2016年6月23日木曜日

Simaudio MOON 430HAD 230HAD DAC ヘッドホンアンプの試聴レビュー

カナダのオーディオブランド「SIMAUDIO」のDAC・ヘッドホンアンプ「430HAD」と「230HAD」を試聴してきました。

SIMAUDIO MOON 430HAD

2016年2月に登場した上位モデル430HADの方は、販売価格が54万円!ということで、数あるヘッドホンアンプの中でもとびきり高価な部類です。先日紹介したAK300シリーズ、JH Audio Layla IIにつづいて、「欲しいけど高すぎて買えない」シリーズ第三弾になってしまいました。

フルサイズコンポーネントの430HADと、コンパクトなデスクトップデザインの230HADという兄弟モデルで、搭載しているDACやアンプのテクノロジーは共通しているものの、サウンドに貢献するオーディオ回路の物量が異なります。ちなみに230HADのほうが先行して発売されており、こちらは現在20万円くらいで流通しています。

どちらもガジェット系ヘッドホンオーディオとは一線を画する、伝統的なオーディオメーカーによる渾身の機器なので、「高級ヘッドホンを買ったけれど、それに見合うだけの優れたアンプを探している」という人にとっては、かなり理想的な最上級ヘッドホンアンプの候補になると思います。


SIMAUDIO 「MOON」

SIMAUDIOはカナダが誇る高級オーディオメーカーなのですが、どういう経緯か知りませんが、日本での販売は、デンマークの大手スピーカーブランド「ディナウディオ・ジャパン」が代行しています。そのため、量販店やイヤホンショップよりも、家庭用大型スピーカーシステムなどを販売している、ハイエンドオーディオショップのほうでよく見かけるブランドです。

SIMAUDIOの主力製品は強力なパワーアンプなどなので、たしかにディナウディオ社のスピーカーと合わせて使うにはベストパートナーかもしれません。ディナウディオというとB&WやFocalと同じくらいメジャーなスピーカーブランドですが、そういえばヘッドホン製品にはまだ参入してませんね。

SIMAUDIOとDYNAUDIOの最強コンビネーション

ところで、「ハイエンド」という言葉の線引きはけっこう曖昧なのですが、これは商品そのものよりも、ショップに対して使うべき言葉のように思います。

ようするに、家電量販店であまり流通していない(もしくは生産数が少なくて流通できない)マニアックで特殊な製品を置いている店が、「ハイエンド・オーディオショップ」という総称で呼ばれています。

しかし、日本では、ヨドバシとかの大手量販店でもSIMAUDIOを含む膨大な数の高級オーディオブランドを取り扱っているので、ハイエンドという言葉の意味は薄くなっていますね。

アメリカとかでは、メーカー代理店は、取引するショップの「身分」を結構シビアに査定しているので、たとえ同じメーカーの商品でも、ある程度以上のレベルのモデルはイメージダウンを避けるために家電量販店では置かせてもらえず、「ハイエンド専門店」でしか目にすることができない、といった事が多いです。

また、メーカー側も、たとえばティアックのエソテリックとか、パイオニアのTADみたいに、わざわざハイエンド用に別ブランドを発足して、それぞれ異なる流通経路や代理店を使ったりすることが多いです。

日本のオーディオ事情と若干似ているのはドイツくらいですが、それでも日本ほど「ハイエンド」と「大衆」ブランドが混同しているわけではありません。でも以前ベルリンにある大型家電店に行ったら、超高価なドイツブランド、ブルメスターとエラックのシステムが鎮座していて、さすが母国だなと笑ってしまいました。

話がそれてしまいましたが、今回紹介するSIMAUDIOは1980年代に発足された会社で、当時の創設者の名前がSIMA氏だったため、語呂合わせでSIMAUDIOになったそうです。現在は創設者の手を離れていますが、このSIMAUDIOというブランドの経歴を見ると非常に面白いです。

かなり初期のSIMAブランドアンプ

10年前くらいから、たびたび大手オーディオフェアなどに行くと、当時の社長Jean Poulin氏が大柄な巨体で新製品を熱心に説明してくれるのがSIMAUDIOのトレードマークでした。

2011年に登場した30周年記念モデル

2013年にPoulin氏が引退を決めた際、通常であれば大手オーディオメーカーの傘下に入ったり、投資会社にブランドネームを売却するというのが一般的なのですが、彼はそうせずに、会社に長年仕えてきた主任エンジニアとセールス部長に全株を売却し、引退後も会社がこれまでどおり自給自足できるプライベートなメーカーとして存続できることを望みました。現在でもこのベテランスタッフと、新たに雇った経営担当との三人が共同オーナーとして会社を経営しています。

