2016年7月13日水曜日

Astell & Kern AK70 の試聴レビュー

Astell & Kernの低価格ポータブルDAP「AK70」を試聴してきましたので、感想などを簡単に書きとめておきます。

Astell & Kern AK70

Astell & Kern(AK)といえば、つい最近、最新の第三世代DAP「AK300・AK320・AK380」ラインナップを試聴したばかりです。これら第三世代機はどれもサウンドとデザインの仕上がりにとても満足だったのですが、それから休む間も無く、ニューモデル「AK70」が登場しました。

これまでのラインナップの中でもベーシックモデルだった「AK Jr」の後継機という位置づけのようで、販売価格も7万円弱と、AK DAPとしては低価格です。


Astell & Kern

このあいだAK DAP第三世代を試聴した際に気になったのは、たしかにどのモデルも高品質で、第二世代モデルからのレベルアップが十分に感じ取れたのですが、それと同時に価格も全体的に上がっており、最低価格のAK300でも12万円台と、なかなか手が出しにくくなっています。また、画面が大きくなったことで、シャーシのサイズもかなり巨大化しています。

(→ Astell & Kern AK300 AK320 AK380 試聴と比較レビュー

第三世代機はどれも高価です・・

他社のDAP相場を見てみると、国産のソニーやオンキヨー・パイオニアなどは10万円弱をターゲットとしているみたいですし、中国FiioやiBassoなどは基本的に3~5万円くらいが売れ筋です。もちろんFiioはX7、iBassoはもうじき発売のDX200など、10万円クラスのDAPも続々登場していますが、それでもやはり中核となるのはX5やDX80などの5万円台です。

たぶん、5万円より安いと、スマホからのステップアップという満足感があまり得られず、ユーザーインターフェースや音質、そして全体的な手触りも値段相応の安っぽい印象が拭えません。つまりあまりにチープだと、わざわざスマホと二台持ちする気になれない、ということです。一方で10万円オーバーとなると、たかがDAPがなぜそこまで高いのか、と懐疑的になる人が多いと思います。

そこで今回AK70の7万円という価格設定は、低価格な単機能DAPと、高価格なプレミアムDAPのちょうど中間に収まる、魅力的な価格設定だと思います。

たとえばデジカメとかでも、ちょうどコンパクトと大型一眼レフとの境目くらいの値段ですね。一昔前であれば、技術は「より薄く安く」という方向に進んでいましたが、スマホで代用できるようになってきてから、売れ筋は比較的大型で高品質なものにシフトしているようです。

ちょうどいいサイズは人それぞれです

ところで、AKにはこれまでAK Jrという低価格モデルがあったのですが、これがイマイチ微妙な製品でした。2015年の発売当時には7万円でしたが、最近では5万円以下で手に入ります。

AK Jrの筐体デザインはAKらしい高級感のあるアルミで、そこそこ悪くないのですが、カード型ポータブルラジオみたいなスリムな薄型フォルムと、シンプルなユーザーインターフェース画面など、どうもAK特有の「物欲を満たす」インパクトが薄いです。

AK Jr

音質は、太く中低域がよく膨らむ系サウンドで、やはりAK100IIなどの第二世代モデルの音質に大きく差をつけられた印象が強く、機能面でも無線LAN・AK CONNECTやS/PDIFデジタル出力に未対応など、汎用性が皆無で、まさに単独で「手軽にイヤホンで楽しむ」といった用途に特化したモデルでした。

個人的にAK JrはソニーNW-Aシリーズと同じジャンルの上位互換として、悪くない製品だと思っています。しかし、やはり一番の問題は、AKファミリーとして見られていないため、どうしても「AK DAPが買えない人のためのモデル」的なイメージが強かった事だと思います。

ようするにプレイヤーとしてのコスパや潜在能力はともかく、ネットや紙面のレビュー評価などでは既存ハイエンドAKオーナーからの酷評が後を絶たず、「こんなのを買ってAKオーナーを名乗るな」的な疎外感というか、エリート主義に押し負かされたように思います。自動車に例えると、ポルシェの低価格エントリーモデルが登場したとたんに、ベテラン911オーナーに袋叩きにされるというか、そういったアンチな事態です。まあ価格も発売当時は結構高かったというのもあります。

