2015年7月17日金曜日

Audioquest NightHawk ヘッドホンの試聴 レビュー

最近ネットなどで話題になっている最新ヘッドホンの注目株Audioquest NightHawkを長期間お借りして試聴する機会があったので、感想をまとめておきたいと思います。

Audioquest NightHawkとOPPO HA-2


約8万円という高価格帯で、鳴り物入りの新参ハイエンドヘッドホンということで、発売前から音質や設計思想について注目を浴びている、興味深い商品です。

このヘッドホンは十分なエージング・慣らし運転が必要だということですが、今回お借りしたのは100時間程度稼働させていたものです。

というわけで、実際の音質はいかがでしょうか。



Audioquest社はアメリカに本拠地を持つオーディオメーカーで、主にオーディオヴィジュアル用の高音質・高画質ケーブルを生産しています。数年前まではよくあるケーブルメーカーといった存在だったのですが、2012年ごろに登場した同社初のUSB DAC「DragonFly」が極めて革新的だったため脚光を浴びました(私も当時買いました)。現在でも現行モデルの「DragonFly v1.2」が好評発売中です。最近ではあたりまえの「小型でポータブルな、USBバスパワー駆動の高音質DAC・ヘッドホンアンプ」というのは、このDragonFlyが原点だったと思います。その後、他社から類似品がたくさん出ました。

Audioquest Dragonfly USB DAC ヘッドホンアンプ

http://dm-importaudio.jp/audioquest/lineup/dragonfly/

Audioquestは現在でもアップグレードケーブルなどを主力ビジネスとしていますが、今回は完全自社開発のハイエンドヘッドホンを投入してきました。NightHawkと命名されたこのヘッドホンは、数々のユニークな新技術や製造方法を取り入れており、見た目のインパクトもさながら、音質に関してもトップクラスを目指したという前評判から私自身も興味津々でした。

余談ですが、Audioquest社というのはアナログ・デジタルのどちらの分野でも、低価格帯から超ハイエンドまで幅広い商品展開をしている大手ケーブルメーカーです。とりあえず適当なケーブルが必要だけど、量販店などのあまり安いケーブルだと心もとない、でもあまり高いオカルトケーブルは欲しくない、といった場合には、私は必ずAudioquestの3000円くらいの低価格モデルを購入しています。会社のプライドがかかっているため、いくら低価格モデルといっても構造や品質はそこらの100均ケーブルとはかけ離れており、非常に信頼性が高いです。

個人的には、自分のメインシステム用のRCAアナログインターコネクトケーブルなどを購入する際にはChord CompanyやAtlas、Wireworldなどの別のメーカーのケーブルも使っていますが、たしか大昔に私が初めて買ったスピーカーケーブルはAudioquestのType 6でした。その時初めてケーブルを変えることによる音質向上に驚いた記憶があります。

ともかく、たとえばパソコンからDACへ接続するUSBケーブルや、SPDIF同軸デジタルケーブルなど、いままでとりあえず同梱品ケーブルを使っていたものをアップグレードする興味がわいたら、Audioquestを選べば失敗が少ないです。USBケーブルなんかは特に、安いケーブルを使って音飛びする、サンプルレートがロックしない、電源ノイズが乗るなど、苦い思いをした経験が何度もあるので(しかもこういった問題は、肝心のデモンストレーション当日などで発生します)、音質云々はともかく、ある程度品質の良いケーブルを常に手元においてあります。(AudioquestのマイクロUSBやHDMIケーブルは重宝しています)。

