2016年8月14日日曜日

Cayin i5 DAPの試聴レビュー

中国のオーディオメーカーCayinのDAP「i5」を試聴してみましたので、感想を書き留めておきます。借り物をちょっと使ってみた程度なので、簡単な印象のみですが、なにか参考になる部分があれば幸いです。

Cayin i5

2016年7月頃に発表された新作ポータブルオーディオプレイヤーで、Androidを搭載したタッチスクリーン式でありながら、価格が非常に安いという魅力的な商品です。これを書いている時点では中国を中心に販売が始まっていますが、現地での値段はUS$470程度なので、5万円くらいでしょうか。

初期の不具合とか量産体制の準備とか色々ありがちなので、日本での公式リリースはちょっと遅れるみたいです。最近流行りの旭化成AKM4490を搭載した高音質DAPなので、注目度は高いと思います。

(注:日本での発売は2016年9月30日だそうです。この試聴レビューは海外向けの先行販売モデルなので、日本モデルとは異なる部分があるかもしれませんので、あまりアテにしてないでください)。


Cayin

このCayin i5について、私自身はほとんどノーマークだったのですが、友人が急に自宅に訪れて、「中国から取り寄せたから、聴いてみろ」と勧めてくれたので、せっかくなので試聴してみました。

高級そうなオーディオを作ってます

Cayinというメーカーについてはあまり詳しくないのですが、公式サイトを見る限りでは、「凱音」と書いてカインと読むみたいです。中国本社の方のサイトは、親会社が「珠海スパーク・エレクトロニック」という、なんだか手広くやってる謎の多い会社です。

Cayinブランドでは主に真空管アンプなどを製造しており、なぜかドイツ語の代理店サイト(https://cayin.com/)も充実しています。このメーカーのフルサイズオーディオ機器は未聴なのでコメントできませんが、バリエーションも多く、なかなか品質も良さそうで、ちゃんとしたメーカーみたいですね。

近未来すぎるCayin N6

Cayinというと、数年前に登場した「N6」という気持ち悪いデザインのDAPが印象深いですが、最近では「N5」という低価格DAPがそこそこ人気を博しました。4万円台で旭化成AK4490チップをいちはやく採用して、バランス出力を搭載と、かなりコスパの高い製品で、音質もそこそこ悪くなかったです。

音質は良いものの操作性が悪いCayin N5

個人的にこのN5は気になる存在だったのですが、超小型の液晶画面に、押しボタンと硬いダイヤル式の原始的な操作に耐え切れずギブアップしてしまいました。

肝心のサウンドに関しては、4万円としては十分すぎるほど高音質で、若干金属的な余韻がつきまとうホットな味付けで、ハイレゾのみならず、普通のCD音源でもパワフルに音色を楽しめる感じの仕上がりでした。土台はしっかりとしたメーカーだということは実感できたので、今後どのようなDAPが展開されるのか気になっていました。

Cayin i5

今回のi5というモデルは注目すべきポイントがいくつかあります。ちなみにCayin N5の上位機機種とか後継機とかといった明確な位置づけは無いみたいですが、メーカーの考えは、「新世代のエントリーモデル」といったターゲットを目指したらしいです。

Android 4.4搭載の大型タッチスクリーンで、無線LANやBluetoothにも対応しています。つまり内蔵ストレージのみにかぎらず、DLNA経由でのストリーミングなども使えるというのがセールスポイントになっています。ちなみに、ソース選択画面にDropboxのアイコンがありましたが、ネットに接続していなかったので試せませんでした。

Androidということですが、APKでの外部ソフトの互換性は今ひとつのようで、個別の確認が必要です。私は今回純正の再生ソフトのみを使ったのですが、このi5のオーナーである友人が試してみたところ、現時点でストリーミング系はイマイチ対応が悪いそうです。こういうのは今後どれだけ熱心にユーザーの声に耳を傾けて、ファームウェアアップデートを充実させるかが最重要ですね。

大画面と、謎の操作ガイド用シール

ちなみに、今回撮った写真では、画面に変なガイド表示みたいなのが書いてありますが、これらは付属の保護シールに書いてあります。二重の保護シールの上に一枚、操作ガイドが書いてあり、その下が普通の無地シールでした。中国での店頭デモ用の参考品なんでしょうかね。借り物なので剥がしませんでした。

