2016年7月9日土曜日

ヘッドホンアンプの出力とか、インピーダンスについて(前半)

ヘッドホンのインピーダンスが高いと鳴らしにくいとか、アンプの出力インピーダンスは低いほうが良いとか、色々言われていますが、実際のところどんなものなのか、簡単なポイントをちょっとまとめてみました。

ヘッドホンアンプといっても大小様々なタイプがあります

アンプの「音質」というのは、パワーの一言だけで決まるほど単純明快なものではないですが、それでもパワーは重要な要素のひとつです。とくにカタログスペックを見ただけでは案外わかりにくいものですし、誤解されがちです。

メーカー側も、あまり自慢できない部分はカタログスペックから巧妙に隠していたりしますし、逆に、リスナーが一辺倒な偏見を持っていては、メーカーが言わんとしているコンセプトが伝わらなかったりします。そのへんをちゃんと深読みできるようになれば、メーカーごとのポリシーや技術レベルなど、意外な側面が見えてきたりします。


世の中のヘッドホンアンプ

そもそもアンプの役割とは、電圧と電流を増幅することです。よく「◯◯ワット」とか書いてある電力(パワー)は「電圧×電流」なので、理想的なハイパワーアンプは、高い電圧と高い電流を両立しています。

世の中のヘッドホンアンプのほとんどは、電圧増幅型アンプというやつです。(例外はありますが、特殊なのは、STAXとかみたいに特定のヘッドホン専用のセットとして売っています)。

つまりヘッドホンアンプのボリュームノブを上げると、音楽信号の電圧が上がります。無音状態の0Vから、イヤホンではせいぜい1Vrmsくらい、大型ヘッドホンでは5Vrmsくらいまでの電圧が出せれば十分な音量が得られます。

ボリュームを上げるのは、音楽信号の電圧を上げるということです

このようなアンプは、よく「定電圧アンプ」とも呼ばれています。「アンプのボリュームを回すと電圧が変わってしまうのに、定電圧とはどういうことだ?」と疑問に思うかもしれませんが、これは言葉のからくりです。「定電圧」の意味は、ユーザーが合わせたボリューム位置で出力される電圧を一定にキープする、つまり、どのようなヘッドホンを接続しても、アンプはそれらに影響されず、出力される電圧がブレない、ということです。ヘッドホンを接続すると電流が流れるので、アンプが十分な電流を流せないと、電圧が落ちてしまいます。

つまり定電圧アンプとは、ヘッドホンを接続しても定電圧をキープするために十分な電流が流せる性能を持っているアンプのことを指します。

リスニング電圧で、アンプからヘッドホンにどれくらいの電流が流れるかというと、ヘッドホンのインピーダンスによって決まります。「電圧÷インピーダンス=電流」です。つまり、インピーダンスが低いヘッドホンほど、同じ電圧でも流れる電流が増えます。16Ωと32Ωのヘッドホンでは、流れる電流は16Ωのほうが二倍多くなります。

パワー(電力)は電圧×電流なので、同じ電圧では、32Ωよりも16Ωのヘッドホンのほうが二倍大きなパワーを消費します。

ヘッドホンの音の大きさ(音圧)は、電圧ではなくパワーに比例するので、(電気エネルギーが音の振動エネルギーに変わるわけですから)、32Ωと16Ωのヘッドホンを同じボリュームノブ位置(同じ電圧)で鳴らすと、16Ωの方が倍の電流、倍のパワーを消費するため、音も大きくなります。

低インピーダンスなのに鳴らしにくい代名詞AKG K701

低インピーダンスのヘッドホンのほうが「鳴らしやすい」というのは、そういうことです。でも同じ音量で実際に消費しているパワーは変わらないということがわかります。

同じようにパワーを消費しても、
  • 高インピーダンスヘッドホンは、電圧が高いけど、電流はあまり流れない
  • 低インピーダンスヘッドホンは、電圧が低いけど、電流は多く流れる
というふうに、求められているアンプの性能が異なるというわけです。

これは一般論なので、実際はヘッドホンごとに「能率」や「感度」の違いもあるので(よく102dB/mWとか書いてあるやつです)、同じパワーを消費しても、各ヘッドホンごとに音量が異なります。

アンプのボリュームをグイグイ上げていくと、無限に音量が上がっていくわけではなく、いつか壁にぶつかります。アンプの性能限界で、電圧がそれ以上もう上がらなくなるか、電流がそれ以上多く流せないかのどちらかです。そうなった時には、音量が頭打ちになるか、もしくは酷い音割れや歪みで音質が劣化します。

