2016年6月3日金曜日

AudezeのLightning DACケーブル「Cipher」試聴レビュー

AudezeのDACアンプ内蔵ケーブル「Cipher」を使ってみました。現在は同社のSine・EL-8ヘッドホン端子のタイプが発売されています。

Audeze CipherケーブルとEL-8 Titanium

iPhoneやiPadとかのiOS「Lightning端子」専用のヘッドホンケーブルで、iPhoneからは音声がデジタルで送られ、ケーブルの中間にあるリモコンのような部分にDAC+ヘッドホンアンプが隠されています。これさえあれば別途DACアンプを併用せずとも、iPhoneやiPadのショボい内蔵オーディオに頼らずヘッドホンリスニングが楽しめる、という優れものです。

前回Sineヘッドホンを試聴した際には残念ながらまだこのケーブルが無くて、3.5mmアナログケーブルのみだったのですが、今回試聴用サンプルがある店を見つけたので、気になって試してみました。


Cipherケーブル

ちなみに現在Cipherケーブルに対応しているのはAudeze SineとEL-8ヘッドホンなので、それぞれ試してみましたが、ヘッドホン側の端子が異なるだけで、ケーブルそのものは一緒です。

現在Audeze直販サイトでは、Sineではプラス$50、EL-8ではプラス$100で、Cipherケーブル同梱のセットが販売されています。別途DACアンプを買うことを考えると、かなり手頃な価格ですよね。実際$100(約一万円)未満でちゃんとしたDACアンプを探せと言われても結構厳しいと思います。

これを書いている時点では、次期iPhoneでは3.5mmヘッドホン端子が廃止されるとか、そんな噂が流れています。そのためかどうか知りませんが、この手のLightning端子用ヘッドホンケーブルのようなものがここ一年ほどで続々登場しています。Cipherケーブルもそれの一つのトレンドアイテムなわけですが、Audeze社が高価な高級ヘッドホンを作っているメーカーということで、高音質が期待できると注目を集めています。

実際、我々ヘッドホンマニアにとっては、iPhoneのようなスマホに搭載されている3.5mmヘッドホン端子はパワーが貧弱すぎて、ほぼ使い物にならないため、たとえばOPPO HA-2やChord Mojoのような外部DACアンプや、もしくはFiio E12のような外部アナログブースターアンプを別途追加している人が多いです。

それなら音楽専用のDAPを使えばいいのに、と思ったりもしますが、スマホであれば動画を見たり、ネットのストリーミングミュージックサービスを聴いたりなど、幅広い使い方があるため、あえてスマホで高音質を求めている人は結構多いみたいです。


例えばOPPO HA-2やiFi micro iDSDなどには巨大なバッテリーが搭載されているため、音楽を聴いていない時は逆にスマホを充電できる機能があったりもします。一方このCipherケーブルにはバッテリーが搭載されていないため、D/A変換やヘッドホンを駆動するアンプのパワーを全てをスマホから引っ張ってこないといけないので、パワーやiPhoneの電池寿命も心配になります。

そもそもAudezeのSineやEL-8はそこそこ大きい平面駆動板を搭載しているため、案外まともなアンプを使っても満足な音量が出しにくい部類のヘッドホンです。

そんなわけで、本当にこのCipherケーブルでSineやEL-8が駆動できるのか懐疑的でした。

ケーブル形状

ケーブルそのものは、ごく一般的なヘッドホンケーブルの太い部類という程度で、これがデジタルケーブルだと言われなければ気がつかないほどです。「きしめん」タイプのフラットケーブルで、SATAケーブルとかソニーXBAヘッドホンのとかに似ています。

フラットケーブルです。リモコン(DACアンプ)部分はデカイです。

リモコンから上のアナログケーブルもフラットなので、絡まりにくく、ちょっと固めの手触りです。

リモコン部分にDACとアンプが内蔵されているわけですが、たしかに一般的なヘッドホンのリモコンと比べると、想像以上に大きくて長いので驚きました。



中身はこうなっているようです(イメージ図)

内蔵DACやアンプ構成についての詳細は公表されていませんが、そもそも手軽さを目的とした製品なので、あまり過度な期待は禁物です。

リモコンは再生とボリューム上下の3つのボタンがあり、それぞれが離れていて押しやすいです。マイクも内蔵しており、ボタンの二度押しなどのコマンドも説明書に色々書いてあるため、一般的なヘッドホンリモコンマイクと同等の使い方ができます。

接続したら瞬時に動きました。ボリュームも連動します。

今回は持参したiPodに、Radius NePLAYER入れて使ってみました。

Cipherケーブルを実際に使ってみると、これといって報告することが思い浮かばないというか、接続した途端にすぐ認識して、あとは通常のヘッドホンを使用しているのと同じようにボリューム操作などが行えます。とくにCipherリモコンとiPod本体のボリューム操作(画面下のスライダー)が連動しているのは嬉しいです。この点では、一般的なUSB DACをCCKアダプタを通して使うよりもかなり手軽で便利です。

