2015年4月8日水曜日

オーディオテクニカ ATH-ESW9LTDのレビュー

オーディオテクニカのポータブル用ヘッドホン、ATH-ESW9LTDのレビューです。

はじめに言いますが、このヘッドホンはスゴイです。感動しました。具体的な音質については後記します。

ATH-ESW9LTDのセールスポイントはハウジングに削り出しの高級木材を使っているということで、外見の美しさはもとより、木材による自然な響きが音楽に影響を与えるらしいです。ちなみにこのモデルはチーク材を使っています。





ATH-ESW9はポータブル用途という位置付けで、高能率でスマホなどでも十分に駆動できる、高級志向なヘッドホンです。ライバル機種はゼンハイザーMomentumとかB&WのP5でしょうか。見るからに値段が高そうですし、黒レザーとウッドでシックなレトロ感を出しており、ハイテクなヘッドホンとは一線を画す良いデザインだと思います。




一応ドライバを回転させてフラットに収納できるようになっており、一般的な黒いポーチ袋が付属しています。

オーディオテクニカはATH-ESWやATH-Wシリーズなど、木材ハウジングを使ったヘッドホンを主要モデルに置いているのですが、それぞれ音質や調達具合などによって使用する木材を変えています。そのため今回のATH-ESW9「LTD」のようなLimited Edition限定モデル商法をよくやっており、購入する側としては買い時を見極めるのが難しいブランドでもあります。

通常モデルのATH-ESW9はマメ科のパドックという真っ赤な木材を使っていますが、今回のLTDは家具によく使われるチーク材なので、家庭のフローリングのような薄い茶色です。チークは黒檀やマホガニーなどと比べてあまり高級木材というイメージは無いので、セールス的には不思議な選択です。

値段も通常モデルの売値が2万円台で、LTDが3万円台なので、約1万円の差があります。実際、ATH-ESW9は2007年に発売されたロングセラーなので、もう底値で安定しているため、当時のメーカー希望小売価格で考えるとATH-ESW9が36,000円、ATH-ESW9LTDが43,000円ということで、まあ妥当な価格設定だと思います。

ATH-ESWシリーズは、
2007年 ATH-ESW9(36,000円) 42mmドライバ、パドック材 
2008年 ATH-ESW10JPN(58,000円) 42mmドライバ、桜材  
2012年 ATH-ESW11LTD(60,000円) 53mmドライバ、ウォールナット材
2014年 ATH-ESW9LTD (43,000円) 42mmドライバ、チーク材

・・・といったように、数年ごとに限定モデルを出しています。

オーディオテクニカの限定モデルは大抵、発売当初は比較的手に入りやすいのですが、レビューなどを待っている間に売り切れてしまったり、プレミアがついて中古待ちになってしまうこともあるので、よほどのマニアでないかぎり全貌を把握しているユーザーは少ないと思います。中古市場では、限定モデルはどれもつねに新品定価くらいで取引されているので、値崩れの少ない、ヘッドホン業界では稀なコレクター精神をくすぐる商品です。



今回のATH-ESW9LTDはチーク材ということですが、同時期に発売された大型ヘッドホンのATH-W1000Zも同様にチーク材を使っているので、さほど希少性のある素材でも無いようです。個人的には見た目が好きなのですが、ネットなどでの評判はあまり芳しくないようです。

外観だけの違いなら、1万円安い通常モデルのATH-ESW9を購入するところですが、実は使用されている42mmドライバも変更されているということで、音色がかなり変わっているらしいです。



ドライバに関しては、見た感じ現行オーディオテクニカのドライバはどれも一緒に見えるので、特製品か使い回しなのかはわかりません。公式サイトでは6N−OFCコイル、パーマロイ磁気回路だとか、色々と書いてありますが、通常のATH-ESW9からどれくらい変更されているのかはあまり明確ではありません。どちらにせよ通常モデルが登場してからもう6年は経過しているので、それなりに技術的進歩があったとしてもおかしくありません。