ハイパワーなアンプであれば、そのような限界の壁に達する前に、ひとまず十分なリスニング音量が得られるので、アンプの限界を気にしなくても大丈夫になります。

アンプの限界性能を調べてみる

USB DACやDAPの場合、まずテスト用に「最大音量(0dB Full Scale)の1kHzサイン波」をFLACファイルとかで事前に作っておいて、それを再生しながらボリュームを最大まで上げて、ヘッドホン端子から出力される電圧を測ります。

0dBフルスケールとは、デジタルデータで記録できる最大音量です

実際の音楽は、最大音量まで使われていることは稀です

今回は、とりあえず典型的なポータブルDAPの一例として、Fiio X5-IIの出力を見てみます。

Fiio X5-II

X5-IIを選んだ理由は、「このDAPが理想的で完璧なアンプだから」、というわけではなく、ポータブルヘッドホンアンプとしてよくありがちな特性や問題点をわかりやすく表していて、「典型的」なアンプの例題として最適だからです。(単純に、手元にあったから、ということもありますが)。

最大ボリューム

X5-IIのボリュームを、最大の「120」まで上げて、テスト信号を再生しながらヘッドホン端子から電圧を測ってみます。

無負荷のX5-IIは2.87Vrms = 8Vppでした

ヘッドホン端子にヘッドホンを接続していない状態では、電流はどこにも流れるところが無いので、いわゆる「負荷が無い」状態です。この状態で測った電圧が、アンプが発揮できる最大出力電圧になります。X5-IIの場合は約2.87Vrms (8Vpp)が得られました。

最大電圧が高いアンプは、よく「電圧ゲインが高い」アンプ、なんて呼ばれます。

アンプが発揮できる最大電圧というのは、そのアンプの電源とか回路によって設計者が色々と考えた上で決めています。限られたコストとサイズの中で「高電圧」と「高音質」を両立するのは難しいです。

とくにバッテリー駆動の場合は、駆動時間との兼ね合いもあるので、あまり高電圧・高出力にするのも許されません。

たとえばiPhone 6の内蔵電池はDC 3.8Vで1800mAhなのですが、低能率ヘッドホンを使おうとしてバッテリーがすぐに空になってしまうようでは困るので、電池が長時間持つように最大1Vrms・50mWまでしか出せないように意図的に設計されています。

また、USBバスパワー駆動のヘッドホンアンプであればDC 5V・500mAがパソコンから供給されるので、どれだけ頑張っても2.5W(2500mW)が限界ということになります。

電源以外でも、アンプの回路に使われているトランジスタやオペアンプなんかも、それぞれ許容できる最大電圧や電流が決まっているため、たとえ100Vのコンセント電源を使うアンプであっても、搭載しているオペアンプのスペックが3V・200mAで頭打ち、なんてこともあります。

もちろんコンセント電源と強力な回路部品を使えば、ヘッドホン端子から100V出せるアンプなんかも作れますが、それでは接続したヘッドホンは爆音になるか壊れてしまうので、メーカーごとに常識的なリミットを決めて設計しています。

Peak to Peak電圧とRMS電圧

ちょっと話がそれますが、「Peak to Peak電圧」とか「Vpp」とか書かれているのは、波形の上下幅の事です。無音状態は0Vなので、-3Vと+3Vのあいだを振れている音楽信号だったら、6Vppです。「ピーク電圧」とだけ書かれていると、-3Vから+3Vで6Vppのことなのか、0Vから+3Vで「ピーク値=3V」の意味なのかイマイチわからないので、たまに混乱することがあります。

Peak to Peak値(Vpp)は実際の音楽波形ではあまり明確ではありません

Peak to Peak電圧は、「アンプが何ワット出力しているか」というパワーを計算をする場合には、あまり役に立ちません。なぜなら、同じ6Vppでも、サイン波や、四角い矩形波、もしくは瞬間的な破裂音とか、それぞれ消費するパワーは異なります。

RMS電圧

そのため、パワー計算のためには、RMS電圧(Vrms)をまず計算します(「実効値」とも呼ばれます)。

Vrmsの計算式は波形によって変わるので複雑ですから、通常はコンピュータとかテスターにまかせて自動計算するのですが、今回のようなサイン波の場合に限って言えば、0.3536 × Vpp = Vrmsになります。つまり10Vppのサイン波は、3.536Vrmsです。