AK70

ニューモデルAK70を手にとってみて、非常にコンパクトで軽量な筐体に驚きました。そこそこ厚みがあるので、AK Jrと比較するよりも、どちらかと言うとCowon Plenue Dや、Fiio X5-II、ソニーNW-ZX100などに近いように思います。

Cowon Plenue SとAK300都の比較
ご覧のとおり、Plenue SやAK300と比べると、コンパクトな分だけ画面サイズも小さいですが、実用上十分なレベルです。こう見ると、AK300がデカイですがPlenue Sはさらに巨大ですね。

淡いグリーンのカラーリング

シャーシは「ミスティミント」という、これまでオーディオ機器ではなかなか見られなかった斬新なグリーンのカラーリングで、これは好き嫌いが分かれると思います。

グリーンといってもソニーのようなメタリック感全開のカラーではなく、光の加減次第でアルミシルバーに見えるくらい淡い色彩です。結構高級感が出ているというか、なんとなくティファニーのブランドカラーのようなイメージが浮かびました。ネットの広報写真だけ見て「なんか女性向けっぽいな」と敬遠していた人も、実物を手にしてみて案外悪くないと感じるかもしれません。このカラーは個人的にかなり魅力的です。

再生とシークボタンは第二世代と一緒です

マイクロUSBの端子のみで、AMPには非対応です

全体の作りは非常に精巧なアルミ削り出しで、AK240などと比べても見劣りしません。

側面の物理ボタンは第二世代機を踏襲しており、これは第三世代機でも変わっていないので、世代やランクが変わってもボタンの位置や操作性が変わらないのは嬉しいですね。普段AK240に使い慣れているので、スイスイと快適に操作できました。

底面には充電+DAC用のマイクロUSB端子が備わっています。写真でもわかるように、残念ながらAK300など第三世代機についているバランスライン出力ピンはありません。つまりAK70はAK380 AMPと接続して使うことはできない、ということです。まあAK70の場合は本体よりAK AMPの方が値段が高くなってしまいますね。

ボリュームノブはAK240譲りの高品質な手触りです

背面のデザインもとても綺麗です

今回AK70を触ってみて一番うれしかったのは、ボリュームノブがAK240やAK380と同じデザインで、手触りもとても高級感があります。上位モデルに当たるAK300・AK320はどちらもAK Jrと同じスタイルの薄い円盤を回すタイプで、あまり高級感が無いので、AK70であえて最上位モデルと同じ意匠を盛り込んだのは歓迎します。

背面のクリアパネルも綺麗な模様があしらわれており、見間違うこと無くAK DAPのデザイン要素を惜しみなく引き継いでいます。

AK Jr AK300のボリュームは、古い世代の人はこういうラジオを連想します

ちなみにAKというと専用レザーケースに期待が湧くのですが、今回AK70のパッケージにはレザーケースは同梱しておらず、後日発売の別売品になるみたいです。これを書いている時点では日本ではまだ発売前なので、ケースがどういう扱いになるか不明です。


(追記:三色で別途発売するらしいです。素材はAK300と同じメーカーの合皮製だそうです)

AK JrからAK70へ

AK JrとAK70のスペックを純粋に比較してみると、AKの向かっている方向性がなんとなく見えてきます。

まず内蔵メモリーはどちらも64GBで、マイクロSDカードスロットを一つ搭載というところは変わっていません。

対応音源フォーマットは、PCM192kHzまでネイティブ再生ですが、PCM352.8kHzもダウンサンプルで再生できるのが嬉しいです。DSD64(2.8MHz)とDSD128(5.6MHz)はPCM変換で対応しています。DSD256(11.2MHz)は再生できませんでした。AKの場合DSDネイティブ再生ができるのはAK240やAK380など最上位モデルのみなので、PCM変換で我慢するしかありません。

AK70で一番興味深いのは、シャーシのサイズ感が大幅に変更されたことで、AK Jrが98g 52x117x8.9mmだったところ、AK70は132g 60.3x96.8x13mmと、ボリュームアップしています。

