2016年7月9日土曜日

ヘッドホンアンプの出力とか、インピーダンスについて(後半)

ヘッドホンアンプのパワーについて、前半からの続きです

前半 → http://sandalaudio.blogspot.com/2016/07/blog-post.html

後半は、最近よく注目されている、ヘッドホンのインピーダンスと、アンプの出力インピーダンスについてちょっと触れてみます。

便利な世の中になりました

よく、どんなにパワフルでも、たかがDAPでは大型ヘッドホンを鳴らしきれないとか、据え置き型ヘッドホンアンプは出力インピーダンスが高いため、BA型IEMと相性が悪い、なんて言われています。

前半で見てきたヘッドホンアンプの電圧・電流出力限界と合わせて、アンプ選びの参考になると幸いです。


アンプの出力インピーダンス

これまで見てきたグラフでは、アンプはボリュームを目一杯に上げてしまうと 、最大電圧の上限(音量の頭打ち)か、電流不足(ヘッドホンのインピーダンスが低すぎる)という二つのリミットがあることがわかりました。

ただし、それだけ見ても、「でも私は、普段ボリュームを目一杯に上げる事なんて無いから、大丈夫だよね」と思う人もいるでしょう。ここで重要になってくるのが、アンプの「出力インピーダンス」ですので、ちょっと見てみます。

よくヘッドホンアンプのスペックなどで、「出力インピーダンス=1Ω」とか書いてありますが、これはどういう意味でしょうか。ちなみにFiio X5-IIの出力インピーダンスはカタログスペックで「0.2Ω」らしいです。どういうことか計算してみます。

一般的に、「アンプの出力インピーダンスは低いほうが良い」と言われています。様々なヘッドホンアンプのスペックを見てみると、低いものでは1Ω以下、高いものでは30Ωとか100Ωなんていうアンプもあります。

インピーダンスと、ボリューム

まず、先ほどと同じテスト信号を再生しますが、今度はDAPのボリュームを最大ではなく、普段リスニングでよく使うくらいのボリュームに合わせた状態で、もう一度出力を測ってみます。

出力インピーダンスというのは、このようなグラフの線の傾き具合だと考えれば良いと思います。X5-IIの場合、グラフ左側で電流の上限にぶつかる(ボリューム110の緑線とか)までは、ほぼ横一直線ですね。

出力インピーダンスが異なるアンプ

出力インピーダンスが「低い」アンプというのは、接続したヘッドホンのインピーダンスがたとえ600Ωでも8Ωでも、ボリュームを合わせた位置で得られるアンプの出力電圧が変わりにくいアンプのことです。極端な話、もし出力インピーダンスが「0Ω」のアンプがあったとしたら、どんなインピーダンスのヘッドホンを接続しても、リスニングで合わせたボリュームで得られる電圧は全く変わらない、ということです。

逆に、出力インピーダンスが「高い」アンプの場合は、ヘッドホンのインピーダンスが低いと、アンプの出力電圧が下がってしまいます。

これは普段我々がリスニング中に使うような音量での測定なので、音割れする上限とかとはまた別の話です。

出力インピーダンスの計算は、たとえば上記のX5-IIのグラフでは、アンプ作成でよく使われる「ON/OFF法」というのを使うと、0.16Ωでした。X5-IIのカタログスペックは0.2Ωということなので、まあまあ近いです。これは非常に低い部類です。

アンプからは16.2Ωに見えるので、ほぼ無視できる出力インピーダンスです

この「出力インピーダンスが0.2Ω」というのはどういう意味かというと、X5-IIのアンプ側からは、「アンプの出力インピーダンス」+「ヘッドホンのインピーダンス」の合計が接続しているように見える、ということです。

つまり100Ωのヘッドホンを接続すると、アンプから見ると100.2Ωのヘッドホン負荷に見えるというわけです。0.2Ωは微々たる差です。

もし仮にX5-IIの出力インピーダンスが100Ωだったとしたら、100Ωのヘッドホンを接続すると100+100=200Ωのように見えます。アンプはパワーの半分をヘッドホンに、残りの半分を内部の100Ωに消費するので、ヘッドホンは思うように電圧が上がりません。

ロングセラーの定番ヘッドホンアンプLehmann Linear

では、他のヘッドホンアンプを見てみます。据え置き型のLehmann Linearは、カタログスペックで出力インピーダンスが「5Ω」と書いてあります。X5-IIの「0.2Ω」よりもかなり大きいですね。まあ大型アンプではよく見る数字です。DAPでも、XDP-100Rの4Ωとか、その辺は結構多いです。

Lehmann Linearアンプは、リスニング音量での特性がX5-IIとかなり違います

実際に測ってみました。Lehmann Linearのボリュームノブを普段リスニングする位置(最大の25%くらい)に下げて、出力電圧をグラフしてみました。Fiio X5-IIのように一定の電圧をキープしておらず、ヘッドホンのインピーダンスが低くなるにつれて、アンプの出力電圧が下がっていきます。

たとえば100Ωヘッドホンを接続したときの電圧は0.42Vpp(0.15Vrms)、50Ωヘッドホンでは0.39Vpp(0.14Vrms)くらいで、ON/OFF法で計算した出力インピーダンスは約6Ωです。カタログスペックは5Ωなので、大雑把な計算としては大体合っています。

肝心なのは、X5-IIと比べると「出力インピーダンスが高い」、つまりヘッドホンのインピーダンスによってアンプの電圧が変わってしまう、ということです。

なぜ出力インピーダンスが高いのか

Lehmannのような高価で優秀なアンプであれば、出力インピーダンスは低いはずだと思うかもしれません。それなのに、なぜ5Ωもの出力インピーダンスがあるのでしょうか。