イヤパッドはラムスキン本皮ということで、手触りは良好ですが、クッションはただの薄いスポンジのようなのであまりフカフカといった感じではなく、ピッタリと耳にドライバが吸い付くような感じです。




ケーブルは両出しの6N−OFCで、プラグは3.5mmのL字型です。ちなみに通常モデルのATH-ESW9は3.5mmストレートプラグでした。

このケーブルは非常に細くて柔らかいので取り回しが楽ですが、両出しですしイヤホン並に細いため、ポータブル用途だと断線が心配です。将来的にはMMCXコネクタとかにしてほしいですね。分解は簡単そうなので、最悪の場合自力で改造することも可能みたいです。



ヘッドバンドはカチカチと目盛りのある調整タイプです。これといって特徴は無いですが、LeftとRight表記が筆記体で読みにくいです。


音質についてですが、

個人的には、以前ヘッドホンミーティングで友人から借りた、使い古したATH-ESW9が非常に素晴らしい音色だったので、いつか買おうと考えていたところで今回のLTDモデルが発売されました。実際に試聴してみると、通常モデルのATH-ESW9とはかなり違う鳴り方なのですが、その良い個性はキープしながら、さらに上を目指したような印象を受けたので満を持して購入に至りました。

まずはっきりと言えるのは、このATH-ESW9LTDは独特のクセや個性がありますが、自分が今まで購入したヘッドホンの中で一番期待以上に驚いた、素晴らしい商品だと思います。

たとえばゼンハイザーHD800などはたしかに素晴らしい性能を誇るヘッドホンだと思いますが、高価な値段のせいもありますが、いざ使ってみたら「ああ、なるほど、さすがだな〜」と感じるだけで、これといった感激はありませんでした。

それとくらべてATH−ESW9LTDは、ポータブルで密閉型ということでそこまで期待していなかっただけに、初めて音楽を聴いた際にドキドキするような表現力に驚愕してしまいました。かなりクセが強く、楽曲を選ぶタイプのヘッドホンだと思うのですが、自分の好きなジャンルやレファレンス曲に上手にハマると他のどのヘッドホンでも味わえないようなものすごいリアリティを捻出してくれる奇跡的な音作りです。

具体的には、高域の空気感と空間表現です。木製ハウジングを使っているのでよく雑誌のレビューなどで「ウッドの響き」などと書かれている記事を目にしますが、実際に使ってみてあながちウソでは無いなと思いました。それがウッドかどうかは別として、とにかく演奏表現の生々しさが尋常じゃないです。

まず空間表現においては、音場は狭いのですが上手に前方頭外定位を実現しており、自分の前方数十センチの空間周囲に、非常に精密な演奏会場がジオラマの様に展開されているような印象を受けます。HD800のようなコンサートホール並に遠いといった感じではなく、目の前で音楽が繰り広げられているのを間近で体験している、といったリアリズムです。グラドなども似たようなことが言えるかもしれませんが、グラドの場合はもっとワイルドにはっちゃけているというか、「精密な音像のジオラマ」よりも「バンド演奏のド真ん中に立っている」感じですので趣向が違います。

ATH-ESW9LTDは中低域を余計に盛っていないのでヌケの良いクリア感がありますし、実際にウッドベースなどの低域楽器もパンチが効いています。この辺は、最近流行っている低域を意図的にバスレフチャンバーなどで盛っているヘッドホンとは根本的に音の質感が違いますし、なおかつベイヤーやAKGのなど低域が不足しがちなヘッドホンよりも力強さがあります。シンセベースを使ったEDMやヒップホップを聴くなら、もうちょっと意図的に低音を盛ったほうが良いと思いますが、生楽器系はこれくらいがベストだと思います。

通常モデルのATH-ESW9は中低域にあたたかみを感じる比較的マイルドな表現だったのですが、今回のLTDモデルでは高域が強調されています。いわゆるキンキンに刺さるといった感じではないものの、一般的なヘッドホンよりもプレゼンス帯域の空気感が200%に倍増されたような、不思議な生々しさが得られます。