もちろんAK240やAK300などと比べると十分コンパクトですが、たとえばAK100IIが170g 55x111x14.9mmなので、AK70はどちらかというとAK100IIの筐体が縦方向に短くなったような印象です。

AK100IIが短くなったような感じです

このシャーシ大型化による一番のメリットは、これまでAK Jrに搭載されていた3.1インチ240x400画素のタッチスクリーンから、AK100IIなどと共通サイズの3.3インチ480x800画素にアップグレードされたことです。

たかが0.2インチのサイズアップはどうでもいいように思えますが、それよりも画素数が二倍になったことで、画面の文字フォントやアルバムジャケットなどが鮮明になり、多くの情報量が表示できるようになりました。

また、独自の画面サイズではなく、AK240を含む第二世代機と同じになったことで(実を言うと、AK300シリーズも画面サイズが4インチになっただけで、画素数は480x800で変わっていません)、全く同じユーザーインターフェースを搭載することが実現されました。

よく、DAPやスマホなどの低価格モデルというと、画面の画素数がショボいため、同じ画面サイズでもアイコンが収まりきれなかったり、文字が巨大ではみ出たり(Plenue Dとか・・・)、チープな印象を受ける大きな理由になるのですが、AK70はその心配が無いのが嬉しいです。開発者側としても、新たなインターフェースを設計する手間が省けて、バグも少なく、コストダウンにつながります。

もうひとつ、AK Jrからアップグレードされた点は無線LANが搭載されたことです。これで、たとえ低価格モデルといえども、同社が誇る「AK Connect」ロスレスストリーミング機能が活用できるため、使い勝手の幅が広がります。たとえば、家庭のLAN上の音楽フォルダを非圧縮で飛ばして気軽に楽しむという用途には、大柄なAK300などよりも、携帯性重視のAK70の方が合っているかも知れません。

BluetoothはAptXに対応しています。これはAK240ですらAptXではなくSBCのみだったため、嬉しいボーナスです。

電池もAK Jrが公称12時間、AK70が11時間(ハイレゾ楽曲では10時間)ということです。新型でシャーシも大型化しているのに、電池寿命が短いのはどういうことだと疑問に思いますが、これはやはり画面や新機能追加、内蔵CPUの性能アップや、DACチップのグレードアップによる部分が大きいと思うので、見返りとしては仕方がないでしょう。

一つ注意する必要があるのは、AK300など上位モデルが搭載しているS/PDIF光デジタル出力が、AK70は未搭載です。

また、パソコンと接続するUSB DACモードも、AK70はWindows USB Audio Class 1のみ対応だそうです。つまりWindows/Mac標準ドライバによる96kHz・24bitが上限で、別途専用USBドライバは公式サイト上でも手に入りません。このUSB DACモードは、最上位のAK240・AK380クラスのみドライバが提供されており、モデルごとの対応がイマイチ中途半端な印象です。

今回AK70から搭載された新機能があります。本体下部のマイクロUSB端子からそのまま外部のUSB DACへ接続できるようになりました。つまり、AK70をソース・トランスポートとして活用できます。この機能は、他社のDAPでもなかなかできるものは少ないため、非常にユニークで嬉しい追加機能です。これは今後ファームウェアアップデートで他のAK DAPでもできるようになるそうですので、楽しみです。

USB AUDIOデジタル出力機能

個人的にかなり興味があるのが、今回AK70から導入されたUSB AUDIOデジタル出力機能です。AK70からの供給電力はあまり高くないと思うので、一部バスパワーDACなどは動かないと思いますが、そもそもメインの用途は、パスパワーに依存しないハイエンドなデスクトップDACアンプや、Chord Mojo・Hugo、iFi Audio micro iDSDなどのバッテリー内蔵型USB DACアンプとの接続だと思います。

新たに追加されたUSB AUDIOデジタル出力機能

iPhoneやAndroidスマホを使えば同じことができるじゃないか、というのはもっともなのですが、個人的な経験談としては、スマホはどうもDAC接続がうまくいかないことが多く、特にOTGやCCKケーブルの相性、HF Player・NePLAYERなどの認識漏れなどで、試してみるたびにケーブルを抜いたり挿したり、ソフトや本体を再起動したりなど、いちいち手こずります。