カナダのオーディオメーカーというと、Brystonというもうひとつの巨塔がありますが、あちらも、オーナーのRussell一家(父親と、息子兄弟)による長年の献身的な努力により、世界的アンプブランドとしての地位を不動のものにしています。

カナダは広いですが、SIMAUDIOはこの辺です

SIMAUDIOの本社工場はモントリオール、Brystonはトロント近郊ということで、どちらもカナダといっても米国のニューヨークとかに近いオンタリオ州エリアにあります。この近辺には、他にもParadigmスピーカーや、B&W傘下になったClasséなど、錚々たるオーディオメーカーが多数存在します。

カナダという国のオーディオ産業というと、なんとなく印象が薄いですが、とくにハイエンドメーカーにおいてはかなり強いです。カナダは政府の母国技術育成金、大学の研究所などの施設と、優秀な研究開発者の交流が盛んなのが成功の秘訣だ、なんて記事をよく読みます。あと、寒い国ほど、室内の趣味が重要視されるとか、よく言われてますよね。なんとなくスウェーデンなどスカンジナビアのオーディオ事情とも似ているかもしれません。

カナダのオーディオブランドの個人的なイメージというと、合理的で、テクノロジーに積極的であり、企業としてプロ意識が高く、目先のトレンドを追わずに腰を据えて長期的なビジョンや展望を持った開発努力を惜しまない、といった印象があります。

初期のSIMAUDIO MOON

SIMAUDIOの名前が世界的に広まったのは、1990年代後半に「MOON」シリーズという名のハイエンドコンポーネントオーディオがデビューしてからだと思います。それ以来、SIMAUDIOという会社名よりも、フロントパネルに刻印されているMOONというシリーズ名のほうが知名度が高くなってしまったので、今は社内ブランドの代名詞として大々的に宣伝されています。(ちなみに米国にはMoon Audioというオンラインショップがあるので紛らわしいですが、無関係です)。

MOON NEO

当時は単なるモデル名に過ぎなかったMOONシリーズも、時を経て現在は、主力製品の「MOON」ブランドから、イノベーションに重点を置いた「MOON NEO」と、ハイエンドのプレミアムブランド「MOON Evolution」の二つに分かれています。

現在12種類のモデルラインナップを誇るMOON NEO

SIMAUDIO MiNDシステム

今回登場したヘッドホンアンプ430HADと230HADはどちらもMOON NEOシリーズに位置づけられ、カナダの本社工場で作られています。

NEOシリーズはUSB DACからアンプまで、幅広いラインナップを誇っていますが、中でもTIDALなどに対応するネットワークストリーミング機をハイエンド・オーディオの世界にいち早く導入するなど、時代の最先端を行く製品が多いです。

とくにMiNDと呼ばれる独自のネットワークオーディオ構成を長年培ってきた結果、コンポーネントオーディオでありながら、個々の装置の連動や、PCを介さないハイレゾストリーミングが手軽に行えるので、コンポーネント単体よりも、フルシステム全体をMOONで揃える人がとても多いメーカーです。そういった意味では、英国のNAIMとかLINNみたいな、「ゴチャゴチャ悩まずに、とにかく信頼できるメーカーの高音質オーディオシステムが欲しい」という客層に高く評価されています。

最上位のMOON Evolutionシリーズ

オーディオショウなどでよくデモンストレーションが設置されるのは、最上級のMOON Evolutionシリーズが多いのですが、あの独特の硬派で近未来的なデザインと、そこから生み出される怒涛のサウンドは、とても印象深いです。

SIMAUDIOの製品はどれも一見ハイテク満載で難解に見えるデザインなのですが、実は機能面はとてもシンプルで保守的な、「繋げば動く」というオーディオ機器を貫いており、日本でいうところのアキュフェーズやマランツなどと同じような安心感と使いやすさが好評を得ています。

430HADのような高価なヘッドホンアンプでも、無線LANやBluetoothといった余計な機能を搭載していないので、中身のコストは100%オーディオの音質に注がれているというのも嬉しいです。ネットワーク機能が欲しければ別途ストリーミングユニットを購入すれば良いので、そういうのを全てひとつの筐体に収めるべきでないというのがポリシーのようです。

430HAD 230HAD

430HADはフルサイズのオーディオシャーシだけあって、かなり巨大です。写真で見られるように、奥行きも結構ありますので、背面のケーブル類も考慮すると、デスクトップでの使用は辛いですね。