OPPO HA-2などで愛用している Audioquest Cinnamon Micro USB

デザインについて

話はヘッドホンNightHawkに戻りますが、このヘッドホンについてひとつ面白いエピソードとして、開発を担当した技術者が、もとWestone社のIEM開発をやっていた人間だということです。なんでも、当人はヘッドホンを作りたかったのにWestoneはIEM専門メーカーなので企画が却下されたところ、Audioquestがその夢を買って彼を移籍させた、といったストーリーです。だからといってこのヘッドホンがWestoneのような音質だという意味ではないですが(そもそも開放型ヘッドホンとIEMでは設計概念が違います)、ヘッドホン開発の経験が無いAudioquestとしては、イヤホン・ヘッドホンについて経験豊富な人材が担当したよ、といった意味合いの話だと思います。

そういえば、同社のUSB DAC「DragonFly」が登場した際にも、USBオーディオ業界では著名なWavelength Audioのゴードン・ランキン氏と共同開発したとか、Wavelengthでは却下された低価格DACのアイデアをAudioquestが買ってでた、なんてエピソードがありました。その時となんとなく似ています。

「リキッドウッド」ハウジング

NightHawkヘッドホンの構造は一般的な開放型デザインで、50mmドライバを採用しています。全体的なシルエットはAKGやベイヤーなどのヘッドホンと比べると幅が狭いためスリムに見えます。ティアドロップ型というか、三角形っぽいのでなんとなくADLのヘッドホンとかと似ていますね。

まず注目すべきはリキッドウッドと言われる新素材ハウジングです。木材の繊維を押し出し成形した素材らしいので、家具などで使われている繊維板のより高密度な類でしょうか。実際に高級スピーカーなども、派手な木目の突き板の下にはMDF繊維板を使うことが多いので、音響素材として期待できます。

表面は光沢のあるクリア塗装なので、実際の質感はプラスチックのようで木目パターンというよりはヘビ柄っぽいです。

このハウジングはヘッドバンドのアーム部分から4本の太いゴム棒で浮かせてあります。ゴム棒はちょっと心もとないというか、疲労で壊れそうで心配になりますが、ハウジングとアームが接触する部分に傷がつかないようにスポンジが配置してあったり、かなり精巧で凝ったデザインです。この4本のゴムでの固定は、マイクを振動から守る「ショックマウント」に似せているのだと思います。とくに1950年台にラジオ放送局などでよく使われていたセラミックマイクに似ているので、新鮮なデザインでありながらどこか懐かしい雰囲気を持っています。

レトロな放送用マイクの一例



ヘッドバンドワイヤーの根本にAudioquestロゴが見えます
ヘッドバンドとワイヤーの結合部分は凝っています
ヘッドバンドも非常にユニークな形状で、いわゆるAKG K701タイプの構造なのですが、他社だとどれもワイヤーが二本なところ、NightHawkでは一本です。これだけでは捻じれ剛性が弱そうに思えますが、装着時の安定感は悪くなく、AKGやオーディオテクニカなどの一般的な二本構造とあまり変わらない印象です。ワイヤーは布巻きになっており、頭に触れるヘッドバンド部分はレザー素材です。ちなみにこのヘッドバンドのワイヤーというのは結構左右の音を伝達するらしく、あまり固い素材を使うとクロストークが増すそうです。そのため布巻きで振動を吸収しているんですかね。例えばオーディオテクニカATH-AD2000Xなんかは金属むき出しなので、触れると「ピーン」という高音が響きますが、NightHawkではそういった響きは皆無です。ドライバやハウジングだけではなく、こういう細かい部分も音質に影響してくるらしいです。

ヘッドバンドにはNightHawkの押し印があります
ヘッドバンド裏側はキルトのようなステッチが見えます
ヘッドバンドは内部のゴムバンドで伸縮するような設計で、装着感はAKG K701やオーディオテクニカATH-W1000などと似ていますがNightHawkのほうがパッドがしっかりしているため、密閉感は若干強いです。ヘッドバンドの上部にはNightHawkの押し印があり、裏側はスエード調で、キルティングのようなステッチが入っています。また、ヘッドバンドとワイヤーの結合部分にAudioquestのロゴのパーツや、二重ヒンジ構造を採用しているなど、こういった細かい部分を実際に手にとって観察してみると非常に楽しいです。