DAPに接続しているつもりがスマホのスピーカー出力のままで、ヘッドホンで聴いているつもりがスマホから爆音で恥ずかしい音楽が流れている人を(私自身を含めて)これまで何人も見てきました。そういった意味で、確実性のある純粋なトランスポートのありがたみは大きいです。

これまでは光デジタルケーブルでした

これまでのAK DAPの場合は、DACへの接続はS/PDIF TOSLINK光デジタルケーブルで行っていたわけですが、光では対応サンプルレートが192kHzまで(正式な規格では96kHzまでなので、それですら不安定で怪しいです)、DSDのDoP転送もままならないという旧世代の規格なので、便利ではあるものの、そろそろ時代遅れになってきました。

また、光デジタルは必然的にクロックタイミングをデータ波形から再生成する方式なので、送受信するインターフェースチップや、ケーブル品質、DAC側のクロックリカバリー、PLL、クロック打ち直しなど、色々と面倒なメーカーごとの独自技術が重なって、結構音質への影響が出やすい(つまり同じDACでも光デジタルとUSBでは音が違う)のが難点でした。

一方USB接続の場合でも完璧とは言えず、パソコン側からのノイズ混入、グラウンド線を伝わってコンセントのノイズが回ってくるなど、電源ノイズ関連の悪影響が顕著で、よく自作パソコンによるPCオーディオの大きな弱点として問題視されてきました。

今回AK70のUSB AUDIOデジタル出力機能は、単純に珍しさだけのギミックではなく、USB DACにありがちなコンセント電源や外部回路によるノイズを抑えた、極力シンプルなトランスポートとしての機能が実現できることが、一番大きな魅力です。

PCM 352.8kHzはそのまま送れますし

DSD128もそのまま送ります

AK70において、ちゃんと真面目に作ったんだな~と感心したのは、あえてAK70本体の再生上限であるPCM 192kHz(DSDはPCM変換)というスペックを無視して、USB出力ではPCM384kHz、DSD128までネイティブで出力できるよう仕上げてあります。これはAK70を純粋なトランスポートとして使いたい人にとって、かなり魅力的です。

ショートカットメニューにUSBアイコンが追加されています

実際に試してみました。まずショートカット画面に行くと、これまでは無かったUSBアイコンが見えます。これをONにした状態でUSB DACを接続すると、AK70がUSB AUDIOデジタル出力モードに入ります。

今回はChord Mojoとあわせて、PCM352.8kHz、DSD128を試してみたところ、なんの問題もなく、ちゃんと音が出ました。音飛びなどもありません。目視では、AKの画面上でファイルのサンプルレートの隣に赤文字で、現在USB DACに送られているレートが表示されています。ちゃんとネイティブで送られているか確認できるので便利です。

ちなみにDSD256ファイルは、AK70本体が(PCM変換ですら)サポートしていないため、曲そのものが無視されて飛ばされてしまいます。

USB AUDIO設定画面で、DSDのPCM変換・DSDネイティブが選べます

DoPモードを選んでいないと、PCM変換されて送信されるようです

あとDSDについては、設定画面に行くとDSDファイルをPCM変換か、DSDネイティブ(DoP)で送るかが選べるようになっています。PCM変換を選ぶと、Chord Mojoの上限である352.8kHzで送られるのは面白いです。(スペック上では176.2kHz変換のはずなので)。

全体的に、このUSB AUDIOデジタル出力機能は拍子抜けするくらい簡単に動いてしまい、驚きました。

オーディオ回路

今回AK70登場で一番喜ばしいのは、上位機種と完全互換の2.5mmバランスヘッドホン出力端子の搭載です。AK DAPといえば2.5mmバランス端子を普及させた立役者なので、「噂のバランス出力を試してみたくて」AK DAPを買った、という人も結構多いのではないでしょうか。一方AK Jrはバランス出力を搭載しなかったことが(音質メリットは別として)セールス的には弱点だったように思います。