出力トランジスタの後に、5Ω相当の抵抗が入っています

これは実は、意図的なものです。Lehmann Linearのフタを開けて回路を見てみると、ヘッドホン出力端子前にしっかりと5Ω相当の抵抗が入っています。

理想的なアンプであれば、600Ωでも20Ωでも、どんなインピーダンスのヘッドホンを接続しても、ボリュームを上げた時に得られる電圧は一定であるのが望ましいです。つまり、負荷に左右されないで、一定の電圧を維持できるアンプが「出力インピーダンスが0Ω」のアンプです。

極端な話、もしそのような理想的なアンプがあったとしたら、ヘッドホンのインピーダンスがゼロに近づくにつれ、電圧を一定に維持するために流れる電流は無限大になってしまうため、アンプに要求されるパワーも無限大になってしまいます。

最悪、ヘッドホン端子の接触不良などでショートしてしまったら、無限大の電流が流れてしまいます。

実際は、ヘッドホンケーブルや端子にも若干のインピーダンス(0.5Ωとか)があるので、無限大の電流が流れることはありませんが、それでも1Aとか、トランジスタが壊れるくらいの電流が流れます。

よるある、プラスとマイナスをショートさせてしまって、「パン!」とトランジスタや抵抗が爆発する、もしくはヒューズが飛ぶ、といった事故が起こってしまいます。

瞬時に爆発しないとしても、膨大な電流が流れるとトランジスタはオーバーヒートしますし、バッテリー駆動であれば、すぐ空になってしまいます。事故にならなくとも、これは困りますので、何らかのリミッターが必要です。

また、容量性の歪みというのもあります。あまりにもアンプが瞬時に大電流を流せるようなデザインだと、接続したヘッドホンによっては過敏に反応しすぎて、振動してしまったり、立ち上がりが暴走してしまったりなど、余計に歪んでしまうことがあります。とくに、ヘッドホンメーカーの設計者がそこまでパワフルなアンプでテストしていなかったら、そういう事態も起こりえます。

出力抵抗を入れれば、ヘッドホンが壊れてても、アンプはショートしません

出力抵抗が無いと、最悪アンプや電源の暴走、もしくはコンセントのブレーカーが落ちます

このような色々な要素による歪みや暴走、オーバーヒートなどを防ぐための一番手っ取り早い手法が、Lehmannのようにアンプのトランジスタとヘッドホン端子の間に5Ωとかの出力抵抗を追加しておくことです。いわゆるブレーキです。そうすれば、万が一ヘッドホン端子がショートしても、常に5Ωのヘッドホンが接続されているかのごとく、電流が制限されます。

とくにLehmannのような据え置き型のヘッドホンアンプではよくあるデザインです。理由はいくつかあります:
  • 純粋なトランジスタアンプなので、設計がシンプルで、なにか部品が壊れるまで出力電流が流れてしまう。もし安全のために複雑な保護回路を追加すると、コストも上がるし、音質への悪影響がありそうで嫌われる
  • コンセント電源なので、無尽蔵に(燃え上がるくらいの)電力が発揮できる。電源が強力すぎてアンプが負けてしまう。バッテリーやUSBバスパワーの場合は、そもそも燃える前に電力不足になるので心配は少ない
  • 300Ωとか600Ωなど、高インピーダンスヘッドホンを接続することを想定している。つまり、たとえ5Ωの内部抵抗を入れても、「600+5 = 605Ω」で、ほぼ誤差程度で許される(音質への影響は少ない)
といった感じです。つまり高インピーダンスヘッドホンを高電圧で駆動することを前提としているので、5Ωの内部抵抗は許容範囲だということです。

高インピーダンスのヘッドホンを使う場合は、5Ωの内部抵抗はどうでもよくなる

高インピーダンスのヘッドホンであれば良いですが、例えば16Ωのヘッドホンを接続したら、この5Ωの出力インピーダンスは無視できません。当時の設計者も、Lehmannのような据え置きアンプに16Ωのストリート系ヘッドホンやIEMとかを接続する人がいるなんて想像していなかったでしょう。

最近のアンプ

最近は、16ΩとかのIEMや、低インピーダンスヘッドホンを使うユーザーが高出力アンプを使うケースが増えてきたので、古典的な内部抵抗を搭載するのはあまり好ましくないという風潮になっています。Lehmannの5Ωとかはまあ一般的な許容範囲ですが、古いヘッドホンアンプでは50Ωとか100Ωの抵抗が入っているモデルもあります。

そこで、最近のヘッドホンアンプは、別の手法を取るようになってきました。

一番利口なのは、設計者が頭を使って、電流が一定値を超えないような回路を作る方式です。電流帰還型アンプとか、定電流アンプとか、色々なネーミングで、それぞれ手法が異なりますが、具体的には、回路が流れる電流を検知して、適切に駆動する手法です。

マニアックな独自設計の複雑な回路を組む場合もありますが、最近ではワンチップでこれを実現できる製品が続々発売されています。

メジャーなチップでは、TI社のBUF634、LME49600などのシリーズが、多くのメーカーで採用されています。Fiio X5-IIはBUF634が使われています。

どれもオペアンプが多少大きくなって、回路が複雑になったようなものです。

大人気のBUF634やLME49600チップは、中身は基本的にオペアンプと一緒なのですが、ICチップ内に「定電流回路」「発振防止フィルタ」「過電流センサー」と「オーバーヒートセンサー」といった保護回路が組み込まれており、要するにチップをそのままヘッドホン端子に接続して、可能な限りガンガン駆動させても、壊れそうになったら勝手にリミットされる、という便利なチップです。