高品質なイヤーパッド
イヤーパッドは肉厚なレザー素材で、OPPO PMシリーズなんかと似た感触です。密閉具合は良好ですが、あまり密着するほどでもないので、側圧で蒸れるといった感じはありませんでした。このへんもごく普通のヘッドホンといった印象です。重量はそこそこ感じますが、装着感はなんとなくMDR−1Rとかと似たような感じでした。

イヤーパッドは簡単に取り外せます
パッドは四本のピンで固定されているので交換可能な構造です。パッドを外すとハウジング内のドライバが見えます。50mmなので、コンパクトなハウジングと比較すると大きく見えます。このドライバは新開発のバイオセルロース振動板ということですが、見た目は昔懐かしい紙コーンドライバに見えます。以前レビューしたB&W P7なんかも似たような材質でしたが、最近主流の半透明ポリマー系素材と比べると形状がシンプルで質素な感じがしますが音質面では優れているそうです。ところで、こういった繊維系素材は湿度とかに対して大丈夫なんですかね。

ケーブルは2.5mm着脱式です

NightHawkのケーブルは左右両出しで、着脱式です。ヘッドホン側のコネクタは2.5mmなので、HD700やOPPOなどと共通です。ただしコネクタがハウジング内の奥まった位置にあるので、社外ケーブルではプラグ形状によっては届かない可能性もあります。

プレイヤー側の端子は3.5mmですが、ストレートでもL字でもない、45°のめずらしい形状です。これは好き嫌いは別れると思いますが、個人的にはストレートとL字の両方のメリットを持っているので好印象です。柔らかいゴム製なので、故意に引っ張るとストレートっぽくなり端子を壊さずに抜けますし、圧迫されればL字になってケーブルが断線しないという合理的なデザインです。

ケーブルに関しては、さすが大手ケーブルメーカーのAudioquestということで同梱でかなり高品質な高純度銅ケーブルを採用していますので、あえてアップグレードケーブルなどを導入する必要は無いかもしれません。コネクタ端子が銀色なのでチープなニッケルメッキかと思ったら、なんと銀メッキでした。

実際、他社製ヘッドホン用のアップグレードケーブルとして単品別売してほしいです。ちなみにHD700にそのまま使えるか試してみたところ、若干スリーブが太すぎて入らなかったため、ヤスリなどで加工すればいけるかもしれません。

音質について

駆動能率はほぼ一般的な開放型ヘッドホンといったところで、OPPO HA-2のローゲインモードでギリギリOK、ハイゲインモードで音量に余裕があったため、そこそこパワーのあるポタアンであれば十分に駆動できると思います。OPPO HA-1も使ってみましたが、あまりアンプを選ばない感じで、どちらでも楽しめました。

エージングに関しては、開封当初と比較して空間的な広がりが出てくるようです。音色のバランスはあまり変化が無いのですが、はじめは固く定位感が悪かった音場が、100時間後にはずいぶん柔らかく展開してくれるようになりました。

まず第一音から感じたのは、ふわっとしていながら素直でクリアな音色ということです。とくにハウジングによる反響がまったく感じられず、開放型ヘッドホンとして理想的な特性だと思いました。

若干男性ボーカルなどの中低域にピークが存在して、フォーカスを当てている感じなので、一般的なAKGやベイヤーなどの開放型と比較すると中低域が充実しています。音作りのバランスは前回レビューしたフィリップス X2と似ているかもしれませんが、X2と比較するとNightHawkは音場が遠めでX2ほど線が太くないです。

低域に関しても、たとえばHD800やK712などと比べるとNightHawkのほうが多めに出ていますが、過剰にブーストしているわけではないので、最近の若者ユーザー向けというよりは、オーソドックスなリスニングに適したバランスです。超低域まで出しているという感じではないので、そのあたりはMDR-Z7などと比較すると軽快に感じます。