CCK経由DACだと、アプリが認識してくれなくて何度も再起動させたりなど、肝心な時に想定外の事態に手間取ることが多いのですが、このCipherケーブルはとりあえず挿せば動くという安心感がありました。

192kHzは48kHzにダウンサンプルされました

ちなみにDACの挙動は、44.1kHzと48kHzにのみ対応しているらしく、NePLAYERでそれ以上のサンプルレート音源を再生しても、アプリ上で自動的にダウンサンプルされます。たとえば96kHzは48kHzとして再生されました。この辺のサンプルレート変換の挙動は再生アプリ次第だと思います。NePLAYERではDSDやPCM 352.8kHzも自動的にCipherが対応する44.1kHzや48kHzに変換されるので、とりあえず音楽鑑賞は問題なくできます。ようするに高レート楽曲のネイティブ再生は無理なようです。

専用アプリとファームウェア

App Storeで「Audeze」と検索すると、Cipherケーブルの専用アプリが無料で手に入ります。せっかくなのインストールしてみましたが、なんのことはない、ただのイコライザーのみのアプリでした。

専用アプリはイコライザーのみでした

このアプリ内の設定画面に行くと、ちゃんとCipherケーブルが接続されていることを認識してくれて、ネット環境があればケーブル用のファームウェア更新も確認できます。いくらDACが内蔵されているとはいえ、ケーブルのファームウェアアップデートというのも不思議な気分です。

実際今回使ってみた時もファームウェア更新があったので、試しに実行してみたところ、書き換えに5分くらいの時間がかかったため(その間音楽は聴けませんので)、時間に余裕がある時以外はやめたほうが良さそうです。今回はファームウェアが0.3.8から0.3.9にアップデートされましたが、実際何が変わったのかはわかりません。

専用アプリで、ファームウェアアップデートできます

ファームウェア0.3.9でした。ちなみにCipher?Cypher?

ちなみに、音楽再生は安定しており快適良好なのですが、再生中に無線LANなどを使って色々とネットを観覧したり、アプリを立ち上げたりすると、稀に音楽がプチプチと音飛びすることが何度かありました。その辺はiPhoneの世代や性能とかも関係しているかもしれませんが、古いiPodしか持っていなかったため、確認できませんでした。ちなみにiOSはこの時点で最新の9.3.2です。

音量と音質

今回一番心配だった「音量」についてですが、Sine、EL-8ともに結構大きな音が出せたので驚きました。

若干EL-8の方が鳴らしにくいのですが、どちらもそこそこ良いDAPを使ってもボリュームをずいぶん上げないと満足な音量が出せないのにもかかわらず、このCipherケーブル経由では、うるさすぎるほどの爆音も出せました。少なくともiPhoneの3.5mmヘッドホン出力では絶対に到達不可能な領域です。

ポピュラー音楽では、ボリューム位置がちょうど50%くらいが快適で、クラシックなども70〜80%くらいで適正音量でした。極端に録音レベルが低いアルバムでは、稀に最大ボリュームまで上げてしまったこともありましたが、音量の範囲としては十分満足です。iPodのバッテリーも、1時間ほどガンガン鳴らして使っても1割ほどしか減らなかったので、CCK+バスパワーDACとかよりも効率が良いと思います。残念ながら店頭だったため長時間のバッテリーテストはできませんでした。

不釣り合いな超高級DAPのPlenueと試聴比較です

音質のほうは、まあまあ悪くないです。値段相応というか、高価なDAPや据え置き型アンプなどと比べれば分が悪いですが、そもそもこのコンパクトさで電池不要で、これくらいのサウンドが出せるのであれば十分満足できます。

傾向としてはメリハリが強くシャープで、クリアさを強調させたような印象です。

平面振動板というと、貧弱なアンプでは低音不足に陥りがちなのですが、その心配は皆無で、十分量感を持っています。しかも余計に響かないので、全体のバランスを崩しません。

弱点としてすぐに気がつくのは、高域の硬さです。ギラギラしているとか、女性ボーカルが響くといった鮮やかな特性ではなく、もっとドライで硬質、アタックが耳につくような感じです。刺さるといった感じでも無いので、金属的な響きというよりは機械的な立ち上がりの強さのように思えます。

このタイプのサウンド傾向は、DAPでも3万円以下くらいのお手頃価格な製品に多いので(Fiio X1とか、Plenue Dとか)、そう考えるとCipherケーブルは十分頑張っています。なんとなくResonessence Herusとかと近い傾向だと思いました。Audioquest Dragonfly Redよりも音量は出せますし、音のメリハリも良いです。

つまり3万円くらいのDAPやDACを別途持ち歩くのと同じくらい、iPhoneとCipherケーブルの組み合わせで十分満足できるサウンドが得られます。

Cipherケーブルのもう一つの弱点だと感じたのは、音量に対する音質の変化です。とくに空間表現でこれが顕著に現れました。ボリューム位置が半分以下くらいで、静かな環境でゆったりと音楽を聴いている場合には、自分の周囲を広々と取り巻くようなサラウンド的感覚が得られます。特にEL-8では、Audeze特有の擬似3Dサラウンドのような「音が自分の後ろにも回りこむ」ような、LCDシリーズと同様の不思議な体験ができます。