BUF634チップのスペックを見ると「最大電流250mA」と書いてあるので、これがそのままFiio X5-IIの電流上限になっているわけです。出力電圧は電源によって決まるので(BUF634チップ自体は最大30Vppくらいまで対応)、つまりポータブルDAPでもコンセント電源アンプでも、幅広い用途で活用できます。

最近は「出力インピーダンス」というフレーズが一人歩きして、ちょっと行き過ぎた感もあり、たとえば一部のヘッドホンマニアは「出力インピーダンスは低いほうが高音質」という脳内論理に踊らされてしまい、DAPメーカーもそれに準じて2Ω→1Ω→0.5Ωと、カタログスペックをどんどん下げていってる状態です。試聴せずにレビューとスペックだけを見てネットショップで買う人が増えてきたので、2Ωより0.5Ωと書いたほうが売れる、というわけです。

出力インピーダンスを下げるのは色々な手法がありますが、重要なのは、アンプの設計者がちゃんと回路の限界を考慮して、最大出力でアンプが壊れないように設計していることです。

真逆の観点から考えてみると、そもそもスタジオモニターヘッドホンが600Ωなどの高インピーダンスなのは、このような問題に影響されないためです。たとえアンプの出力インピーダンスが0.5Ωだろうと10Ωだろうと、600Ωのヘッドホンにとっては、それが600.5Ωか610Ωとして振る舞うかの違いで、それは聴感上の音量差などには影響しません。

ヘッドホンのインピーダンス

アンプの出力インピーダンスが高いと、何が問題なのでしょうか?単純に電圧が下がって、音量が下がるのであれば、ボリュームノブをちょっと上げれば済む話です。しかし、現実はそう簡単ではありません。

アンプの出力特性について簡単に見てきましたが、ヘッドホンのインピーダンスについてはこれまであまり考えませんでした。

ヘッドホンのカタログスペックを見ると、インピーダンスが50Ωとか書いてありますが、実際はそこまで単純では無かったりします。

このカタログスペックに書いてある「インピーダンス」というのは、通常、1kHzの信号を再生して、その時にヘッドホンを流れる電流を測って計算した数字です。

メーカーによって解釈はまちまちなので、例えばベイヤーダイナミックは1kHzではなく500Hzの信号を使って測っていたりします。

理想的には、10Hzでも10,000Hzでも同じインピーダンスであることを期待しているわけですが、実際のヘッドホンのインピーダンスは、再生する周波数によって変わります。雑誌やレビューサイトなどに掲載されているインピーダンスグラフを見ると、結構驚くと思います。

DT880-600はほぼ600Ωをキープしています

一般的に、大型の開放型ヘッドホンはインピーダンスの変動が少ないです。一番良い例はベイヤーダイナミックのDT880-600Ωで、超低音から超高音まで、ほぼ一直線をなぞったように600~700Ωのあいだをキープしています。つまり、どの周波数でも、電圧に対して流れる電流が一定なので、アンプの出力インピーダンスにほとんど依存しません。とりあえず十分な音量が得られるアンプであれば、どのアンプを使っても、周波数特性も保証されるということです。これが業務用ヘッドホンとして人気な理由のひとつです。

HD800は中低域のインピーダンスが盛り上がってます

ゼンハイザーHD800も似たような感じですが、低音になるにつれてカタログスペックの300Ωから徐々に600Ω程度にまで上昇していきます。つまり同じ電圧を与えても、低音はあまり電流を消費しないということです。これを見ると、HD800のスペック300Ωというのは実は「1kHzで測ったインピーダンス」だということがわかります。

平面ドライバはインピーダンスがフラットなものが多いです

Audezeやフォステクスなどの開放型平面駆動ヘッドホンは、インピーダンスがぴったり一直線な製品が多いです。それが、このタイプの魅力のひとつとされています。

T50RPなど平面駆動タイプはインピーダンス変動が少ないのが多いです

たとえ大型ヘッドホンでも、ドライバ口径が小さかったり、密閉型であったり、ハウジングの反響を応用して低音を強調するようなデザインでは、周波数帯ごとのインピーダンスが変化します。アンプが同じ電圧を与えても、電流が流れやすい音域と、流れにくい音域ができてしまうわけです。

インピーダンスの変動が大きくても、周波数特性が悪いとは限りません

逆に、インピーダンスがフラットでも、周波数特性が良いというわけでもないです

ちなみに、このようなインピーダンスのグラフを見る時に注意が必要なのは、このインピーダンスの上下は、音量の上下ではないということです。つまりHD800は高音が300Ωで低音が600Ωだからといって、低音が多く鳴るとか、周波数がフラットじゃないという意味ではないです。

このグラフが意味しているのは、HD800はフラットにチューニングするためにこのようなインピーダンス特性になってしまった、ということなので、理想的なアンプを使っていれば、300Ωだろうが600Ωだろうが、一定の電圧をキープしてくれるため、その状態でフラットに聴こえるようにチューニングされています。

ようするにインピーダンスの山や谷は、道路の山や谷のようなものです。パワフルな自動車であれば、アップダウンが激しい道路を時速100kmをキープして走ることができますが、貧弱なエンジンの車だと、急な坂道で失速したり、下り坂でスピードが出すぎて制御不能になってしまったりします。