430HADと230HAD

ブラックカラーで、フロントパネルの左右にある曲線とか、なんとなくマランツとマークレビンソンを合体させたようなイメージです。カラーはシルバーとのツートンも選べるそうです。ともかく、オーディオショップで見かけるごく一般的なプリアンプといった風貌です。

フルサイズシャーシなので、かなり大きい430HAD

一方弟分の230HADは、各社から出ている卓上ヘッドホンアンプと似たような、コンパクトで奥行きの長いフォルムです。OPPO HA-1とかよりは小さく感じます。写真のようにスマホなどと接続して使うことを想定しているのでしょう。

コンパクトで奥行きが長い230HAD

230HADはDACを内蔵しているモデルのみなのですが、430では、DAC機能を搭載した「430HAD」と、DAC基板が無く純粋なアナログアンプのみの「430HA」の二種類があるので、内蔵DACが不要という場合は「430HA」を買ったほうが14万円ほど安いです。ちなみに230HADと430HADが搭載しているD/AチップはESS 9018K2Mだそうです。

このMOON 430HADに搭載されているDAC基板は結構音が良く、DSD256対応などスペックも高いため、DACを含めたシステム全体としての完成度は非常に高いです。もちろんあえてDAC非搭載版を買って14万円分の予算を浮かせれば、色々と良い外部DACも買えると思いますが、ここはDAC搭載版の430HADをお勧めしたいです。

ネットで拾った430HADと230HADの内部写真

中身の写真を見ると、かなり合理的な間取りですが、ぎっしり詰まっています。昔はこの430HADのようなオーディオラックサイズが当たり前だったのですが、最近ではヘッドホンやデスクトップオーディオの普及で、意外とオーディオマニアでもラックサイズを手にする機会が少なくなっていますね。回路の集積化と高効率化のおかげで基板がどんどん小さくなり、意外と巨大なフルサイズ機でも中身がスカスカだったりするのですが、MOONはシャーシサイズを十分に活かした内容になっています。もちろんコンパクトであればそれに越したことは無いのですが、現状ではやはり高音質を目指すためには、ある程度の物量は必要なのかもしれません。(PS Audioなんかを見る限りはそうとも言えませんが)。

MOONは内部の回路設計も、精密で近代的な基板デザインやパーツ選択を重視しています。他社で見られる奇抜なデジタルIC主体のデザインではなく、ごく一般的なオペアンプやトランジスタを多用していますし、それでいて古臭い設計の通例を見なおして、積極的に最新デバイスや回路技術を投入しています。そういった面では、アキュフェーズとかよりも、マークレビンソンとかと似ている、神経質なデザインとも言えます。

他社と比べてユニークな点は、回路内の要所要所でのノイズデカップリングやDCサーボを過剰なくらい多用しており、そのかわりオーディオ信号線そのものの妨げは最小限になるよう心がけています。つまり「クリーン」なサウンドを目指すため、周辺の補助的な回路に物量の多くを注いています。

こういった努力は我々素人から見ると「なぜそこまで」と疑問に思えるのですが、実際は教科書的回路よりも一歩先に進んだ、そういった見えない部分での努力と試行錯誤が、最終的なサウンドに貢献しているのだと思います。

とくにSIMAUDIOは、個々の電子部品や部品などは「そこそこ定評があり、手に入りやすいもの」を進んで選んでおり、よくハイエンドメーカーなどでありがちな「○×社製の特注金粉入りコンデンサを搭載!」とかの部品単体での意味不明なセールスポイントに依存せず、回路全体の音質を仕上げていくことに専念しているため、「魔法より努力」といったアプローチに好感が持てます。初歩的な回路に高級プレミアパーツを詰め込むだけの新興メーカーでは、ここまでの完成度は得られません。

230HADも非常にパワフルです

ヘッドホンアンプの出力は、カタログスペックでは、
  • 230HAD: 1000mW@50Ω、200mW@300Ω、100mW@600Ω
  • 430HAD: 8000mW@50Ω、1330mW@300Ω、667mW@600Ω
ということです。残念ながら出力がパワフルすぎて、普段私がDAPなどを測るときに使っている携帯測定器は使えなかったのですが、ここまで強力だと、どのようなヘッドホンであっても軽々と駆動できます。HD800やT1くらいではびくともしません。

私のViolectric V281が50Ωで4200mWなので、430HADはそれよりも強力ですね。逆に600ΩではV281が2700mW、430HADが667mWです。つまり高インピーダンスヘッドホン接続時の電圧ゲインはV281、中インピーダンスでは430HADのほうがパワフルです。とはいっても、ここまで来ると、スーパーカーの最高時速を比べるみたいに、もうどうでも良くなってしまいます。コンパクトな230HADの出力でも十分すぎるくらいです。