筐体のデザインはN5からはかなり進歩しましたが、質感はなんとなく古臭いというか、1990年代のガジェット(MDプレイヤーとか)を彷彿させます。

とくに上面の端子部分とか、左右のボタン付近の溝の彫り方など、往年のダイキャストでよく使われた手法で、最近はあまり見ない形状です。背面のカーボンやボリュームノブのローレットなど高級なワンポイントを投入していますが、たとえば角ごとの曲線の出し方とか、質感の合わせ方とか、全体のデザインは他社と比べると雑な感じです。この辺はやはり日本や韓国のメーカーのほうが意匠に強みがあります。

ボリュームノブはAKっぽい無限に回転するエンコーダを採用しています。これのせいか、それとも内部の部品のせいなのか、重量配分が上寄りで重くなってしまっているので、片手で持つとバランスが悪いです。

再生ソフトはそこそこスマートです

Androidは専用の音楽再生アプリが搭載されており、これは結構スムーズに使えました。マイクロSDカードも素早く認識し、私が試した範囲では曲のタグ表示などで問題はありませんでした。画面アイコンのデザインなどはちょっと特殊で、色々な機能が四方に散らばっているので、全体を把握するまで慣れるのに時間がかかりますが、タッチ操作自体は快適で、サクサク進みます。

フォルダ選択画面にはLANとDropboxがありました

上からスワイプするとAndroidっぽい画面が出てきます
左側にはUser Loginというのがあります
設定画面はごく一般的な感じです

色々な楽曲を試してみたところ、DSD64・DSD128は問題なく再生できましたが、DSD256は未対応でした。PCM 192kHzは大丈夫でしたが、PCM 352.8kHzを再生してみたところ、一応音楽はちゃんと聴こえるものの、もとの録音に無い「サーッ」というホワイトノイズが盛大に聴こえる楽曲がいくつかありました。今後ファームウェアで改善することを期待しています。

マイクロSDカードスロット

内蔵ストレージは32GBと、マイクロSDスロットがひとつです。そして、本体下面にマイクロUSBではなく、CタイプのUSBコネクタを搭載しているのが珍しいです。

オーディオ回路はDACチップに旭化成AK4490、アナログボリューム制御用のPGA2311チップ、そしてAD712+OPA1652オペアンプに、BUF634バッファアンプでヘッドホンをドライブする構成です。開発中の試作機はLME49720オペアンプを搭載していましたが、それだと無線LANによるノイズ干渉が確認されたため、量産機では上記のオペアンプ構成に変更されたと書いてありました。

最近のDAP構成の中ではかなり理想的というか、この値段でここまで出来るのかと驚くほど豪華です。低価格であることによる妥協点などは一切ありません。たとえばFiio X7+AM2と張り合えるくらいの内容なのは、なんとなく後出しジャンケンといった強みが感じられます。

ヘッドホンとライン出力のみで、バランス出力は無いです

出力端子は3.5mmステレオヘッドホン出力と、同じく3.5mmステレオライン出力のみです。驚くことに、Cayin N5では搭載されていたバランス出力が、今回は省略されています。

最近これだけ話題になっているバランス出力を見送るというのは不思議な判断ですが、実際それ以外の部分が大幅に高級化されたので、コスト的な事情もあるかと思います。さらに今後また上位機種などが計画されているのであれば、そのために温存しているのかもしれません。

また、S/PDIFデジタル出力が見当たりませんが、公式サイトによると、USB C端子から分岐する特注ケーブルを使うようです。これは現時点では残念ながら同梱されていませんでした。今後どうなるんでしょうね。

海外の掲示板などでは、自作でUSB Cケーブルを分解して同軸S/PDIFケーブルを作る手順書みたいなのも出回っているので、自作好きはチャレンジしてみるのも面白いかもしれません。しかし、USB Cというのは、同じコネクタ形状でApple MacbookのThunderbolt規格のように超強力な電流を流せるケーブルもあるので、下手に失敗すると黒焦げ程度では済まない可能性もあり、自作には十分注意が必要です。

ところで、パソコンと接続するUSB DAC機能や、最近AK DAPで話題になったUSBソーストランスポートモードにも対応する「予定」だそうですが、私がこれを書いている時点ではまだ未実装だそうです。今後ファームウェアアップデートでどうにかなるそうなので、見切り発車もいいところですね。

まあ、これだけの機能を詰め込んで10万円どころか5万円くらいというのは驚異的な激安価格です。最近になって高級DAPの技術が低価格帯にも還元されてきており、スペックや機能面でもある程度の打ち止め感が出始めているので、今後はこのようなコスパの高いDAPが続々登場しそうです。CD・DVDプレイヤーなんかも同じような運命をたどりましたしね。