ここで、アンプの「出力インピーダンス」が重要になってきます。

先ほど見たように、出力インピーダンスが高いアンプの場合だと、同じボリューム位置でも、300Ωと600Ωでは電圧が変化してしまいます。

HD800のインピーダンスをアンプのグラフに当てはめてみると・・

つまり、たとえばHD800の場合、出力インピーダンスが極端に高いアンプを使うと(グラフの青い線を見ると)、低域(600Ωのほう)は電圧が高く、高域(300Ωのほう)は電圧が低いので、結果的に低音の量感が増してしまいます。

よくある笑い話ですが、ある高級アンプを使ったらHD800の低音がたくさん出るようになった、と自慢していたところ、実際はアンプの出力インピーダンスが高くて、高域が十分に駆動できていないせいだった、なんてことがよくあります。

つまり、理想的ではないアンプで駆動しているわけです。自動車の例も一緒で、エンジンが非力な車のほうが、坂道のアップダウンに影響されまくるので、「余計にスリリングに感じて楽しい」、みたいな感じです。無論、平均時速は維持できていません。つまり周波数がフラットでなくなります。

じゃあアンプの出力インピーダンスはどのくらいであればいいんだ?と悩むわけですが、諸説色々あり、中々明確な答えはありません。10倍(つまり10Ωのヘッドホンには1Ωのアンプ)であれば良い、という人もいれば、100倍は欲しい、という人もいます。

HD800の場合は300~600Ωということで、上記グラフを見ても、X5-II、Lehmannともに、音色の変化は些細な程度です。アンプの出力インピーダンスは10Ω以下であれば聴感上ほぼ大丈夫だと思います(±0.5dB以下の音圧変化なので)。それでも些細な違いに聴き耳を立てるのがオーディオマニアというやつですので、断言はできません。

一部の旧式ヘッドホンアンプでは、出力インピーダンスが100Ω以上、なんてのもあります。たとえばミニコンポやCDプレイヤーのフロントパネルに搭載されているヘッドホン端子は、たとえ50万円の高級機でも、「オペアンプに100Ω抵抗をつけただけ」みたいなのが多いです。

これまでずっと90年代の超高級CDプレイヤーのヘッドホン出力端子を使っていたベテランマニアの人とかは、「最近のヘッドホンアンプはどれも音がおかしい。やっぱり昔のハイエンドCDプレイヤーが最高だ!近頃は日本のモノ作りの精神が失われて・・・」なんて妄想で憤慨していたりします。

昔のCDプレイヤーのヘッドホン出力は120Ωとかが多いです

IEMとか

HD800やDT880などの大型ヘッドホンは、インピーダンスが高めなものが多いです。しかし、最近のコンパクトヘッドホンやIEMイヤホンなどは、ポータブル用途を配慮して、(低電圧でも音量が出せるように)インピーダンスを低く作ってあるものが多いです。

SE215などダイナミック型は、ほぼ一直線が多いです

イヤホンの場合でも、ダイナミック型ドライバをシングルで搭載しているタイプは、価格を問わず、インピーダンスが一直線なものが多いです。ハウジングによる共振などはありますが、インピーダンスへの影響は微々たるものです。

ER4SなどシングルBA型のインピーダンスは大体こんな感じです

BA型の場合、そもそもBAドライバ単体のインピーダンスが一直線ではありません。シングルで搭載しているKlipsh X10やEtymotic ER4S、Shure SE314、Westone W10など、どれを見ても、インピーダンスは20Ωくらいから、高音域にいくに連れて一気に上昇していきます。

複数のドライバを搭載するとややこしくなります

さらに、高・低の2ドライバや、高・中・低と3ドライバになると、各ドライバを同相か逆相で接続するかなどで、それらが交差する「クロスオーバー帯域」で出音が変わってくるため、チューニング具合によってインピーダンスが山になるか谷になるか、複雑になってきます。

UM3Xのようにドライバの数が増えると、インピーダンスも複雑になります

一方SE535の場合はインピーダンスがかなり落ち込みます

Westone UM-3Xでは、低域から中域にかけてはシングルBAドライバと同じように20Ωなのですが、ドライバが交差するクロスオーバー周波数付近では110Ωにまで上昇しています。一方Shure SE535では、同じく低~中域は20Ω程度なのですが、交差するポイントで10Ωにまで落ち込んでいます。つまりWestoneとは真逆ですね。

4BAドライバ搭載のShure SE846

インピーダンスは低く、かなり上下します

さらにSE846では、複数のドライバを並列に搭載しているため、低域のインピーダンスは16Ωになり、クロスオーバー周波数では5Ωにまで落ち込みます。こういった部分がWestoneとShureの音質差に貢献していたりします。どれが正しい設計かという問題ではなく、各メーカーごとの設計理念にもとづいています。

このように、インピーダンスが低く、しかも変動が激しい場合には、二つの問題が発生します

SE846の場合、アンプの出力インピーダンスの差が音色に大きく影響します

まずは、アンプの出力インピーダンスの影響です。先ほど見たように、Lehmann Linearなど「出力インピーダンスが高い」アンプを使うと、SE846の5Ωの音域と16Ωの音域では同じボリューム位置でも結構な電圧差、つまり音量差が発生してしまいます。一方Fiio X5-IIなど「出力インピーダンスが低い」アンプを使えば、5Ω・16Ω関わらず、きっちり同じ電圧で駆動してくれます。つまり聴感上、合わせるアンプによる音色の差が生じやすいということです。

グラフで見てもわかるように、さっきのHD800の300~600Ωといったインピーダンス差よりも、低インピーダンスのイヤホンの5~16Ωといった差のほうが、その影響が大きいです。