2.5mmバランス出力端子がちゃんと搭載されています

もうひとつ注目すべきポイントが、D/Aチップにシーラス・ロジックCS4398が搭載されたことです。CS4398はAK100IIからAK240まで第二世代DAP全てにわたって採用されており、このチップを中心に置いたオーディオ回路のサウンドが好評だったことが、近年AK DAPの人気に繋がったと言えます。

現在AKの第三世代DAPはすべて旭化成AK4490EQチップのオーディオ回路に移行したのですが、AK70は定評のある第二世代機のオーディオ設計をベースにしているわけです。旧世代機だから音が悪いというわけは無く、AK240直系のサウンドだと考えれば、悪い気はしません。

そういえばAK Jrに搭載されていたWolfson WM8740チップはAK100など第一世代DAPに採用されていたので、このように一世代前の回路をベースに低価格モデルをリリースするという手法をとっているようです。

D/AチップのみでDAPの音質が決まるわけではない、というのは事実ですが、それでもわざわざAK70のためにアンプ回路を新規設計するよりも、旧モデルから定評と実績のある回路を流用するほうが手軽で確実なので、結局サウンドも似てくることは確実だと思います。

スペック上の最大出力は、AK Jrの1.95VrmsからAK70は2.3Vrmsに引き上げられており、これは第二世代AKと同等の出力電圧です。

出力電圧はどのモデルもほぼ一緒です

AK70の電圧を測ってみたところ、ヘッドホンのインピーダンスに対する最大出力電圧は、ほぼ第二・第三世代AK DAPに沿っています。AK70だけ若干最大電圧が高いのは面白いですね。といっても微々たる差なので、体感できるほどではありません。出力インピーダンスも2Ω以下と、十分低いです。

音質について

今回の試聴には、前回AK300などを聴いた時と同じ、ベイヤーダイナミックAK T8iEと、Shure SRH1540を使いました。どちらもポテンシャルが高く、DAPのクセや傾向がよくわかるため重宝しています。



最近見つけたジャズの面白いアルバムで、「Ferit Odman: Dameronia with Strings」を聴いてみました。近年ではとてもめずらしい弦楽オーケストラとのセッションで、黄金期に活躍した作曲家タッド・ダメロンの描いた名曲の数々をゴージャスなアレンジで演奏します。

ストリングスの入ったジャズというと、激甘なムード音楽みたいなものを連想しますが、このアルバムではメインのジャズカルテットが、リーダーのドラムとともに、トランペットTerell Stafford、ピアノDanny Grissett、ベースPeter Washingtonと、まさに最上級のプレイヤーが参加しているため、常時ハイテンションな演奏を披露してくれます。ストリングスジャズといっても、大昔にはたとえばClifford Brown with Stringsや、Charlie Parker with Stringsなど、意外と真面目な名盤が多いことを思い出させてくれます。

AK70を聴いてみてまず感じたことは、弦楽器の響きがよく伸びて、ツヤっぽいです。明るめのサウンドなのですが、あまり硬質ではなく、フレッシュさが強調されています。トランペットも同様に、金管楽器の金属的な響きというよりは、音色そのものが空気に溶け込んで歌い上げているような素直さが印象的でした。つまり、解像感やアタック重視の高域ではなく、音色を引き立てるような清々しい高域です。

とくにドラムとトランペットの掛け合いが、単純なギスギスしたアタック音の連続ではなく、音色と響き同士が上手に紡ぎ合うようなまとまりの良さが良いです。

低音はしっかり出ており、あまり膨らませすぎず過剰に響かないスタイルは悪く無いと思います。唯一欠点だと思ったのは、中高域になるにつれて魅力的になっていくサウンドは、逆に中低域への魅力を奪ってしまうことになるので、音作り全体が若干腰高というか、重厚感よりも綺麗な解像感を目指したような仕上がりを感じさせます。

この高域成分のおかげか、空間要素は十分に引き出せており、イヤホンでもそこそこ立体的な音像が得られます。ただし、各楽器の空間定位がピタッと定まっているというよりは、空気感がパーッと広がっていくような空間の使い方です。