50Ω以下でのスペックを公表していないということは、基本的に高インピーダンスヘッドホンとの使用を想定しているのでしょう。最近のユーザーだったら16Ωとかでの出力の方も気になるところです。

あと、430HADは出力ゲインのHIGH/LOW設定があるので、感度が高いヘッドホンでは爆音すぎて使えないという心配はありません。

430HADのスペックは、過剰なほどに高出力すぎるように思えますが、実際に使ってみると、ボリュームノブの0~70%くらいは非常にマイルドな音量上昇で、70%くらいから一気に音量がグイグイ上がるようなフィーリングです。HD800とかではボリュームノブを半分以上に上げることになり、ちゃんと余剰パワーがあるのかどうか心配になりますが、そこからちょっと上げてみると一気に爆音になります。

これは、430HADが一般的なボリュームポット(可変抵抗)ではなく、独自のR-2Rチップを使った高音質ボリューム回路(デジタル制御式アナログ抵抗)を採用しているからです。つまり、我々が普段使い慣れているボリュームノブと挙動がちょっと違います。

一方230HADの方はモーター式ボリュームポットを搭載しているので、同じボリュームノブ位置でも、たとえば低音量付近では、430HADよりも230HADの方が大音量のように感じることもあります。ヘッドホンアンプ全般に言えることですが、リスニング中のボリュームノブの位置を見ただけでは、アンプの潜在的なパワー性能を計り知ることはできない、ということですね。

バランス出力

430HADと230HADではシャーシサイズが大幅に違うのですが、その理由は、上記のボリュームノブ回路の違いなどもありますが、一番大きいのは、430HADのみバランスヘッドホン出力に対応しているからです。

正真正銘のバランス駆動のためには通常の二倍のアンプ回路が必要になりますが、430HADでは出力回路はもちろんのこと、電源トランスに至るまで230HADの二倍に増やしているため、シャーシサイズが肥大するのは仕方がありません。

バランス駆動対応ということで、リアパネルには左右のXLR入力端子が備わっているわけですが、肝心のヘッドホン用XLR出力端子は見当たりません。

430HADを初めて使った時に驚いたのですが、フロントパネルのディスプレイ画面の端に取っ手がついており、そこをスーッとスライドすることで、隠されていたXLR端子が現れます。

バランス出力端子は?

隠し扉が開きます

LED表示は変わらないまま、ディスプレイの保護ガラスのみが左右に動くので、一見どうやって現れているのかよくわからず、忍者屋敷ギミックみたいでかっこいいです。

ちなみに、バランス出力端子は、最近普及している4ピンXLR×1と、旧来の3ピンXLR×2の両方が搭載されている配慮はとても嬉しいです。すでにバランスヘッドホンを持っているマニア達は、こういった端子の種類に結構こだわっていたりするので、両方ついていれば誰も文句を言いません。特定の端子のみにこだわっているメーカーは、意外と多くの客を失っていることを気づくべきです。

デザイン

コンパクトな230HADのフロントパネルには、電源スイッチと入力切替のみしか無いので、操作は極めてシンプルです。ヘッドホン出力端子以外には、MP Inと書いてある3.5mm入力端子があります。これはスマホなどを手軽に接続できるようにという配慮でしょう。

ボリュームノブはモーター連動式で、付属している赤外線リモコンはMOON NEOシリーズの他の機器と共通なので、CDプレイヤー操作用ボタンなど、余計な機能が多いです。

230HADはシンプルで、ディスプレイなどはありません
430HADのボタンは単機能なのでわかりやすいです

上位モデル430HADのフロントパネルにはボタンがたくさんありますが、全て単機能で、複雑な階層式メニューなどはありません。画面左側に「スタンバイ電源」「ヘッドホンゲインHIGH/LOW切り替え」「ディスプレイ表示切り替え(音量・サンプルレート)」「クロスフィードON/OFF」、画面右側には「入力選択」「ミュート」「MP In」といった感じです。

230HADと同じく、6.35mmヘッドホン出力以外にはMP In用の3.5mm入力端子がついています。最近は高級DAPを持っている人も多いと思うので、ここに3.5mmケーブルですぐにライン接続できるのは便利だと思います。