最大ボリュームで歪みが発生するポイント

もう一つの問題は、アンプの電流出力の限界です。先ほどのアンプ出力グラフを見ると、16Ωでは十分な電圧が発揮できても、5Ωでは電流不足で歪んでしまう状態に陥りやすいです。そのため「スペックは16Ωと書いてあるから、きっと鳴らしやすいだろう」と信じていると、意外とアンプのパワー不足で音が歪んで荒っぽくなり、悩まされたりします。

肝心なのは、このような歪みや音色の問題が起こるのは、クロスオーバーなど、特定の音域だけであって、サウンド全体が潰れたりするわけではないということです。

つまり、SE846などは、スマホなど非力なアンプでもそこそこ音量が出せるため、十分に駆動出来ているように錯覚するのですが、実は特定の帯域が瞬間的に歪んでいたり、周波数特性がアンプによって狂ってしまうリスクが高いイヤホンです。たとえばヴォーカルなど特定の帯域しか注意して聴いていないようであれば、音楽全体のプレゼンテーションが崩れているのに、意外と気が付かなかったりします。

逆に言えば、SE846のようなマルチBA型IEMは高価でマニアックな商品なので、そもそも適切な良いアンプで鳴らすことを前提として作られた作品だとも言えます。

広報写真でもHD800を使えと暗示しているApogee Groove

最近発売されたヘッドホンアンプでも、IEMで使うことを推奨できないモデルというのは、意外と多いです。たとえばApogee GrooveというUSB DACアンプなんかは、最大出力が14Vpp(4.95Vrms)と、非常に高出力で、HD800や平面駆動ヘッドホン、そして、600Ωのスタジオモニターヘッドホンなどを軽々と駆動することを狙って設計されました。

そもそもApogeeというメーカー自体がスタジオ用レコーディング機器をメインとして扱っているブランドなので、ミキシングデスクなどで使われないIEMなどは考慮していません。私自身も長年Apogee Rosetta 200というDACを自宅で愛用しています。

Apogee Grooveのようなスタジオ系アンプはこういう傾向がが多いです

出力を見てみると、たしかに最大14Vppで、USBバスパワーとしては強力な電圧ゲインを誇っており、これならどのようなヘッドホンでも音量が頭打ちになる心配はありません。電池を搭載していないバスパワーDACでここまでの電圧が出せるのは珍しいです。

一方、ヘッドホンのインピーダンスが低くなるにつれて、その電圧もかなり落ち込むのが見えます。これは最大ボリュームのみでなく、リスニングボリューム(パソコン上で音量を下げた状態)でも、明らかに電圧がフラットではありません。実際に出力インピーダンスを計算すると、30Ωでした。Lehmannの5Ωよりも遥かに高いですね。

これはApogee社が設計をミスったのではなく、これが当たり前の設計だとして開発したというまでです。多くのスタジオ機器メーカーは、先ほどの据え置き型CDプレイヤーの例のように、そもそも高インピーダンスのモニターヘッドフォンを使うことを前提としているので、8-16ΩのIEMなどを使うということは想像していません。

そして、それらをを接続したことで周波数特性が±2dBなど変動したとしても、それは「高インピーダンスのスタジオモニターヘッドフォンを使っていないから、そうなるんだ」という解釈になると思います。意外とこの手のスタジオ用DAC機器のヘッドホンサウンドが好きだという人の中には、Apogeeのように出力インピーダンスが高い事による音色の影響が関わっていたりします。

PHA-3とNW-ZX2

実際のアンプの一例として、大好評のソニーPHA-3を取り上げてみます。アンプ選びについても役に立つ題材だと思いました。

価格、機能、音質のバランスが良い、PHA-3

PHA-3には「HIGH」と「NORMAL」のゲイン切り替えスイッチがついていますので、グラフの赤線はHIGH、青線はNORMALを表しています。

また、普段リスニングで使う音量を想定して、ボリュームノブを50%位置に合わせた状態でのグラフも、HIGH・NORMALともに破線で表示してあります。

比較にウォークマンNW-ZX2

そして、PHA-3との比較対象としては一番興味深いであろう、ソニーNW-ZX2ウォークマンも載せておきました。同じテストファイルを最大ボリュームで再生した状態です。

NW-ZX2とPHA-3ではパワー特性が結構違います

こんな感じのグラフになりました。

見やすいように、縦横軸とも対数(LOG)表示してあります。先ほど紹介したように、アンプの電圧と音量は指数的な関係なので、縦軸を対数にしたほうが、人間の感じる音量の目安に近いですね。(もちろん電圧じゃなくてdBuなどに換算してもいいのですが、余計ややこしくなります)。

このグラフをじっくり見ると、色々なことがわかります。

まず、PHA-3を使うことで、NW-ZX2よりもかなり大きな音量が出せます。これは期待どおりです。

HIGHとNORMALゲインスイッチは、ボリューム50%の破線を見た感じでは、体感できる音量差があります。しかし、最大音量のほうを見ると、そこまで何倍も爆音になるというほどでもありません。

つぎにわかるのは、肝心なことですが、PHA-3はボリューム50%くらいのリスニング音量でも、ヘッドホンのインピーダンスに対する出力電圧の落ち込みが顕著です。これは、先ほど紹介したLehmann Linearアンプのように、「アンプの出力インピーダンスが高い」ということです。

実際にON/OFF法で測ってみると、PHA-3の出力インピーダンスは5Ωくらいあります。

一方、NW-ZX2の方は、低インピーダンスのヘッドホンを接続しても出力があまり落ち込みません。10Ωでもギリギリ定電圧を維持しています。Fiio X5-IIと同じくらい、横一直線ですね。

