです。決して脳内でガヤガヤするタイプではないのですが、映画館の最前列で見ているかのような威圧感はあります。

さらに、DT1770と較べて一番大きな違いが、この音場表現でして、左右の密閉ハウジングが無いおかげか、DT1770のような球体っぽい(ヘルメット的とかプラネタリウム的な)音場空間ではなく、より左右にバーっと広がるような、横に広い水平線のようなイメージです。

このDT1990の一直線な幅広い音場を体験した後だと、どうしてもDT1770の密閉型ハウジングでは、周囲の音響がハウジング付近から鳴っているな、というクセが感じ取れてしまいます。どちらも微小なサウンドのディテールは聴き取りやすいのですが、DT1770の方がより左右に近い位置から音がせめぎ合うように鳴っています。

前後方向がが近く、左右に広い音場ということで、とくに感心したのは、ステレオ音源の分離がよく、左右端で演奏しているアーティストの間隔が空いて、その分だけセンターに余裕が生まれることです。とくにバンド演奏なんかでは、DT1770のような高密度情報を分析的に聴き分けるという難解な作業にはならず、自然で余裕を持ったスケールで、センターと左右の奏者が分散してくれます。

T90との比較

さらに、テスラドライバの開放型ということで、厳密にはスタジオモニターシリーズでは無いですが、T90とも比較してみました。

私自身はT90はあまり好きではないのですが、DT1990と比較することで、原因が明らかになります。やはりT90が搭載している初代テスラドライバは、高域の金属的なアタック感が強烈過ぎて、かなり耳障りで「硬い」です。いわゆる「刺さる」タイプのサウンドだと思います。

全体的な音場とか、そういった部分はDT1990に迫るものがあるのですが、いかんせん高域が特出してギラギラと鳴るのが困ります。たとえば、とある録音内の微小なサウンドを聴き取れるレベルに、両者を同じ音量に合わせてみると、T90では主要楽器の高域がうるさすぎて、そのような微小サウンドが聴き取れる以前に、ボリュームを下げたくなります。

DT1990は高域が抑えられているというほどではないのですが、ある一定のレベルを逸脱しない、上品なまとめかたで、いわゆるスピーカー的な常識をキープしています。

より真剣に聴いてみると、実はT90と同じくらい「瞬間的」な高域のアタック感が存在しているのですが、それが長引かず、響かずに、スッと何事も無かったかのように減衰してしまいます。

DT990 PRO 250Ω

次に、DT990 PROと比較してみました。やはりDT1990というのはPROという名前だけあって、T90よりもDT990 PROに近づけているという印象を受けました。

とくに高域が、低域が、といったポイントではなく、全体的なバランス感とか、音場の広がり方なんかがよく似ています。DT990 PROの方が線が細いため、若干鳴らしにくい感じで、アンプのボリュームはちょっと上げる必要がありました。

DT990 PROと比べてDT1990のほうが明らかに優れているのは、一音ごとの音色のメリハリと、力強さです。さすが新しい設計だけあって、無音からグッと音が立ち上がった時に、それが鮮やかな音の塊として耳に届くため、それだけ現実味を帯びています。一方DT990 PROの方は、音場とか周波数帯とか分解能とかは勝負できるのですが、どうしても音色そのものがふよふよしていて、バシッと定まらないというか、水にふやけた、蜃気楼のような不安定感があります。この辺は、旧式ドライバと、テスラドライバの差が大きく現れるのかもしれません。


デッカの金字塔的録音、クナッパーツブッシュ指揮ウィーンフィルの「ワルキューレ第一幕」を聴いてみました。1957年ステレオ最初期のスタジオ録音で、残念ながら全編通しての録音は実現できなかったものの、フラグスタート、スヴァンホルム、ヴァン・ミルという伝説的な歌手ラインナップを記録に残せたことは感謝すべきです。

ハイレゾダウンロードでも販売していますが、最近SACDで再販されたので、それで聴いてみました。もとから1957年とは思えないほど高音質な歴史的名盤なのですが、今回のリマスターでさらに磨きがかかったようです。

こういう古いアナログ録音は、DT1990のような開放型スタジオモニターで聴くと、どうしてもギスギスしてノイズとか音割れなんかのアラが目立つケースが多いのですが、(そもそもそういったアラ探しのために作られたヘッドホンなわけですし・・)、しかしDT1990を通して聴いたワルキューレは、想像を絶する素晴らしさで、正直驚かされました。

テープノイズなんかは若干聴こえるのですが、演奏の高域はあまりギスギスしません。このDT1990の一番特徴的だと思ったポイントは、高域の、とある周波数帯が、かなり美しく広々と自由に鳴ってくれることです。具体的にはヴァイオリンやソプラノ歌手など、高めの中高域くらいです。

