2016年1月10日日曜日

Shure KSE1500 コンデンサ型IEMの試聴レビュー

年末年始、気になったけど値段が高くて買えなかったシリーズ、前回はFiio X7を紹介しましたが、今回はShureの高級IEMイヤホン「KSE1500」です。

KSE1500は単なる「イヤホン」と言うには恐れ多い超高級品で、その価格は36万円という、とんでもない商品です。

Shure KSE1500

実際、30万円を超えるイヤホンというのは海外のカスタム品などを中心にいくつかすでに存在しているので、今回のShure KSE1500は飛び抜けて高価というわけではなく、たとえば常に色々なモデルを買い換え続ける「ヘッドホンスパイラル」から抜け出したい人であれば、これくらいの値段を検討しているだろうと思います。

ではなぜKSE1500が注目を浴びているかというと、まず、これまでShure社の最上位イヤホンは10万円のマルチBA型IEM「SE846」で、その高音質が大好評を得ているため、上位モデルへのユーザーの期待が高いということ。そして、今回のKSE1500はBA型ではなく、「コンデンサ型」という方式のドライバを搭載している、イヤホンとしては革新的な製品だからです。


コンデンサ型とは

コンデンサ型(静電駆動型)ドライバというのは、スピーカーや大型ヘッドホンなどで稀に採用されている方式で、特徴的なサウンドが一部マニアから絶大な支持を受けています。一般的に、コンデンサ型というのは高音が繊細で伸びやかで、逆に重低音が出しにくい方式だと言われています。

高音が綺麗で空間イメージが出しやすいということで、コンデンサ型は俗に欧米のクラシック音楽ファンに愛用されおり、ベテランのコンデンサスピーカー信者にとって、低音がボンボン出るダイナミック型スピーカーというのは野蛮人が使うものだといった隔世の感があるようです。

コンデンサ型スピーカーの代名詞QUAD ESL(旧型と現行モデル)

据え置き型スピーカーにおいてコンデンサ型は50年以上前から存在しており、中でも1950年代に登場したイギリスのQUAD 「ESL」がその代名詞と言われています。

コンデンサ型のドライバは静電パネルとも呼ばれており、原理はシンプルで、二枚の金属製メッシュ板のあいだに、電気に反応する極薄のシートを挟んであり、前後の金属メッシュに音楽信号を流すことで、あいだに挟まれたシートが前後に引っ張られて振動する、という感じです。

原理的には単純なので、古くからスピーカードライバ技術として検討されていましたが、実際に実用化するとなると問題点が多いです。

まず、前後の金属メッシュと、あいだに挟まれたシートが接触してしまうと、電気的にショートしてしまうため、音が出ません。そのため、メッシュとシートは完璧な精度で作られる必要があり、寸分の狂いや捻じれで故障してしまいます。家庭で使うスピーカーなどの場合、ちょっとした衝撃やぶつけることでメッシュが曲がってしまうとアウトなので、ハウジングの補強が重要です。実際に故障したビンテージのQUAD ESLなんかも、分解してシートとメッシュをまっすぐ貼り直せば復活することもありますので、50年経った今でも愛用されています。

静電パネルの二つ目の問題は、極薄のシートを振動させるためには、常時高電圧で帯電させておく必要があり、この静電状態で音楽にあわせて前後に振動させるためには、数百から数千ボルトの電圧が必要です。振動板が薄いほうが駆動は楽ですが、あまり薄すぎると湿気で伸びてしまったり、ねじれてしまいますし、逆に、厚すぎると、尋常な電力では前後に駆動することができません。

たとえば、Quad ESL 57スピーカーの場合は、低音用静電パネルは6,000V、高音用静電パネルが1,500Vといった高電圧状態が維持されています。実際に流れる電流は微々たるものなので、アンプ自体は20W程度で十分なのですが、それでも常時6,000Vを維持する高圧回路というのは家庭用で安全に使うには困難があります。

薄型静電パネルに、低音用ダイナミックドライバを追加したMartin Logan

また、静電パネルスピーカーは一般的なダイナミック型スピーカーとくらべて薄型でエレガントなのですが、静電パネルだけでは十分な低音を押し出すことが困難なため、Martin Loganなど一部のメーカーは、高音は静電パネル、低音はダイナミックドライバ(いわゆるサブウーファー)といったハイブリッド2WAYにしていることもあります。