ちなみに、余談になりますが、NW-ZX2のアンプ回路は一般的なオペアンプなどではなくS-MASTERというPLM式のパルスアンプ(クラスD)なので、出力インピーダンスはあって無いような物、というかS-MASTERアンプ後にパッシブローパスフィルター(LCフィルタ)が入っており、それとヘッドホンやケーブルのインピーダンスの相互効果で、ややこしい計算になります。(つまりどのポイントで出力インピーダンスを計算するか曖昧です)。

ソニーの公式サイトでも、「ヘッドホン出力のLCフィルターに、低歪み・低抵抗化を実現する大型コイル」と書いてあり、これが大事なようです。少なくとも、5Ωとかではなく、1Ωくらいの「非常に低い」としか言いようがありません。

音量も、たしかにPHA-3のほうが高い最大音量を得られますが、一方NW-ZX2も言うほど悪くないということがわかります。体感上はPHA-3の6割程度の音量でしょうか。とくに低インピーダンスヘッドホンにおいては、PHA-3は出力が落ち込むぶんだけ、その差は縮まります。

ソニー XBA-Z5

たとえば、このアンプと同じ頃に発売された、ソニーのBAハイブリッド型IEM「XBA-Z5」というイヤホンがあります。このイヤホンはマルチドライバIEMの例に漏れず、インピーダンスが安定していません。カタログスペックは「32Ω(1kHz)」と書いてありますが、Innerfidelityなどのレビューが測定したグラフを見比べてみると、300Hzくらいから上は、周波数帯によって16~39Ωあたりを激しく上下しています。

XBA-Z5は、PHA-3よりもNW-ZX2のほうが良さそうですね

これを、先ほどのグラフに当てはめてみると、NW-ZX2ではほぼ低電圧をキープしているものの、PHA-3では16Ωと39Ωで大きな電圧(音量)差があります。つまり、どちらのアンプを使うかによって、聴感上では結構差がでることになります。XBA-Z5イヤホンだけではなく、ShureやWestoneなど、多くのマルチBA型IEMなどで同じ問題に直面します。

ソニー MDR-Z7

一方、同時期に発売された大型ヘッドホンのソニーMDR-Z7は、カタログスペック70Ω(1kHz)と書いてありますが、Innerfidelityのグラフを見ると、インピーダンスは73~82Ωくらいで、ほぼ一直線を描いています。

MDR-Z7では、インピーダンス変動はほとんど影響しません

先ほどのグラフに当てはめてみると、PHA-3を使っても、インピーダンスによる電圧(音量)の上下はほとんどありません。

これを見るだけでも、ソニーの想定しているシステム構成がよくわかります。XBA-Z5のようなマルチドライバIEMではインピーダンスの上下が避けられないため、NW-ZX2ウォークマンは、そのようなIEM負荷を完璧に定電圧駆動できることを再優先に考慮して、出力インピーダンスを低くすることに重点を置いています。

一方、MDR-Z7のような大型ヘッドホンは、インピーダンスがそこそこ高く安定しているため、アンプに関しても出力インピーダンスを極端に下げる必要はなく、NW-ZX2ウォークマンよりも高い電圧で、歪んだり頭打ちせず、より高音質が得られるようなアンプ設計が望まれます。

これは、バランス出力でも一緒です。バランスの+と-出力のそれぞれに5Ωの出力インピーダンスがあるので、結果は変わりませんし、そもそもバランス出力のメリットはそこではありません。

ではなぜソニーはPHA-3アンプに5Ωもの出力インピーダンスを持たせているのでしょうか?NW-ZX2と同じくらい低インピーダンスにはできなかったのでしょうか?

その答えは、たぶんソニーが大型ヘッドホン駆動において試作を繰り返した結果、この回路が音質面でベストな選択だったというだけです。

TPA6120

PHA-3は、ヘッドホン出力アンプに、TI社の「TPA6120」というチップを採用しています。このチップは数あるチップアンプの中でも極めて異色なやつです。

たとえばFiio X5-IIに搭載されているアンプチップ「BUF634」なんかは、電流検知と温度検知の二重の保護回路が入っていて、ギリギリまで低インピーダンスで駆動しても安心なことを再優先とした設計です。一方PHA-3に使われているTPA6120は、単純に、強力なトランジスタが精密なパッケージとして組み込まれているだけのシンプルなチップです。つまり、ヘッドホンを駆動するための電流をガンガン出力するだけに特化した男らしいチップなので、「音質再優先のトランジスタです。保護回路とかそういうのは一切無いから、自分で考えてね!」という、アンプ設計者へ丸投げなデザインです。

10Ωから100Ωの出力抵抗を入れろと書いてあります

実際にこのチップのデータシートを見ても、電源や帰還回路など、周辺回路をしっかりと設計しないとチップが不安定になります。また、出力インピーダンスにおいても、「10~100Ωくらいの出力抵抗をつけたほうがいいよ。ちゃんとやらないとアンプが発振したり、暴走するかも。」みたいに書いてあります。チップメーカーの推奨回路図では、ヘッドホンの前に39Ωの抵抗を使っています。

なぜソニーがわざわざこのTPA6120チップを採用しているかというと、このチップは最近のICアンプの中でも、ちゃんと設計さえすれば、非常に高出力で低ノイズ、低歪みで高音質が得られる、音質面ではベストに近い選択だからです。ソニーは初代ポタアンPHA-1の時からこのチップを採用しており、近年の「ソニーらしい」サウンドを形成する重要な役割を担っています。