これまでのベイヤーダイナミックとは一味違った美音で、むしろAKGのK712とかが得意としている分野です。それでいて、AKGほどサラサラしておらず、音色の響きが金属的で艶やかに、色濃く現れるため、とくにワルキューレのようなワーグナーオペラらしい、重厚な弦楽器に、フラグスタートの圧倒的な歌唱力が見事に表現できていました。

ほかにも、ヴァイオリンとピアノのソナタとかも、双方が艶やかに鳴ってくれて相性が良いと思います。

たとえばT1なんかも金属的な響きが特徴的ですが、あっちはもっとトランペットやホルンなんかがカラッと鳴り響くような印象で、金属と言っても、より固くて融通の効かない鋼のような響きなのですが、DT1990の場合は、金属に例えると銅とか金色のような、許容範囲の広い、柔軟性のある響きを連想させます。

さらに、広々とした音場に歌手やオケが余裕を持って配置されているため、古い録音とはいえ、十分効果的に楽しめました。とくに普段AKG K712などでオペラを楽しんでいるような人は、このDT1990でより一層充実した体験ができるかもしれません。

なんとなくT1とDT990の良いところをかけ合わせたような満足感があります。リラックス系ではないので、若干聴き疲れはあるかもしれません。


アルトサックス奏者スティーブ・レーマンの新譜「Sélébéyone」を聴いてみました。
凄まじい技術とセンスを持ったジャズ奏者でありながら、自身のアルバムでは、常に意表をついた面白い企画をチャレンジしてくれる彼ですが、今回のアルバムは、ニューヨークのラッパーHPrizm(元Antipop ConsortiumのHigh Priest)と、さらにはセネガル出身のラッパーGaston Bandimicの両者を起用しています。

アルバムの構成はオーソドックスなジャズというよりは、Breaksやデトロイト系、そしてフランスヒップホップっぽい作風が強くて面白いです。対極的なラッパー二人の掛け合いと、アルトサックスが融合して、複雑な音響を繰り広げます。

こういう最新録音を聴いていると、やはりDT1990というのは、複雑なスタジオ録音をプロデュースするために作られた実力派スタジオモニターヘッドホンなんだな、という実感がわきます。

オーディオマニア的にもてはやされるクラシックやジャズなどの、マイク一本のシンプルなアコースティック録音も、ごまかしが効かず、難しいジャンルだとは思いますが、逆にこのようなマルチトラックの分厚いレイヤーが何層も重なって、重厚なリズムとハーモニーを演出するタイプの音楽でも、全てを見通してバランス調整を行うのは困難な作業です。とくに分厚いシンセや硬いドラムの上で、ラッパーや歌手、ソロ楽器が活かせるだけの余白を与えるのは、きっと至難の技なのでしょう。

DT1990では、まず低音の「ドスッ」というインパクトが結構強いです。背圧が上手に開放グリルから逃げているので、出音以降に篭もることが皆無です。そのため高速なドドドドッという連打も暴れませんし、中域にまたがるシンセベースなんかも普段以上に太く活き活きとしています。

ピアノやパッドは左右にパーっと広がっていきますし、中心に位置するソロサックスの邪魔をしません。サックスやボーカルは音像が近く、堂々としているため音圧は強いです。

ちょっと気になった悪い点としては、アルトサックスのような太い中高域の音色が、前に出すぎてうるさく感じることがあります。これはこのヘッドホン特有のチューニングに依存するのだと思いますが、この特定の周波数帯だけ音が抜けきってないような違和感を感じます。ヴァイオリンや女性ボーカルではそこまで気にならないのですが、このスティーブ・レーマンであったり、チャーリー・パーカーや、キャノンボール・アダレイなんかのアルト奏者を聴いているときには意識すると気になりだします。

実は、フルテックのケーブルを使っていた際に、この違和感が強すぎて、一旦聴くのを止めて、純正ケーブルに戻してみたところ、ほとんど気にならなくなったため、やっぱりケーブルというのは大事なんだなと再認識させられました。

こういった中高域のクセを含めて、なんとなく、Gradoとかがモニターヘッドホンとして超進化したらこんな感じになるのかもな、と思わせるようなサウンドです。

開放型で音場が遠くなく、中域から低域にかけても充実しているといえば、たとえばゼンハイザーHD650なんかが連想されますが、あちらはとても濃厚でマイルド、角が立たない仕上がりです。レスポンスの速さや、音同士の分離はDT1990の方が優れています。

また、近年ではPhilips Fidelio X2なんかも優秀な候補ですが、これもやっぱりHD650と同様に、聴き疲れを防ぐためあえてマイルドで音色とメロディの繋がり重視な仕上がりを目指しているため、やっぱりモニターではなくリスニング向けなんだなと思わせます。