USB C端子

Cayin i5は、他社のDAPを存分に参考にした「後出しジャンケン」っぽい製品だと言ってしまいましたが、実はひとつユニークな点があります。それがUSB C端子です。

USB C端子

そういえば、Cayin N5の時もマイクロUSB端子が、USB 3.0対応の(ポータブルHDDとかで使うような)幅広タイプだったのが特徴的でしたが、今回はMacbookとかで採用されて脚光を浴びはじめたUSB Cを搭載しています。

USB C端子は、これを書いている時点では、まだ普及しているというほどではないですが、そろそろUSB 2.0 (Micro USB)の限界が顕著になってきたので、早々に世代交代が活発になりそうです。私が今コレを書いてるDELLのノートパソコンもUSB C端子が搭載されています。

とくにDAPの場合、SDカードの書き込みという作業が非常に厄介です。最近のマイクロSDカードは、Sandiskなどの高級品(Extreme Proとか)で、書き込み実測90MB/sくらい出せるやつが増えてきました。ちなみに安価で大容量のカードの場合、せいぜい30MB/s程度が上限です。

USB 2.0のマイクロUSB接続の場合、AKやFiioなどのDAPでもせいぜい20MB/sくらいが上限です。実測で、128GBのカードに楽曲を書き込もうとすると、全部で3〜4時間かかってしまいます。マイクロSDカードをDAPから外して、USB 3.0高速カードリーダーを使えば80MB/sくらい出せるので、書き込みが1時間程度で済みます。

私の場合、新譜のチェックなどで、ほぼ一週間に一度は128GBカードをまるごと書き換える作業をしているので、これが結構面倒だったりします。最近のハイレゾ楽曲はアルバム一枚で2~10GBもあるようなものも多いです。(待ってられないので、二枚のカードを使いまわしています)。

今回Cayin i5でUSB C端子が採用されたということは、転送速度がそれなりに期待できるという事です。ちなみに、USB C端子のもう一つのメリットである急速充電は、残念ながら対応電源ケーブルを持っておらずテスト出来ませんでしたが、本体裏側に5V 2Aと書いてあるので、多分2Aまで流せるのでしょう。

Cayin i5に公称スペック書き込み100MB/sの「Sandisk Extreme Pro」64GBカードをセットして、USB 3.0接続でデータを書き込んでみました。すると、シーケンシャルライト(カードに楽曲を書き込む時の速度)が60MB/s程度出ました。これはかなり上等です。ちなみにCayin i5内蔵の32GBメモリも、40MB/s程度出るので優秀です。

他のDAPメーカーも、Cayin i5を見習って、旧世代のマイクロUSB端子はそろそろ廃止してもらいたいです。まあそうは言ってもマイクロUSBは出先でケーブルを忘れた時など手に入りやすいというメリットがありますね。

出力

今回もヘッドホン出力とライン出力の最大電圧を測ってみました。0dBFSの1kHz信号を再生した状態です。

これまでは縦軸はリニアスケールを使うことが多かったのですが、ログ(対数)にしたほうが方が良いと何人かに言われたので、今回はログです。いつもどおり、擬似的なインピーダンス負荷を与えて、ボリュームを上げていってサイン波がクリッピング(THD = 1%)する最大電圧を測ってみました。

ヘッドホンとライン出力
ご覧のとおり、ヘッドホン出力は最大で10Vpp(3.53Vrms)まで出ますので、ちゃんと公称スペック通りです。これはかなり強力な部類なので、ほとんどのイヤホン・ヘッドホンを軽々と駆動出来る高出力電圧です。

また、ボリュームを42に下げて、通常のリスニング音量での出力を測ってみると(オレンジの線)、かなり理想的に一直線ですので、いわゆる「出力インピーダンス」は公称どおり1Ω以下とかなり低いです。ライン出力も高インピーダンス仕様で、ハッタリ無しの1Vppなのが嬉しいです。他社だと、音が良く錯覚するようにわざとライン出力を2V、3Vと高めにしているメーカーが多いです。

ちなみに、ヘッドホン出力は、ソフト上で「ハイゲイン・ローゲイン」モードが選択できるので、それぞれを別に測ってみたのですが、(グラフの赤と緑の線)どちらも全く同じになりました。