一般的なコーン形状のスピーカーデザインを見慣れている人にとって、Martin Loganなどの半透明の静電パネルを見ると、ここから本当に音が出ているということが信じられないとよく言われます。

STAXのコンデンサ型ヘッドホンと、専用アンプ

ヘッドホンでのコンデンサ型というと、やはり日本のSTAX社が代名詞です。1960年代から開放型ヘッドホンにコンデンサ型を採用しており、その革新的サウンドから、STAX社としては「ヘッドホン」ではなく「イヤースピーカー」と呼んでいます。

STAXは1996年に倒産したのですが、最近では中国資本によって業務が継続しており、2015年には最新モデルのL700などが登場しました。

大型スピーカーのように、STAXのヘッドホンも静電パネルを駆動するために高電圧状態を維持する必要があり、そのため通常のヘッドホンアンプではなく、専用のアンプと合わせて使用しなければなりません。QUAD ESLなどのような大型スピーカーとくらべて、ヘッドホンの静電パネルは小さいため、電圧もさほど高く維持する必要な無いのですが、それでも580Vなど、結構な高電圧を使っています。

ヘッドホンケーブルを伝わって、耳元の静電パネルが580Vに帯電していると想像するとちょっと怖いものがありますが、実際STAXは長年の製品群にて実証されているように、とても安全です。(高圧といっても、例えば金属を触ってバチッとなる静電気なんかも数万ボルトだったりしますので)。

STAXのポータブルモデルSRS-002

また、今回のShure KSE1500が「ポータブルイヤホン初のコンデンサ型」、と言えない理由として、STAXはすでにSRS-005、SRS-002というポータブルコンデンサ型ヘッドホンを長年製造しています。しかし、これらのヘッドホンは完全開放型で、音漏れが尋常ではないため、Shureのように密閉型IEMシェルで遮音性を追求した商品ではありません。STAXはあくまで静寂環境の中でじっくりと音楽に浸るような製品です。

コンデンサ+ダイナミック型のハイブリッドAKG K340

STAX以外では、例えば往年のヘッドホンAKG K340のように、高音に静電パネル、低音にダイナミックドライバという2WAY構造もあります。また、K340の静電パネルは高周波のみを扱うため、音楽信号からエネルギーを吸い取って帯電するという自己バイアス型でした。つまり専用の高圧アンプではなく、一般的なヘッドホンアンプが利用できます。(しかし、ものすごく高出力なアンプが必要でした)。

このように、スピーカーやヘッドホンでは、これまでに幾つかのメーカーが挑戦してきた「コンデンサ型」ドライバですが、簡単に設計できるものでもなく、ダイナミック型やBA型ドライバのようにOEMメーカーからドライバをまるごと購入できるわけでもないため、「コンデンサ型」に挑戦するのは一種の「エベレスト登山」のような覚悟が必要です。

コンデンサ型の一番大きな問題は、コストダウンが困難な事です。つまり、メーカーがどれだけ開発費を投入して、最高なサウンドの高級ヘッドホンを作成したとしても、そこで得られた技術を、数年後に一万円台のモデルに移植するといった応用が効きません。ソニーなど大手メーカーが手を出したがらないのは、そういった理由があります。

ところで、なぜ今回Shureがコンデンサ型へ挑戦に踏み切ったかというと、これまでにコンデンサ型ヘッドホンを手掛けてきたSTAXやAKGと同じ背景があります。

コンデンサ型ドライバというのは、ようするにコンデンサ型マイクロフォンを逆転して応用した技術なので、マイクのベテランであるShureにとって、基本的な技術は社内に既に存在していたというわけです。

Shureのコンデンサ型マイク

そもそもマイクというのは音の振動を電気に変換するもので、スピーカーは逆に電気を音の振動に変換します。技術的には両方向に使えるものなので、たとえばマイクに音楽信号を流せばスピーカーになりますし、スピーカーに向かって叫べば、ケーブル端子から電気が流れます。もちろん両者を高音質にする技術が難しいのですが。

マイクというのは大きく分けて、ダイナミック型とコンデンサ型の二種類があり、ShureやAKGなどの大手メーカーは両方のタイプを展開しています。STAXもヘッドホンに着手する前からコンデンサ型マイクのメーカーでした。つまり、静電パネルや駆動アンプ回路など、今回のKSE1500を開発するために必要な技術は、Shureだからこそ可能だった巨大プロジェクトであり、生半可なヘッドホン家電専業メーカーでは到底実現不可能だと思います。