RMS電圧は、パワー計算の際に使います

VppではなくVrmsをなぜ使うかというと、パワー計算式にVrmsを使うことで、ほぼ実際に消費されるパワーが計算できるからです。別の言い方をすれば、10Vppのサイン波は3.536Vrmsなので、それを再生しているときは、DC 3.536Vをずっと流しているのと同じくらいのパワーを消費している、という事です。

家庭のコンセントは100Vrmsですね

通常、テスト信号のサイン波とかみたいに、同じ波形が延々と繰り返される場合はVrmsを使います。一番身近な例として、家庭の100Vコンセントは100Vrmsのサイン波なので、Vpp値は「282.8Vpp」なのですが、我々は100Vと言います。

一方、音楽信号みたいに瞬間的な山や谷が多い、予測がつかない波形とか、アンプの電圧上限で音が潰れるポイントを調べたい、なんて考える時はVppを使ったほうがわかりやすいです。

歪み率

もう一つ、余談になりますが、よくアンプのスペックなどで、出力について「歪み率 THD 1% 1kHz」なんて書いてあります。(というか書いてない場合も多いので、ちゃんと書いてあるメーカーは真面目で感心します)。THDというのは「全高調波歪」の略ですが、歪みを%で表現する方法で、世間で一番定着しているやつです。

X5-IIを最大ボリュームにすると、歪み率が1%を超えてしまう

Fiio X5-IIで1kHzテスト信号を再生して、何もヘッドホンを接続していない状態でボリュームを最大の「120」にすると、ギリギリ1kHzサイン波の下側が微妙に丸く潰れているように見えます(見えますか?)。この状態でパソコンのソフトを使って歪み率(THD)を測ってみると、THD = 1.2%でした。

ボリュームを1目盛り下げたら、歪み率は0.26%で綺麗な波形になりました

ボリュームを120から119に下げたら、この潰れは解消されて、見た目も理想的なサイン波になって、歪み率も0.26%になりました。

つまり、X5-IIのアンプ設計は、カタログスペックに書いてある「歪み率 = 1%」がギリギリ破綻してしまう限界ポイント(それ以上ボリュームを上げると波形が酷く潰れてしまう)を、最大ボリュームの「120」になるように(つまりそれ以上は上がらないように)仕上げています。

これはFiioの考え方であって、他社のDAPでは、0.1%以上歪まないようにボリュームを制限しているメーカーもありますし、一方でボリュームを半分上げたくらいからサイン波が潰れはじめて、最大ボリュームでは歪み率50%、なんて作り方のアンプもあります。

「音楽が潰れて歪むなんて、けしからん!」、なんて思うかもしれませんが、現実的には最大ボリュームまで上げて聴くことは稀でしょうし、また実際に聴く音楽データは、テスト信号よりも音量が低いため(というか、テストデータより大きい音量になることはありえないため)、そういう事を踏まえた上で各社が自由に判断しています。

X5-IIの設計は模範的ですが、一方で、ボリュームノブをちょっと上げただけで爆音になるようなハッタリアンプのほうが一見「パワフル」に感じるので、店頭で好評を得ることも事実です。

メーカー側としては、「どんなヘッドホンを接続しても絶対歪み率0.1%以下に収まるように」、と思って保守的に設計したつもりが、ユーザー側から「ボリュームが低すぎるダメアンプだ」なんて文句を言われてしまうのが悩みの種です。

ヘッドホンを接続したときの最大電圧

無負荷時では高い電圧が得られても、いざヘッドホンを接続したら、負荷に耐え切れなくて歪んでしまうようなアンプではダメです。

それをチェックするため、さきほどのテスト信号を再生しながら、X5-IIのヘッドホン出力端子に10Ωとか100Ωとかの擬似的なヘッドホン(インピーダンス)を接続してみて、それによって電圧がどれくらい変わるのかを記録してみました。

ヘッドホンのインピーダンスに対する、Fiio X5-IIの最大出力電圧

横軸を対数(LOG)表示にすると、低インピーダンス側が見やすくなります

もちろん本物のヘッドホンを接続しながら計測しても良いのですが、ハイパワーなアンプだと最大ボリュームではヘッドホンを破壊してしまうほどの爆音が出るものもあるので、用心のためにダミーの抵抗で代用します。

X5-IIのグラフを見ると、ボリュームを最大にした状態で、約8Vpp以上には絶対上がらないということがわかります。これがX5-IIの電圧上限です。そして、ヘッドホンのインピーダンスが下がるにつれて、あるポイント(20Ωくらい)から最大電圧が急に落ち込みはじめます。