PHA-3は、Lehmann Linearのように、BA型IEMではなく、そこそこ高いインピーダンスのヘッドホンとかの用途に特化しているだけであって、出力インピーダンスが高いからといって、音が悪いというわけではありません。

このようにNW-ZX2とPHA-3を比べることで、やはりアンプというのは合わせるヘッドホンや用途に応じて選ぶことが重要だということを気付かされます。

AK380とAK AMP

最後にもう一つ、似たような例で、AK380とAK AMPも紹介します。

とても高価なAK380 ポータブルDAP

最近、AK380を試聴した時にまず驚いたのは、アンプの音量(電圧ゲイン)が旧世代のAK240と変わっていないことでした。AK240はあまり高出力とは言えないDAPだったので、AK380はきっとパワーアップを図ると思っていたのですが、あえてむやみにゲインを上げるよりも、これまでどおりのAKらしい高音質アンプ回路を維持することを重視したのでしょう。

しかし、そうは言ったものの、低インピーダンス側の落ち込み具合が他社よりも酷いのは実用上悩みの種です。高インピーダンス側で6.2Vpp程度出せるのに、10Ωを切ったあたりでは、1Vppも出せません。それくらい電流が枯渇しています。

AK380とFiio X5-IIの比較

AK380の出力インピーダンスは0.6Ω程度と非常に低いですし、とりあえずグラフ上の電圧・電流上限の壁に直面しない範囲であれば(リスニング音量が十分に低ければ)どのようなイヤホン・ヘッドホンでも高音質が望めます。

実際ほとんどのイヤホン・ヘッドホンにて、とても素晴らしいサウンドを奏でてくれるAK380ですが、たとえばJH Audioなど、インピーダンスが低いIEMを使うと、クラシック音楽で急に大音量が起こる時などに、一瞬だけ「チリッ!」といった感じのノイズ成分が聴こえます。録音のせいか?イヤホンの故障か?などと調べてみたところ、アンプのせいでした。たとえばAK380のボリュームをさらに大音量にしてみると、チリチリという音割れが悪化します。これはAK240でも全く同じ現象が確認できました。

JH AudioのIEMは、どれもだいたい公称スペックは16Ωであるものの、実際のインピーダンスはアップダウンが激しく、しかも能率も悪いです(UE TripleFi10とかも同様です)。特にインピーダンスは周波数帯ごとに6~30Ωという大きな幅があるので、インピーダンスが落ち込む周波数帯で、AK380が電流不足の音割れが発生します。

クラシックのオーケストラ演奏など、平均音量が小さく、音量の振幅が激しい(ダイナミックレンジが広い)録音の場合、ボリュームノブをポピュラー楽曲を聴く時よりも2割ほど上げている状態なので、音割れしやすいです。

そういった組み合わせが重なって、稀にアタックのピークが潰れてしまい、瞬間的なノイズが発生するわけです。

ドッキング式のAK380 AMP

そこで、最近発売された、AKシリーズ用のアンプ「AK380 AMP」を接続してみました。アンプというからには、さぞかし大音量なのだろうと思って、ベイヤーダイナミックT1 2nd Genなどを使ってみたところ、想像していたほど爆音にはならず、同じボリューム位置ではアンプ無しのAK380より2割増しくらいしか音量は増えていません。

もちろん、HD800やT1など、いわゆる「鳴らしにくい」大型ヘッドホンでも十分に満足な音量が発揮できますので、アンプとしての役割は果たしています。サウンドに関しても、アンプを使うことで音が悪くなったらどうしようと懸念していたのですが、AK380特有の音色を崩さずに、より落ち着いた、どっしりと安定した感じになって、悪くないです。

アンプを接続した状態だと、ゲイン設定をハイとローに切り替えることができます。ローゲインモードすると、音量はアンプ無しのAK380とほとんど同じになりました。

ハイゲインモードでも、あまり目立つほどの音量アップが感じられなかったため、「これってアンプの意味あるの?」と疑問に思いました。

ここで先程のJHなどのIEMを使ってみたところ、素のAK380で発生していた音割れ感が、アンプを通すと一切起こりません。同じ音量でも、ギスギスせず、伸び伸びとした余裕を持っています。つまりアンプ無しと比べて、よりリラックスしたサウンドになるので、一部の人は、これはマイルドだと感じるかもしれません。

AK380 AMPを接続すると、こんな感じになります

AK380 AMPの出力をグラフ化してみると、このような感じになりました。ソニーPHA-3のグラフと同様に、縦横軸を対数(LOG)表示にしてみると、わかりやすいです。

たしかに、ハイゲインモードでの最大音量は、素のAK380よりもちょっと大きくなったくらいで、これは聴いた時の体感と合っています。

ちなみに最大ボリューム(150)だと歪みが発生するので、歪まないボリューム(147)まで下げる必要がありました。カタログスペックでは4.1Vrmsと書いてありますが、実測値では、歪んだ状態では4.08Vrmsで、ほぼスペックどおりで、歪まないところまでボリュームを下げると3.6Vrmsでした。

ローゲインモードでは、最大音量は素のAK380とぴったり一致するように設計されています。しかし、50Ω以下のインピーダンスでは、アンプを使っているほうが、明らかに低いインピーダンスまで定電圧をキープできています。つまり、先ほどのJH Audio IEMのインピーダンスを照らしあわせてみると、アンプを使ったほうが、音割れが発生するまでの音量マージンが格段に向上していることがわかります。