若干高域寄りで音がキラキラしているという感じで、サウンドが破綻するほどではないので、この音作りを聴いて不満だと感じる人は少ないだろうと思いました。




ドイツ・グラモフォンからの昨年のハイレゾダウンロード販売で、「Julie Fuchs: YES!」を96kHz 24bitで聴いてみます。最近のドイツ・グラモフォンは、昔のような重苦しいドイツっぽい堅実な地味録音から離れて、もっと楽しくアルバム全体を通して聴けるような企画盤が増えてきているように思います。

Julie Fuchsはフランスのソプラノ歌手で、このアルバムではオケや小規模バンドなどを背景に、アーンの「Heure exquise」など、いわゆる定番のフランス歌曲を披露してくれます。オペラ歌曲以外にも、ユーマンスの「二人でお茶を」みたいなポピュラー曲アレンジも散りばめられており、ありきたりなオペラリサイタルだけではない、映画サウンドトラックのような破天荒ぶりが面白いです。

女性ボーカル、とくにソプラノ域はAK70が非常に得意としている分野で、刺さらない程度にギリギリのところまで中高域の質感を引き出しているチューニングの匠に感心します。

アルバム最終曲「二人でお茶を」で、男性ボーカルとのデュエットがあるのですが、やはり目覚ましいソプラノとは対照的に、男性ボーカルのような中低域は負けてしまっているようです。イコライザー的に中低域のボリュームが低いというわけではなく(そうだとすればイコライザーで持ち上げるだけで済むのですが)、なんというか声の音色に質感が無いというか、存在感が薄い「とりあえずちゃんと聴こえる」という程度に留まっているのが弱点だと感じました。

コントラバスなどの重低音は豊かに聴こえるので、そんなことを言うとAK70は極端な「ドンシャリ」傾向だと思われてしまいそうですが、実際はそうではなく、あくまでフラットな帯域レスポンスがあって、そこに中高域にスポットを当てた音色や響きの魅力が凝縮されているといった感じです。

バランス出力は相変わらずAKらしく、中域のメリハリが増して厚くなるので、AK70の男性ボーカル不足を補うような効果が得られます。とは言っても、完全に満足できるほどではなく、やはり中高域が目立つことには変わりありません。バランスケーブルがあれば、バランス接続したほうが良いといった程度です。

色々聴いてみると、まず明らかに感じられたのは、AK300とサウンド傾向が全く異なります。はっきりと対照的というか、意図的に対極に仕上げたかのような、方向性の違いを感じさせます。

AK300は中域、とくに男性ボーカル域が粘って実体感を持っており、音楽の土台の部分を重点に置いた安定感を持っています。そして超低域や、中高域のキラキラ感は抑えられているようです。なんとなくアナログ録音時代のモニタースピーカーやカセットテープのような、限定された帯域レンジの中で、魅力が詰まっているような仕上げ方です。つまりAK70の中高域からパーッと伸びていくサウンドとは真逆です。

極端に言うと、AK70は音楽のキラキラ感を演出するような意図的な音作りです。ではそれは正しくないのかと言うと、意図的にブーストして刺さるといわけでも無いので、聴いている分には魅力的です。たとえばAK70を聴いてからAK300に切り替えると、なんかAK300は高音が全然出ない芋のようなモッサリしたサウンドに聴こえてしまいます。逆にAK300を聴いてからAK70に切り替えると、高域が伸びる代わりに、中域の男性ボーカルやピアノ、チェロなどがずいぶん地味で、魅力が半減したような気がします。つまりどっちも完璧ではなく、それぞれリスナーごとに、普段聴く楽曲ごとに、サウンドの好みが大きく分かれるような気がします。

AK70は中高域がよく伸びるということで、AK320と似ているのか、というと、案外別物だと感じました。前回試聴した際に、AK320はAK300と比べて高域が目立つと思いました。しかしAK320はAK70のような女性ボーカル域の音色や響きを引き立てる感じではなく、AK300のサウンドをベースに、さらに超低域と超広域の解像感がグッと増したように聴こえます。かなりシビアに高解像なので、下手な録音だと不快なほどにノイズや悪いマイク特性などのクセが耳障りに聴こえてしまう、録音のアラを見透かすような諸刃の剣です。