デザインについて

流石に高級機というだけあって、ボックスも気合が入っています。残念ながら写真は撮りませんでしたが、真っ黒なボックス表面にイヤホンの形状がエンボス加工されている、高級感溢れる外箱でした。

専用アンプも同梱されているということで、それなりに重量級のボックスですが、これ以外の高級イヤホン(たとえばSE846)もそこそこデカイ箱なので、もうイヤホンマニアにとって高級な梱包は慣れっこですね。

イヤホンとアンプ

イヤホン本体とアンプはスポンジに収められており、その下に豊富なアクセサリ群が格納されています。残念ながら借り物なので、アクセサリを全部開けることはできなかったのですが、公式サイトに同梱アクセサリを展開した写真がありましたので参考にしてください。

同梱されているアクセサリ一覧

一般的なイヤホンに必要なケース、ケーブルなどはほぼ全部網羅しています。もちろんこのクラスのイヤホンを購入する人は、もうちょっと高級なケーブルなどを所有していると思いますが、個人的にこのKSE1500というのはオーディオマニアだけではなく、ミュージシャンなど幅広い客層にウケそうな商品だと思うので、そういった意味では基本的なアクセサリが充実しているのは良い判断だと思います。

たとえば、実際に高級オーディオショップでよくある光景で、一見さんの大富豪の方が、100万円もするようなアンプやスピーカーを現金で買っていき、後日戻ってきて「スピーカーケーブルが入ってないとはどういうことだ!」とカンカンに怒っている、なんてことがありますので、付属アクセサリは重要です。

SE846などと同程度のシェル形状

KSE1500のイヤホン部分は、思ったよりコンパクトで、たとえばSE535よりは大型ですが、SE846に慣れている人であればすんなりと装着できるサイズです。実際これよりも大きいマルチBA型IEMイヤホンは沢山ありますし、個人的には、たとえばJH各種など、耳にフィットできずに断念したブランドもあるので、それらと比較すると良好な装着感です。

イヤピースは一般的なShureタイプで、今回は低反発ウレタンと、シリコンの二種類を使ってみました。

一番驚いたのはケーブルの柔らかさです。コンデンサ型というとSTAXのような「きしめん」タイプが一般的で、STAXいわく、コンデンサ型はあのようなフラットリボンケーブルじゃないと駄目だ、と言われ続けていたのですが、今回KSE1500のケーブルを見る限り、そうとも言えないようです。

静電型は専用のバイアス配線が必要なので、もちろんMMCXのような交換ケーブルは使えません。しかし、付属しているケーブルで不満はありません。特に、アンプから伸びて出る部分は見た目以上に柔軟性があり、携帯時に一切不都合やタッチノイズなどを感じませんでした。

アンプとの接続はLEMOコネクタで、たとえばAKG K812で採用されたものと似た形状のようです。このアンプはKSE1500専用なので、あえてこれを改造しようと思う人はいないと思いますが、高価なケーブルはやはり断線が心配なので、耐久性に関しては興味があります。一応第一印象ではかなりしっかりと作られているなと思いました。

アンプについて

KSE1500に付属する専用アンプは、コンデンサ型を駆動するための高圧回路も入っている特注品ですが、Shureは、このアンプから高圧回路を取り除いて、一般的なヘッドホンで利用できるアンプも販売しています。このSHA900ポータブルリスニングアンプというのは、単独で13万円と非常に高価ですが、以前試聴してみたところ、想像以上に高音質で驚きました。

↓レビュー
http://sandalaudio.blogspot.com/2015/12/shure-sha900-dac.html

もちろんKSE1500のアンプはSHA900とアナログ回路は異なると思いますが、USB DAC部分は共有していると思うので、そういった意味では少なくともD/A変換部分は優秀だということです。

KSE1500のアンプモジュール

SHA900のアナログアンプ回路は、色々なヘッドホンとあわせて使う汎用ヘッドホンアンプということで、フラットな出力を目指したと思いますが、KSE1500用アンプについては、それ専用なので、もしかするとコンデンサ型ドライバの特性にあわせてアンプ側で周波数特性などを調整してあるのかもしれません。

汎用アンプのSHA900は全く同じ形状ですが、銀色です

アンプユニットは機能的にSHA900とほぼ同様で、3.5mmアナログ入力と、マイクロUSB端子のデジタル入力が備わっています。今回は、試聴にアンドロイド携帯からOTGケーブル経由でデジタル接続しました。