NightHawkの一番の魅力はその安定感で、第一印象はとても緩いまったりとした出音なのに、実際に集中して聴いてみると解像感が非常に高く、個々の音色が容易に聴き取れる分離の良さがあります。あえて高解像重視に高域をシャカシャカと強調させていないのにここまでクリアに聴き分けられるのには感心します。とくに他社のハイエンドヘッドホンではエッジがキツくて聴き疲れするという方には非常にオススメです。

このヘッドホンでひとつ問題だと感じたのは、高域のロールオフです。全体的にふわっとした音作りですが高域に関しては若干ドライで抑えこみすぎかな、と思いました。多分「高音が刺さる」ような音作りを避けたかったのでしょうけれど、他社のヘッドホンと比較するとやはり高域に関してのみ不満を感じました。

具体的には、高域が出ていないというわけではなく、十分聴き取れるのですが、響きのような美音の演出ができず淡白なため、音楽的な魅力が希薄だと思います。ヴェールかかった主張の弱い高域です。

個人的な印象で、ハイエンドヘッドホンとしてもう一つ問題だと思ったのは、空間分離の不足です。音場はかなり遠めで、あまり目の前に迫ってくるような過度な圧迫感が少ないのがこのヘッドホンのメリットでもあるのですが、全体的に遠いため、平面的で前後感の空間定位が出せていません。バンドのヴォーカリストなども奥まって聴こえるため、バックバンドとの位置関係が浮き彫りにならないのが退屈に聴こえます。

この価格帯のヘッドホンの場合、たとえばHD800やK712 Proのように繊細に前後の定位感を演出するか、もしくはGradoのようにメインの音色を浮き彫り立たせるか、どちらかできると思うのですが、NightHawkは総合的に奥まって、まったりしています。たとえばオペラ録音などでステージ上の歌手とピット内のオーケストラがどちらも遠く聴こえると、演出効果が際立たないといった問題があります。

総合的に考えると、かなりジャンルや音源を選ぶヘッドホンだと思いました。良い録音は良く、悪い録音は悪く聴こえるといった素直な特性なため、リスニングヘッドホンとしては音作りの方向性が若干ズレている気がします。スタジオ向けのモニターヘッドホンならばわかるのですが、NightHawkはコンシューマ向けのリスニングヘッドホンなので、悪い録音でも魅力を引き出すような音作りが必要だと思います。

優良録音のクラシック・オーケストラなどであればとても明快で心地よい音色を奏でてくれますし、開放感や音場の広さ、そして解像感も十分で、まったく破綻しない音楽空間を提供してくれます。とくにハイレゾの交響曲などは、録音の新旧を問わず、音楽に浸れると思います。古い録音でもテープノイズなどを強調しないので好ましいです。

その上で、歌手やソリストにスポットライトを当てた、オペラや協奏曲などでは演出効果不足になりNightHawkの弱さが見えてきます。たとえば90年台のヒップホップを聴いてみたところ、ボーカルは前に出てこないですし、ズンズン来る低域ブーストも無く、高域のキラキラ感も無いため、音色が整いすぎるカマボコ型のラジオスピーカーのような演出でした。こういったあまり好ましくない録音でもあえて楽しく演出することがハイエンドヘッドホンの条件だと思います。

今回NightHawkは残念ながら購入しませんでしたが、具体的な問題は高域の演出不足なので、もしかすると交換パッドや改造などで調整可能かもしれません。

また、このヘッドホンはAudioquestにとって第一号の製品なので、今回のユーザー評価をフィードバックした次回作に期待したいと思いました。たしか次は密閉型のNightOwlというヘッドホンが出るらしいので、非常に楽しみです。

このNightHawkにおいても、初動の値段が8万円と非常に高価なため同価格帯に強いライバルが多く、購入を見送りましたが、将来的に5万円台などに価格が下がってくれば十分に他社のライバルと成りうるヘッドホンだと思います。