これはどういうことかというと、このCayin i5は、ソフト上の最大ボリュームが「100」まで上げられるのですが、実際はそれよりもかなり低い数字でクリッピングが発生して音が潰れてしまいます。なにもヘッドホンを接続していない無負荷状態ででもです。

具体的には、「ハイゲイン」モードでは、ボリューム「80」で頭打ちになってしまいます。そして、「ローゲイン」モードでは、ボリューム「90」で同じく頭打ちで、クリッピングが発生します。

ようするに、ハイゲインとローゲインは、単純にソフト上のボリュームの数字が変わっただけで、ハイゲインにしたからといってさらにパワーが増えるわけではありません。見かけ上の目安といったところです。

他社のDAPとくらべてみると、下記のグラフのようになります。ところで、このCayin i5はヘッドホン出力バッファにTI社のBUF634アンプチップを採用しています。BUF634というと、最近ではFiio X7のAM2モジュールと一緒なので、比べてみました。

他社のDAPと比較
ご覧のとおり、Fiio X7 AM2とほぼピッタリ同じ出力特性です。AKシリーズよりはそこそこ出力にパワーがありますね。

実際使ってみると、たしかに駆動力というかパワフルな感じはするのですが、ちょっと「ゲインが高すぎる」とも思いました。

具体的には、ローゲインモードでも出力電圧が出すぎてしまうので、たとえば感度の高いIEMの例としてCampfire Audio Andromedaを使ってみたところ、ボリューム100のうち、なんと「8」で十分な音量が出せてしまいました。

大型ヘッドホンで、そこそこ鳴らしにくい部類のFostex TH610を使ってみたのですが、それでも「50」程度で十分でした。要するに、まず最大電圧が高いことと、ボリュームの挙動が急に上がりすぎるので、高感度IEMなどでは使い勝手が悪いです。

また、ゲインが高すぎることの弊害として、その分ノイズフロア(微小なノイズ電圧)も高くなってしまうので(ノイズ指標の「-105dB」とかは、ほぼ最大音量時との比例ですので)、AndromedaなどのIEMを使うと、再生停止中でも「サーッ」というホワイトノイズが目立ちます。これはハイゲイン・ローゲインとも同じレベルでした。普段使っているAKやPlenue S、Fiio X5-IIなどでAndromedaなどを使っても、そういうホワイトノイズは私の耳では聞こえないので、個人差はあると思いますが、これは実用上ちょっと困る人もいるかもしれません。

そういえば、以前Acoustic ResearchのDAPで同じバックグラウンドノイズに関するトラブルがあって、ボリュームを絞る変なアダプタを後日無料配布してましたね。高パワーすぎるのも困り者です。

音質

このDAPはIEMイヤホンよりも大型ヘッドホンとかの方が向いていると思ったので、ベイヤーダイナミックDT1770やフォステクス TH610などで試聴してみました。Cayin i5はどちらも軽々とドライブしてくれます。

まず聴き始めてすぐに感じたのは、このCayin i5のサウンドは、Cayin N5の延長線だ、という印象です。N5も同じく旭化成AK4490というDACチップを搭載していますし、もしかすると後続のアンプ回路とかも同じか、とても近いのかもしれません。

とは言っても、個人的にはN5よりも今回のi5のほうが音が良いように感じました。それなりに進化しているようです。

N5と共通しているCayin的なサウンドというのは、音の重心が低く、中域の押しが強く、芯が太いスタイルです。低音はよく出ている反面、パンチというか、張りが強い出音なので、モコモコとしないのが優秀です。近年のDAPの中では結構珍しい系統のサウンドで、あまり繊細・解像感重視になりすぎず、どんな楽曲でもメリハリよく鳴らしてくれるのが圧巻です。

最新の旭化成DACを搭載しているということで、もっとスタジオ機器系のシビアなサウンドかと想像していると、全く真逆の方向性に驚きます。高音も十分出ていますが、空気感などのキラキラした表現や、三次元的なスケール感などはあまり出さない傾向で、音楽全体がまとまりを持っています。

どんな楽曲でもそうそう破綻せず安心して楽しめる印象でした。それがi5にて進化したと感じられた部分です。N5の場合は、全てのサウンドがギラギラとした熱気と金属感が強く、なんだかDACの後に不要なアナログポタアンを付け足してブーストしたかのような余剰効果がありました。録音が細身でひ弱なアルバムなど、そのブーストが効果的な場面もあれば、逆に過剰すぎると思うことも多かったです。今回のi5の場合、たしかにN5と同様の熱気と金属的な質感が感じられるのですが、より控えめになって「普通」に近いようです。