ヘッドホンのインピーダンスと、アンプの歪み率

X5-IIの場合、ヘッドホンを接続していない状態では、最大ボリュームで歪み率が1.2%になりました。しかし、接続したヘッドホンのインピーダンスが低くなるにつれて(負荷が増えるにつれて)、アンプは歪みやすくなります。

25Ωのヘッドホンを接続すると、最大音量では波形の下側が結構潰れています

ご覧のように、インピーダンスが25Ωのヘッドホンを接続すると、ボリューム120ではサイン波の下の部分が完全につぶれてしまいます。つまり負荷が大きすぎてアンプが思うように電圧をキープできない状態です。

ヘッドホンのインピーダンスが下がると、潰れ具合が悪化します

さらにヘッドホンのインピーダンスが低くなるにつれ、今度は上も潰れて、最終的には10Ωくらいで四角形の矩形波みたいになってしまいました。

この状態では、歪み率が20%とか、とんでもない数字になるので(もはやサイン波には見えないほどにまで歪んでるので)、それでは困るため、歪み率が1%になるまでボリュームを落としてみます。

綺麗な波形のはずが、上下が切り落とされてしまいました

4Ωヘッドホンでは、ボリュームを89まで落としてようやく歪みが無くなります

たとえば、4Ωのヘッドホンを接続した際、ボリューム120では歪み率は37%で、明らかに潰れています。ボリュームを89に落とすことで、ようやくサイン波っぽくなり、歪み率も0.3%になりました。

歪み

ところで、カタログスペックなどでは「THD 1%」の歪み率を基準に使うことが多いですが、グラフのサイン波を見ても分かる通り、1%というのは結構目に見えて歪んでいます。

実際、高性能なアンプでは、「0.001%」とかの歪み率を目指してたりします。とは言ったものの、どんな高価なヘッドホンやスピーカーでも、アンプの0.001%の歪みを聴き分けるほど高性能ではないので(ヘッドホンのドライバ自体が0.1%くらい歪んでいるので)、それ以上を追求したところで、音質にどれくらい貢献するのかは不明です。逆に、歪み率が0.1%でも良い音だと感じるアンプもある、という意味でもあるので、あまりスペックばかり比較するのも困りものです。

一曲通して聴いても、音割れするポイントは数回だったりします

ポピュラー曲はダイナミックレンジが狭いので、音割れしなかったり

また、我々は常にフルスケールの1kHzサイン波テスト信号を聴いているわけでないので、たとえば静かな音量で音楽を聴くような人では、測定テストで見られるような音割れや頭打ちは起こらないかもしれません(人それぞれ、リスニング音量は違います)。

あるとしたら、シンバルとかの瞬間的な大音量だったりするので、耳が良い人でないと案外気が付かなかったりします。

上記の音圧グラフを見ると、たとえばクラシックのオーケストラ曲だと、ダイナミックレンジが広いため、静かなパッセージを聴きとるためにボリュームを上げていると、いきなりの爆音で音割れが発生するゾーンに突入してしまうかもしれません。

一方で、その下のグラフのように一般的なポピュラー音源はダイナミックレンジが狭いため、同じリスニング音量でも音割れが発生しないことがわかります。逆に言うと、もし音割れが発生するほどボリュームを上げていたら、一曲を通しての平均音圧がうるさすぎて聴くに耐えられません。

もう一つ、重要なポイントは、いざ音割れした場合でも、X5-IIみたいに波形の上下が切り取られてエッジ感が生じるのか、それとも角が立たず、丸く収めてくれるのか、アンプによって潰れ方の違いもあるので、その辺も上手なアンプ設計者はちゃんと考えていたりします。たとえば真空管アンプは、歪み率は高くても、「歪みかたが良い」から音が良いなんて言われているのも、そういった理由だったりします。そうなると、音楽を聴いているというより、歪みの味付けを聴いているみたいですので、基本的に音楽を歪ませないことが大前提です。

歪み率1%までボリュームを下げると、青線のようになります

ともかく、X5-IIを、歪み率1%未満に収まるまでボリュームを下げた場合は、グラフの青線のようにになります。あまり気にするほどの差でも無いですね。ようするに最大ボリュームに近づくと、歪み率はどんどん悪くなる一方で音量は頭打ちになってしまうということです。

電流の限界

実際どの電圧でどれくらいの電流が流れるのかは、ヘッドホンのインピーダンスによって決まります。いわゆる中学生のオームの法則です。

X5-IIの例だと、たとえば600Ωのヘッドホンであれば、ボリューム最大で8Vpp (2.8Vrms) の状態では、電流は4.7mA程度流れるので、消費するパワーは12mWになります。