個人的に驚いたのはライブ演奏のような録音で、演奏者の表現力に通づる輝くような高域に聴き入ってしまいました。トランペットなど、下手なヘッドホンだとうるさいだけの楽器も、ATH-ESW9LTDを使うと別次元の表現力が感じられたので、ジャズリスナーにはぜひ一聴をおすすめしたいです。

具体的には、70年代のロックやジャズフュージョンなど、あまりプロダクションが上手ではなくても奏者やステージの臨場感があるような楽曲が得意だと思います。たとえ録音バランスは悪くても、リードソロの魂を聴け!とか荒々しいヴォーカルの息吹を!などといった音楽が好きな人は気に入るのではないでしょうか。

最近ハイレゾ音源がもてはやされていますが、高域のプレゼンテーションということを重視するならこのようなヘッドホンが最適だと思います。

ハイレゾダウンロードサイトを観覧すると、最新アルバムよりも往年の名盤のリマスター版を多く見ますが、そのようなアルバムは元々そこまで良好なプロデュースではなくて、いくらマスターテープ起こしといっても、実際聴いてみたらがっかりする、といった経験もあると思います。個人的な経験則では、ある程度までのオーディオ機器だと、最新ハイレゾリマスターよりも、同じアルバムのCD音源に使われたマスターの方が音作りが無難なため音質がよく聴こえます。たとえばCDの場合ノイズを抑えて中域を盛ってあり、音像もセンター寄りでミニコンポでも聴きやすい作り方が主流です。

逆に、ハイレゾリマスター版でよくある、マスターテープ直起こしでマスタリングであまりいじっていないアルバムの場合、スカスカでパワー不足、テープノイズ多いで、あまり耳当たりが良くないものが多いです。このようなアルバムは実は演奏者の表現力がノイズフィルタやコンプで失われておらず、かなりハイエンドなオーディオで鳴らすと劇的に良く聴こえる場合があるのですが、このATH−ESW9LTDヘッドホンでは、そのハイエンドと同じような表現力の体験をすることができました。

自分がよくヘッドホンの試聴に使うアルバムで、ウェイン・ショーターのSuper Novaというのがありますが、最近ハイレゾリマスター版が発売されました。このアルバムは1969年のジャズでかなり耳疲れするシビアな録音なため、下手なヘッドホンなどで聴くとすぐに破綻してしまうという、自分なりの最終テスト用アルバムです。今回ATH-ESW9LTDを試聴して、過去一度も経験したことがないソプラノサックスの鳴りっぷりに感動してしまい、真っ先にK712やHD700など他の手持ちのヘッドホンと取っ替え引っ替えしてみたところ、どうしてもATH-ESW9LTDと同じ体験は得られなかったため、もはやそれだけで感銘を受けました。立て続けに他のアルバムを試聴していくにつれて、このヘッドホンの個性がだんだんと明らかになってきました。

では問題点はというと、実は最新鋭のプロデュース楽曲ではあまり良好な体験は得られないように感じました。たとえば90年代以降のポピュラー楽曲などでスタジオのマルチトラックで緻密に構成が練られているような楽曲では、全体的なバランスやフィーリングがどうもしっくりこないです。これが何故なのか色々と考えてみたのですが、個人的に思い当たるのが、そういった楽曲は自然な音場でないからだと考えられます。

このヘッドホンの素晴らしさは演奏者がその場にいるようなライブ体験にあります。ところが、ライン録りで挿入されたシンセなどが多用されている楽曲だと、そもそも付帯するべき自然な空間情報が存在していないので、あえてATH-ESW9LTDを使っても輝く要素が無い、ただのバランスの悪いヘッドホンに聞こえてしまいます。こういった場合にはソニーのMDR-1Aなどの、トータル音作りが上手なヘッドホンの方が楽しみが増すように思えます。

ATH-ESW9LTDは万能とはいえませんが、オンリーワンとも言えるような素晴らしい特性をもったヘッドホンですので、自分のよく聴く音楽が生楽器や往年のライブアルバム中心でしたら、慣れ親しんだアルバムでも今までにないような体験をもたらすことができるかもしれない、素晴らしいヘッドホンです。