金属の響きが強いと言うと、なんだか不快で耳障りなサウンドを想像するかもしれませんが、ヴァイオリンがキーキー、トライアングルがキンキン、といったタイプではなく、むしろ高音に限定されず、大きなシンバルや、中国の銅鑼みたいなジャーンと鳴り響く楽器が、ちゃんと硬質で金属的なアタック音を実現できているという、概ね肯定的な印象です。逆に、もしこの金属感が無いと、ただ中低音が強いだけの、退屈でメリハリの無い「こもった」サウンドになってしまいます。

N5同様、i5もなんとなく「DACにアナログポタアンを付け足した」みたいなサウンドを引き継いでいるように感じます。これがCayinの「サウンドシグネチャー」といった感じでしょうか。これも悪いことではなく、昔で言うところの「二段・三段スタック」システムのような、DACとアンプの明確な味付けというか役割分担みたいな印象をうけます。これを相乗効果ととるか、ミスマッチととるかはリスナー次第ですが、肝心なのは、ヒョロい貧弱な一体型DAPとかよりは、スマホにアナログポタアンをドッキングした時のサウンドに近いと思いました。

ドッキングというと、Fiio X7が最近流行っていますが、このi5はDACチップこそ異なるものの(X7はESS 9018)、X7にAM2モジュールを装着した状態と、出力特性はとてもよく似ていると先ほど触れました。同じ出力バッファICチップを搭載しているので、当然とも言えますね。どちらもAndroidベースということで共通点も酷似しているものの、Cayin i5の方がかなり安いので、Fiioもうかうかしてられません。双方を聴き比べてみると、やはり似ているところも異なるところもありました。

個人的に、Fiio X7はAM5モジュールとのコンビネーションが一番好みで、AM2はあまり好きではありませんでした。(ちなみにAM3も音自体は良かったですが、Bluetoothとかの混線で細かなバックグラウンドノイズが聴き取れ、断念しました。手元にあったワイヤレスマウスをX7+AM3の右下(バランス出力があるあたり)に近づけてみると、バチバチ、ビービーと壮大なノイズが発生して、なんだかテルミンを奏でてるみたいでした)。

AM2が好きになれなかった理由が、サウンドがかなり刺激的で発散しており、地に足が着かないような不安感で長時間のリスニングは疲れやすいと思ったからです。Cayin i5と共通しているポイントとして、サウンドの金属感が目立ち、アタックにメリハリがあり、空間の奥行きや立体感があまり得意でない、といったポイントが思い当たります。一方で、i5は豊かな低域のおかげか、しっかりとした土台の安定感があり、AM2のような腰高でバシバシと目立った解像感を押し出すスタイルではありません。その辺はi5の方がリスニング向けだと言えます。X7+AM2の方が高域の爽快感やヌケの良さ、キラキラ感は出ていると思うので、それぞれの魅力があります。そういえば、中国のFiio公式サイトで、AM2の特別版AM2Aが発売され、そこそこ高評なようです。あとAM2Cというのも出るらしいですね。

i5はDSD再生もDSD128 (5.6MHz)まで対応しているということなので、試しに色々聴いてみましたが、これといって変なことも無く、十分にDSD音源の魅力を引き出してくれました。この辺は、PCM変換で若干のうねりのような違和感が付帯してしまうように感じたAK300・320よりも優秀なようです。ただし、PCM同様、独特のポタアン的なブースト傾向は拭えませんので、聴き方次第ではもうちょっと繊細さが欲しいと思うかもしれません。静音空間で座禅のように精神統一して、演奏の細やかな表現を聴きとる、というよりは、大好きなアルバムをより一層引き立たせる強大なパワー・ドライブ感に身を任せるといった感じです。

同じAndroid系DAPというと、パイオニアXDP-100Rが5万円台なので、i5のライバルとなりそうです。これらは機能的には一見似ていますが、i5が10Vppの高出力でいかなるヘッドホンもパワフルに(若干荒っぽく)駆動するスタイルであれば、パイオニア(と、オンキヨーDP-X1)は出力電圧は低いものの、その分IEMなどを低ノイズで繊細に駆動することに重点を置いています。