300Ωのヘッドホンを接続すると、同じ8Vppでも電流は二倍の9.4mAも流れてしまうので、パワーも24mW、つまりインピーダンスが半分になると、流れる電流も消費するパワーも倍になります。

ヘッドホンのインピーダンスが低いほど、アンプは多くの電流を流します

X5-IIの最大電圧は、アンプの設計上8Vp-p(2.8Vrms)で頭打ちなのですが、ヘッドホンのインピーダンスが低いほど、その状態で流れる電流が増えてしまいます。

最大ボリュームで流れる電流

さっきの電圧グラフを元に、どれくらい電流が流れているか計算してみると、こんなグラフになります。ご覧のとおり、200mAくらいが上限で、もうそれ以上電流が上がらなくなってしまいます。これがこのアンプの電流限界です。

ちなみに、X5-IIのカタログスペックでも、「Maximum current = 250mA」と書いてあります。大まかな計算としては大体合ってますね。

つまり、最初の電圧グラフで、ヘッドホンがあるインピーダンス以下になると急に最大電圧が落ち込んでしまうことの原因は、X5-IIのアンプが250mA以上の電流を流せないため、8Vppの電圧が維持できなくなってしまうからです。

雑ですが、だいたいこんな感じです

大抵どのアンプのグラフを見ても、このように「電圧の上限による天井」と、「電流の上限による斜面」があります。それがこのX5-IIのように明確に分かれているか、徐々にカーブするかは、アンプの回路設計次第です。

パワー

ちなみにパワー(電力)ですが、これは単純に電圧×電流なので、先ほどのグラフを元に、パワーのグラフも作れます(あまり正確ではないですが)。俗に言うRMSパワーというやつです。

X5-IIのアンプが発揮できる最大パワー

これを見ると、X5-IIが一番パワーを発揮(消費)しているのは、16Ωのヘッドホンを接続したくらいで、大体400mWくらい出ています。16Ωよりヘッドホンのインピーダンスが高いと、「電圧の限界」にぶつかり、インピーダンスが低いと「電流の限界」なので、それぞれパワーが上がらないというわけです。

X5-IIのカタログスペックでも、16Ω = 436mW、 32Ω = 245mW、 300Ω=27mWと書いてありますので、まあ誤差はあるものの、そこそこ合ってます。

カタログスペックにはさらに、「対応ヘッドホン = 16~150Ω」と書いてあります。よくヤフー知恵袋とかで「アンプに推奨50Ωと書いてありますが、16Ωのヘッドホンを使って大丈夫でしょうか?」なんて質問がありますが、これはべつに、50Ω以外のヘッドホンを使うと壊れる、というわけではなく、さっきのグラフでも見たとおり、「16Ω以下のヘッドホンでは、ボリュームを上げても電流が足りなくなって歪んで音割れする可能性もありますから、保証しませんよ」という意味で、設計者の意図としては納得できます。

「電流が足りない」というのは、アンプがフル稼働で頑張っている過負荷な状態、つまり自動車に例えると、アクセルをベタ踏みで坂を上がっているような状態なので、そんな使い方を続けたら、そのうち壊れるかもしれないよ、という意味もあります。

高速道路でのスピード(つまり高インピーダンスヘッドホンでの電圧)がどんなに速い自動車でも、斜面(低インピーダンスヘッドホン)になった途端にパワー不足で坂を登り切れないようでは困ります。理想的には、どんな斜面でもグイグイと速度をキープしてくれるような強力なパワーが欲しいですね。

家庭用スピーカーの場合

Fiio X5-IIの最大出力は、16Ωで436mW(0.436W)ということですが、家庭用スピーカーのアンプとかで、「定格100W」とか書いてあるのをよく見ます。スピーカーのインピーダンスは通常「8Ω」が一般的なので、あれは「このアンプは8Ωのスピーカーを接続した場合は100Wまで発揮できます」という意味です。ヘッドホンアンプとはケタ違いですね。そもそもX5-IIで大型スピーカーを鳴らそうなんて無謀なことはしません。

8Ωで100W出せるアンプなら、4Ωのスピーカーでは200W出せれば理想的なのですが、実際それができるアンプは稀です。

8Ωで150Wのアンプでも、4Ωで300W出せるものは大抵巨大です

同じ8Ωで100Wを出せるアンプでも、4Ωスピーカーを接続したら電流不足で20Wになってしまうものもあれば、十分な電流が流せて定電圧をキープして200Wをちゃんと出せるものもあります。