230HADのリアパネル

430HADのリアパネルにはバランス入力端子があります

リアパネルのアナログ入力は230HADではRCA×1、430HADではRCA×2とバランスXLR×1になっています。

どちらのモデルも、アナログRCAライン出力がボリューム連動と固定の二種類が備わっているので、ヘッドホンアンプ以外にも、ラインプリアンプもしくはライン出力DACとしても活用できるのが嬉しいです。ちなみに430HADはせっかくバランスXLR入力があるのに、バランスXLRのライン出力が無いので、バランスラインDACプリとして使えないのは残念です。

あとは、430HADはフルサイズということで、他のMOON NEOシリーズと連動させるためのアナログ通信端子と、他社のパワーアンプと連動させるための12Vトリガ、ホームシアターなどのオートメーション用RS232シリアル端子が搭載されています。どれもヘッドホンアンプ用途ではあまり縁が無い機能です。

ちなみにクロスフィードですが、これは、この手の装置の中でも結構左右チャンネルをブレンドする効き目が強い方だと思います。430HADのみの機能で、230HADには搭載されていません。

他社のクロスフィードギミックと比較して、クロスフィードONにしても周波数バランスが崩れるような悪影響は感じられなかったので、古いステレオ録音など、左右のバラバラ感が目立つアルバムとかで、役立つ場面は多そうです。

最近はヘッドホンでも音場や空間イメージが素晴らしいモデルが多いので(HD800とか)、積極的にクロスフィードで擬似スピーカー体験をするのも面白いと思います。USB DACとして活用する場合でも、パソコンの再生ソフト上でのクロスフィードエフェクトよりも、430HAD内蔵クロスフィードの方が良い効果が得られると思いました。絶対に必要な機能ではないですが、無いよりもある方が嬉しいです。

DAC

バランス出力とクロスフィードの有無以外では、430HADと230HADの違いは意外なほどに少なく、特にDAC部分の対応スペックが一緒なのは嬉しいです。他のメーカーだったら、よく下位モデルでは意図的にDACの対応スペックを落とすような見苦しい差別化を図っていたりしますよね。

PCM 352.8kHzは問題なく再生できました

DSDネイティブの場合は、DSDと表示されます

どちらのモデルも、S/PDIFの同軸・光入力はPCM 192kHzが上限ですが、USB DACとして使う場合にはPCM 384kHz、そしてDSD256(11.2MHz)まで対応しているのが嬉しいです。ちなみにUSB DACは最近市民権を得てきたマイクロUSBではなく、フルサイズのB型USB端子なのが嬉しいです。

AES/EBUや外部クロック入力などは無いです。どちらも96kHz以上ではあまりよろしくない古い技術なので、最近はUSBが普及したおかげで以前ほど騒がれなくなりましたね。

230HADはLED表示のみです。写真は4×48なので、192kHzです
4×2×44.1ということは、352.8kHzですね

ちょっとテストしてみたところ、AndroidのHF PlayerでOTG経由で無事にPCM352.8kHzと、DSD256が再生できました。

これも案の定192kHzくらいまでなら完璧に安定するものの、DSD256やPCM352.8kHzなどではOTGやUSBケーブルの品質がショボいとプチッという音飛びが発生するのと、たまにサンプルレートの認識が上手くいっていないのか、DSD再生を始めると音楽の代わりにザーッという微小ノイズが出ることがありました。一旦停止して、再生を再開すれば元に戻るので、Androidアプリ側か、USB DAC側のどちらが原因なのかいまいちわかりません。

こういうハイエンドオーディオ機器としては、ノイズが出る可能性があるのは困りますが、そういった場面でAndroidスマホに頼るのは、まだ現状では時期尚早なんでしょうかね。パソコンからしっかりしたUSBケーブルで送信したら、問題なくDSD256やPCM352.8kHzを再生できました。

あと、S/PDIF入力はDoPに対応していないため、Fiio X5-IIなどDoP出力ができる同軸デジタルを接続してもDSD再生はできませんでした。

全体的に特徴に薄いというか、書くことが無くて苦労するくらい単純で、とりあえず接続して、入力を選んで、ボリュームノブを上げると音が出る、といった、シンプルなデザインです。

音質について

まず、ヘッドホンの駆動力は、430HADはもちろんのこと、コンパクトな230HADでも十分パワフルです。比較的鳴らしにくいと言われているベイヤーダイナミックT1やDT1770、Audeze LCD3からMr Speakers Etherなどの平面駆動ヘッドホンに至るまで、ボリューム位置が50%程度にてパワフルなドライブ感が得られました。

ノイズフロアは極めて低いので、IEMなどでもローゲイン設定にすれば満足に使えると思いますが、今回の試聴には、普段聴き慣れているDT1770と、ゼンハイザーHD800Sなどの大型ヘッドホンを使ってみました。