つまり元々優れた録音であるほど、より高帯域、高解像で最上級のサウンドが得られるのがAK320だと思います。一方AK70のほうは、そこそこのクオリティの、空間要素が非現実的な録音だとしても、それらの魅力を存分に引き出して、キラキラした美音で味わえるような仕上がりです。

個人的にAK70のサウンドに一番近いかも、と思ったのは、AK120IIでした。AK70は第二世代AKのD/Aチップを継承しているということで、そう思えるのも不思議では無いのですが、それでもたとえばAK100IIとAK240とは結構異なる感じです。

具体的には、AK240は中低域の滑らかな質感重視のリラックスしたまったり系サウンドなので、AK70の元気なサウンドとは正反対です。一方AK100IIに似ているかと思いきや、AK70の方がなんとなくサウンド全体が整っており、過度に弾けたりワイルドになったりしません。AK100IIはもっと生演奏のエネルギーを感じ取るような、ギラギラした一面があると思います。回路的にそれがより一層整ったのかわかりませんが、AK70はもうちょっとスムーズです。

特に中高域の伸びの良さはAK120II譲りだと思いました。じっくりと聴いてみると、AK120IIのほうが同じD/Aチップをデュアルで搭載しているせいか(AK70はシングル)、音像の分散配置がAK70より上手で、個々の演奏者の位置関係などが上手に再現出来ています。これはAK240などに近い演出です。

また超低音も、AK70だけを聴いていると十分質感豊かに鳴っているように聴こえますが、AK120IIを聴くと、より深くどっしりと存在感が増しています。つまり、音色の仕上がりはAK100IIよりもAK120IIに近いものの、AK120IIのほうがスケール感が大きく余裕を持っていると思いました。

他社のDAPと比較してみると、この価格帯以下のコンパクトDAPと比べるとAK70の音質は群を抜いて優れています。たとえば高域が特徴的なFiio X5-IIやNW-ZX100は、AK70と比べると硬質で、カンカン・キンキンといった金属的なサウンドがドライに強調されます。パイオニアXDP-100Rは比較的AK70に近い系統だと思いましたが、パイオニアのほうがグッと力を入れて鳴らす感じです。一方オンキヨーDP-X1は高域がXDP-100Rより目立つ印象ですが、なんかヒョロっとして心もとない気もします。

あとは、個人的に気になるCowonのPlenue Mが8万円くらいで買えますが、聴き比べてみるとPlenue Mはボヤケたマイルドで温厚なサウンドで、ハイレゾ感みたいな演出が薄いので、サイズや機能性も考慮すると、個人的にはAK70の方が好みです。

最近では、Fiio X7も安くなってきたので、AK70とほぼおなじ価格で購入できます。もちろんその上でX7用の別途アンプモジュールを購入することも考える必要があります。個人的にはX7+AM5アンプモジュールの強力なパワー感は、DAPというよりはむしろ据え置き型ヘッドホンアンプのような余裕とスケールが感じ取れました(電池は6時間ほどしか持ちませんが)。このコンビネーションはかなり魅力的です。

ただしX7は結構サイズがでかくて重いのと、そしてAndroidベースのユーザーインターフェースが(私にとっては)あまり直感的ではなかったです。

AndroidアプリでTidalとかを使いたい人ならX7とかDP-X1などに選択肢は限られてしまいますが、そういうのが欲しい人は、サウンド試聴以前にカタログスペックやガジェット系機能性をまず求めていると思います。AK70はそのようなごちゃごちゃしたスマホ感から開放された完成度があるので、どっちが欲しいかは各人はっきりと明確に意見が分かれるところでしょう。

おわりに

最近はAKなど高価なDAPが多いせいで、AK70の7万円という価格が「安い」と思ってしまうほど飼いならされてしまった感があるのですが、それでも他社の同価格帯DAPとくらべてみても、AK70のトータルパッケージの魅力は素晴らしいです。日本や中国などの各社もこの価格帯で切磋琢磨し合っていることを考えると、ユーザーが求めているクオリティでこれ以上のコストダウンは厳しいのかもしれません。