超ハイエンドな巨大パワーアンプとかでは、さらにそこから2Ωで400W、1Ωで800W、なんてものすごい電流をキープできるやつもあります。(家庭のコンセントは1000Wくらいでブレーカーが落ちますけど・・)。

スピーカーの場合、どのメーカーを買っても、大抵インピーダンスは4~16Ωくらいの範疇に収まっているので、アンプの設計も考えやすいのですが、ヘッドホンの場合はメーカーによって3~600Ωとかのバラつきがあるので、アンプ設計者側としても悩ましいです。

色々なヘッドホンアンプ

ちょっと一息つくためにも、X5-II以外のDAPやアンプなども比較のために見てみます。

ヘッドホンアンプの出力特性は様々です

Chord Mojoは、さすがに高出力が人気なだけあって、最大電圧は申し分無いですね。全体的にグラフが右肩上がりになっているのもユニークです。

Mojoはコンパクトなくせに、すごい駆動力です

コンセント電源で高出力なGrace Design m903

私が長年愛用してきたGrace Design m903というヘッドホンアンプも、Mojoとほぼ同じ16Vpp程度の最大電圧ですが、その電圧をMojoよりも低いインピーダンス(13Ωとか)まできっちりキープしてくれています。m903はコンセント電源ですから、Mojoはバッテリー駆動なのによく健闘していると思います。

V281などは、リミットを設定しないと凄い高出力が出てしまいます

実際はこれぐらいにゲインを調整して使用します

私が現在使っているViolectric V281は、本当に最大ゲインまで上げると100Vppとか非常識なほど高電圧が得られるので、爆音でヘッドホンを壊さないためにも、実際はリアパネルにあるゲイン調整スイッチでリミットをかけて使っています。こうしないと、ボリュームノブをちょっと上げただけで爆音になってしまいます。リミットをかけた状態では、グラフの赤線のように、m903とほぼ同じカーブになりました。

現在愛用中のV281

リアパネルにゲイン調整用スイッチがあります

これらの電圧グラフを見てよくわかるのは、アンプごとに低インピーダンス側で定電圧が破綻しはじめるポイント(傾斜がはじまるポイント)に大きな差があるため、アンプによっては「低インピーダンスヘッドホンは鳴らしやすい」、という通説は必ずしも正しくない、ということです。

話はそれますが、極めて特殊な例として、ヘッドホンを接続せずに電源を入れると壊れてしまうようなヘッドホンアンプもあります。特に、自作やビンテージの真空管アンプなどでたまに見かけます。

意外と、過去の回路を意味もわからず模造コピーした不安定アンプも多いです

昔の真空管アンプの多くは、8Ωなどのスピーカーに常時接続しておくことが前提になっている設計のものが多く、無負荷状態だと電圧が無制限にグイグイ上昇して歯止めが効かなくなってしまうのもあります。

とりあえずヘッドホンを接続していれば最大電圧は10Vくらいに収まるのに、ヘッドホンを外したまま通電して放置しておくと、400Vにもなってしまうなんてアンプもあります。しかも、この状態でいきなりヘッドホンを接続したら、瞬間的に400Vがヘッドホンにあたって故障してしまうなんてこともありました。

最近のアンプメーカーはそういった危険な商品は作らないので安心ですが、意外と自作マニアが1950年代の銘器を復刻したとかいうアンプを使ってみたら、本人が使う場合には大丈夫なのに、別のシナリオでは非常に不安定で危険だった、なんていう経験を何度もしています。(一度それでDT880を壊したことがあります)。

そういえば、ビンテージアンプといえば、先日、とある海外のヘッドホンアンプメーカーが、初のバッテリー駆動オール真空管ポータブルヘッドホンアンプという製品を発売しました。USB DAC機能搭載で、さらにアナログライン入力も装備しており、「HD800ですら駆動できるほどの高出力」だとの触れ込みだったので、期待を胸に、友人から借りて試聴してみました。

このアンプを購入した友人いわく、他のアンプはどれも音が悪い。この真空管アンプを使うことでHD800がようやく満足に鳴らせるようになった、らしいです。じゃあ私が好きなALO Continental Dual Monoはどうか?と尋ねたら、あれは「オール真空管」じゃないからダメだ、ピュアじゃない、と力説していました。