LCD3をバランス接続で使ってみたりしました

まず下位モデルの230HADをUSB入力からDACアンプとして試聴してみました。

SIMAUDIO MOONシリーズ全体のサウンド特性は、クリアで明快なのに、ギスギスしない、余裕を持った優雅な音作り、という感じです。重低音を響かせるとか、肉質的にパワフルとか、モニター調にシビアとか、そういった傾向とはまたひと味違った、なんとなくアメリカというよりはフランス・ヨーロッパっぽいオーディオ設計の匠を思わせます。

ポテンシャルが高いサウンドです

据え置き型オーディオのベテランらしく、汎用性というか、どんな音楽にも対応してくれそうな安心感があります。それでいてカジュアル系のお茶を濁すような高級コンポシステムとは違い、無尽蔵のパワーが表面下に待機しているような優越感があり、どんなにパワーが求められても、絶対に暴れることは無いぞ、という大人の余裕があります。

個人的には、この「大人の」というのがキーポイントだと思うので、もっとギラギラとした高解像や、まったりした暖かみなど、アンプに「何か」特別な効果を求めている人には、地味で退屈な音作りに聴こえるかもしれません。

230HADの特徴は、端正なサウンドでありながら、ダラダラせずに活発で、とくに女性ボーカル域が美しく澄んだ透明感を持っていることです。どんなに低音や高音が広帯域なアンプであっても、この一番大事なボーカル域のプレゼンテーションが間違っていると台無しなのですが、230HADはここをぬかりなく、ちゃんと仕上げているな、と思いました。

若干明るめの、明快でテンポの良いタイプのサウンドが、より一層音色の魅力を引き立てています。SIMAUDIO MOONの大型システムとの類似性はもちろんのこと、なんとなく同じ傾向としてプライマーとかRegaやRoksanのようなメーカーを連想します。

230HADはコンパクトシャーシながら、全体的にいきいきとした魅力にあふれたサウンドなのですが、ここから上位モデルの430HADに乗り換えてみると、期待以上に大きな音質向上が感じられました。230HADが霞んでしまう、という程ではないですが、やはり違います。

430HADでは、一気にスケール感と余裕が倍増します。空間がグッと広がり、全体がソフトでありながら明確という、間違いがない良い音です。特に低音の空間余裕が広くなるため、十分な低音のパワーが感じられるのに、前に迫ってこないため圧迫感が少ないです。これは私のViolectric V281でも感じた利点なのですが、意外と多くのアンプでこの低音の空間表現が下手なことがあります。

全体的に一歩離れた距離感を持ったサウンドなので、音楽のエネルギーを体全体で浴びるというよりは、目の前の空間音場が丁寧に描かれていて、色々な音色のせめぎあいが感じ取れるという印象です。たとえば脳内定位感が強いAudezeやHIFIMANなど平面駆動型ヘッドホンでは、普通のアンプであれば眉間の間近にボーカル像が現れて不快に感じるようなことが多いのですが、430HADではそこそこ距離感が得られるため長時間のリスニングでも快適でした。

弱点があるとすれば、230HADや、世間一般のヘッドホンアンプ(たとえばOPPO HA-1など)と比べると、音像の質感や豊かさを重視しているため、シャープなアタック感は薄れているかもしれません。上手に音を仕上げすぎている、とも言えますが、たとえばAuralic Taurusなどほど甘い端正さを推し進めるスタイルでも無いですし、P-700uほど輝かしい音色の響きを引き出すわけでもありません。音色のクセは出さずに、空間の広がりや定位の正しさなどがスケールアップしているようです。HD800やLCD3を使っていても、このヘッドホンではまだ引き出せていない、手に余るポテンシャルを秘めているかも、と感じました。

バランス出力を使うと、中低域が熱量をもつような、若干太くなる傾向です。430HADはわざわざバランス接続のために二倍の回路を搭載しているので、申し訳なくも思うのですが、個人的にはバランス出力のほうが絶対的に優れているという風には感じられず、たとえばHD800であればバランスのほうが質感が豊かになりますが、LCD3では6.35mm端子の方がよりクリアで繊細なようにも思えました。どちらを選ぶかは音色の好みやヘッドホンの特性によって決めることになります。気分によって選べる贅沢だと思えば十分です。

430HADの特徴はバランス出力だけではなく、6.35mmステレオ出力からでも感じられますので、どんなヘッドホンを使っても、ヘッドホンの性能と録音の魅力を引き出してくれます。音楽を一時間、二時間と聴きつづけた末に、「なんか、すごい良いよね」という感想が生まれるのが、この430HADというヘッドホンアンプの素晴らしさだと思います。実際、試聴デモを行っている時も、ショップに申し訳ないくらい長時間ずっと使い続けてしまいました。