アンプの出力インピーダンスも、0.5Ω程度をキープしており、IEMでも問題なく使えます。これはPHA-3とは方向性が異るポイントです。

ポータブルでの高音質に特化したAKと、家庭用ヘッドホンを据え置きアンプのような高音質で駆動することを目指したソニー、といったメーカーごとのポリシーが垣間見えるようでした。

おわりに

今回は、ヘッドホンアンプの出力について、基本的なところだけをまとめてみました。

実際のところ、音質に貢献する要素はパワーだけではありません。たとえば今回はほとんど1kHzのテスト信号を使いましたが、では100Hzでは?10kHzでは?など考えると止まりませんし、ハイレゾで話題になっている高周波特性や、スルーレート、高調波歪みの成分、さらには低域の位相ズレなど、アンプ設計者は色々な特性を吟味して、最終的に満足行く仕上がりを追求する必要があります。そのためには、あえてわざとパワーが犠牲になることさえあります。

ヘッドホンマニアが心に留めて置くポイントがいくつかあります
  • 最近のヘッドホンはインピーダンスにかかわらず駆動が困難なモデルが多いです(特に高音質なハイエンドIEMなど)。「高インピーダンスヘッドホンは鳴らしにくい」、というのは、スマホのように電圧ゲインが低いプレイヤーに限った話なので、ハイエンドDAPなどを使う場合は、もっと深い解釈が必要となります。
  • アンプの出力インピーダンスは低いほうが良いことは確かですが、それだけでアンプの優劣を決めるのは勿体無いです。ただし、あまり出力インピーダンスが高過ぎると、マルチBA型IEMなどでは周波数特性が乱れる原因になります。
  • アンプ設計者は極めて低い歪み率を目指して努力しているのですが、我々リスナーは、意外と酷く歪んだサウンドでも気付かず、好印象な特徴として捉えてしまうこともあります。特に良質なアンプ聴き比べの経験が少ない人は、歪みが多い、味付けが濃いアンプを好んでしまいがちです。
  • アンプの性能が高くなり、高出力、低歪みになるにつれて、アンプそのものの音色やクセが無くなり、無個性になります。つまり究極は、どのメーカーのアンプもほぼ同じ音に聴こえます。アンプに「なにか特別なもの」を求めている人にとっては、その味付けの無さが逆に退屈に感じられます。
とくにヘッドホンアンプは、ポータブルオーディオブームのおかげで、ここ数年で急激に進化したジャンルでもあります。しかしイヤホンなどと違ってなかなかフィーリング的な評価が難しいため(結局アンプなんかよりもイヤホン・ヘッドホンの音質差が一番目立つので)、意外とアンプに関する変な神話的定説が未だにはびこっているようです。

数年前までは、Lehmannなど据え置きアンプで600Ωのスタジオモニターヘッドホンを「鳴らしきる」のが至高であって、ポータブルなんていうと、9V乾電池の小型アンプでオペアンプの差し替えとかで味付けの違いを楽しんでワイワイ騒いでいた時代でした。

ポタアンのオペアンプ差し替えとかが流行りました

FIIOやAK、OppoやiFiなど、「高音質DAP」や「高性能ポータブルDACアンプ」が台頭してきてからは、もうオペアンプの音質聴き比べとかは下火になりましたね。結局どんなプレミアな部品を搭載していようと、音質はトータルバランスに依存しますし、製品の種類も増えてきて、わざわざ小さなことで試行錯誤するよりも、気に入ったサウンドの商品が見つけやすいです。

それと、IEMというジャンルでさえも、たとえスマホで十分な音量が出せたとしても、出力インピーダンスや電流上限の観点から、より高品質な高出力アンプを使うことの「音質メリット」が認識されてきているようです。これが本当の意味での「鳴らしきる」ということだと思います。「スマホで十分なボリュームが出せるから、アンプは不必要」、というのは短絡的です。

ヘッドホンアンプの設計には、色々な解釈があります。価格にかかわらず、独自理論を持ちだしてユニークなヘンテコアンプ回路を主張するメーカーは多いですが、ここで冷静になって考えるべきは、「じゃあ一流ヘッドホンメーカーの開発者たちは、一体どんなアンプを使って製品のサウンドチューニングしているのだろう」という疑問です。

開発ラボの映像とかを見ると、どんなアンプ使ってるとか興味がわいてきます

私自身は、メーカーの開発写真や、オーディオフェアなどの試聴ブースで、どのようなアンプと組み合わせているのか、それが結構気になっています(もちろん代理店タイアップで、不本意なアンプを使っていることもありますが・・)。上の写真のUltrasoneの開発ラボではSPL PhonitorとViolectric V100/200が見えますね。ソースはCDプレイヤーなのも渋いです。メーカーが意図したサウンドをまず味わうには、メーカーがチューニング用に使ったアンプがまず基準点となるべきで、あとは自分の好みに合わせた味付けのようなものです。

逆に言うと、まともなアンプを使わずに設計されたヘッドホンでは、高性能なアンプを使ったら逆に音が悪くなる、なんてこともありうるということです。

ヘッドホンアンプに関しては、ヘッドホン本体と同じくらい楽しい世界がありますが、この事実が認識され始めたのも比較的最近の話なので、いまだに新製品が出るたびに、目覚ましい進歩が感じられます。

当たり前のことですが、こういう無駄に長いユーザーレビューなどを読み漁るのも楽しいかもしれませんが、実際にショップなどにいって色々と試聴してみることが一番大事です。

しかし試聴するほど、衝動買いしてしまうリスクも増加するのが怖いです。