たしかに、このアンプでHD800を使ってみると、ごく一般的なアンプとは一味違った音色の暖かさが感じられます。USB接続では出力はあまり高くなく、リスニング中は常時ボリュームは90%~MAX付近で、かろうじて満足に聴ける程度でした。

ためしに、36ΩのAKG K812を接続してみたら、ボリュームMAXでも全然満足な音量が得られません。300ΩのHD800よりも36ΩのK812のほうが音量が出ないということは、明らかに低インピーダンス側の電流不足です。実測はしていませんが(壊すといけないので・・)、でもグラフの低インピーダンス側の落ち込み方が急激だということですね。

こんなに音量が低いと、試聴ですらまともにできないので、じゃあオーナーは普段どうやって使っているのか気になって見せてもらいました。

彼は別のUSB DACから、ライン出力で、この真空管アンプにつないでいるそうです。ためしにiFi micro iDAC2からライン出力でアンプに接続してみたところ、たしかにUSB入力と比べて音量は大きくなったのですが、アンプのボリュームノブが50%を超えたくらいから、歪みが徐々に発生するのが聴こえます。

原因は、ライン入力電圧が高すぎて、アンプの入力管が飽和してしまい、そこで歪みが発生しています。明らかにアンプの設計ミスというか、入力マージンが無さすぎです。

実際にこの状態で測定してみたところ、リスニング音量でも歪み率(THD)は5%を超えていました。

ここが肝心なところなのですが、このオーナーの聴感上では、5%の歪みはHD800の音質を「向上」させているように聴こえるので、他のどのアンプでも満足できないという彼の言い分は当然と言えます。

アンプが歪み始めると、サウンドが変わってきます

真空管アンプ特有の歪みというのは、ロックのギターアンプと一緒です。試しにクリーンなアコースティック・ギターの録音を聴きながら、このヘッドホンアンプのボリュームを徐々に上げていったら、50%を過ぎたあたりから、ジミヘンみたいなオーバードライブなロックサウンドになってしまいました。エレキギターを使ったことがある人なら、この感覚が即座に「あーこの感じか!」と気づくと思います。

もちろん真空管アンプだけに限らず、トランジスタやオペアンプでも歪みは発生するのですが、バリバリと酷い音になるので、一瞬で気が付きます。

真空管アンプの場合でも、このような歪みはクリーンなギターの音色では、耳が慣れていればすぐに気が付きますが、ボーカルやシンセサイザーなど複雑な楽器が入り混じった録音では、たとえ5%歪んでいても、意外と気が付きません。

結局わかったのは、このアンプをUSB入力で使った場合は、ここまでの歪みが発生しない程度にボリュームが制限されていますが、アナログライン入力を使ったことでそのマージンが狭くなってしまい、歪みが発生して一種の快感が得られているというわけです。オーナーが満足であればそれで良いですが、結局は録音そのものを聴くよりも、アンプをエフェクターとして使っているということです。

このように、世の中には色々なヘッドホンアンプがありますが、どれも非常に個性的です。肝心なのは、高インピーダンスヘッドホンだけではなく、低インピーダンスヘッドホンも「鳴らしにくい」こともあるということ、そして、高出力で低歪みな、優れたヘッドホンアンプに近づくほど、アンプそのものの個性やクセは少なくなり、「味気なく」感じてしまうこともある、ということです。

ボリューム位置と、出力電圧

ヘッドホンアンプのボリュームを上げると、出力電圧が上がるわけですが、よく誤解されやすいのは、「ボリューム位置を50%に下げれば、出力電圧も半分になるだろう」、という間違いです。

たしかにアンプをそういうふうに設計することもできるのですが、世間一般のアンプはそのようには作ってありません。これはなぜかというと、電圧が二倍になっても、人間の耳では二倍の音量のようには聴こえないからです。

そもそも我々が音を耳で聴き比べて、「これは二倍の音量だ」なんて明確に数値化できないので、けっこう曖昧です。光の明るさとか、味の濃さと一緒ですね。

音圧を「dB SPL」で示せば良い、と思っても、そもそも二倍の音圧イコール二倍の音量ではないです。音量の変化にとても敏感な人もいれば、爆音でも気にならない人もいます。よくショップの試聴エリアで、「若くして難聴か!?」と心配になるほど爆音で聴いている人もいますよね。

最大120ですが、60では半分の電圧にはなりません

ボリューム数値と、出力電圧

Fiio X5-IIのボリュームを、0~120まで上げていって、先ほどのテスト信号の電圧を測ってみます。

これを見ると、「ボリュームv.s.電圧」は直線ではなく、曲線、具体的には指数的に上昇しています。つまりボリュームが高くなるにつれて、電圧の上昇率がどんどん増えていきます。最大ボリューム「120」では8Vppですが、そのの半分の「60」では、電圧は4Vppではなく、たったの0.26Vppしか出ていません。