ちなみに、KSE1500のDAC入力は96kHzが上限なので、たとえば192kHzやDSDファイルを再生すると、アンドロイドのOnkyo HF-Playerが自動的に96kHzにダウンコンバートしてShureに送信されました。2015年の商品として、あえて96kHz以上に対応していないのは、Shureらしいです。

Shureとしては、リスニング用途としてヘッドホンの性能を考慮すると96kHzで必要十分だと考えているでしょうし、しかも96kHzであればWindowsパソコンでも一応ドライバ不要で使えます。その辺が、オーディオマニア的ガジェット商品と、実用性第一のShureとの格差なのかもしれません。

アンプユニットには視認性の高い液晶画面がついており、ボリュームノブをダブルクリックすることで、各種設定画面が開きます。また、イコライザーも内蔵されているのが嬉しいです。

SHA900の項でも言いましたが、欲を言えば、やはり光や同軸などのS/PDIF入力端子が無いのが残念です。S/PDIFがあれば、各種DAPなどと組み合わせて応用の幅が広がっただろうなと思います。

音質について

今回はデジタル入力のみの試聴となりましたが、アンプ一体型ということで、マッチングや出力などについてあまり気にせずに気軽にリスニングできました。アンプの相性を考えなくてもいいという意味では完結した製品と言えます。

まず第一聴から感じたのは、これは紛れも無くShureの音だ、という印象です。他のどのメーカーのイヤホンやヘッドホンでもなく、SE846などの延長線上のサウンドのような気がします。マルチBAのSE846と、コンデンサ型のKSE1500が似ているというのも不思議ですが、それはShureのサウンドチューニングの意図している所なのでしょう。

具体的には、ダイナミック型のようなリラックスした豊かな音色ではなく、明確で解像感が強調された、「スタジオモニター」的なサウンドです。そういった意味でも、Shureらしい音色としてファンには満足感があると思います。コンデンサ型だからといって、高域がキツいとか、低域が出ないといったような周波数特性は皆無で、まったくもって万能なモニター系のサウンドです。

ではSE846との違いはというと、KSE1500は単純にSE846の悪い部分が排除された、さらに純粋で透明感のあるサウンドに仕上がっています。実はSE846は個人的にあまり好みの音ではなく、所有していないのですが、その最大の理由が、マルチBA型特有のクロスオーバーに由来する音像の乱れがあるからです。つまり、SE846は帯域ごとの解像感や分析力は素晴らしいのですが、一つの楽器、一人の歌手が、ドライバで分割された帯域ごとに定位がズレており、一体感が無いという問題があります。よって、ピアノソロなど生楽器を再現するためには、どうしてもシングルダイナミック型に負けてしまいます。

そういった面で、KSE1500はSE846的な解像感や分析力、そして音像の展開具合も似ているにもかかわらず、音像の乱れや空間の濁りが感じられません。

実は、このKSE1500を聴いて最初の10分くらいは、色々な楽曲を聴き比べても、「ふーん」といった印象しかなく、なんかただの高解像イヤホンのように思えていました。しかし、これが肝心なところで、KSE1500を使った後にSE846やSE535SEなどを使うと、明らかにこれらの不具合が実感できます。ようするに、KSE1500はこれといって明確な悪いクセが無いため、それ単体では「普通に良い音」といった感想しか生まれませんでした。

また、個人的に感動して購入したベイヤーダイナミックAK T8iEや、AKG K3003イヤホンのような明確な得意分野がありません。AK T8iEは広大なダイナミック開放型ヘッドホンに匹敵する音像の奥行きとリアルさ、K3003は高域のキラキラした響きの美しさが体感できるのですが、KSE1500はモニター然としており、あえてこのような過剰な特徴を意図的に避けているようにさえ思えます。

Shure SRH1540

試聴中ずっと、このKSE1500に近い音色の大型ヘッドホンというのを色々と考えていたのですが、意外にも一番しっくりくるのが、Shureの密閉型ヘッドホンSRH1540のように思えました。もちろん全く同じ音ではないのは当然ですが、たとえばHD800やAudez'e LCDのような開放型と比べると、KSE1500は音像が集中しており箱庭的な表現です。一方でFostex TH900やソニーMDR-Z7のようなリスニング向け密閉型のような太い音色と芳醇な残響といった観賞用サウンドではありません。サウンドのバランスという点ではベイヤーダイナミックDT880のようなスタジオモニターに近く、間近な音像への明確なスポットライトの当て方はやはりSRH1540に近いです。