悪いアンプであれば、5分ほど聴き流すだけで「あぁ、なるほど、こういう感じか・・」という印象が脳裏をよぎるのですが、430HADは特筆したクセが無いので、聴きこむほどに素性の良さがにじみ出てくる感じです。それでいて、もしこのアンプが無個性で全く面白みの無いサウンドであったら、ここまで長時間のリスニングでは飽きてしまっただろうと思います。

これは多分、SIMAUDIO MOONが、音色のキャラクターや味付けを追求しているのではなくて、高い再現性を第一に置いて、測定スペックをクリアした上で音色チューニングを繰り返した結果だと思うので、絶対的性能において弱点や破綻しているところが思い当たりません。

なんというか、イメージですが、ランボルギーニとかの個性豊かなスーパーカーというよりは、メルセデスなどのハイパフォーマンスセダンのような奥深いポテンシャルを匂わせます。「測定機器のような仕上がりでも、ここまで追求すれば、こんなに良い音なんだ」いう説得力があります。

このアンプと比較すると、ハイエンドヘッドホンアンプと言われているAuralic TaurusやラックスマンP-700uなども、メーカーが求めている味付けのための演出(キャラクター)が強いように思えてきます。ハイエンドヘッドホンアンプの全てを試聴したわけではないですが、これまで聴いてきた中でも430HADはかなりトップクラスに近いです。

今回の試聴ではまともな外部DACが無かったので、ポターブル機でChord MojoやAK240などからライン出力で430HADに入力してみました。アナログライン入力からでも、430HADの魅力である整ったサウンドの余裕は健在で、各DACごとの魅力を十分に引き出してくれます。とくにChord Mojoの中域の音色の良さは、430HADの内蔵DACよりも一枚上手だと思いました。

しかしその一方で、外部DACを使った場合には、どうも430HADのスケール感や音像の広さといった空間特性が損なわれてしまい、全体的にコンパクトにまとまったサウンドになりました。より普通になった、とも言えます。もっと良いDACやソースを使えば話は違うかもしれませんが、内蔵DACは捨てたものではありません。

もちろん頂点を目指す(というか最高金額を目指す)システムとして、SIMAUDIO MOON NEOシリーズの単体DAC製品(380DストリーミングDSD DAC)を組み合わせることも面白いと思います。しかし実際その380Dの中身を見ても、電源やアナログ回路は430HADとほぼ似通っている内容が重複しているため、それを組み合わせることで得られる音質の変化というのも、合理性に欠けているように思います。

なんというか、醤油にソースをかけるというか、自動車で自動車を牽引するような感じです。もちろん装置間のケーブルによる味付けなどもあるかもしれませんので泥沼です。

私自身はViolectric V281というヘッドホンアンプを普段使っているのですが、以前このV281が非常に優れたヘッドホンアンプだと言っていながら(そうでなければ買ってません)、今回は430HADが最高というのは、話が違うじゃないかと指摘されそうですが、このクラスのヘッドホンアンプはどれも良い物ばかりです。

Violectric V281というアンプは、結局のところスタジオモニター用機器の王道に忠実であり、過剰とも言えるドライブ力とアナログアンプとしての教科書回路を忠実に従っているスタイルです。サウンドそのものも、合わせたDACやヘッドホンに追従するのみで、無味無臭で質感を引き出すことが最優先されているため、私のように普段色々な製品を使って遊んでいるマニアにとっては、信頼できる道具のような存在です。また、V281はオプションの内蔵DACが簡素であまり良くありませんでした。一方でSIMAUDIO MOON 430HADはスタート地点がスタジオ機器ではなく、ハイエンドオーディオという荒波を切り抜けてきたキャリアによるものなので、サウンドの仕上げ方もMOONというブランドのポリシーに忠実です。

同じ高級自動車に例えても、V281がどんな悪路も乗り越える四輪駆動車であれば、430HADは高速道路をスムーズに駆け抜ける高級リムジン、といったような根本的な目指すところの違いがあります。

430HADは内蔵DACを含めて完成されたサウンドとして、「ハイエンドオーディオ機器」としての佇まいが尋常でないです。ここまで据え置き型オーディオ機器の世界をヘッドホンリスニングにもたらしたモデルは前代未聞だと思います。