価格帯が違いますが、i5をたとえばAK380やPlenue Sなどと比較すると、とくにIEMなどでは、音楽に集中するほど、バックグラウンドノイズの高さが目立ち、よくハイエンド・オーディオで言われているような「黒い背景」が体感出来ないのが唯一の弱点だと思いました。液晶テレビとかのスペックでも(昔、プラズマテレビとの比較とかでも)、「背景の黒さ」が重要視されていますね。

バックグラウンドノイズというのはアンプ回路のゲインに依存する部分が大きいので、IEMでも低ノイズを得るためには、Fiioのようにアンプモジュール化や、アナログ回路の物理ゲイン切り替え、さらには回路の高品質化など、どの手法もコストがかさみます。

この辺が、同じ5万円台でも、Androidタッチパネルに部品コストを割いてしまうのか、オーディオ回路に専念するのか、二者一択で両立が難しい価格帯なのだと思います。たとえば私が未だに愛用しているFiio X5-IIはそこそこ実用的なゲインで、ノイズも低く、IEMからヘッドホンまで幅広く使えますが、操作性はCayin N5と同様に旧世代のボタン+ダイヤル式で最悪です。

おわりに

今の時点で日本での販売価格がどの程度になるのか不明ですが、このUS$500未満という値段でここまで多機能なスペックというのは、信じられないほどコストパフォーマンスが高いです。

よく他社の開発者インタビューなどで、「アンドロイドを搭載するとコストがかかりすぎてしまうから」なんて逃げ腰な言い訳を耳にしますが、中国メーカーの手にかかると、ここまで安く出来るんだということが実証されてしまいました。

もちろん安かろう悪かろうでは話になりませんが、このCayin i5は多少荒削りな部分はあるものの、音質、パワー、操作性という三つのポイントにおいて妥協せず、この価格帯をリードする製品であるべきという指標が感じ取れます。Cayinの目指す「新世代のエントリーモデル」という目的を十分に達成出来ていると思います。ここから更にレファレンス的な特性(例えば低ノイズ化、高品位バランス出力など)を実現するには、今現在の開発・製造コストを踏まえると、やはり10万円超になってしまうのかもしれません。

そんなふうに勝手な憶測をしているわけですが、そこで将来的にCayinが10万円を切るような価格帯で、AK380などをも凌駕するような高性能・高音質・レファレンス級のDAPを堂々デビューしてくれることを密かに望んでいます。Cayin i5における技術力を見る限りでは、十分達成可能だと思います。

なんか、スマホに例えると、これまでiPhoneとGalaxyとXperiaがみつどもえの交戦をしていたところに、中華の格安メーカーが同等スペックのモデルを半額で出してきた、みたいな状況です。コアなファンや信者はそれまでどおりiPhoneなりを買い続けますが、世界市場全体のシェアは、一気に低価格な中華メーカーに傾いてしまう、なんてことがスマホではすでに起こってしまいました。DAPも今後そうなるんでしょうかね。

まあスマホのような生活必需品ではなく、DAPは趣味娯楽の範疇なので、どんなに高くても、自分の好きなブランドを買い続ける人は多いでしょう。

結局は音質が最重要なのですが、たとえばオーディオに縁のない新参メーカーが乱入してきたのであれば、「まだまだサウンドチューニングのノウハウが」、なんて文句を言う人もいるかもしれませんが、Cayinの場合は結構前からヨーロッパを中心に真空管アンプやフルサイズオーディオのメーカーとしてそこそこの地位を得ているので、その辺の実績は、実は相当蓄積していると思います。

つまり、旧モデルのCayin N5は、オーディオメーカーとしてまずオーディオ再生に集中した開発を行った結果、ユーザーインターフェースについては二の次でした。それが今回Cayin i5にて、よりモダンで実用的なアンドロイドタッチスクリーンにまで仕上げて来たわけです。

私自身は現在使っているCowon Plenueに満足なので、今回あえて買い足す気にはなりませんでしたが、低価格のAndorid系DAPを探している人には、かなり魅力的な商品だと思います。もうちょっと予算があれば、Fiio X7の汎用性やアンプ交換ギミックも魅力的ですし、オンキヨー・パイオニア、ソニーなども独自色の強いAndroid DAPを展開しています。また、あえてAndroidにこだわらなければ、AK70なんかも視野に入ってきますね。

もはや、機能面においては10万円超のハイエンドDAPが必要な時代は過ぎ去ったのかもしれません。音質面に関しては、Cayinらしい特徴のあるサウンドチューニングなので、今後市場での評価がどうなるか興味深いです。