ところで、Shureはネームバリューがあるのに、なぜ未だに6万円のSRH1540より高い価格帯のヘッドホンを出さないのかと常々思っていたのですが、KSE1500を聴くことで、なんとなく答えがわかったような気がします。

Shureの求めているヘッドホンの音質特性という意味では、SRH1540は完成度と費用対効果が高く、「必要十分」という印象があります。別の言い方をすれば、他社が販売しているSRH1540よりも高価なハイエンド密閉型ヘッドホンというのは、Shureから見ると「音色の過剰表現に甘んじた嗜好品」に過ぎないのかもしれません。密閉型ダイナミックヘッドホンというジャンルでの回答がSRH1540で、コンデンサ型IEMで到達したのがKSE1500ということで、それぞれが結果的にその価格帯に落ち着いたということでしょう。

もちろん将来的にSRH1540よりも上位機種が登場する可能性は大いにありますが、そこにたどり着くための努力が尋常ではないのが、Shureというメーカーだと思います。

「マイク」といえば誰もがこの形を想像するShure SM58

これはShureが得意とするマイクでも同様で、世界中のアーティストに高音質が認められているBETA SM58や56などのダイナミックマイクは、それでも2万円台の価格です。

つまり、あえて高級嗜好に走らずに、何十年も堅実に開発を続ける体制が感じられます。一方、コンデンサ型マイクは、100万円もするような高級品メーカーがあるジャンルですが、Shureのコンデンサ型マイクKSMシリーズは、10万円以下に抑えられています。

そういった意味で、ダイナミックやコンデンサ、ポータブルや据置きなど、ジャンルに合わせて必要十分なモデル展開を大前提としている企業なので、今回のKSE1500も「ボッタクリ価格」と思わせないだけの信頼が生まれるのだと思います。逆に、大企業の場合は「次は12万円のヘッドホンを作るぞ」という価格設定ありきで開発がスタートするから、Shureのような製品が作れないのだと思います。

KSE1500がSRH1540に似ていると思ったのは、単純にKSE1500が密閉型スタジオモニターっぽいサウンドだというだけではなく、全てのジャンルや音質を包括した意味で、音楽を最大限に「聴きとる」ためには、「音像の太さはこれくらい、音場の距離感はこれくらい、残響の長さはこれくらい、周波数特性はこんな感じ、」といった明確なチューニングの目的地がSRH1540に近いからだと思います。このShure流のチューニングが万人受けするとは限りませんし、各自それぞれ「良い音」の定義は別れますが、少なくとも音楽を最大限に「聴きとる」という意図には間違いのないサウンドかもしれません。

まとめ

KSE1500は36万円という超高級イヤホンですが、技術的なイノベーションを考慮すると妥当な値段とも言えます。他社では、搭載するBA型ドライバの数を増やすだけで簡単に30万円超のイヤホンが売れる時代ですし、それらと比べて、KSE1500は単純に独創性という意味だけでも投資する価値のある製品です。

また、世の中にはShure SE846の交換アップグレードケーブルに30万円払って一喜一憂している人もいるわけで、そう考えると健全な商品だと思います。

独創性だけではなく、もちろんKSE1500は音質面でもすばらしく、特に驚いたのは、コンデンサ型でありながらShureらしい正確無比なスタジオモニター的サウンドを高次元で実現できていることです。とくに、SE846からのアップグレードという意味では確実に満足できると思いますし、SRH1540など密閉型スタジオモニターヘッドホンの繊細な解像感を好んでいるリスナーでも満足できる仕上がりです。

単純に音質面の素晴らしさだけではなく、KSE1500の大きな魅力は、そのトータルパッケージとしての完成度です。SE846に似た装着感や、柔軟性のあるケーブル、そして操作性良好な多機能DACアンプなど、セットとして完結している潔さがあります。たとえば同じコンデンサ型のSTAXヘッドホンのような「儀式的」な仰々しさがなく、ごく一般的なイヤホンを活用するような手軽さで超高音質が味わえる、ということを実現できたのは、見事としか言いようがありません。ここまで追い込むためにShureは相当苦労したんだろうな、と痛感できる完成度があります。

だれでも気軽に手が出せる商品だとは思いませんが、最近のヘッドホンブームに便乗したむやみなラグジュアリー化とは一線を画する、努力の結晶と言える一品だと思います。