縦軸を対数表示にすれば、ほぼ直線になります

ヘッドホンやスピーカーのドライバの性質上、ボリュームは指数的に電圧が上がっていくほうが、我々の耳には自然な音量上昇だと感じられる、という経験則から、そういう風にボリュームを作るのが一般的に普及しました。

X5-IIの場合はデジタル操作のボリュームですが、たとえアナログボリュームノブの場合でも、ちゃんとこのように振る舞うように、オーディオ用にLOGカーブ(Aカーブ)というタイプのものが使われています。

オーディオや楽器用ボリューム以外の用途では、(たとえばヒーターの温度調整ダイヤルとかでは)、こんな変なカーブ挙動では困るので、一般用の直線的なやつと、オーディオ用の曲線バージョンはしっかり分けて販売されています。

LOGカーブと言っても、アナログボリュームでピッタリと指数曲線に沿ったカーブを作るのは面倒なので、通常オーディオ用として売られているボリュームノブは「ほぼ指数曲線」という商品が多いです。

直線的なVタイプと、オーディオ用のAタイプがあります

たとえば、オーディオ用として人気があるアルプス電気のRK271(Aタイプ)というボリュームも、ピッタリ指数曲線ではなく、それっぽく直線が重なりあったような挙動に作られています。つまり、ボリュームノブの最初の方は電圧がちょっとづつ上がっていって、20%を超えると上昇率が増えて、さらに60%以上では急激に電圧が上がります。こうすることで、微小な電圧で使いたいIEMとかでも、ボリュームノブの最初の部分で急に爆音にならず、十分な調整範囲が得られます。

ボリュームと電圧の関係が直線的じゃないことは、アンプの出力電圧を考える上で、非常に重要なポイントです。

たとえば、新しいヘッドホンを購入して、まず手元にあるスマホで使ってみたら、どうも最大ボリュームでも音量が足らないと感じました。スマホは大体2Vppくらい出せます。そこで「スマホの2Vppでそこそこ聴けるんだから、その二倍の4Vpp出せるアンプを買えば十分だろう」と思ってしまいます。

しかし実際は、二倍どころか五倍や十倍の電圧、つまり10Vpp、20Vpp出せるくらいじゃないと、体感上十分な音量が得られないかもしれません。

逆に、感度のとても高いIEMイヤホンなどでは、1Vppでも爆音過ぎて、0.1Vppくらいが適正音量だったりします。このようにヘッドホンごとに幅広い電圧が要求されるので、ヘッドホンアンプ設計は非常に難しく、ちゃんと用途に合ったアンプを選ぶ必要があります。

色々なヘッドホンをFiio X5-IIで使ってみて、自分が普段使っている範囲のリスニングボリュームを調べてみました。すると、このようなグラフになりました。

体感的なボリューム範囲

これを見ると、非常に鳴らしにくいAKG K340は、明らかに電圧上限にぶつかってしまいました(つまりボリューム最大でも音量が足りません)。それ以外は、どのヘッドホンも電圧や電流の限外の壁にぶつからず、ちゃんと歪まずに鳴らせているようです。

K340はかなり高い電圧ゲインが要求されます

AK240と、Xperia Z3も参考のためグラフを重ねてみます

X5-IIはそこそこ強力なヘッドホンアンプを搭載していますが、たとえばAK300 DAPを使った場合だと結構ギリギリの領域だということがわかります。

グラフ上では、私が普段聴いているくらいの音量を示しているので、人それぞれ、もっと爆音で聴いている人は、たとえばK3003なんかは電流上限で歪んでしまい、K601では電圧上限で音量が上がらない、といった感じになる可能性もあります。

もう一つ、比較のためにXperia Z3スマホのヘッドホン出力も掲載してみました。ご覧のとおり、K3003、AK T8iE、ATH-AD2000Xなどは十分な音量で鳴らせるのですが、それ以外のヘッドホンでは明らかに音量(電圧)が足りないことがわかります。Xperia Z3は意外と低インピーダンス側の落ち込みが少なくて優秀なのに驚きました。5Ωくらいでは、AK300よりも出力が出ていますね。

続き

色々適当に書いていたら長くなってしまったので、後半に続きます
後半 → http://sandalaudio.blogspot.com/2016/07/blog-post_9.html