DT1990に近い開放型ヘッドホンというと、なかなかか思い当たらないのですが、強いて言えば、変な例かもしれませんが、やはりGradoのRS1やPS500ヘッドホンとかが、より技術的に音像の距離感や帯域のバラ付きが整えられたかのような感じです。(そこまでしたらGradoではないですかね)。Gradoといえば中高域のみずみずしいリアルな実体感が人気ですが、DT1990もそれに近い部分があると思います。

おわりに

開放型モニターヘッドホンというのは高域がシャリシャリして、繊細で、低音が出ない、といった往年の通説は、2016年ではすでに通用しないみたいです。

むしろ、そんなスカスカサウンドこそが正当なモニターサウンドだなんて未だに信じて疑わない古風な人は、過去のヘッドホンを使い続けていれば良いだけで、最近はどのメーカーもモニターヘッドホンの定義をモニタースピーカーに近似させることに努力しており、低音を含めた広帯域、高レスポンス、高ダイナミクスが顕著になってきました。

とくにDT1990のように、素のドライバ特性がより高性能になったおかげで、中低域を充実させるためにサブウーハー的な反響にあまり依存しなくて良いので、「低音=音が鈍る」といったルールが払拭されはじめています。未だにサブウーハー的低音のヘッドホンも多いので、なんとも言えませんが、実際にDT1990や、先日紹介したFostex TH610のようなキレのある低音を出してくれるヘッドホンを試聴しても、質の良し悪し以前に、「低音の量がHD800よりも多い、だから失格だ」みたいな短絡的なインプレッションをする人が未だ多いのが残念です。

先行して発売された密閉型のDT1770は、シャープでキレのある出音と、力強くエネルギー感を感じられるダイナミックさで、新世代の密閉型モニターヘッドホンの現在を提示してくれましたが、今回のDT1990は、そこにさらに広さと見通しの良さをプラスしてくれました。

開放型なので、使用できる環境がかなり制限されてしまうということを考慮すると、DT1770とどっちが良いとは一概に言えないですが、やはりDT1990はテレビを大画面に買い替えたような、作業机が広くなったような余裕が実感できるのが魅力です。

また、この余裕のおかげで、音楽の奥底にある繊細な響きや空気感を一層感じ取れるようになったため、モニターとしても十分優秀ですし、さらに音楽鑑賞用としても(騒音の無い、静かな環境に限定されてしまいますが)より自然で音色を味わえる素晴らしいヘッドホンだと思います。とくに、Philips Fidelio X2や、ゼンハイザーHD650、AKG K712などから次のヘッドホンを模索している人には相性が良いかもしれません。

ところで、話は変わりますが、年末にはもう一台、今度は家庭用開放型ヘッドホンということで、Beyerdynamic Amiron Homeというモデルが出るので、これがどんな具合になるのか気になります。同社いわく「テスラ・ハイエンド・ヘッドホン」という分類だそうです。

もうすぐ発売のAmiron Home

左右両出しケーブルということで、T1、T5pの系統に似ていますが、価格は600ユーロということで、T1などよりもT90に近い部類です。写真からはドライバが平行か傾斜タイプかよくわかりませんが、多分平行タイプですかね。テスラドライバも初代か新型か不明ですが、面白いのは、製品情報にて「The Tesla system has now been further refined for use in Amiron home. Modifications to the transducer have diminished unwanted vibrations to an absolute minimum and completely eliminated annoying treble resonances.」と書いてあり、つまりテスラを改良して、振動による不快な高域の響き(レゾナンス)を完全に排除した、らしいです。

ベイヤーダイナミック自身が、「不快な」響きなんて断言してしまったらT1の面目が丸つぶれなのですが、やっぱりその問題を自覚していたみたいな文章ですね。

そんなわけで、最近色々と意欲的なヘッドホンを続々投入しているベイヤーダイナミックですが、どれもサウンドの仕上がりは個性的ながら素晴らしいものばかりなので、今後も無駄な商業主義や事業拡張に奔走せず、持ち前の伝統と技術力を発揮した優れたヘッドホンを作り続けてもらいたいです。

ただ、私のDT1770の故障や、こないだのAK T8iEの件もありますし、品質管理にはもうちょっと力を入れてくれれば、より一層「ドイツ製」の面目が立つと思いますので、今後も頑張ってほしいものです。そういえばベイヤー版のT8iEも最近情報が出てきましたし、値段は高いみたいですがどの程度の仕上がりか興味があります。

今回のDT1990 PROは、一応プロスタジオ向けというカテゴリーで、値段も結構高いですが、サウンドそのものはT1やDT990ゆずりのベイヤーダイナミックらしい高域表現と、AKG開放型に勝るとも劣らない音色の美しさ、そして立体感のある中低域を両立しており、リスニング用途としてもDT1770 PRO以上に楽しめるヘッドホンだと思いますので、ぜひ機会があれば試聴してみてください。その際には強力なアンプを使うことをおすすめします。