超弩級ヘッドホンアンプは、今だからこそできるワガママなのかも

似たようなコンセプトで思い当たるのはMcIntoshのMHA100とかがありますが、残念ながら未聴です。あと、もう少しコンパクト路線では、Ayre Codexなんかも高級オーディオの常連ブランドなので、気になりますが、これも未聴です。先月号のHi-Fi News誌でレビューや内部写真などが載っていましたが、結構アナログアンプ回路に力を入れているみたいです。

日本のメーカーではエソテリックやTADなんかが本気のDACヘッドホンアンプを発売してくれると嬉しいですが、今のところ何も無いですね。マランツやDENONも、DA-300やHD-DAC1がそこそこ良かっただけに、もうちょっとコスト度外視なモデルを検討して欲しいです。買うかどうかは別として、作るとしたら今でしょう。

超高価なFostex HP-V8やオーディオテクニカAT-HA5050Hのような変態モデルも、ヘッドホンブームの今だからこそ開発が許されたと思います。

据え置きオーディオメーカーとそれ以外を線引きするつもりは無いですが、老舗メーカーであれば、半世紀に渡る経験を活かした最新モデルを期待したいと思うのは当然です。

そんな中で、SIMAUDIO MOON 430HADは、長年のオーディオ開発で得たノウハウを最大限に注入した、メーカーのイメージを誇れる音質が感じられました。これをスタート地点として、MOON Evolutionシリーズのフルシステムを買ってくれる人もいるかもしれませんね。(パワーアンプだけで600万円とかしますが・・・)。

おわりに

ヘッドホンユーザーからの知名度はあまり高くないメーカーですが、家庭用スピーカーシステムを組んでいる人であれば、Stereo Sound誌などでよく目にするブランドなので、「あのSIMAUDIOが作るヘッドホンアンプなら・・・」と興味を持って聴いてみたくなると思います。

とくに430HADは、SIMAUDIOの主力製品といえるDACとラインプリアンプ製品の技術をそのまま移植して生み出されたヘッドホンアンプなので、メーカーとして音作りの一貫性が保たれています。

一方、弟分の230HADも、バランス出力やクロスフィード、そして高性能ボリュームノブといった一部の機能を削除したのみで、肝心の音声回路については手を抜いておらず、上位モデルと同じ系統の音質を垣間見ることができます。

サウンドの傾向は、どちらもギスギスせず、よく解れた、音楽を楽しむために作りこまれた逸品といった印象です。430HADの方がじっくりと音楽を味わえるスケール感や土台の安定感がありますが、230HADはより活発で新鮮なサウンドなので、普段使いではこちらのほうが気軽に楽しめるかもしれません。

とくに230HADは一見シンプルな見た目ながら、DAC・アンプともに優秀なパッケージなので、OPPO HA-1やTEAC UD-503、マランツ HD-DAC1、パイオニア U-05といったクラスのDACアンプ複合機からの乗り換えであったり、高級ポータブルDAPで耳が肥えたユーザーのはじめての据え置きアンプで、せっかくだからもうちょっと上のランクのサウンドを検討したい、という人は、是非試聴してみる価値があります。

よく買い物をするときに陥りがちな「20万円なのにBluetoothもストリーミングもバランス出力も無いし・・」といった見方ではなく、「老舗オーディオメーカーが20万円という縛りで作ったヘッドホンアンプはどんな音がするのか・・」、という方向で検討してもらいたいです。

430HADはそう簡単には手が出せない価格ですが、現時点において最高クラスのヘッドホンアンプだと思います。サウンドは巨大なスケール感と丁寧さが両立しており、DAC部分も含めて、不自然な自己主張が無い豊かな音色が魅力的です。

では実際、50万円で買うか?ということになると、値段はさることながら、やはりあの巨大なシャーシサイズや、結局ヘッドホン(ごとき)にそこまで大掛かりなセットアップは必要なのか?という疑問にて躊躇すると思います。私の場合は、大小問わず新製品を色々楽しみたい趣味なので、430HADのような高い完成度のパッケージは持て余してしまうと思います。その点は今使っているViolectric V281の方が素朴で用途に合っています。ただ、予算度外視で他人に勧めるのであれば絶対430HADだと思います。

430HADはやはり、すでに専用オーディオルームにて高級スピーカーオーディオシステムを日々堪能していて、その延長線上で「最近話題のヘッドホンオーディオでもちょっと試してみるか・・」といった感じの、余裕のある人が手を出すべきでしょう。オーディオルームのハイエンド機器に引けをとらない仕上がりで、10年、20年と末永く愛用できる素晴らしいアンプだと思います。

こういう商品は中々無いので、機会があればぜひ、スマホからCCK・OTG接続とかでも十分なので、試聴してみてください。