AKの中では低価格モデルといえど、AK70の仕上がりは侮れないです。個人的な印象では、AK Jrの後継機というよりは、AK100II・AK120IIの発展型のような感じがしました。

日進月歩のデジタルオーディオの世界においては、「旧世代モデルの廉価版」なんてレッテルは悪印象にしかなりませんが、AK DAPにおいては、AK100IIなどの第二世代モデルがあまりの完成度を誇っているため(しかも現行モデルと比較しても見劣りしないため)、逆に魅力的なキーワードにすら感じられます。

AK70の7万円弱という価格設定は、現時点で型落ちのAK100IIを購入するのとほぼ同額なので、そう考えると、第二世代機の機能や音質を犠牲にせず、よりコンパクトなシャーシになった正統進化版とも言えますね。ソニーとかで昔は毎年あった、「同じ機能スペックで、より薄く軽くなった!」という進化です。

サウンドも決して安っぽいチューニングではなく、なおかつAK300とは傾向が異なる音作りなので、実はAK300よりもAK70のクリアで爽快なサウンドの方が好みに感じる人も多いかもしれません。

対応音源フォーマットや機能面でもAK300とほとんど一緒なので、(唯一、光デジタル出力が無いくらいでしょうか)DAP購入を考えている人にとっては、かなり悩ましい存在になりそうです。サウンドの好き嫌いを別として、AK300の大きな筐体をわざわざ持ち歩くメリットはあるのかと考えてみると、今回AK70の仕上がりは、コンパクトながら中身はちょっとオーバースペック気味で「やりすぎた」ようにも思えます。

簡単に考えると、AK70とAK300を比べて、実は意外と侮れない違いは、AKアンプの存在かもしれません。限られた予算の中で、AKの高音質や豊富な機能を存分に楽しみたい、そして大型ヘッドホンや低インピーダンスIEMなども難なく軽々と鳴らしたい、という人にとっては、現時点ではAK300+AK AMPのセットが最短ルートでしょう。そこからAK320・AK380とグレードアップしたとしても、結局はアンプとドッキングすることによるメリットは拭えません。

(AK AMPについてはこちらでちょっと見てみました → ヘッドホンアンプの出力とか、インピーダンスについて

巨大なサイズになりますが、ポータブルと言っても普段毎日ジョギングや通勤に使う人ばかりではありません。自宅のベッドサイドに置いておきたいという人も多いです。

一方で、AK70はそもそもAMP接続の道が閉ざされているため(もちろん別途社外メーカーのポタアンを重ねることもできますが)、これ単体で、できるだけ軽快に音楽を味わいたい人や、これまでAK120IIなどは気になっていたけど、どうしてもあのサイズを携帯する思い切りがつかなかったという人にとっては、まさに願ったり叶ったりの商品です。

また、新たなUSB DAC機能も非常に安定しており魅力的なので、もしかすると、すでにChord Mojoなどのサウンドに惚れ込んでおり、単純にコンパクトで信頼できるソース・トランスポートを探しているという人には気になる存在です。

たとえば、普段外出先ではそこそこの音質であれば十分だから、わざわざハイエンドDAPを持つ程でもない。でも自宅に戻ったら、DAPの楽曲ライブラリをそのままDACアンプに接続して、Audeze LCDなどの大型ヘッドホンでじっくり味わいたい、なんて思っている人は多いです。例えば、私の周りにも、結局DAPはメインではなく(AKには申し訳ないですが)、マジなリスニングは据え置きDACアンプで、という人が何人もいます。この場合AK70のコスパは大変魅力的です。

この7万円弱という価格でここまで完璧に仕上げたDAPというのは類を見ないので、他社としても強力なライバルが登場したと戦慄しているかもしれません。我々にとっては、また選択肢が一つ増えたということで、嬉しくもあり、悩ましくもあります。

毎度のことですが、肝心なのは、音を聴いて気にいるかどうかです。気に入ってしまったら、悩むこともなく財布の紐が緩んでしまうのがポータブルオーディオの怖いところです。