しかし、ボリュームが半分を超えて、70%くらいに上がってくると、どんどん上記の高域の硬さや、低域の自由度が損なわれてきて(息使いが荒くなるというか、息苦しい感じです)、音楽全体が自分の目の前にベタッと張り付くようになってしまいます。これはやはりLightning端子に電源供給を依存しているため、アンプに限界があるのかもしれません。

SineやEL-8を高出力の据え置き型ヘッドホンアンプで駆動すれば、このような音量に対する音質差が現れず、かなりの大音量までしっかりと、空間定位や高域・低域の見通しの良さを保ってくれます。つまり、アタックが圧縮されず余裕を持てるので、その分だけ中域のメインボーカルなどが妨げられず表現力が豊かになります。

据え置き型であればそのような良いアンプは色々選択肢があるのですが、ポータブルDAPではやはりCipherケーブル同様の駆動力不足を感じられるため、たとえばAK240やソニーNW-ZXシリーズ、オンキヨーDP-X1などでは明らかにCipherケーブルと同じような余裕の無さを感じました。ボリューム位置も、案外Cipherケーブル以上に上げないと同様の音量は得られません。そこそこ出力に定評のあるFiio X5-IIやCowon Plenue Sを使って、ようやく荒っぽさが拭えて満足に駆動できているというふうに聴こえました。Audezeの特色である、中域が素直でまったりとしたリラックスサウンドを楽しみたいのであれば、やはり駆動力は大事なんだなと再確認できました。

iPhone+CCKであれば、iFi micro iDSDやChord Mojoではワンランク上のサウンドが得られます。Oppo HA-2では音量は十分に取れるものの、サウンドはCipherケーブルと似た、クリアながら若干色気のない息苦しい感じが聴き取れました。

そもそも、低価格のケーブル一体型DACアンプであるCipherケーブルを、AK240やmicro iDSDなどと比較している事自体が価格不釣り合いですし、携帯性ではCipherの圧勝ですね。

結論としては、Audezeヘッドホンの魅力を最大限引き出すためには、そこそこ高出力な据え置き型(コンセント電源とかの)アンプが必須だと思います。真空管アンプは特に相性が良いようです。まずはそれを前提とした上で、出先でのポータブル使用にはあまりシビアにはならず、iPhone + Cipherケーブルでとりあえず満足なサウンドが得られます。Audezeに思い入れがあるなら、あえてポータブルDAPで試行錯誤するよりは、このような家と外での割り切りが大事なように思いました。

おわりに

Audeze社としては、同社のポータブル用ヘッドホンSineやEL-8を是非新規ユーザーにも使ってもらいたい・・、でもそういう人達はDACやヘッドホンアンプはきっと持っていない・・・、ポタアン必須じゃあスマートじゃない・・・、でもiPhone直挿しじゃあヘッドホン本来の性能は発揮できない・・・ という考えから発案された商品なんだと思います。

想像以上に高出力でメリハリのあるサウンドが得られたので、非常に満足しました。音質面ではやはり高出力DAPに敵わない部分もありますが、価格と使い勝手を考えると、十分価値のある製品だと思います。

特にこれといった不具合もなく「挿せば動く」というシンプルさは普段変なDACで試行錯誤している自分からしてみると、驚異的に使いやすくて感動しました。

CCK経由DACであれば96kHzやDSDなどのハイレゾ音源もネイティブ再生できるものが多いのですが、肝心の出力が貧弱であったり、スマホの電池消費が激しいとか、接続に手間取ったりすることが多いので、その点Cipherケーブルの手軽さとパワーは評価できると思います。

ショップで試聴している時など、iPhone+CCK+DACでヘッドホンリスニングしているつもりが、実はCCKが正常に認識しておらずiPhoneの内蔵スピーカーから爆音で音楽が流れている人とかを度々見かけます。あれはかなり恥ずかしいですね。Cipherケーブルは「とりあえず挿せば動く」、しかもパワフルでそこそこ高音質、というちゃんとした製品なので、「こういうのが欲しかった」と待望していた人も多いでしょう。

最近はAudioquest Dragonfly Black/RedなどのCCK対応DACアンプは、3.5mm端子で色々なヘッドホンと合わせて使えるというメリットがあります。その点やはりCipherケーブルはAudezeヘッドホン専用のアクセサリといった印象が強いです。さらにここからMMCXとか3.5mmのような汎用端子バージョンも販売してくれれば、それだけで結構売れると思うのですが、どうなんでしょうね。

また、新製品のSineヘッドホンはコンパクトながらAudezeらしい素晴らしい音質だと思ったので、このCipherケーブルが付属しているバージョンが欲しくなってしまいます。